とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第四十五話







 ファリンとの戦闘で負った傷が原因でフィリスより剣の扱いには厳しくなったが、身体を慣らす程度なら小言は言われない。

八神家から月村家――相当な距離だが、これで日本全国を渡り歩いた健脚の持ち主。

夜明け前に、はやてとアリサ――何故か起きていた――に見送られ、竹刀袋を背に職場まで走った。

雨は降っておらず、変わりつつある季節の風が気持ちよかった。


「……フゥ……、やはり体力は急には戻らないな。包帯やガーゼが邪魔だから取りたいけど、フィリスが怒るからな……
それよりも――」


 ――息も切らさず、一定の距離を保って俺を追走するあの騎士さんは何者ですか?

本日の監視役、烈火の将シグナム。守護騎士を統べる、偉大なる剣の使い手。

長距離マラソンで息を荒げる俺を、涼しげな顔で物陰から見つめている。戦場を駆け抜けた体力は半端ではないらしい。

へばった俺を馬鹿にしている感じはなく、淡々とカメラのように監視。居心地が悪いので、マラソンのゴールである月村家の門を叩く。


「お嬢様方、お迎えに上がりました」

『うむ、苦しゅうない。ちこう寄れ』

「お前が早く出て来い」


 インターフォン越しに軽く朝の挨拶をして、月村家の正式な護衛として本日より仕事に就く。

やる気は充分、赤の他人を守る仕事だが気合は入っている。

大きな門の前で大人しく待っていると、屋敷の扉が開いて護衛対象である二人の御嬢様が参られた。


「おはよー、侍君。今日からよろしくね」

「おはようございます」


 姉の月村忍は制服、長いスカートをなびかせて久しぶりの学生姿を見せている。

妹さんは私服姿、妖艶な黒鳥をイメージさせる美しい黒のツーピースドレスを着ている。

表情こそ対称的だが、二人並ぶと本当によく似ている美人姉妹だった。


「どうしたの侍君、ジッと見て。忍ちゃんの制服に欲情した?」

「うんと言えば、変態の仲間入りだろうが!?」

「健全な男の子だと思うけどねー」


 スカートの端をつまんで、お嬢さんは鼻歌混じりにヒラヒラさせている。時折覗かせる白い太ももが艶かしい。

この女にかまっていると朝から疲労を感じる一方なので、さっさと車に乗せる。

運転席はノエル、助手席には俺、御嬢様方二人は後部座席で御寛ぎ頂く。そして、彼女達の席に同乗する人間は――


「……すげえな。俺も剣道着に竹刀と準備万端のつもりだったけど、防具・・までは用意して来なかったぞ」

「本当に申し訳ありません、宮本様。必要ないと、何度も言い聞かせたのですが……」


 ファリン・K・エーアリヒカイト、ノエルの妹で俺を襲った張本人。

その身を隠す神秘のベールは剣で切り裂いたが、心を手の折の中に隠す少女の真意は今だに見えず。

クラシカルなデザインのメイド服を着て、漆黒の鉄仮面・・・で顔を隠し、その冷たい瞳のみを俺に鋭く向けていた。


――白いメイド服を着た、黒の鉄仮面。テーブルクロスとどちらが怪しいか、天才のアリサでも悩むだろうな。


「この仮面、お前の屋敷に飾っていた物だろう? 顔だけ厳重に防御する理由を説明しろ」

「ごめんね。顔を見られるだけではなく、侍君と同じ空気も吸いたくないみたいなの」


 ……全人類の歴史の中で、同じ空気を吸うのも嫌という理由で、女に鉄仮面被られた男なんているのだろうか?

ゴッキーでもここまで嫌われていないぞ、俺が何をした!

それにしてもこいつ、あれほどの身体能力を発揮しながら、身体は驚くほど女らしいラインを描いている。

ほっそりした手足、傷一つない白い肌、引き締まった腰、胸は控えめでも綺麗なスタイル。顔が良ければ、絶世の美少女だろう。


――けっ、どうせ仮面の下はヘドロのように腐ったツラしているに違いない。せいぜい、弾除けにでもなってもらおう。


お嬢さん達の乗車時周囲を確認、俺の監視役を除いて怪しい人影はなかった。

竹刀袋からいつでも取り出せるようにして、最後に助手席に乗り込んで車は発進。シグナムとはお互い不干渉条約を締結している。

車相手に平気な顔で追走されると恐怖だが、その様子はなく安堵の息を吐いた。


「本日忍御嬢様は学校、すずか御嬢様は図書館へ行かれる御予定となっております」

「学校の中では一人になるなよ。常に人目につく場所にいろ。友達と一緒なら一番安心だけど」

「う〜ん、友達と呼べるような人はいないから……教室で寝ていようかな」


 赤の他人には気安く心を許さない女、友達はいないと平気な顔で言っている。悲しみも寂しさもまるで感じられない。

月村の中では、俺は友達ではない・・・・・・のだろう。素晴らしい事実だった。他人行儀、万歳。

ガキ共が群れる教室で大人しくしていれば、多分誰も手出ししないだろう。一応、晶にも様子を見させるからな。


「妹さんは図書館か……頭痛がしそうな所へ行くのだな」

「……? 何故、図書館で頭が痛むのですか?」


 バックミラーに映る少女が首を傾げている。長い髪がフワリと揺れた。

まさか素直に聞き返されると思わず、面食らってしまう。妹の隣では姉が面白そうに笑っていた。

詳しく説明すると自分が馬鹿だと宣言するのと同じなので、適当に答えておく。


「字だらけの本しかないから、読んでいて頭痛がするの」

「本とは字を読むものではないでしょうか?」

「字だけではなく、絵もある本だって世の中にはあるだろう」

「それは童話や漫画の類ではありませんか……?」


 ……もしかして、この娘の疑問が完全に解消されるまでこの問答は続くのか? 山びこのようにそのまま聞き返されてしまう。

学校を寝る場所と勘違いしている、隣に座る不勉強な姉上も見習ってもらいたいものだ。

まあ、俺も真面目に勉強する柄じゃないけど。


「疑問があるなら、学校の先生にでも聞いてくれ。俺は言葉ではなく、剣で対話する術しか知らない」

「凄いでしょう、すずか。あんな台詞を、平気な顔をして言えるんだよ」


 綺堂と対立している犯人に会えないものか。今なら格安で、この女を殺すのに。

したり顔で話すお姉さんに耳を貸さず、妹さんは顔を俯き目を伏せていた。


「……学校」


 そういえば、すずかは学校へは行かないのだろうか?

一族の中で特別な存在なのは分かるが、未来永劫屋敷の中に隠し続けるつもりでもあるまい。

他人を詮索するつもりはないが、今日の俺は少しこの娘に踏み込むつもりだった。いい機会なので、話しかけてみる。


「本を読むのはいいが、今日は別のところへ行かないか?」

「?」


 何の感情も映さない瞳を向けるすずか。ノーリアクションだがめげたら負けだ。

日頃他人の顔色なんぞ気にもしないが、今日はこの赤の他人に用がある。


昨日までの未熟な俺は、いない。今日から俺は――富豪なのだ。


「映画だよ。興味があるのだろう? 俺も一度も観た事がないから、一緒に行こう」

「宮本様!?」


 俺からの誘いを聞いて、冷静沈着に職務をこなすノエルが驚いた顔をしている。

誘われた当人はただ俺を見つめ返すのみ、機嫌の良い俺はそのまま語りかけた。


「勿論俺が誘ったんだから、映画のチケット代は俺が払うぞ」

「えええええっ! ど、どうしちゃったの、侍君!? 公園の水さえ惜しむ人が!」


 ――護衛がヒットマンに変わる可能性も考慮しておけよ、お嬢さん。

失礼極まりない女だが、護衛に雇われてまだ初日。手を出すのは勘弁してやろう。

金持ち、喧嘩せずである。


「確かに、昔の俺は貧しかった。貧乏に喘ぐ毎日、舞い落ちる木の葉が金に見えた」

「……涙を誘う話だけど、侍君は自由気ままに生きているからあまり同情出来ないかな」

「だが、今日からの俺は違う! これが何なのか、同じ・・金持ちであるお前なら分かるだろう」

「金持ちじゃなくても、キャッシュカードくらいは――ああ、さくらから振り込まれたんだね」

「くっくっく、四十万円だよキミィ……十代で四十万円を稼ぐ男。シビれるだろ? お前の天下もここまでだ!」

「宮本様。助手席に乗られる際は、お履物を脱いで下さい」


 昨晩アリサより渡された、キャッシュカード。マネーを引き出せる、夢のような魔法のアイテム。

通帳より四十万円を振り込まれているのを確認、今日から早速使う事にした。

金の管理は基本アリサに任せているが、血反吐を吐いて稼いだ分は自由に使わせてもらおう。

月村すずかは俺の手にあるゴールデンカードに、視線を向けている。


「……映画を、見せて頂けるのですか?」

「おう、本なんぞよりよほど面白いぞ」

「――お姉様」

「うん、珍しく侍君がデートに誘ってくれたんだよ。一生に一度あるかないかの、ビックイベント!
一緒に連れて行ってもらおう、すずか」

「何言ってやがる。お前、今から学校だろう?」

「……いっ!?」


 無口で無感情な妹の手を取り、はしゃいでいたお姉さんが不気味な異音を立てて固まる。

ギギギと首を動かして、月村は俺に恐る恐る尋ねた。


「学校……行かなきゃ、駄目?」

「当たり前だ。学生のくせにサボるな。今から楽する事を覚えたら、将来ロクな大人にならないぞ」

「侍君だけには、絶っ対に言われたくないよ! 明日から復学にする」

「駄目、学校へ行け。二人も一緒に守るのは面倒だ」

「護衛が言うべき事じゃないよね、それ!?」


 俺という護衛を雇って心底安心しているのか、平日から映画を見ようとする愚姉。

制服を着た女を連れて歩けるか! これだから御嬢様は困る。

キッパリと断ってやったが、この日何故か月村は食い下がった。


「だ、だったら、学校が終わってから皆で一緒に行こうよ!」

「何で夜までお前を守らんとならんのだ。家で大人しくしてろ」

「深夜手当、出すよ」

「御嬢様、わたくしめにお任せを――いや、待て。夜中連れ出して襲われたら、誘った俺の責任になるだろう」

「きゅ、休日はどうかな? デートっぽいでしょう」

「人が多い休日の街中に、狙われている人間が歩くな。
ノエル、早く学校へこいつを送り届けよう。うるさい」

「申し訳ありません、忍御嬢様。でも、御理解下さい。
宮本様は御嬢様を大切に思って、こう仰ってくださっているのです」

「違うよ、絶対に面倒臭いだけだよー! 騙されないで、ノエル〜!?」


 後部座席で騒ぐお嬢さんを穏便に竹刀で・・・宥めて、無事月村の通う学校へ到着した。

学校の正面口に直接停車すると目立ちまくるので、少し離れた場所に停車。

ノエルと共に車を降りた後は、まず周囲の状況を警戒。江戸から明治、大正時代にかけて、よく車の乗降時に要人が襲われている。

ノンキな顔をして歩く学生以外に不審者が居ない事を確認して、月村に降りて貰った。


「……今日から学校か……気が乗らないな〜、映画に行きたいな〜」

「ノエル、発進」

「もう車に乗ってる!? ちょっと、見送りくらいはしていってよ」


 助手席の窓をガンガン叩くお嬢さんに眉をしかめて、俺は再度車を降りた。

お嬢さんの我侭に付き合うのも仕事の内、多めに見なければ。

まだ口を尖らせている月村に、俺は渋々言ってやった。


「分かった、こうしよう。お前、携帯電話を持っているだろう?
映画館で映画の内容を生中継してやるよ」

「地味な嫌がらせだよ、それ!? このボディーガードさん、クビにしようかな……」

「分かった、分かった!? この仕事が終わったら、一緒に行ってやる」


 月村が一言文句を言えば、姪を心から可愛がる綺堂は容赦なく俺を解雇する。

今までの実績など無意味と言わんばかりに、清々しい笑顔で首を切るだろう。

四十万円の男にとって、それは恥ずべき事態だ。


「犯人の狙いはお前と妹さん、綺堂はお前達を守る為に必死で追っている。
あの女は優秀だ。俺が認める、数少ない本物の大人――姑息な犯人なんぞ、太刀打ち出来ねえよ。

お前が安全になれば、堂々と行ける。その時、一緒に行こう」

「……」

「妹さんと違って、お前は学校も日常の内・・・・だ。綺堂はお前が其処に帰る事を、ずっと望んでいたのだ。
綺堂が作ってくれた今の平和を、大切にしろよ」


 ……綺堂が酔狂で、俺を雇うはずがない。採用試験まで設けて選抜したのは、全て月村を平和な世界へ帰す為だ。

この海鳴の優しい空気に触れて、健やかに暮らして欲しい――綺堂の切なる望みを叶える為に、俺は雇われた。


  だったら――そんな他者の願い・・・・・を叶えてやるのが、魔法使いの役目ってもんだろ?


「――分かった、学校へ行く。その代わり、一つお願いしていい?」

「もう勘弁してくれよ」

「あはは、ごめん。一つだけ、お願い。
さくらが、私の帰る場所を作ってくれたように――」


 月村は停車する車を見つめる。

後部座席に静かに座っている、自分の妹に……目を向けて。



「すずかの帰る場所を、侍君が作ってあげて」



 おかしな願いだった。月村すずかには自分の家も、家族もいるというのに。

無口な妹を想う姉の願いにしては切実で、心が締め付けられるような悲しみがあった。

車に乗っている少女は今も、何も語らない。



――同時刻八神家で起きた事件を何も知らず、俺はただ月村を見送るのみだった。



































































<続く>







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