とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第二十一話






 己が戦う時に場所・時間・手持ちの一切を憂慮する事もないルールなき真剣勝負。

勝つか負けるか、生きるか死ぬか。

眼前にまで迫り来る凶悪な影は容赦なく俺に木刀を振るった。


「むんっ!」

「っと!」


 この間とは比べ物にならない速さで、じじいは俺に袈裟切りを仕掛けて来る。

俺は咄嗟に自分の獲物を斜めに振って、逆打ちよりじじいの木刀を弾き飛ばした。


「ぢっ!?こ、こいつ・・・」


 たった一交差の瞬間、自分の愛刀からびりびりと衝撃が走った。

白髪の年寄りとは思えない強烈な一撃。

手の甲が痺れずに済んだのは、日頃鍛えていた成果の賜物だろう。

もしもまともに脳天に食らっていたら死んでいる。

俺が予想以上の力強さに一瞬驚いて心に隙を見せてしまったその時をじじいは逃さなかった。

中空に弾いたじじいの木刀が瞬時に軌道を切り替えて、俺に斬り込んで来る。

俺はバックステップで逃れるが、じじいはすぐさま前足を踏み出して右へ左へと木刀を叩き付けた。

じじいの着ている服が白装束で助かった。

薄暗い住宅街の道路で街灯に照らされて、白はうっすら反射して光っている。

何とかじじいの全身を把握出来ていたので、俺は一筋一筋を撃墜していく。

カンカンと鬩ぎ合う互いの獲物の音。

木と木がぶつかる小気味いい音を立てて、俺とじじいは攻防を繰り返していった。

と言ってはいるが、


「どうした、小僧! 威勢がいいのは口だけか!!」

「うっせえ! 本番はこれからだ!!」


 くっそう、反撃する余裕もねえ!!

じじいが繰り出す木刀の一撃一撃は基本通りなのか何なのか分からないが、リズムよく攻めて来ていた。

上段から打ち下ろしたかと思えば、横薙ぎに変化して胴を払う。

今は夜だからという事もあるが、それ以上にじじいの剣術は重くて速かった。

この際正直に言うが、俺が防御出来ているのは奇跡に近い。

むかつくが、流石は自分の道場を設立しただけある。

剣筋が複雑だから次にどの攻撃が来るか予想出来る訳はない。

まさかこんなにやりづらいとは思わなかった。

幸いにも目の良さには自信があるのである程度防御できているが、あくまである程度である。

例えば十の攻撃が襲い掛かるとして、八までは防御していた。

では残り二はと言うと、服や皮をあっさりと裂かれているのだ。

頬が裂かれて血が流れるのを自覚しながら、俺は歯噛みするしかなかった。

攻撃に出なければやられるしかないのだが、全く攻撃できる余裕はない。

確か前回道場で戦った時は、このじじいはゆったりとした剣戟を行っていた筈だ。

なのに、今は技量に物を言わせて次から次へと仕掛けてくる。

ひたすら波状に攻めてくる木刀を弾き飛ばして、俺はじわりじわりと無意識に下がっていたようだ。

腰に道路脇のガードレールが当たる感触に、俺は追い詰められた事を自覚する。

瞬間、じじいは「墳っ!」とこれまで以上の力強さで打ち込みの対象とばかりに振り込んで来た。

危機感に駆られた俺は右から左へと剣を振って返したが、直後自分の迂闊さを知る。

じじいは俺の行動を読んでいたのか、素早く胸中央を狙って突きを繰り出した。

自分の剣はさっきの防御後で剣を振った後であり、胸元はがら空きである。

串刺しにせんと伸び行く木刀の先に、俺は冷や汗が流れるのを感じながら自分の上半身を咄嗟に沈めた。


「うがっ・・・・・っ!?」


 何とか心臓は免れたが、屈んだ際に右肩に先端が突き刺さって俺は後方へ飛ばされた。

強烈にガードレールに激突して、俺は圧迫された肺に呼吸困難を起こしてそのままもたれ掛かって倒れる。

何とか背中は支えられてはいるものの、足腰は完全に道路にへばり込んでしまった。

数秒後右肩からは激痛が走り、口からは荒い咳が吹き出て俺は咳き込む。


「侍君、危ない!」


 月村の声にげほげほ咳き込みながら顔を上げると、じじいが無慈悲な瞳で俺を見ていた。

上空には月が雲で隠れて、闇夜の空がじじいの頭上を覆っている。

冷徹に光る眼に殺意の光を輝かせて、じじいは俺に木刀を振り下ろした。

まったく容赦はしなかったのだろう、完璧な必殺の勢いがある。

俺はすぐさま立ち上がろうとしたが、酸素の供給を訴える肺が許さなかった。

俺はすぐさま剣を掲げようとしたが、激痛のシグナルを起こす肩が許せなかった。

結局中途半端に肩の高さまで上がったが、殺すべく放ったじじいの一撃は半端ではない。



バアガキっ!



「あがっ!?」


 瞬時に生まれた左肩の激痛に、俺は悲鳴が出るのを必死で堪える。

痛みに視界が朦朧とする中で左肩を見ると、じじいの木刀が見事に食い込んでいた。

最後にぎりぎりまで俺を守ってくれたのか、俺が持っていた愛刀はじじいの木刀とぶつかって無残な結果を晒している。

拾ったままの木切れと丹念に仕上げた木刀。

肩がいかれて弱った俺の防御と必殺のじじいの攻撃。

要素が要素を呼び、この町に辿り着く前に山でようやく拾った大切な木切れたる俺の刀は真っ二つに折られた。

そう、真っ二つに・・・・


「・・勝負ありだな、小僧」

「ぐ・・・・」


 ガードレールにもたれて動けない俺に、じじいはその鋭い木刀の先端を向ける。


「侍君!?ノエル、あいつを攻撃して!」

「・・・忍お嬢様、それは・・・」

「いいの!侍君を助けて!」

「・・・分かりました。距離・・・・・・」


 焦った様な声色で命令する月村に冷静な声のノエル。

何をしようとしているのか分からないが、二人の声で痛みで滅入りつつあった俺の根底を揺さぶった。

俺は凄まじい痛みが走る両肩に顔を歪めつつ声を張り上げる。


「けほ、ごほ・・・・月村、ノエル!手を出すなよ!!」

「む・・・」


 気力のこもった俺の声に、俺を見下ろすじじいの顔に変化が生じた。

俺が思ったより元気である事への動揺か、仲間の助けを拒否する事に意外性を感じたのか。

どちらにせよ、じじいを驚かせた事に俺は内心少し満足だった。

が、月村達は気に入らなかったようだ。


「もう無理だよ、侍君!後はノエルに任せて・・・」

「あほか、お前。さっき言ったこともう忘れたのかよ?
手を出すなって・・っぢ・・・言っただろう。警察も呼ぶなよ」


 きっぱりと月村の助けを拒絶して、俺は起き上がろうとする。

だがノエルの冷静な指摘がその時入った。


「宮本様。それ以上の戦闘はあまりに無謀な行為です。
失礼ながら前先師範と宮本様の腕の差は・・・・」

「お前もお前で融通が利かないな。
大体メイドのお前に戦いなんぞ出来る訳がないだろうが。
ごちゃごちゃぬかしてる暇があるなら、ガキと女をしっかり守りやがれ」


 たく、女ってのはすぐに感情で動きやがる。

命令する月村もどうかと思うが、戦おうとするノエルも馬鹿である。

いくら主人の命令とはいえ、こんな腕の立つじいさん相手に戦ったらぼこぼこにされるだけだ。

ま、俺を心配してくれているんだろうけどな・・・・・・

溜息を吐きつつも、何故か緩んでくる口元に俺は自分のめでたさを感じた。

危機一髪なのに意外に冷静だな、俺・・・・

地面に転がっている折れた木切れを掴もうとするが、肩に痛みが走って手に力が入らない。

くそう、剣が掴めない・・・・・


「つくづくおかしな男だ」

「・・・あん?」


 見上げると、じじいがこちらを含みのある表情で見下ろしていた。


「今から殺されるというのに、どうしてそんな余裕でいられる。
何故仲間に助けを乞わない?何故官憲を呼ぼうともしない?
私が情けをかけるとでも思っているのか」


 ・・・それはないな。

自分の理念に従って何人もの被害者を出してきたんだ。

今更俺を殺す事に躊躇する訳がない。

んな事は俺だってわかっている。

俺はせせら笑って答えた。


「てめえこそなんで止めを刺さないんだ?」

「・・・・・・」


 身体も満足に動かせないが、それでも俺はじじいを睨み付ける。

剣の勝負では完全に圧倒されて手傷を負わされて、自分の剣は砕かされた。

身体はもう満足に動けないし、両肩がやられて剣も握れない。

状況的に俺は殺されてもおかしくはないだろう。

だが、俺は屈服は絶対にしない。


「口数増やしている暇があるなら早くやれよ。
でないと、俺は反撃するぜ」 


 戦いはまだ終わっていないのだから。

そして――

俺の命はまだ尽きてはいないのだから。


「もっとも、お前に俺は殺せないね」

「・・・ほう、何故だ?」


 じじいはのっそり近づいて、俺に木刀の先を向ける。

俺は怖いとは思わなかった。

何故なら俺は・・・・・


「俺が天下を取る男だからだ」

「っ!?」


 ぶるぶると木刀を振るわせて、じじいはぎりぎり歯軋りをして俺を睨み付けた。

そこへ――


「ま、前先先生!」

「・・・・・恭也君、それに美由希君・・・・」


 声の発する方を向くと、俺達が来た道から黒髪の美人にスポーティーな服装をした高町美由希。

そしてこの前俺を追った男が驚愕の表情で立っていた。





















<第二十二話へ続く>







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