とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第二十一話







 フランスの"貴公子"、カミーユ・オードランと、イギリスの"妖精"、ヴァイオラ・ルーズヴェルト。

国を代表する二人の夜の一族に、久遠と夜天の魔導書を拾われてしまった。偶然にしても出来すぎで、頭が痛くなる。

奪われたのではなく拾われたという点のみ、不幸中の幸いだった。持ち主である事を主張すれば、返却してもらえるのだから。


厄介なのは二つの持ち物が普通ではない事、二人の男女が一般市民ではない事――この二点だ。


『オードランはフランスの大財閥で、フランスでも5本の指に入るほどの財を有している』

『夜の一族ってのは、どいつもこいつも金持ってやがるな……隠れて生きていく必要がねえだろう』

『ははは、手厳しいね。オードラン家の当主は、本人は質素で堅実な人間だよ。
特に彼は芸術を愛する人間でね、オードラン財団を創設して、アーティスト達の良きパトロンとなっている』


 フランスの首都パリは、芸術の都。パリは華美な文化を世界に与え続けて、世界屈指の観光都市ともなっている。

美しい芸術や文化を生み出すアーティスト達を支援するというのは、オードラン家そのものが独自の文化を築きあげる事を意味する。

財や武ではなく、芸術で世界に名を示す。フランスならではのスケール、文化の歴史に確実に名が刻まれる。


息を飲んだ。貴族やマフィアとは違う力、これがフランスの覇者――!


『ただ当主はもう高齢でね、会議が行われるこの時期に息子を社交界入りさせるつもりなのだ』

『それはまた、何とも華やかなデビューだな』

『カミーユ・オードラン、彼はフェンシングの名手でね。昨年フェンシング選手権大会で優勝した時の写真が、これだ』

『……なるほど、"貴公子"と呼ばれそうなツラしてやがる……』

『礼儀正しい良い子だよ。当主によく似て、人柄もいい』


"野蛮なだけの猿とは大違いね、ふふふ"

"どこかの貴族のお嬢様にも見習ってもらいたいものだな"


 スポットライトを浴びて、大観衆に祝福されている美男子。中性的な美貌が汗に濡れていて、色気すら感じさせる。

カメラに向けられた微笑みは嫌味をまるで感じさせず、ただ真っ直ぐで輝いていた。

好みこそあるだろうが、日本の男性アイドルにはない華がある。女優でさえ、彼の前では見劣りしそうだ。


女のように線は細いが、男の俺から見てもハンサム。社交界デビューすれば、淑女の噂になるだろう。


『この時期に親の跡を継ぐという事は、当然一族の長の座も狙っているだろうな』

『オードラン家はそのつもりだろうな、私の所にもあの手この手で協力を求めてきている』

『でも聞いた話から想像すると、オードランの当主は権力闘争とは好まなさそうだけど?』

『当主というのは、一個人ではいられないのだよ。彼はオードラン家そのものであり、多くの分家の命運を握っている。
日当たりのいい世界に出ても、我々夜の一族は決して表には出られない。

古き血を重んじるというのは、過去に縛られるということでもある。罪深きものだよ、本当に』


 折り目正しい紳士である老人の顔に、深い皺が刻まれる。その横顔が、綺堂さくらと重なって見えた。

月村忍とすずか、ノエルとファリンを守るために、自らを差し出した女性。彼女もまた、一族の宿命の重みに苦しんでいた。

馬鹿馬鹿しい、とは今の俺には言えなかった。他人を背負った結果俺は潰されて、先月惨めに敗北したのだから。


『とは言っても息子の意見も聞かずに事を進めていてね、困ったものだよ』

『どういう事だ、本人の意志じゃない?』


 老人は黙って、一枚の写真を差し出す。眉を潜めて、俺はもう一枚の写真を見て――心を、射抜かれた。


黒曜の瞳をした、黒髪の少女。月明かりの下で一人、歌っている写真。


フリルワンピースドレスに、黒のストッキング。首元に、蒼いブローチを付けていた。

漆黒のドレスの胸元より覗かせる肌はゾッとするほど白く、豊かな双乳が蠱惑的に実っている。


写真を持つ手が、震えている。これほど美しい少女が――自分と同じ人間なんて、信じられない。


『こ、この子がイギリスの"妖精"――ヴァイオラ・ルーズヴェルト』

『ルーズヴェルト家とオードラン家が、此度の会議で二人の婚約を発表する。
ヨーロッパの有力な二つの家が婚姻を結んで、夜の一族の頂点に君臨するつもりなのだ』

『政略結婚!? で、でも、そうなると、ルーズヴェルト家が長女を差し出す事になるから――』

『ルーズヴェルト家のみで対抗するのは不可能だと、自身で見切りをつけたのだ。私も話を聞いて、驚かされたよ。
後継者争いはこれで更に激化する。ドイツやロシア、アメリカも動き始めている。

君にこう言うのは心苦しいが――どうやら彼らは、月村すずかの変化に気付いたようだ』

『後継者として相応しい人間になったから、今頃になって慌てているのか! 娘や息子の意思を無視して!?』


 もしもさくらの言うように――月村すずかやファリンの変化が俺にあるのなら、俺のせいで後継者争いが激化した事になる。

主の命令に忠実な自動人形なら、他人の言いなりだった少女ならば、彼らもここまではしなかったかもしれない。


ドイツ、ロシア、アメリカ、フランス、イギリス。安二郎にドゥーエ、テロリスト達。世界を巻き込む、後継者戦争。


余計な真似をしたとは、思っていない。妹さんやファリンと逢えたのも、忍やノエル、さくらと関係を持ったのも後悔はしていない。

だけど、俺の存在で他人の運命まで変えてしまったのなら、見て見ぬ振りは絶対にできない。


二つの写真を握りしめて、俺は身体を起こした。ベットから降りて、立ち上がる――ふらついた。


『何をするつもりかね!? 君の荷物なら、私が両家に連絡を取って返却してもらう』

『申し出は嬉しいけど……そんな話を聞いた以上、寝ている訳にはいかなくなった。

カミーユ・オードランと、ヴァイオラ・ルーズヴェルト。二人に、会わないと――ぐっ……』

"会ってどうするつもりなの? 婚約解消でも企んでいるのならば、やめておきなさい。
さっきも言ったでしょう。一個人の為に動く家なんていない"

『一個人が、二人の人間に会いに行くだけさ。そんなに大袈裟な話じゃない』


 責任を取るのは見当違い、謝罪するのは的外れ。それは分かっている。政略結婚なんてのも、珍しい話じゃない。

他人事には出来ないだけだ。どういう結果になっても見届けなければならないし、関わりたいとも思う。

何処でどう介入出来るのか、分からないけれど――後になって、後悔したくはない。


『それに、俺の目的はオードランとルーズヴェルトの血だ。夜の一族は、血を重んじるのだろう?
俺本人が直接会いに行かなくてどうするんだ。献血を求めるのとは、訳が違う』

『オードランは財閥の創設者、ルーズヴェルトは爵位を持つイギリスの名門だ。
彼らの血を求めるというのは、両家の婚姻よりも大それた話だ。君の言うように、簡単な話ではない。

それでも、会いに行くのかね?』

『行く』

"っっ……この、馬鹿……! 少しは、躊躇いなさいよ……"


 俺の意思決定に、カーミラは憤りを感じていた。かつて俺に殺意を向けた毒々しさとは、まるで違う感情。こっちの方が、よほど怖い。

老人はしばらく俺を見つめていたが、やがて嘆息して俺の中の血に語りかける。


『カーミラ、彼の力になってあげてくれ』

"それは、どっちの・・・・頼みかしら?"

私個人・・・の頼みだよ』


 老人の悲しげな顔を見て、何となくだが分かった。彼が夜の一族にとって、どんな立場にいる人間なのかを。

さくらと同じく、彼もまた苦しいのだ。個人的な感情で、個人の味方になれない。物事を動かせる力があるからこそ、動けない。


何て皮肉な話なのだろう。誰でも守る力があるのに、誰も守れないのだ――


"……どれほど愚かでも、この男は私の下僕よ。力になるのは当然だわ"

『あのあの、お姉さ――に、荷物を取り返すのなら、ミヤも力になります!』

『お前が荷物を落としたせいで、話がややこしくなったんだけどな!』

『うわーん、ごめんなさいですー!』

"何よ、この可愛い生き物……妖精とは、何て恐ろしい存在なの!?"


 こうして老人にパーティが行われる事を教えてもらい、俺達は今宵ホテルの会場に乗り込む。

婚姻パーティ、フランスとイギリスが同盟を結ぶ大事な夜。二人の主賓に、会いに行く。


奇縁というべきものを、感じながら。



『ヴァイオラ・ルーズヴェルト、この子は本と歌を愛する女の子だ。彼女の歌は、世界に見初められた。

"クリステラ"という名に、心当たりはないかね?』















 


















































<続く>







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