とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第六十話







 護衛について一週間以上毎日通っている屋敷、内部は正確に覚えている。頭にも、身体にも。

女四人が住むには広過ぎる豪邸に苛立ちを感じながら、西洋風に飾られた玄関口へ到着。扉を蹴破って、正面の門へと駆け出す。

外に出て梅雨に濡れた空気を感じた瞬間、先程喧嘩してしまった女の怒声が聞こえて来た。


「いいから帰ってよ。気分の悪い日に、アンタの顔なんて見たくない」


 月村忍は赤の他人にはあまり関心を寄せない女である。親しくも無い人間に、決して自分の感情を素直に見せない。

感情にはさまざまな種類がある。喜怒哀楽、地球上に生きる生物の中で万華鏡のように多彩に表現出来るのは人間のみだろう。

あいつは赤の他人に笑顔を見せないが、逆に怒りや憎しみも向けたりはしない。少なくとも俺自身が怒らせた以外では、見た事が無い。

月村の思わぬ一面に思わず足を止めてしまうが、怒りを向けられた相手には意外でも何でもなかったらしい。


「何や雨の中わざわざ様子を見に来てやったのに、冷たい奴っちゃな〜」


 「争っている」となのはは言っていたが、今の状況は「言い争っている」と言うのが正しい。ひとまず、竹刀を袋に収めた。

門の前には一台の車が停まっており、その前で月村と一人の男が向かい合っていた。


――眼鏡をかけた、小太りの中年男性。高級スーツで見栄え良くしているが、お世辞にもセンスがいいとは言えない。


金を持つ人間の独特の雰囲気はあるが、綺堂のように洗練されていない。大金を持たされた・・・・・人間の典型。成金の見本のような男だ。

桃子やフィリス、リンディや綺堂――本当の大人を知らず金を手に入れていれば、俺もああいう人間になっていただろう。

男は葉巻を手に紫煙を燻らせて、月村忍を見下ろしている。


「お前の父親の征二は生前、色々と面倒見てやったもんや。その娘ともなれば、自分の娘も同然やろ」

「アンタなんかが父親だと思うだけで、吐き気がするわ。さくらと違って、私本人には何の関心もないくせに!」

「まあ、そう言うなや。ワシはな、心配なんや。
親戚のみならず、一族の連中の反対を押し切ってあの娘を引き取ったお前と――綺堂に」


 食ってかかっていた月村の勢いが止まる。玄関からでは背中しか見えないが、彼女の肩が震えていた。

俺からでは見えない月村の今の表情を見て、男は薄っすらと笑う。その反応を待っていたと、言わんばかりに。


「お前の我侭を聞くためとはいえ、綺堂も随分無茶をしたもんやな。

月村すずかと名付けられたあのガキは、『純潔種』――折り紙付きの血統、一族の未来を担っとる。

何処でどう生まれたのかはハッキリせんが、まず間違いない。
連中も目の色変えて欲しがってた存在を、長に取り入って綺堂が横からかっぱらったんや。違うか?」

「アンタ達が欲しいのはすずか本人ではなく、あの子の血でしょう!?
養女とか何とか言ったって、結局権力を手に入れる為の道具でしかない!

あの子を一族の頂点に立たせるか、子供を無理やり生ませる事しか考えてないくせに!」


 お前ら一族の連中は変態揃いか!? 妹さんはどうみてもまだ子供だぞ!

……などと胸の中で見当違いな抗議をするくらいしか、こんな重い話に付き合えそうに無かった。

やっぱり、金持ち連中の権力争いが関わってやがった。一族にとって重要な存在と聞いていたので、何となく見当はついていたからな。

噂の本人はなのはと一緒に門の影に隠れて、様子を見守っている。生々しい話を、淡々と聞いていた。

ノエルが守る形で立っているので、男の位置からでは見えない。


「そういうお前はあの娘を一人前に育てられるんか? まだ小さい子供や、金さえあればええいうもんやない。
自分の気持ち一つで振り回すだけなんやったら、結局一族の連中と何も変わらんやないか」

「私はともかく、さくらとアンタ達を一緒にしないでよ! さくらはすずかの事が本当に心配で――」

「その同情が身勝手やと言うんじゃ。心配、心配と言うけど、あの娘は本当にそれを望んでおるんか?
人間らしく生きて欲しい? おーおー、カッコええやんか。善意の押し付けじゃなかったら、の話やけどな」

「……わ、私は、ただ……」


   ただ未熟な月村を罵倒しているだけなのかもしれないが、俺はあの男の言う事にも頷けるものがあった。

この街の連中がいい例だ。俺を真人間にする為に、色々と意見を言ってくれたり、心配もしてくれている。

その気持ち自体は本物なのだろうし、助けられているのも確かだが――余計なお世話、とも思うのだ。

剣を片手に、この世界を放浪する。傍目から見れば働きもせず、ブラブラしているだけのロクデナシだ。俺も否定はしない。

ただ、たった一度の人生。自分の好きなように生きていきたいし、他人に迷惑をかけようと、我侭でいたい。

貧困に喘ぎ、孤独に苦しむ事になっても、それは俺自身で選んだ生き方だ。少なくとも、後悔はしない。


――それでも。


「約束の日までにあの娘に兆しが見られへんかったら……分かっとるんやろうな?」

「っ――うるさい!」



「あの娘は引き取られて――綺堂さくらは、一族から追放される」



 ――頭上より降り注ぐ雨が、激しさを増した。重く冷たい水滴が、傘を落とした月村忍を濡らす。

今の話は……本当なのか、月村……? 問いかけるのも馬鹿馬鹿しい。あいつの態度が何より物語っている。

そして、綺堂からの数々の要望にも。


ファリンを連れ戻す採用試験、月村忍本人による選考、月村すずかへの二十四時間護衛体制――彼女達の変化を望んだ、仕事。


綺堂さくらは決して、保身に走る女性ではない。恐れているのは多分、自分の大切な人達を守れない事。

結果を強制してでも、彼女は求めた。たとえ最悪の結果となっても――自分の代わりに、月村達を守れる存在を。

自分の全てを捨てて、綺堂さくらは月村達を守るつもりなのだ。捨て身の覚悟で、月村すずかを引き取った。


"これは私からの御願いだけではない、私達一族の長からの依頼でもある。是非とも、聞いて頂きたい"


 ――そして一族の長も、捨て身の綺堂の身を憂いている。長だからこそ、一方的に味方は出来ない。

すずかを心から案じている月村忍、その姪を守ろうとする綺堂さくら、身内の追放の憂き目に嘆く長。

綺堂が俺に詳細を語らなかったのは――俺に、背負わせない為だったのだ……


あの、女……!!


「悪いことは言わん、ワシに預けろ。お前とあの娘の面倒はきっちり見たる。
少ない親戚やけどツテはあってな、綺堂の追放だけは免れるかもしれん」

「結構よ。絶対に、頼ったりなんかしない」

「今までの生活で身に染みたやろ。あの娘は誰にも、心を開かん。自分の心も定まってない、ワシらとは違う生き物や。
一族の連中も手を尽くしたけど、どうにもならんかった。まあ、そこを綺堂が巧みについて引き取ったんやけどな。

忍、綺堂はお前の為に全てを失う覚悟でおる。お前は我が身可愛さで、恩の一つも返さんつもりか」

「……っ」

「約束するわ。ワシに全て託してくれたら、悪いようには絶対にせん。綺堂もお前も、あの娘も幸せになれる。
そやから――な?」


 ――竹刀袋を引っ張る、感触。視線を下げると、月村すずかが俺を見上げていた。

感情のない瞳が、訴えかけている。形が定まっていない心で、俺に懸命に何かを求めている。

高町なのはは妹さんと違って非常に分かりやすく、必死な顔で。飛び出そうとするファリンを押さえながら、ノエルも俺を見ていた。

顔を上げる。月村忍の孤独な背中――葛藤する心が悲鳴を上げている。






"助けて"





「――なかなか面白そうな話をしているな、俺も混ぜてくれよ」

「さ、侍君……!?」


 月村忍の冷たくなった手を掴んで、自分の後ろへ無理やり下がらせる。

男が険しい顔をして近づこうとするが、俺が割り込んで月村を背に庇った。


「? 誰や、お前!」

「お前こそ誰だと言いたいところだが――」


 助けてやる義理はない。けど――義務はある。他人の為ではなく、自分の為ならば剣は振るえる。

他人の為に戦う馬鹿共を、俺は沢山見てきた。その真似事くらいは出来る。

この街の連中はどうしようもない程お節介で、馬鹿で、鬱陶しくて、ウンザリさせられているけど。



それでも――逢えた事はよかったと、今は思っている。



「月村忍の、護衛だ。不本意ながら、こいつを守るのが俺の仕事だ」


 一族の秘密だの、権力だの、一介の剣士には何の関係もない。

月村や綺堂が苦しんでいるのならば、助けてやる。傷つけられようとしているなら、守ってやる。


報酬の分だけは、お前らの味方でいてやるさ。


































































<続く>







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