とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第五十六話







 月村忍とすずかの護衛、その依頼人は綺堂さくら。この仕事を始めてから、彼女には逐一連絡を取っている。

護衛任務とはいえ、年頃の男が可愛い姪の家に日夜通いつめる――心配するのは無理もない。

そんな甘い叔母なら俺もやりやすいのだが、綺堂さくらは姪可愛さで私情を交える女ではない。


『ノエルより、貴方の仕事内容に対する報告を受けたわ。
忍やすずかからも、この半月における貴方の印象を聞いています。

護衛対象及び第三者からの評価を吟味した上で、今後の契約について私からの結論を言わせてもらいます』

「お役御免にでもなったか。今ちょっと立て込んでいるから、正直ありがたいかも――」

『深夜勤務と休日出勤も、お願い出来ないかしら?』

「二十四時間傍にいろってのか!?」


 6月下旬の大雨の降る日、月村邸へ徒歩で向かいながら女性との電話中。麗しの貴婦人との会話は色気よりも、驚愕に満ちていた。

黒雲に包まれた空より嘆きの雨が降り続いており、爽やかにジョギングも出来ない。

毎朝見送ってくれるはやてより渡された傘をさしながら、俺は携帯電話で依頼人に連絡を取っていた。


『必要経費は勿論の事、成功報酬の増額を約束するわ。書面で良ければ、今日中にアリサに渡しておくわよ』

「俺に直接渡せよ……そんな事より、夜や休日は屋敷の中で大人しくしていればいいだろう」

『以前にも話したでしょう。あの娘達には、なるべく普段どおりに過ごしてもらいたいの。
忍やすずかの平穏を守る事が、貴方に託した仕事よ。契約前に話し合った事でしょう』

「俺は日夜傍に居るだけで、日常とは異なるだろう。むしろ屋敷の中で過ごした方が、家族水入らずで落ち着く」


『――もう察していると思っていたけれど?』


 電話の向こうで、艶然と微笑む綺堂の表情が脳裏に浮かぶ。俺が薄々気づいていると分かっていながら、何でもない顔で問うてくる。

知らん顔を続ければ評価を下げ、察していると認めればこれ以上苦情は言えなくなる。何て、手強い女だ。

だが俺もこの人間関係を続けて、少しは対応出来るようにはなっている。でなければ、こんなやり辛い女と関係なんぞしない。


「強制的に二人との関係を進展させようとしている事に、文句を言ってるんだよ」

『進展ではないわ。私が望んでいるのは、変化よ』

「変化だと……?」


「そう。貴方が望んでいる・・・・・・・・、他人との関係による変化」


 携帯電話を、雨に濡れた地面に叩きつけそうになった。見透かされた事への怒りか、羞恥か。

他人との関係を拒む俺が、他人を守る仕事を受け入れている。その矛盾が成り立つ最たる要因を、綺堂は突きつけてくる。

子供じみた反論をせずにすんだのは、間違いなく五月での反省が生かされている証拠だろう。


迂闊な言葉や行動でフェイトの心を壊し、心臓病のレンを巻き込んだ事は今でも忘れられない。


「他人の干渉を望むのならば、カウンセラーでも雇え。知り合いの医者を紹介してやるぞ」

『どれほどの名医でも、忍やすずかに適用されるとは限らない。人間の心ともなれば千差万別、人選は決まってくる。
世間の評価よりも、確実な結果を私は望んでいる。だから貴方なのよ、宮本良介君』

「俺が守るのは、あいつらの命だけだ。心がどうだろうと、関係ない」

『護衛を変える話も試しにしてみたのよ。異性ではなく、同姓でも優秀な人材は幾らでも居る。
その中ですずかが希望をしたのは、あくまで貴方なの。

すずかと約束したのでしょう? 貴方にお金を渡す日まで生きると、私に言ったの。
ふふふ、忍なんて最初から他の人なんて考えてもいない。たった半月で本当に良くやってくれているわね、感謝しているわ』

「肝心の敵は全く襲ってこないけどな」


 何で剣士の俺が他人の心のケアに精を出さねばならんのだ。剣士は人を斬る人間なのに、今やっている事は真逆だ。

半月間フィリスの治療と自己鍛錬で、随分身体も良くなっている。ファリンとの死闘による傷も癒えてきた。

まだ正式な許可は出ていないが、剣の訓練も再開出来そうだ。ようやく身体を動かせるというのに、肝心の相手がいない。

このままでは美人姉妹との心穏やかな会話だけで、任務が完了してしまう。


『私の方からも手を回して、二人に手を出せないようにしているから。敵対勢力も封じつつある。
何事もなく終われば、それに越した事はないわ。勿論、安全に終わっても貴方への報酬を減らしたりはしないから安心して』

「アンタが望んでいるのは、別にあるからね。護衛そのものはどうでもいいんだろうよ」

『……注意は怠らずに、お願いするわね。忍やすずかとの交流は確かに望んでいるけど、狙われているのも事実。
変化を壊そうとする人間がいる――その事を念頭に、仕事を続けて欲しいの。敵はそれほど甘くはない。
少なくとも二人の護衛は貴方一人だと、向こう側も分かっているわ。

今まで手出ししなかったのは、あなたの背景にいる私を恐れての事――

こちらが相手を警戒しているように、相手も私の動向を伺っている。 
貴方個人が私の重要な手札だと気づけば、仕掛けてくるかもしれない。
嫌がらせ程度で私は口出し出来ないけど、忍やすずかを傷付ける事は出来るのだと覚えておいてね。

くだらないイジメを受けても、人間は自分の命を殺せるのよ』

「……分かった、肝に免じておく」


 他人の評価を気にもしない月村に、自分の感情すら見せないすずか。どちらもメンタル面は鉄壁だと思うが、了解はしておいた。

二人の生活を脅かす存在を、俺の剣で斬ればいい。簡単な話だ。相手の思惑など知った事ではない。

ただ、その護衛任務について労働者の権利を高らかに主張せねばなるまい。


「仕事はきっちりやってやるから、俺以外にも雇え。二十四時間俺独りで回る訳ないだろ」

『今日から一人、護衛が増えるわ。紹介があると思うから、仕事の手順を教えて上げて。
仕事時間の追加要望は変わらないけれど』

「人員増やす意味がねえ!? あのな、俺の私生活も少しは考慮しろ。優秀な人材はいると、さっき言っていただろう。
月村一族の財力で物を言わせれば、簡単に集まる。採用試験を実施して選別しろ」

『それがなかなかいい人が見つからないの。ごめんなさいね、私も一生懸命・・・・探しているから、もう少し・・・・待ってね』

「この仕事、短期間の集中業務だろ!? モタモタしていたら、探している間に敵の襲撃がやんでしま――」

『――それじゃあ、お仕事ガンバッテ』


 一方的に切る、月村一族の女傑。その清々しいほどの遠慮の無さに、俺は何も言えずに携帯電話をしまった。

一人は確実に増えるんだ、そいつに全部押し付けてやる。この仕事の先輩は俺だ、遠慮はしないぞ。

無理やり自分を納得させて、俺はもう一つの懸案事項について吟味する。


「で、仕事先までついてくる気か?」

「は、はい! ハァ、ハァ……も、勿論です! おにーちゃんは、なのはが守ります!」

「歩いているだけで、息が切れているじゃねえか!?」


 月村一族の護衛とは別に、俺の周囲にも護衛が一名追加された。

高町家の末っ娘、高町なのは――時空管理局が認定した、優秀な魔道師。海鳴町の、魔法少女。

胸に下げているのは赤い宝石、レイジングハート。魔法を発動させる杖の役割を持つ、デバイスである。


「クロノ君やリンディさんから聞いています。おにーちゃんが、ジュエルシード事件の事で狙われているって!
おにーちゃんには先月助けてもらったのに、何も返せていません。今度はなのはが、おにーちゃんを助けたいんです!」

「……それでリュックサック背負って、家を出てきたと?」

「学校がありますので毎日ではありませんが、出来る限り一緒にいます。
おかーさんやおにーちゃん達にはきちんと、お話してきました。皆頑張ってねって、応援してくれたんですよ!」

「絶対、子どもの遊びだと思われてる!?」


 六月に入って高町家を正式に出て、なのはが落ち込んでいるとの話は聞いていた。

あの家はレンと晶、フィアッセと桃子、恭也と美由希、二人セットでつるむ事が多い分、なのはが一人でいる事が多くなる。

別に蔑ろにされているのではないのだが、仕事や学校関係もあって、どうしてもそうなってしまうのだ。

その為なのはは居候中の俺と遊ぶ事が多く、いつの間にか懐かれてしまった。


特にジュエルシード事件では、なのはの人生最初の修羅場で――俺が魔道師だと知った時、心から安心して喜んでいたのを覚えている。


事件そのものは恭也達は知らないが、薄々察して桃子達は俺になのはの事を託した。

その事もあって、あいつらは平気で許可を出したのだろう。俺が傍にいれば、安心だと。守られる側は、俺なのに。


「それに、はやてちゃんやアリサちゃんとも会いたかったですし!」

「……大袈裟に喜んでいたな、あいつらも」


 なのはが突然訊ねてきたのだ、八神家の面々に話さない訳にはいかなかった。

時空管理局絡みの話は抜きにして簡単に事情を話すと、はやてやアリサは喜んで歓迎しやがった。

まあ、無理もない。八神はやては車椅子生活で友達の一人もおらず、アリサは両親にすら疎まれて殺された身。

知り合ったのは一ヶ月前でも、ようやく出来た友達を彼女達は大切にする。心からの笑顔で、抱き合っていた。


仕事先への同行も、アリサが許可しやがったしな。主人の意志を無視して、あのメイド。


「たく……大体、お前に何が出来るんだ? 一緒に歩くだけで、ゼイゼイ言ってる奴が」

「は、はやてちゃんの家から、こんなに遠いとは思わなかったので……
でもでも、なのはには魔法がありますから!」

「砲撃魔法の才能があるとは言ってたけど、人に向けて撃てるようになったのか?」


「え、え〜と……目、目をつむれば!」

「下手すれば、俺に向かって飛んでくるだろ!?」


 精神面は全く改善されていない、純粋無垢な魔法少女。相変わらず、他人を傷付けることが怖いらしい。

それでよく優れた魔道師であるフェイトに勝てたものだと思うが、高町家の本来の強さは俺も認めてはいる。


優しさも、また強さの一種――くだらないと思っていたのに、いつの間にか俺は負けていた。


「この前だってお前の希望で高町兄妹の見取り稽古に一緒に参加したら、途中で気絶したじゃねえか」

「稽古だと分かっているんですが、竹刀や木刀でも人は傷つきますし……血が出るのを想像すると、とても――」

「家でゲームでもしてろ」

「あ、あのあの、攻撃は難しいですが、他にも魔法は使えます! ね、レイジングハート!」

「Yes, my master」


 魔法に関して、俺はまだ詳しくは知らない。所詮俺一人では使えないものであり、ミヤとの融合は禁止されている。

剣士の俺には不要なので深入りもしなかったが、便利な代物である事は確かだ。回復魔法には特に、世話にはなった。

そこで使えるかどうかを聞いてみると、なのはは元気よく頷いた。


「ユーノ君に教えてもらいました! それに防御魔法や、飛空魔法だって使えます。
安全な場所まで一直線、です! えへへ、おにーちゃんが教えてくれました」



"壊すためじゃなく、守るために使えばいいだろ"

"争い事とか、悲劇とか、今回の事件のような状況が起きた時――
苦しくて悲しくて助けてって泣いてる人を、助けに行ってやれよ。お前の力と――意思で"


"安全な場所まで、一直線によ"



 人を攻撃して止めるのではなく、人を守る為に止める。他人を守る盾と、他人を救う翼を持って。

俺の剣は、他人を傷付けるしか出来ない。けれどなのはの魔法は、他人を守る事が出来る。

どちらが護衛に適した力なのか、考えるまでもない。


クロノとリンディの推薦――どうやら私情だけで選んだのではないらしい。まったく、俺の周りの他人共は、侮れない奴ばかりだ。


「分かった、月村にも俺から事情を説明しておくよ。お前と同じ年頃の妹もいるんだ、仲良くしてやってくれ」

「ほ、本当ですか!? なのはも会いたいです!」


 俺が望んだ、他者との関係による変化。なのはと出逢う事で、月村すずかにも変化があるだろうか?

確信はある。曖昧な思い込みではなく、必ずそうなるという確かな自信が。


高町なのはは――あのフェイト・テスタロッサと、友達になれた女の子なのだから。


「何だったら、空でも飛んで行くか? あいにくの空模様だけど」

「い、いいえ! おにーちゃんの護衛が、なのはのお仕事です。楽なんて出来ません、ハァ、ハァ……」


 優しさの中に、確かな意志もある。他人を傷つけるだけが、勇気ではない。

それに――優しい魔法少女に相応しい、手本となれそうな人間がいる。


「――え……? あ、あの……?」

「乗れと言っているみたいだぞ、そいつ」


 息を切らせて歩く少女の前に屈む、一匹の狼。今日の俺の監視を務める、八神家の番犬。

盾の守護獣、ザフィーラ。ヴォルケンリッターの中でも、主を守る力・・・・に優れた騎士。

雨の中傘もささずに四本足で歩いているのに、その毛並みは濡れていない。

何も言わずに少女の前に背を向けるその姿には、貫禄があった。


「……ありがとう、乗せてもらうね。重いけど、大丈夫かな……わっ!?」


 恐る恐るなのはが腰を下ろすと、ザフィーラは悠々と歩き始めた。重さなど感じぬと、大地を力強く踏みしめて。

最初こそ戸惑いを見せていたが、やがてなのはは心を許して傘をさしてはしゃいでいた。


「何だろう……この、敗北感」


 別に他人に優しくする筋合いはないのだが、なのはを無理やり歩かせた俺が悪いように感じられる。

ザフィーラは監視が目的、なのはを気遣う必要はないのに実に紳士的だ。

優しさを言葉で表現せずに、態度で見せる。誇りを抱いて生きる狼に相応しい、在り様。


主を守る力を持つ騎士、他人を助ける力を持つ魔道師――


今日の護衛任務は、俺にも変化を与えてくれそうだった。


































































<続く>







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