とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第五十四話







「今日も一日、お疲れ様でした。本日の家族会議を始めたいと思います」

「わー、ぱちぱち」


 六月に入って恒例行事となった、八神家家族会議。司会者は八神はやて、ミヤがアシスタントとして盛り上げている。

日も暮れて、窓の外は暗闇に染まっている。護衛の仕事を終えて、月村家から走って帰ると時間もそれなりに経過してしまう。

ノエルが車で八神家まで送ると申し出てくれたのだが、俺はともかくミヤとヴィータのチビッココンビまで断る始末。

監視役の任は忘れていなかったのか、八神家まで一緒に走る羽目に。

背丈は小さくとも歴戦の戦士――旅で慣らした俺の足に、余裕の顔でついて来た。ミヤは飛んでいたが、それはそれで腹立たしい。

無駄に張り合った結果、仕事による疲労も手伝ってバテ気味。風呂入って早く寝たいのだが、家族会議は全員参加を義務付けられている。


「今日の仕事内容の詳細を報告してくれる? 成果だけではなく、問題があったのなら隠さずにお願いね」

「それじゃあ、まずはわたしから報告するわ。今日は――」


 八神家の主ははやてだが、一家の大黒柱はアリサさん。公私混同をせず、それでいて仮初の家族を力強く支えてくれている。

本来なら男の役目なのだろうが、家族生活の経験の無い俺には不可能。自分以外にそれほどの興味も無い。

アリサの入れてくれた日本茶を飲んで、黙って話を聞いていた。


「最近の勧誘は、お年寄りの家やと分かっていて来るみたいやね。
キッパリ言わなあかんと思って、強く断わって追い返したけど……また来られたらどうしようか。

お婆さんも一人暮らしやから、しつこく迫られて困ってるみたいなんや」

「口で言って聞かないなら、身体に訴えるしか無いだろう。顔見た瞬間無言で蹴りを入れて、追い出せ」

「……わたし、車椅子なんやけど?」

「ガキが車椅子乗ってたから、余計に嘗められたんだろうな。明日は、立て」

「無茶な事、言われてる!?」


 最初は殺伐としていた会議も、回を重ねるにつれて和やかに進行するようになった。

……主に会議で争っていたのは俺に関する議題ばかりだったので、俺さえ大人しくしていれば揉めなかったのだが。

案外、俺がいない方が家族として成り立つのかも知れない。恩返しすれば出て行く身なので、悩む必要はない。


「聞いて下さい、とうとう今日公園デビューしたんです!
主婦の皆さんが歓談されていたので、勇気を振り絞って話しかけてみました!!

最初は戸惑われてしまいましたが、アリサちゃんやはやてちゃんに教わった事を思い出して仲良くなる事が出来たんです!」

「ふーん」

「何ですか、その興味のなさそうな顔は!? 連帯感のある御近所の皆さんと仲良くなるのは、本当に難しいんですよ!
古代ベルカでの聖戦の折に、敵兵と――」

「分かった、分かった!? 俺が悪かった!」


 気の無い素振りで返答したのがまずかったらしい。猛烈に詰め寄られて、俺は白旗を揚げた。

唯子先生のジャージ追い剥ぎ事件でも謝らなかった俺だが、今日はもう湖の騎士と口論する気力はない。

大人しく謝ると機嫌を直したのか、八神家の主婦さんは自分の武勇伝を自慢げに語った。


「シャマルもやっと、後近所付き合いが出来るようになったのね。本当によかったわ。
これから主と生活する上で大切な事だから、今後も続けていくようにね」

「主の名誉に関わる事だと教えてくれたアリサちゃんの為にも、恥をかかないように努力します」


 ……六月に入って、突然正体不明の外人が四人も八神家に出入りするようになれば、否が応でも目立つ。

その上古き時代で戦いに明け暮れた騎士に、一般常識なんて当然ありはない。

放浪暮らしの長い俺も愛想が良いとはお世辞にも言えないが、プログラムのこやつらは主以外の存在に何の興味も示さない。

一人ぼっちの車椅子椅子生活を送っていたはやても家に閉じ篭る日が多く、付き合いも無かったらしい。


そんな彼らを外へと送り出したのが、アリサだった。血の繋がらない家族生活を送るからこそ、人間関係は大切だからと。


騎士達にとっては強者と戦う事よりも難渋したようだが、主の為ならば彼らはどんな努力も厭わない。

まして大事な家族として接してくれる八神はやては彼らにとっては稀有であり、敬意に値する存在であるらしい。

車椅子の主の為に、守護騎士達は今日の生活を守る為に戦う。剣を交えずに、言葉と誠意を持って。

とはいえ敵を倒すよりも仲良くなる事の方が難しいのか、話を聞く限り会話の種に困った事が多々あったようだ。


「貴方こそどうなんですか!? 御令嬢をお守りする仕事に就いているそうですけど、きちんとやれているんでしょうね!
どうせ貴方の事だからまた女性の裸を覗き見たり、下着に興味を示したりしているのではないですか!」


 ――脳裏に浮かぶ、月村忍の黒い下着姿。女性らしい優美なラインを描く裸身の想像を、苦味のあるお茶と共に飲み干した。

ムキになって言い返せば、勘ぐられる恐れがある。美人の豊満な胸を想像して顔を赤くするほど、俺も子供ではない。

見たくも無い恋愛映画を二人っきりで鑑賞して、許しは得られている。当人同士で解決した問題なので、改めて議題に出す必要はない。


「俺から言っても、信じないだろう。俺を目を離さず・・・・・監視していた二人に聞いてみろよ」

「ヴィータちゃん、ミヤちゃん。この人は、問題を起こしませんでしたか!?」


「――リョ、リョウスケはちゃんとお仕事に励んでいたですぅ! ね、ヴィータちゃん!」

「お、おうよ。アタシがちゃんと監視してたから、安心しろよ!」


「……だったらいいんですけど」


   不必要に強調する二人を見て訝しんではいるものの、シャマルは大人しく引き下がった。

――月村忍と密室で、二人っきりの恋愛映画鑑賞。月村すずかと夕日の下で、二人っきりの初めての会話。

その間、こいつらはモニターの中にいる正義の味方に注目。俺の事なんぞ、全く気にもしていなかった。

失態に気付いたのは、護衛の仕事が終わって月村家を出た瞬間である。駄目すぎる。


……意外だったのは、ファリンが俺達を引き留めた事。特にヴィータとミヤが帰るとなった時、無言で首を振って縋っていた。


人間関係が生まれやすい最たるキッカケは、共通の趣味や話題が出来る事。考えてみれば、当たり前だった。

チビスケなんぞ泣いて別れを惜しみ、必ず明日も来ると固い握手。

ヴィータも顔は逸らしていたが――気が向いたらまた来てやると、ファリンに言っていた。男前すぎるだろう、こいつ。


「シグナムやザフィーラは、何か自分に出来そうな事は見つかった?」

「……申し訳ない。色々と考え、行動にも移したのだが何も」

「……この町の地理を知った。緊急時における行動は可能だ」


 今日だけは珍しく主であるはやての警護ではなく、自由行動に出ていた二人。烈火の将と、盾の守護獣。

この世界が平和である事をようやく実感して、二人は家族生活に貢献するべく試行錯誤していたのだ。

公園デビューという言い方こそ変だが――後近所付き合いもまた、シャマルが自分なりに考えた生活を守る手段である。

魔法や武器が海鳴町での生活に不要だと悟り、彼らは身の置き場に困ったのだ。

騎士達は俺の事を敵視はしているが、敵の言う事だからと安易に否定するほど小さい器ではない。

幾つもの衝突で彼らに言い放った俺の言葉を、吟味はしていたらしい。主の為に出来ることを、彼らは考えている。

だが、民間人が突如戦場に放り出されても何も出来ない様に――平和な生活に突然身を置く事になった騎士達も、困り果てているらしい。

シグナムは素直に己の力不足を、ザフィーラは自分に出来た最大限の事を報告した。どうせ、犬の散歩だろうけど。


「二人でも出来そうな仕事はあるんだけど……勿体無い気がするのよね。宝の持ち腐れになりそうで」

「いえ、アリサ殿。是非、お願いしたい」

「主に貢献出来るのであれば、如何様にでも」


 二人の表情は真剣そのもの。ハヤテの為ならば、腹でも切る覚悟を持っている。

厳しい社会で就職活動に悩んでいる連中とかも、こういう顔をしているのかも知れない。

仕事をするのも大変なのに、仕事探しから苦労しなければならないとは、理不尽なものを感じる。

スケジュールを組むアリサも適材適所に悩んでいるようだ。天才少女の頭脳は、常に最善な答えを探し続ける。


「分かった、一日だけ時間を貰える? こちらで探してみるわ」

「はい、分かりました。主はやて、明日は私が同行します。
一人暮らしの後老人のみならず、主に迷惑をかける無礼な輩の対処はお任せ下さい」

「シャマル、明日は我がこの男の監視につこう。お前は己の役目に専念しろ」

「ありがとう、ザフィーラ! 明日はお買い物に一緒に行く予定だったの。
料理の材料がお手頃価格で買えるお店を、教えてもらうつもりなのよ」


 次第に平和な生活に馴染みだした、騎士達。不器用な彼らを支える幼い主と、小さな盟友。

彼らが明日の事で団欒する光景を、俺は欠伸をしながら眺めていた。


プログラムで行動する彼らは、日常に溶け込み――普通の人間である俺は、今でも浮いている。


彼らを羨ましいとは全く、思わない。ただ退屈を感じて、ぼんやりと眺めているだけ。


――黒いドレスを着た少女の、一人ぼっちの光景。一人である事を不幸とも思わない、確立された存在。


少しも有意義では無かったのに……また、あの娘と少しだけ話したくなった。 

血の繋がらない、家族との生活。心情だけではなく、立場まで同じである少女。


家族って何なんだろうな、月村すずか――













 家族会議は、滞りなく終了。一つしか無い風呂の順番を争って、家族で賑やかに騒いでいる。

喧騒に関わっていないのは順番に興味の無い俺と、先に風呂に入ったヴィータのみ。

鉄槌の名に相応しくない可愛いパジャマを着た少女は、いそいそとDVDケースを取り出した。


「……それ、もしかして」

「テメエが勧めた映画だよ。暇だから見てやる」


 ヤクザや暴力団などの仁義をモチーフとするジャンル、任侠映画。レンタルビデオ屋で、俺が推薦した作品である。

昼間散々特撮を見たくせに、まだ映画を観るとは。よほど気に入ったらしい。

月村家で覚えたのか、DVDをプレイヤーの操作も手馴れたものだった。

正直眠気もあったのだが、俺はそのまま居間で大人しく眺めていた。恋愛や家族ドラマよりは、興味がある。気分直しに見てみよう。


映画が、始まった――


弱い者を助け、強い者をくじく姿勢。義のために、命を惜しまない気風。

無口で硬派な男が主人公の、ヤクザ映画。

一本「筋」の通った物語が感動とは違う熱さを与え、ただの無法者ではない主人公に男を感じさせる。


そして、男の任侠を象徴する儀式――『兄弟盃』。


血は繋がっていない。過去を共有していない。同じ環境で育っていない。

ただ偶然巡り会った、関係。敵ですらあったのに、共に時間を過ごして――いつしか、本物となる。


「……これってさ、騎士の誓いみたいなもんなのか?」

「そんな堅苦しいものじゃねえよ。恋愛のような甘さは無く、崇高な使命も無い。
そいつを心から認めた時、杯を交えるのさ。


お前の為なら、命もあずけられると――」


 五分の盃をかわしたその時に赤の他人が友となり、家族となる。

二人の立場は文字通り五分、心すら許して兄弟と呼び合う。あるいはこれも、家族の関係なのかも知れない。

任侠映画は決して、万人に受け入れられるものではない。改造人間の英雄のように、子供にも愛されるものではない。

兄弟の盃なんて、今でも行われているのか怪しい。古びた男の姿、そう言われても仕方がない。


「お前って――自分の命を預けられる奴とか、いるのか?」

「いねえな、そんな奴。お前は?」

「……アタシには、主がいる」


 鉄槌の騎士は――はやて、と名前を言わなかった。主を守る為の騎士だと、語るのみ。

その言葉に熱さも、冷たさも無い。当然の事として受け入れている。

ヴィータはそれ以上、何も語ろうとはしなかった。その横顔に、少々の寂しさが浮かんでいるだけ。


杯を交えた男達は、笑っている。俺達は笑わず、兄弟となった者達をじっと見ていた。


変化は確かに起きているのかも知れない。

けれど、いずれ終りが来るのならば――意味など無いのだろう、きっと。


永遠の誓いなんてありはしない――分かっているのに、俺達は最後まで見るのを止めなかった。


































































<続く>







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