とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第四十七話







午前中は仮面ヒーローの特撮物、午後から吸血鬼の恋愛物を観る事になった。

二本続けて観るのでコンセッションで手軽に食べられる物を人数分購入、無駄に値段が高く暴れたくなった。

最高のエンターテインメントを楽しむ準備は万端、ゲートでチケットを渡してシアターへと入場した。


「……密閉空間、照明が落ちたら真っ暗だな。一列で五席分取れているから――
妹さんを真ん中に、両脇に俺とノエルが固める。アリサは俺、仮面はノエルに隣に座れ。
上映中は俺の許可なく、勝手な行動を取るな。トイレは事前に済ませておけ」

「一応、真面目に仕事はするのね……」


 大金がかかっているから、当然だ。金は、赤の他人の命よりも重い。

余計な事を言うアリサを殴っておいて、全員を指定席に座らせる。出入り口の傍、いざという時の為に退路は確保する。

今日訪れたシアターは、広々とした空間だった。普段の日とあって、人も詰め込まれていない。

映画館側としては満席が望ましいのだろうが、護衛側としては都合がよかった。

ビッシリ配列された座席も、いざ腰を下ろすとソファのように座り心地が良い。

前列と密着していて身動きが取り辛いが、こればかりは文句を言っても始まらないだろう。

目の前には大きなスクリーン。上映が始まると、非現実の世界が美しい映像で演出される。

その為に照明が落とされるので、闇に乗じた襲撃も考えられる。竹刀は常に手にしておく、持込には苦労したけど。


「ガキばっかりかと思ったが、意外に大人も多いな。家族連れだけではなさそうだ」

「子供から大人まで、幅広い支持を得ている番組が映画化されたようです。
ファリンはテレビを見ませんが、この機会に少しでも関心を持ってくれればよいのですが」

「どうだかな……この映画を選んだ理由が酷いしな」


 特撮物を希望したのは、ファリン・K・エーアリヒカイトである。

人間が主人公の映画は見たくない、という凄い理由で。確かに改造されたヒーローは、普通の人間とは言い難いけど。

ファリンにとって大切なのは、主人・・であるノエルただ一人。他は塵芥、有象無象でしかない。

赤の他人には無関心という姿勢は大いに共感できるが、俺は排除対象なので笑えない。

ファリンは仮面をつけたまま、スクリーンを見つめている。あの仮面が主人公の映画なので、館内では誰にも怪しまれない。

第一幕――命令されるだけの少女が希望した、改造人間の物語が開幕する。


――特撮物は結果ではなく、過程を楽しむもの。


エンディングは分かりきっている。正義が勝ち、悪は倒される。この結果は覆らない、少なくともこの平和な国では。

子供達の夢は守らなければならない。ヒーローは憧れの存在、夢の結晶だ。

そのカッコいい勇姿が、子供達の純真な心に強く刻まれる。


真っ白なキャンバスに、永遠の憧れが刻まれる。大人になっても消える事のない、英雄像を――


「……ほれ、パンフレットを買って来てやったぞ」

「映画関連グッズを扱ったストアには、変身ベルトは売っていますでしょうか?
ファリンからの初めての御願い事なので、買ってあげたいと思っているんです」

「姉として喜ばしい気持ちは分かるが、やめとけ。変身出来ないと、売店に文句言われたらたまらん」


 一人の女の子が、正義の味方に、恋をした――

幼稚園児や小学生のように、映像の中だけの孤高のヒーローに心を奪われてしまった。

映画が終わった後は拍手喝采、夕日に消える英雄を慌てて追いかけようとしていた。お前はアニメのキャラクターか。


「――良介。ファリンに、怪人はこの町では何処に出現するのか聞かれたんだけど……?」

「退治に行くな。いいから、大人しくメイドをしとけ」


 ……まさか、これほど感化されるとは夢にも思っていなかった。

命令を聞くだけだったのに、何故急に自分から――そうか。そういう事か。

主の言いなりになる、人間。自分で考えて行動しないから、脳が働かない。考える事をやめたら、脳は退化するだけだ。


そんな空っぽの・・・・脳みそに刷り込まれた――子供達の憧れが、鮮明に。


物心をつく前の子供と同じだ。ダイナミックなアクションと仰々しい正義が、強烈な印象となって脳に熱く焼きついた。

大人でも血が滾る内容だったのだ。卵から生まれたばかりの雛は、最初に覚えた感動に惹き込まれてしまった。

  仮面をつけた、子供達の夢の乗り手ライダーに憧れるとはね……あっ!? こ、これだ!


「そこのライダー、おい。
――身構えるなよ、お前にヒーローの鉄則を伝授してやろう」

「……」


「正義の味方は、人殺しはしない」


「!?!?!?」


 落雷に打たれたように、ファリンはとてつもないショックを受ける。よし、手応えあり。

妹さんの護衛に忙しい時に、虎視眈々と狙うこいつの相手なんぞしていられない。

芽生えたばかりの正義に、楔を打ち込んでくれるわ。



「……ほ、本当ですか……?」



 おお、喋った! これはイケる。俺は少なくとも、間違えた事は言っていない。


「人間とは守るべきものであって、殺すものではない。

罪もない人間に危害を加えるのは――怪人だけだ!!」

「キャー!?」


 指をビシッと突きつけてやると、ファリンは愉快な悲鳴を上げて倒れる。

映画に便乗する形で言ってやったけど、お前が怪人なのは嘘でも何でもないよ。テーブルクロスの、怪しい人め。

目を回して倒れた怪人を、慌ててノエルが介抱。これで少しは大人しくなればいいのだが。


「正義の味方でも、悪人は倒すでしょう?」

「細かい説明を入れると、俺を悪人と断定してまた襲い掛かってきそうだからな。自分で理解させよう」

「正義と悪の境目なんて、環境で簡単に変わってくるのに。
頭から煙を出さなければいいけど……き、気のせいかしら?

本当にファリンの頭から、煙が出ているように見えるけど」

「漫画じゃあるまいし、お前も早く現実に戻って来い」


 幽霊であるアリサも、立派な御伽噺の存在だけどな。やれやれ、俺も妙なメイドを拾ったものだ。

よく見なさいと小煩いメイドを殴って黙らせていると、妹さんが一人で立っているのに気付いた。

ただじっと、次の映画を待つだけ――子供達の英雄も、月村一族の謎を孕む闇は払えないらしい。


「映画は面白くなかったか?」

「はい」


 正義の光も瞳には宿らっておらず、俺達の賑やかなやり取りを見ているだけ。

楽しそうには全く見えず、妹さんは時間を無為に過ごしていた。

質問にも素直に頷く。他人の好意にも一切興味はない。世界中の人間から嫌われても、一人で生きられる。


他の人間なら忌避するであろう、無感動な人間。


「そうか。俺も、正義の味方は性に合わないよ。お菓子、食うか?」

「いただきます」


 やはり、過ごし易い。傍にいて嫌でも何でもない、他人の関係。相手の心に触れない、充実した時間を過ごせる。

他人なんて知った事ではない。自分の時間を大切にすればいい。

キャラメルポップコーンを一つ一つ摘んで食べる妹さんに、俺は気軽に笑いかけた。
















 第二幕、吸血鬼と人間の恋愛物。シアターは別という恐るべき成金事実に恐怖しながら、映画を堪能した。

我が国の特撮物と違って、午後は洋画。血を食らう吸血鬼を、美女が見事に演じていた。

吸血鬼と聞くとドラキュラ伯爵といった牙を生やしたオッサンを想像していたのだが、女性とは驚かされた。流石はフィクションの世界。

平凡だが誠実な男性との、奇妙な縁。獲物でしかなかった男が、偶然と必然を積み重ねて愛しい恋人へと変わっていった。

不思議な人間関係とは、種族が違えどありえるものらしい。

世界を超えた約束を結んだ張本人としては、ちょっとした感慨を覚えてしまう。プレシアや、その娘達は元気にしているだろうか?


人間と、吸血鬼の恋。幸福に彩られた時間はやがて、劣化していく――


他でもないその時間が、種族を超えた恋愛を許さなかった。

時を重ねて人は老い、命を削っていく。少年時代はほんの一瞬、大人となって生活を育み、やがては老人となる。

時代を経て寿命は延び、発達した医療技術が難病を治しても、死は決して克服出来ない。


――吸血鬼は違う。薔薇より紅い血を飲み、人とは違う生を歩む。想像を絶する長い時間を、孤独に。


人を害するがゆえに、人を超える存在。どれほど追い求めても、やがては突き放してしまう。

人は力尽きて倒れ、吸血鬼はその先を歩む。隣を歩く相手を失っても一人で、誰もいないゴールへ向かって。


血を吸う魔物は、人のように苦しむ。何故、同じ時を歩めないのか?
血を吸われる人間は、魔物の苦しみに涙する。何故、同じ世界に生きられないのか?


恋の形は、人それぞれ。けれど、成就は絶対にありえない。

永遠の別れが約束された愛ははたして幸福なのか、不幸なのか――


(……アリサ?)


 隣に座る少女が、俺の手をギュッと握る。絶対に離れないと、強い思いを熱に籠めて。

吸血鬼の女性は、人間の男性に別れを告げた。

最後は永遠の離別ではなく、優しい思い出とする為に。悲恋ではなく、確かな愛を遺す為に。

男はやがて死ぬ。女はこれからも生きる。ならばせめて、思いを残す事が出来れば。

そして二人の、最後の時間――


(――っ!?)


 魂が、震わされた。

別れを告げるのは言葉ではなく、歌。想いが音色となって、最後の時間を旋律に変える。

挿入歌――女性の透き通るような声が、恋の終わりを見事に演出していた。


気が付けば、頬が熱く濡れている。心が発する感情を素直に表現し、熱い涙として流していた。


吸血鬼と人間、二人の恋に関心などない。赤の他人の思い出など、金を払って見る価値などありはしない。

なのに、こみ上げてくる気持ちを抑えきれない。たった一人の歌声が、虚構を現実に彩っていた。

字幕など、もう瞳には映らない。ただ映像を目で追うだけで、悲しみに満ちた別れを肌で感じられた。

メロディーの上で強く溢れ出す感情……二人の世界を、感情を、見事に表現している。


これが、歌――言葉に出来ない想いを、唯一届ける事の出来る奇跡。


……夢から覚めた時には、映画は終わっていた。スタッフロールが流れ、恋の終わりを意味する歌が流れている。

挿入歌と同じ女性の声だと、すぐに気付いた。甘く柔らかな歌声が、聴く者の心の琴線に触れる。

主演男優とか、どうでもいい。この歌を歌っているのは、誰だ。


――『エレン・コナーズ』?



ピチャッ



「!?」


 生暖かい感触に、飛び上がりそうになった。映画の世界に――世界を彩る歌声に、心を奪われてしまっていた。

暗闇の中で、耳元に響く艶かしい音。

頬を流れる涙を拭う、甘さを含んだ感覚――


「い、妹さん……?」

「……」


 小さな舌を差し出して、月村すずかが俺の頬を舐める。優しく、とびっきりに甘く。

闇の中で唾液に濡れる舌は、赤い。


――血を啜るように、ピチャリと涙の水滴を飲み込んだ。


















































































<続く>







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