とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第四十三話







 ――生きていく為に、やりたくも無い仕事を毎日やらされている。日々の僅かな満足と、多くの疲労と共に。

殺伐とした社会の中で生きる大人達を、俺は馬鹿にしていた。見下ろしてきた。関心も向けずに、自分の望むままに生きてきた。

そんな俺が金の為に、他人を守る仕事を始めている。自分を第一とする剣士が、他者の為に剣を振るう滑稽さ――


今の俺は、軽蔑していた大人達と同じ顔をしているのだろうか?


「……宮本様?」

「ああ、悪い。話を続けてくれ」


 俺がこの仕事に望む本当の目的は金そのものではなく、大金を稼げる人間へ成長する為の経験値だ。

剣では高町兄妹には到底及ばず、魔法では高町なのはに勝てない。次元世界を代償に愛娘の復活を望んだプレシアとは、決意の強さが違う。

平和な日々の中で揺ぎない優しさを持つ高町桃子、世界を守り続けるクロノやリンディ達、平等に人を癒すフィリス。

そして、高潔な心を持つ女性綺堂さくら――彼女達に近付き、超えていく為に。

他人を傷つけるだけでは駄目だと、知った。一人で剣を振るうだけでは敵わないと、悟った。

人と接していけば、他人を知っていけば、今の自分に何が必要なのかが見えていると、信じている。先月の悲劇が、俺に教えてくれた。

強くなりたいという気持ちよりも優先して、今は金を求める。大人になる為には、大人のように生きなければ。


――けれど、少し迷いもある。無意味ではないか、空回りしているだけではないか?


焦りがある。梅雨空の向こう側では、今も――フェイトやアリシア、プレシアが大きな罪と向き合っている。

クロノやリンディは世界を守る為に、戦い続けている。大きな舞台で、今を生きている。

彼らはこれからも強くなるだろう、気高くなるだろう。再会した時は、立派な大人になれているだろう。

俺は、これでいいのか? もっと自分らしく世界に目を向けて、やれる事があるのでは――


「毎朝御車で忍お嬢様の通う学校へ――宮本様、何か不都合がおありでしたら」

「……いや、そういう訳じゃない。
月村も現金な奴だと思っただけだ。俺一人護衛についただけで、明日から復学するなんてよ」


 月村すずかとの契約を終えて、美味しい御飯を御馳走になった。

妹さんとはその後会話の一つもしなかったが、別に気にせず食べ終えて箸を置く。仲良くなるつもりは元より無い。

食事の後はノエルとの打ち合わせ。護衛を引き受けた以上は、月村姉妹の傍に居る必要がある。

月村家の美人メイドに毎日の生活について訊ね、今後の相談を行う。お屋敷のメイドさんが戦えるのか疑問だが、綺堂の推薦である。


話し合いが終わった後は解散、本格的な護衛の仕事は明日からとなった。


山奥の別荘は今日中に引き払い月村一家は屋敷へ、俺は事前準備を含めて八神家へ戻る事に。

俺の怪我も気遣ってくれたのだが、八神家で療養しても四六時中監視で落ち着かない。早く仕事に入った方がマシだった。

今日の身辺警護はノエルとファリンが担当――ノエルはともかく、脅威の身体能力者ファリンがいれば問題ないだろう。


「では、忍お嬢様。宮本様を送って参ります」

「明日からよろしくね、侍君。ほら、すずかも御挨拶」

「――宜しく御願いします」


 丁寧に頭を下げるゴスロリ少女。実に礼儀正しいのだが、感情が全く籠もっていない。

湖の騎士シャマルのような嫌味ったらしい丁寧さではなく、機械のような印象を感じさせる。

人間らしからぬ挨拶に、どうにも――心地良さを感じる。


他人同士の距離、この関係を維持していきたいものだ。


「妹さんも明日外出するなら付き合うぞ。月村は昼間学校で、時間もあるからな」

「ねえねえ、私の学校に偽装入学するのはどうかな? 学生の身分で、私を守るの。
さくらに頼めば手続きしてくれると思うよ。いいアイデアでしょう」

「映画の見すぎ」


 助手となった空手少女と話が合うかもしれない。月村一族の女傑なら、平気で転入手続き出来そうだから怖い。

月村の通う学校には高町兄妹もいるし、あの熱血教師も居るので近付きたくない。


――そうか、晶もあの学校の女学生だったな……後で電話しておくか。役立つかも知れん、あの熱血少女なら。


「……えいが」

「うん?」

「映画とは、どのようなものですか?」


 綺麗な姉の傍で、妹は俺を見上げる。好奇心も何も無い、ただ疑問を口にして。

興味を持った様子も見受けられない。聞き慣れない言葉だったので聞いてみた程度なのだろう。

無関心に俺に訊ねる妹を、姉やメイドは興味津々で見守っている。どんな反応を期待しているのだ、貴様らは。


「俺より姉貴に聞け。一か月分の食費払ってまで、巨大有料テレビなんぞ観たくねえからな」


 月村お嬢様が実に不憫げな眼差しで俺を見ている。何だよ、お前のような金持ちと一緒にするな!

感動する映画を見て腹がふくれるのか!? 飲み物や食い物までバカ高い金を取るんだぞ、日本の外道劇場は!

ふん、所詮金持ちだけに許されるショータイムなんだよ。けっ、くだらねえ。


「――分かりました。失礼しました」


 残念そうな顔一つせず、妹は素直に頷いた。ガッカリした様子も無く、淡々としている。

月村のように鬱陶しい顔をされないので、実に気分が良い。

俺自身が嫌だから断っているのに、渋られては堪らない。他人同士とはかくあるべきだ。

俺は高級車の後部座席に乗り込んだまま、別荘先に並ぶ美人姉妹に別れを告げた。


「ノエル、発進してくれ、話は終わった」

「はい」


 滑るように窓の外の景色が流れて行き、月村の山荘は景色から消え去った。

ファリンの引渡しも完了し、護衛の仕事は正式に引き受けた。報酬等の事務手続きは今頃、綺堂とアリサが相談して行っている。

散々迷惑をかけたファリンも今晩、月村やノエルに説教を受けるようだ。これで懲りてくれればいいが。



「……宮本様。あの、宜しければ明日すずかお嬢様と――」 

「妹さんと?」

「いえ、何でも御座いません。失礼致しました」



 物言いたげな様子だったが、運転席に座るノエルは運転を開始した。

信号待ちの些細なやり取り、互いに伝わるものは何も無い。それでいい、それ以上は必要ない。

理解を求めず、理解しないまま帰路に着く。話すべき事は何も無かった。


――これでいいのか? 疑問だけが、胸に残り続ける。















 平日の八神家は先月まで主ただ一人だった。車椅子の少女が本を読み、平凡に過ごしている。

遠い親戚からの援助を頼りに生きる、毎日。足の不自由な女の子は何も夢を見ず、生きていた。

少女には生きるだけの糧はあった。不自由なく暮らせるお金もあった。けれど――満たされていなかった。

人間はただ生きているだけでは、駄目らしい。金があっても、心が不自由ならば意味が無い。だとすれば、何が必要か――


「おかえり、良介。ミヤやヴィータ達に聞いたよ、怪我したそうやんか!
アリサちゃんは大丈夫言うてたけど……ほんま心配したんよ」

「――お前、玄関でずっと待ってただろ?」

「そ、そんな事ないよ!? わたしは良介の事信じてるもん!」

「だったら、そこに置いてある空のコーヒーカップは何だよ!」

「あっ! ミヤに片付け頼むの忘れてた!?」


 過保護な少女は大慌てでカップを隠した。温かいコーヒーを片手に、俺の帰りをずっと待っていたようだ。

今更俺の帰宅を疑う筈はないので、昨晩負った俺の大怪我に心を痛めているのだろう。

俺は鼻をポリポリ掻いて、はやての髪に巻かれたリボンを引っ張る。


「お前が責任を感じる事はねえんだよ。昨晩のトラブルは俺個人の問題だ。
昨晩の野宿は、昨日家族会議で散々話し合って出した結論だろう。家主が堂々としなくてどうするんだ」

「それはそうやけど、怪我したと聞いたら心配になるよ……それに」

「それに?」

「――わたしの作った御飯も美味しく食べてくれたんやろ?」


 はにかむように微笑む少女。昨晩の怪我以上に触れられたくない話題である。

リボンを弄んでやると、結んだ髪が解けると怒りながらも、はやては楽しげにしていた。うぐ、嫌がるかと思ったのに。

ここ最近家族問題で普通に話が出来なかった分、今日のはやては年相応の甘えを見せている。教育がなっていないようだ。

夕飯の支度も出来ているらしく、食卓には今の八神家に住む者達が全員揃っていた。


「やっと帰って来やがった……テメエを待ってたんだ、早く座れ」

「連絡の一つもしたらどうですか? 気遣いのなっていない人ですね」


 鉄槌の騎士は箸でコップを叩き、湖の騎士は冷たい麦茶を注いでいる。いい加減、こいつらの口の悪さにも慣れてきた。

昨夜から今日にかけて、忙しく動き回って疲れている。馬鹿馬鹿しい論争はもう御免だった。

家族会議に発展する前に箸を取り、皆と一緒に大人しく両手を合わせて食事に入る。


「リョウスケ、ミヤがお茶のお代わりを入れてあげるです」

「おう、気が利くな」

「うふふ〜、美味しいですか? ミヤの入れる美味しいお茶を飲んだら、怪我なんてすぐ治っちゃいますよー!
明日の御仕事の為に、ミヤがまた水筒に入れてあげるです」


 ――アリサを睨む。俺様専用のメイドは、我知らずといった顔でお茶を飲んでいた。幽霊の分際で。

泥水の味しかしなかった御茶をアリサがどのように伝えたのか、チビスケのご機嫌な顔を見て分かった。

貴様の入れた茶なんぞ飲めるか、と叫びだしたい衝動に襲われる。


「宮本。貴様の明日の仕事には、私も共にする」

「……は?」


 凛とした姿勢で食を取る烈火の騎士の言葉に、俺はそのまま聞き返してしまう。

月村姉妹の護衛任務に守護騎士が参戦? 実に面白い皮肉だが、笑えない。

箸を止める俺に、食卓の対面に座るシャマルが指摘する。


「アリサちゃんから大切な御仕事だと聞いています。人手は多い方がいいでしょう」

「馬鹿か、お前は。重要だからこそ他の人間なんぞ入れられるか」

「――シグナムに知られて困る・・・・・・事があると言うのですか、貴方は?」


 はいはい、忘れていてすいませんねえ。二十四時間の監視は引き続き続行されるのでしょうよ。

鬱陶しい女だが、先日シャマルに誤解とはいえやばい所を観られたばかりだ。騎士達が警戒するのは無理もない。

先日の事がなくても、俺への不審はまだまだ消えていない。監視はこの偽りの家族生活が続く限り行われる。


「良介。お仕事の邪魔になるかもしれんけど、皆心配してるんよ。詳しい事情は聞けへんけど、昨晩の事もある。
怪我が治るまでは、シグナムと一緒の方がええと思う。皆、頼りになるから安心して」

「御評価頂き嬉しく思います、主」


 くそ、監視理由を俺への警護にすり替えやがったな。アリサの立てた策と同じじゃねえか!

騎士達が二十四時間監視する事で、俺の身の安全も保たれる。一人になった所を狙われる危険を避ける為に。

アリサの思惑通りなんだけど、明日からの仕事に当然差し支える。


「お、お前らには主のはやてを守る義務があるだろう。俺は大丈夫だ」

「包帯とガーゼに覆われた男の言い分を、素直に聞き遂げられるものか。それに、他ならぬ主からの御命令――」

「命令じゃなく、お願い!」

「――願いだ、私には果たす義務もある。同行させてもらう」


 騎士達だけならともかく、はやてまで賛同すると反対しづらい。これ以上ないほどの、好意だからだ。

まして昨晩、深手を負って病院に運ばれている。はやてがこれほど強く心配するのも当然。

だけど、その好意が困るのだ。今の俺には。

綺堂の採用試験にようやく合格して、何とか勝ち取った仕事。護衛対象は、月村一族の中でも極秘される存在。

外部の人間が割り込んで許される筈がない。


「良介。依頼主には、私が話してあるわ」

「アリサ……?」

「貴方が怪我した事情・・は既に伝えてあるの。シグナムとも今日きちんと話し合っている。
良介の仕事には差し支えないから、安心して頑張ってきなさい」


 ――なるほど、俺を襲ったファリンへの対策か。決着を付けた俺は許してやったが、アリサは怒っていたらしい。

ファリンがまた襲ってくる可能性もある。綺堂と交渉して、俺に対する警護を許可させたようだ。

二十四時間の監視体制とはいえ、シャマルのように遠目から伺うのならば月村姉妹の目も誤魔化せる。

妹さんの存在さえ外部に漏れなければ問題ないだろう。主第一のこいつらが言い回る可能性は低いしな。

……とりあえず明日、様子を見てみよう。問題ならば、それこそ家族会議すればいい。

渋々承諾すると、シグナムより主のはやてが安心した顔をする。やはり心配していたようだ。


その後仕事の話も済み、はやてと騎士達が不器用に日常会話をする。参加する気もない俺は、黙って飯を食べていた。

……ん?


「今日の味噌汁、妙に味が薄くないか?」

「味噌――あっ」


 シャマルが素っ頓狂な声を上げる。慌てて自分の味噌汁のお椀を取って、一口――口元を押さえて、力なくテーブルに置いた。

他の面々もそれぞれ口にして、微妙な表情。はやてだけが苦笑いしている。

車椅子の主婦は、どうやら味付けを間違えたらしい。やれやれである。俺はゆっくりと飲んで、お椀を持ち上げる。


「はやて、お代わり」

「……え?」

「お代わりやね、ちょっと待ってな。具を多く入れたるから」

「ま、待ってください!?」


 ニコニコ顔で立ち上がるはやてを、慌ててシャマルが止める。この女、いちいち邪魔を!

睨みつけてやると、逆に凄い顔で睨み返された。な、何だ、その形相は!?


「どういうつもりですか……? 貴方が不味いと、言ったのでしょう!」

「? 何言っているのだ、お前?」

「このお味噌汁の事です! まさか、実は美味しかったり……?」

「全然。ハッキリ言って不味い。味噌汁と言うより、味噌の味をする御湯だ。これ」

「ううう……不味いといっておいて、お代わりなんて嫌味ですか!?」


 バンッ、とテーブルを強く叩いて立ち上がる。何なんだ、このヒス女は!?

いい加減キレてもいいと思うのだが、明日への仕事に差し支える。言い争いをして、体力や精神力を削りたくない。

俺は自分の箸でシャマルを指して、言ってやった。


「不味かったら、お代わりしたら駄目なのか?」

「そ、それは……でも、美味しくない物を無理に食べる必要は――」

「お前はそれでも歴史に名立たる騎士かーーーー!!」


 今の発言は今までの何よりも許せない。俺個人への嘲笑や非難さえも問題にならない程に。

お椀片手に憤然と立ち上がる俺を、シャマルはおろか食卓に居た全員が目を丸くしている。

明日の仕事だの他人だのまるで考えず、心思うままに俺は叫んだ。


「不味いから食べられないだと? ふざけるな!
温かい食事を毎日食べられる――これほど贅沢で、幸せな事が他にあってたまるか!!
恋だの愛だのと訳の分からん感情よりも、御飯を腹一杯食べられる事の方がよっぽど大事なんだよ。

この味噌汁だって確かに不味いけど、一生懸命作ってくれたもんだ。ありがたく馳走になるのが、筋ってものだ」


 旅の間毎日三食どころか、一食も食べられない日もあった。水だけで過ごした期間もある。

今の飽食時代、何をやっても食べてはいける。日本に居るだけで餓死する事はまずないだろう、人間の尊厳を捨てられれば。

俺だってそうだった、周りの事なんて気にせず生きてきた。独りだからこそ・・・・・・・、生き延びられた。


――そうだ。そうだった。やっと思い出した……仕事をする理由を。金を得られる人間になりたい、理由を。


生きているだけでは、駄目だからだ。何も考えずに剣を振るっているだけでは、強くなれない。

俺が今まで出逢った他人達に負けてばかりなのは――何も得ずに、ただ消費しているからだ。

あいつ等のような人間になりたいのではない。同じ人間にはなれないし、俺は俺個人が気に入っている。


他人を、超える。その為には、他人を知る必要がある。他人が得たものを、俺も手に入れらればならない。


今必要なのは、貪欲に求める事。今してはいけないのは、この手にあるものを捨ててしまう事。

これ以上失ってたまるものか。先月のような悲劇はもうウンザリだ。

俺はお椀が空になるまで、お味噌汁を飲み干す。不味くとも温かい食事を、大事にする。

空になったお椀をはやてに差し出すと――


「――私が入れます」

「? どういう風の吹き回しだ?」

「じょ、女性の好意・・は黙って受け取ればいいんです! これだから、貴方という人は――」


 はやてに渡そうとしたお椀を奪い取り、シャマルは怒り心頭で立ち上がってキッチンへ。

言い過ぎたとは思っていないが、機嫌を悪くしたのは事実らしい。その割には、妙な行動だが。

毒でも入れられないか心配だったが、はやては笑って首を振る。大丈夫らしい。

新しい八神家の夕食は、またも失敗に終わった。気まずい空気はそのままに、家族としての進展はない。

他人同士で集まった家族なんぞ、やはり成立しないらしい。


――血の繋がった姉妹はどうなのだろう……?


月村忍を、すずかを守る事が無駄かどうかは――俺次第。

明日からの仕事は困難を極めそうだが、やり遂げる決意だけは固められた。



































































<続く>







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