とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第七話







 月村すずかと並ぶ夜の一族の後継者候補、マンシュタイン家の御令嬢カーミラ・マンシュタイン。彼女は異質だった。

夜の深い海を映す蒼い髪、血のように紅い瞳、悪魔の羽。人から外れた、異端の存在。本物の、吸血鬼。

深遠なる精神を持つすずかが心の化物なら、カーミラは怪物の身体をした美少女だった。彼女は何故正統後継者ではないのか、分かる。


悪魔は美しくとも、人には怖れられる。怪物は、人の世で生きていけない。孤独では――集団には、入れない。


『――』


 月村すずかより少し大人びた容姿、蕾が開き始めた年頃。思春期の少女にあらわれる性的な魅力が、背徳的なまでに艶やかだった。

悪魔は残酷で、美しい。一瞥されるだけで平伏してしまいそうになる。年齢の差も、存在の違いがいとも容易く上下関係を覆す。


ドイツの名門貴族、マンシュタイン家のお嬢様は、プライベートルームに訪れた侵入者を睨みつける。


驚愕と、嫌悪。濃厚な殺意と敵意に満たされた空間を突破した人間に、二つの感情を織り交ぜて視線を向ける。

一言、呟く。支配者の、厳しき声。言葉は分からずとも、意味は通じる。無礼者と、その表情が物語っていた。

悪魔に敵意を向けられて、震え上がらない人間はいない。呼吸も出来ない、矮小な俺。それでも、不敵に笑ってみせた。

苦しげに汗を流し、呼吸困難に悶えていても。ドイツ語どころか声一つ上げられなくとも、これくらいは出来る。


親指で、己の首を一閃し――下に、向ける。死ね、吸血鬼。


『……、――!!』


 紅い瞳が、怒りに爛々と輝く。漆黒の翼が広がった瞬間、俺は後方の壁に叩き付けられた。

カーミラ・マンシュタインはベットの上に悠然と起き上がる、ただそれだけで敵意の波動は人の体を吹き飛ばす。

魔法のような、波動。人外の存在が放つ、妖気。妖かしの魔力が、俺の身体に殺意の矢を突き刺した。


交渉する余地はない。俺の立身出世は、これで終わった。馬鹿げた行為で、お膳立てしてくれた人達の好意を踏み躙った。


俺は腰から剣を抜いて、立ち上がる。成長する機会を、自分で台無しにした。なのに、笑いが込み上げてきて仕方がない。


自分の将来を捨てて、他人の為に怒るなんて――まるで、"海鳴の人間"みたいじゃないか。


「何の縁も義理もねえが……俺も先月、護衛を務めていた人間でね。他人を護る仕事の大変さは、よく分かっている。
金の為であっても、お前を守ろうとしてくれた人間なんだよ!」

『……』


 肺を振り絞っても、明瞭な声は出ない。舌を鳴らし、喉を震わせて、唾を飛ばすだけ。

それに日本語なんて、ドイツの貴族に通じないだろう。軽視している国の言語を覚える必要なんて、微塵もない。

マンシュタイン家が日本人を重んじていない事なんて、順番待ちさせられている日本の権力者達を見ればすぐに分かる。

日本人が舐められるのは、仕方がない。大国の言いなりになり、大国に頭を下げるしかない弱小民族。馬鹿にされて、当然だ。


だけど、吠える事は出来る――だよな、ザフィーラ?


「他人を護る事がどれほど大変か、お前に分かるか? まして護衛対象に倒されるなんて、屈辱以外の何物でもない。
金を払っていれば好き勝手にやれるなんて、思うなよ。

力を持っている人間が、力のない人間に負けないなんて保証はねえんだよ!」


 高級絨毯を力強く踏みしめて、立ち上がる。妖気を跳ね除けた人間の反撃に、吸血鬼は真紅の瞳を見開いた。

抵抗しようとするから、苦しい。ユニゾンデバイスとの融合と同じ、痛みも苦しみも受け入れて馴染ませる・・・・・

今までの自分に出来なかった事をする為に、俺はドイツへとやって来た。同じ間違いは、二度と犯さない。

俺の中には月村忍の血と、神咲那美の魂がある。自分本位の俺ではなく、俺を愛してくれた女性達を信じて――


今こそ他人に、心を開く。


「人間だってな……牙を突き立てられるんだよ、吸血鬼!!」


 俺の赤い血が燃え上がり、魂が歓喜に震える。呼応した魂と血をエネルギーにして、俺は駆ける。

襲いかかる波動に剣を振るう。海鳴の自然が悪意を断ち切り、綺麗な花びらを舞わせる。

綺堂さくらと別行動を取った以上、これから先の行動は俺自身の責任。自分自身で、剣を振るう。


吸血鬼に接近して、上段から振り下ろす――叩き付けたのは、羽毛布団のみ。上か!


『――!』

「この、野郎!」


 羽を広げて、頭上から悪魔が掴みかかってくる。回避せず、自分から床を蹴って頭突きを食らわせた。

牙は鋭くとも、顔は柔らかい。悲鳴を上げて、吸血鬼はベットの上に転がる。少女であっても、容赦はしない。

俺は寝台に乗って、マンシュタイン家の御令嬢の白い首に手をかける。吸血鬼は苦しげに喘ぎ、唇から涎を零す。


「この鬱陶しい敵意を今すぐ消して、護衛達を解放しろ。でないと、お前をこのまま殺すぞ!!」

『〜〜〜!?』


 本当に殺すつもりはない。そのくらいの気概で、戦っている。締め上げれば、勝手に気絶するだろう。

こいつを護る護衛を全員、こいつ自身が殺そうとした。自分を守る人間を全員倒すなんて、馬鹿な真似をしたものだ。

――目眩が、してきた。本場の吸血鬼の殺意は、半端ではない。俺自身も、追い詰められている。根競べだ。

美貌の吸血鬼は、呼吸困難に悶えて――不意に、ニヤリと笑った。

年端も行かない西洋の少女は細い腕を上げて、締め上げている俺の手を掴んだ。


「!? ぐ、ああああああああああああ!!」


 小さな手のひらが、万力のように俺の腕を締め上げる。皮を引き裂き、肉を潰し、骨まで捻る。

忍が言っていた夜の一族の特徴、驚異的な身体能力。血の恩恵が、常人を遙かに凌駕する力を与えてくれる。

血が濃ければ濃いほど能力が活性化され、人外の力を生み出す。夜の一族の後継者候補ともなれば、人の想像なんて及ばない。


どれほど意思を固く持とうと、肉体が従ってくれるとは限らない。激痛に耐えかねて、手を離してしまった。


カーミラ・マンシュタインは俺の首を掴み、お返しとばかりに締め上げる。首の骨が悲鳴を上げて、苦痛を訴える。

こいつは護衛を全員殺そうとした、一介の剣士を殺すのに躊躇はしないだろう。首の骨が折られる前に、膝蹴りを叩き込む。

今度こそ、苦痛に歪める吸血鬼。そのまま寝室の窓ガラスを俺ごと叩き割って、窓の外へ宙吊りにする。


高級ホテルの、最上階――人間ならば、余裕で死ぬ高さ。こいつが手を離せば、真っ逆さまに落ちて地面に激突する。


『――、――?』


 カーミラ・マンシュタインは嫣然と微笑んで、俺を問い質す。傲慢な顔を見れば、何を聞いているのか分かる。

傲慢な強者が卑屈な弱者に最後何を求めるのか、どの国でも同じ。屈辱の生か誇り高き死、従うか従わないか。


誠心誠意謝って敗北を認めれば、許してあげない事もない。俺の命は、こいつの気分次第――


ホテルの最上階で宙ぶらりん、足はぶら下がり、ドイツの冷たい風が頬を撫でて恐怖を演出する。

これにて、勝負は決着。また俺は勝てなかった。海鳴の人達の真似をしても、自分が弱ければ何にもならない。

どれほど息巻いても、強者に弱者は勝てない。頭を下げるしかない、それが利口な生き方だ。


だったら、俺は――賢く、生きる。


「ばーか」


 首を締め上げる吸血鬼の手を掴み、犬歯を突き立てて噛み付いた・・・・・。人間様にも歯はあるんだよ、ボケ。

白い手から血が流れ出し、俺の口内を伝って喉に零れる。躊躇いもなく、俺は飲み込んだ。吸血鬼の、血を。


吸血鬼が、自分の血を吸われる――それが何を意味しているのか分かるよな、夜の一族の後継者殿?


カーミラ・マンシュタインは屈辱に顔を赤くして、俺を放り出す。捨てるのではなく、力いっぱい投げ飛ばした。

急転直下――猛烈な目眩と共に、地球の重力に引かれて俺は地面へと落下する。空中を回りながら、俺は大笑いしていた。


ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ、やっと俺は勝ったぞ。

忍、さくら、すずか、吸血鬼の血を手に入れたぞ。何が不可能だ、安二郎、ドゥーエ。飲み干してやったわ。

那美、ありがとう。お前のおかげで、俺は頑張って戦えたよ。


なのは――お前は今も、海鳴で頑張っているか?



アリサ、お前は多分怒るよな……はは。クイントも、桃子も、フィリスもきっと、許さないだろう。


安心しろ、俺は絶対に諦めない。


この高さから地面に激突すれば、間違い無く死ぬ。だから、どうした。最後の最後まで抗ってやる。

騎士達に、約束をした。絶対に――





はやてを、悲しませたりしない!!






























"スレイプニール、羽ばたいて"






























「――あがっ!?」


 全身を襲う衝撃、背中を揺らす地響き、朦朧とする意識。七転八倒して、自分が生きている事を確認する。

周囲から響く喧騒や悲鳴、叫び声。叩き付けられた衝撃に咳き込みながら、俺はふらつきながら上半身を起こす。

そして、自分の状況を再認識した。


「お、俺……助かった、のか……?」


 首都ベルリンの公共道路、往来の激しい交差点に信号待ちしていた車の上に落ちたらしい。天井を、凹ませて。

日本の小さな町とは比べものにならない、人の数。大勢のドイツ人が俺を見つめ、大騒ぎしている。

信号が変わっても車の群れは動かず、運転手は次々と降りて俺を指さして何か言っている。顔を蒼褪めさせて。


……突然日本人が空から降ってくれば、そりゃあ驚くだろう。携帯電話やカメラを向けて、俺を撮影する連中が続出。


一体、何が起きたのか? 俺を中心に群衆が囲って、首都ベルリンで起きた事件を大いにはやし立てる。

文句や抗議を並べても無意味だろう。俺だってこいつらの立場なら、見物くらいする。


大空から人間が落ちて、大した怪我もなく助かるなんて――奇跡そのものだから。


「車がクッションになって助かったのか……? でも、あの高さでは――それに、都合よく車の上に落ちるもんか……?」


 頭が割れるように痛み、思考がまとまらない。身体中が軋んで、怪我した箇所から血が流れる。目眩も、してきた。

間違いなく、カーミラ・マンシュタインの血を飲んだ影響。人外の血は、人の体に通常馴染まない。

とはいえ、このままジッとしているのは危険だ。警察が来れば、どう説明していいのか分からない。

ふらついた足取りで車の上から飛び降りるが、そのまま膝をついてしまう。そこへ、車から誰かが降りてくる。


「――日本人か……? 何者だ」


 敵意ではないが、緊張気味の日本語が耳に響く。警戒されるのは当然だ、突然車の上から降って来たのだから。

額から流れる血を拭って、顔を上げる。黒い髪の、日本人の女性。スーツに身を固め、剣を一本ぶら下げている。

相当な実力者、人間なのにあの吸血鬼以上の格を感じる。だがそれ以上に、妙な懐かしさも。


誰かに、似ている……?


「"ミサト"、そちらの方は貴女と同じ日本の方ですか? 酷いお怪我をされています」

「"ディアーナ"様、窓を開けてはなりません。この者が襲撃者である可能性も」

「日本人とは勤勉ですね……それとも、"ミカミ"の家系は皆貴女のように真面目なのですか?」


 ミカミ、ミサト――ディアーナ……? 駄目だ、頭が――


マンシュタインの猛毒が全身を蝕み、俺は意識を失った。

























































<続く>







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