とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第八十七話







「――つまりベットから転げ落ちて怪我をした、そう仰りたいのですか?」

「突然身体が揺れてビックリして起きたら、全身に激しい痛みを感じて二度ビックリしたよ。
病院のベットは寝心地は良いけど、寝相の悪い俺には少し窮屈みたいだな」

「……石に躓いて転んだり、階段から落ちたり、ベットから落ちたり――

良介さんは本当に不幸な事故が多いですね。危ないですから、怪我が治るまで病室から一歩も出ないで下さいね」

「一歩も!? 未来ある青少年を腐らせるつもりか!」

「いつもいつも、貴方が嘘ばかりつくからです!
昨日の診察では怪我の具合は良好だったのに、どうして一晩経ったら悪化しているんですか!!」


 主治医の一喝が病室を揺らした瞬間、窓の外は雷が鳴った。海鳴町の天候は、朝から激しい雷雨であった。

急遽行われた午前中の診断、看護士が今朝方俺の様子を見に来て速攻フィリス・矢沢大先生を呼び出した。


――顔には、明らかな暴行の跡。フィリスは俺の全身を無理やり診察して、朝から激しく責め立てる。


「ちゃんと答えて下さい! 昨晩,いったい何をされたのですか!?
顔には殴られた跡、手の切り傷も黒ずんでいますし、全身にも昨日はなかった怪我があります。

そして何より――足に、大きな負担をかけましたね!? 特に、右足を!」


 足は怪我をしていないのに、思いっきり見破られている!? 整体の達人を誤魔化す事は不可能だった。

雄大な大地を支えとして、足先から練り上げた力を斬り上げる――空を断つ技、断空剣の負荷をフィリスに診察されてしまった。

特に昨晩の大喧嘩では手が使えず、足だけで朝方まで戦い続けた。疲労が積み重なって当然である。


「剣を禁止した意味を、良介さんは分かっているんですか!? 剣を使わなければいいという事ではないのですよ!
来月、海外で専門の治療を受けるからといって安心してはいけません。喧嘩なんて以ての外です!!」

「だ、だから、俺は喧嘩なんて――」

「良介さんの今の主治医は私です。話せない理由で大怪我する患者さんを、海外の御医者様に預ける事は出来ません。
私に理由を話していただけないのでしたら、海外行きのお話は許可出来ません。

申し訳ないですが、綺堂さんにもこの事をお話して納得して頂きます」

「……」


 ――チンピラチームとの抗争は、昨晩決着がついた。チームの戦闘員ほぼ全員を倒し、リーダーも討ち取った。

刺激を求めて遊び半分で歓声を上げていた客も、ファリンの一喝で反省して帰って行った。今夜のようなリンチは、もうやらないだろう。

その後鉄槌の騎士ヴィータの助力を得て、日が昇る前に海鳴大学病院へ戻った。現場の後始末は、彼女とファリンが全て引き受けてくれた。


そして次の日の朝、こうしてフィリスより詰め寄られている――全てを無かった事には、出来なかった。


ここまで尽力してくれたヴィータを、逆恨みするつもりはない。警察沙汰にならなかっただけでも、十分ありがたかった。

ミヤもそうだ。シャマルより学んだという回復魔法を必死でかけてくれて、俺の身体を癒してくれた。

未熟な魔法では傷を全て回復出来ず、ミヤは泣きながら俺に謝ったが俺はむしろ感謝して帰した。責任は全て、俺にある。

海外行きの話は破談になる、それでも俺はフィリスに全て話すつもりはない。

俺が何と言おうと、フィリスは昨晩の闘争を海鳴大学病院を守る為――フィリスを守る為だと、捉えるだろう。

こいつはきっと、自分の非力を責める。俺の不手際なのに、自分自身の力の至らなさを不甲斐なく思う。そんな誤解をされたくはなかった。


頑として、俺は口を閉ざした。ベットから転んで怪我したと白々しい嘘をつく、酷い患者。それでいい。


偽善者にも、偽悪者にもなるつもりはない。元々俺はこんな奴だ、自分をどう評価されようと気にはしない。

この病院はもう襲われることはない。その結果で、俺は自己満足していた。自分さえ良ければ、それでよかった。


「……」

「……」

「……分かりました、もう結構です」

「……悪い」

「悪いと思うのなら――いえ、もう言うのはやめておきましょう。身体を楽にして下さい、治療をします」


 今度と言う今度は、心底見限られただろう。それでも患者を見捨てないこいつは、本当に立派だと思う。

なるべく早く身体を治して、病院から出て行こう。退院するその時せめて、謝罪と礼だけは必ずすると誓って。

抵抗せず、病院のベットに横になる。フィリスは持ってきたカルテに、怪我の容態を書き込んでいく。


「海外への出立まで、残り半月もありません。一刻も早く怪我を治して、万全な状態で治療に望まねばなりません。
――私より・・・自分の身体を労わって下さいね。良介さん」

「へっ……? か、海外行きの話は許可しないと言った筈じゃ!? いやそれより、お前今何て!?」

「はやてちゃんが今日から検査入院しますので、良介さんにはこの部屋を移ってもらいます。
同じ部屋であの子にしっかり監督してもらいますから、もう夜中に病院から出られませんよ。宿直の日は、私も伺いますね」

「公私混同じゃねえか!? それに検査入院するって話、今初めて聞いたぞ!?」

「……良介さんのお気持ちは、よく分かりました。優しい嘘なんてつかなくたって、貴方の事は分かっているんですから。
今度は私が、貴方を守ります。怪我が治るまで、わたしが貴方を看ていますから安心して下さいね」


 まるで、事情を全て知っているかのような発言。フィリスは怒るどころか、頬を赤らめて嬉しそうに笑っていた。

患者を看る医者ではなく、男を見る女の表情。何が起きているのかさっぱり分からず、胸を熱くするどころか疑問符が浮かぶばかり。

フィリスは確かに理解ある女性だが、全てを見通す目は持っていない。何がどうなっているのだろうか?


ただ、やっぱり少しは怒っていたのか――今日は念入りに整体を極められて、俺は悲鳴を上げた。















「――という事でお前の仕業だろう、アリサ」

『自分の知らない事は全てあたしが仕組んだ事だと思ってるでしょう、あんた』


 雷雨が止まない午前中、地獄の整体マッサージで身体が動けず、出来る事といえば電話で誰かを話す事のみ。

受話器を持つ手は動かないので休憩室の公衆電話は使えず、ベットに横になりながら苦労して携帯電話を使用。

携帯電話に登録しているメイドの番号を呼び出して、連絡を取った。用件は無論、フィリスの寛容な態度の裏づけ。


『それより昨晩はお疲れ様でした、御主人様。貴方様のメイドでありながら、事態を把握出来なかった不始末をお詫びいたします。
二度とこのような事がないように、今度から常に貴方様のお傍に仕えさせて頂きますわ。ええ、ピッタリと』

「何という、嫌味な敬語の羅列!? 自分の不始末は自分で何とかしたかったんだよ」

『徹夜であんたの病室を守っていたミヤが今、あたしの布団で熟睡してるんだけど?』

「どうも申し訳ありませんでした」


 ミヤの奴、アリサに助けを求めやがったな。どうせ発覚する事だけど、相変わらずのお節介焼きである。

面会時間になったら一番に来て、直接俺にクドクド説教を垂れ流しそうである。大人数と戦うより、疲れそうだ。

今からげんなりしながらも、昨晩の闘争についての事情を最初から説明する。アリサには、嘘をつく必要もない。


『――話は分かったわ。ひとまず、その情報屋の女の子は必ずまたあんたに連絡を取ってくるわ』

「おいおい、チームを壊滅させた俺に向こうから接触してくるのかよ。半殺し上等か?」

『違うわよ。まあ、その覚悟も多分あるんでしょうけど――あんたはそもそも勘違いしている。

その子はあんたの情報を売ったんじゃない。「あんたの情報を敵に売った」、その情報を・・・・・事前に提供したのよ・・・・・・

考えてもみなさい。どうしてあんたの情報に価値がある事を、あんた本人に言う必要があるのよ?」

「……あっ!」


"特に――貴方の今の居所には値打ちがありますの"


 情報は秘匿、大々的に知られていないからこそ価値がある。俺に知られる事は、デメリットを生んでしまう。

それでも直接病院に電話してまで俺に知らせたのは、位置確認だけではなく俺本人に警告したかったから。

実際あいつの電話で事は動き出し、他に犠牲者を出さずに決着をつける事は出来た。だけど、


「俺の情報を相手に売ったのは事実だろ!? あいつだって得しているじゃねえか!」

『当たり前でしょう。その子は、あんたの味方でも何でもないのよ。経済社会じゃ、相手を利用して儲けるのは基本中の基本。
人情だけで、世界は動かない。だから金を持てる人間の世界に飛び込み、あたしもあんたも成長したいと思ってる。違う?』

「そう、だな……何か、納得がいかねえ。無関係な病院を巻き込みやがって」

『あんたが病院にいる事は、遅かれ早かればれていたわよ。もっとも、あたしが多分事前に阻止したでしょうけど。
そういう意味じゃ、先に位置確認された時点であたしも出し抜かれた事になるわね』

「くそっ……」

『利用された事が悔しいと思うなら、次は勝ちなさい。今回の事は、いい勉強になったでしょう。
それで、また連絡を取ってきたらあんたはどう対応する?』


 直接顔を見せたら、ぶん殴ってやりたい。だがその理由は何かと尋ねられたら、多分はらいせとしか答えられない。

剣の通じない、戦い――俺は来月、海外で挑まなければならない。敵を倒せば勝てる、そんな戦いではないのだ。

そしてこの競争社会で桃子やフィリス、別世界であってもクロノやリンディが同じく戦っている。理不尽に歯軋りしながらも、懸命に。


彼らのように強くなりたいと、思うのならば――


「味方にする」

『……あんたを利用して儲けた相手よ?』

「今度は、俺が得をすればいい。警告してきたのなら、相手も俺に利用価値を見出している筈だ。
情だけではなく損得で繋がる関係も、人間同士ならありだろう」

『分かった。だったら相手を待たず、こちらから接触しましょう』

「相手の居場所とか、分かるのか?」

『あんたは黙って、あたしに命令すればいいの。任せて、良介』


 ……恐ろしい奴が、俺の味方にいる。相手の特徴や情報を知る限り伝えて、俺はアリサに任せて電話を切った。

結局文句の一つも言わなかったし、自分のやった事もいちいち俺に伝えなかった。フィリスに予め事情を話したのも、やはりこいつだろう。

ファリンも、さくらに事情を話して理解してもらうと言っていた。仲間を守るのも正義の味方の務めだと、胸を張って。

何事もなく事を収めたかったが、結局何も変えずにいるのは不可能だった。



「ひゃー、冷てえ。くっそ、何で急に雨なんか降りやりやがるんだ」

「ヴィータ……? おいおい、まだ面会時間前だぞ」

「だから来たんだよ。今日からシャマルがお前の監視役だからな、その前に話しておきたかった」



 雨に濡れた赤い髪を振って、鉄槌の騎士が窓から大胆に飛び込んでくる。昨晩何度もやって、すっかり慣れたらしい。

使っていないタオルがある事を教えると、黙って棚から飛び出してゴシゴシ拭いた。意外にも、素直だ。

今日も私服ではなく、黒衣のバリアジャケット。戦いのケジメを、つけにきたのか。


「昨日、お前の味方をしちまったからな。アタシは今日限りで、お前の監視役を解かれた。
公平を欠いた監視をされたんじゃ、意味がないとよ。まっ、その通りだけど」

「お前にそう言ったのはシャマルだな? 俺から頼み込んだんだ、恥じ入る事じゃない筈だ」

「当たり前だ、バカ。騎士が言い訳なんてするか。あたしは納得して降りた。

お前に監視は必要ない――それが、アタシの結論だ。理屈にあわねえ事はしねえ」


 筋の通らない事はしない、仲間に責められてもそう言い切れるこいつは眩しく見えた。

誰かに言われて渋々止めるのではなく、自分自身で納得して役目を降りる。現実社会でこれほど潔く生きられる人間なんて、殆どいない。

ヴィータは濡れた髪を拭いて、清々しく語りかけてきた。


「お前は昨日何度も命の危機に陥ったのに、アタシに助けを求めなかった。そして何より、書の力に頼らなかった。
シャマルは距離が離れても書の改竄が行われると言ってたけど、少なくともお前の意思によるものじゃねえ。それがよく、分かった。

危険を感じてお前が発動させていたのなら、書に何か影響が出る筈だからな」


 だから昨晩、ずっと見守っていたのか。俺が発動する瞬間を見極める為に。

監視の役目を果たしたのに俺の味方をしただけで仲間に責められても、こいつは堂々としている。

納得はいかないが、俺が何か言うべき事じゃない。彼女が自分で決めた事なのだから。


「だけど、お前自身が書を改竄しているのは事実だ。改竄した頁の全てが、お前の意思が無いとは言わせねえ。
他人の願いを叶えたのがお前なら、お前自身がその願いを最後まで果たさなければいけねえ。

知らなかった、では済まされねえ。あの頁に描かれた笑顔を、お前は絶対に守らなければならないんだ」


 ……俺が死ねば願いは消えて、アリサやミヤは消滅。そして――アリシアはまた、この世から去ってしまう。

悲劇は再び繰り返される。終わらせたのが俺ならば、二度と起こらないようにしなければならない。

ヴィータは真剣に、俺を力の責任を説く。力を持つ騎士だからこそ、言葉にも力が宿っていた。


「だから――海外へ行って、早く怪我を治して来い。万が一書が発動しても、アタシが必ず何とかしてやる」

「お前がって、え……?」



「だから! その、何だ……リョウスケ。お前を、アタシの子分にしてやる!

今日からアタシの事を、"オヤジさん"と呼べ!」



 特撮の次は、任侠かよ!? ファリンといい、こいつら映画の影響を受けすぎだろう!

大体なんで忍とかはやてとか近しい者じゃなく、超絶赤の他人である俺を最初に引き込もうとするんだ!


『オヤジさん』という事は五分の盃ではなく、二分八――こいつの言うように弟分ではなく、子分扱いである。


5段階ある兄弟盃の中では、最低の服従関係。上下関係が厳しい世界で、俺はダントツの下っ端だった。

監視の結果がこの評価、俺は全然駄目らしい。騎士に認められるどころか、見下げられた扱いに泣きそうになった。


うちの組長・・は、ヤクザ映画のエンディングテーマを得意げに口ずさんでいた。


事件は無事終わったけど、色々と納得できない。

































































<続く>







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