とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第十二話







真夜中の廃墟を切り裂く、鋭利な光――

静謐に満ちていた空間が鳴動し、冷たい空気が未知なる恐怖に震える。

電気が通じていない部屋に久方ぶりの光は眩し過ぎて、数少ない訪問者の目を焼く。


世界の中心に座する、古代の魔導書――固く鎖されていた神秘が今、ベールを脱いだ。


本を縛る金の鎖が解かれて、長き眠りに就いていた魔の書物が開かれる。

驚くほど真っ白な頁と――暗黒の魔方陣。

本が見開いたその瞬間、闇よりも暗き魔力の糸で紡がれた真円が大仰な文字と共に展開する。


「やべえ――アリサ、こっちに来い! 巻き込まれるぞ!」

「! うん」


 突如の事態を冷静に観察していた少女に、俺は必死で呼び寄せた。

魔方陣の展開は魔法の発動を意味する――先月学んだ異世界の法則である。

一流に近付くほど魔方陣は精密にして複雑化、製作に必要な時間は短縮される。

魔法の種類によって千差万別だろうが、俺はこの闇色の魔方陣に苦手意識に近い拒否反応を覚えていた。


信じていた者に裏切られた、車椅子の少女の怨念と――美貌の死神の、呪詛。


安らぎの空間は悪夢に染まり、俺は強力無比な魔法に殺されかけたのだ。

危険と知りながらこの場から逃げ出せない理由が――俺の背後に在る。

俺を心から信頼する少女は禍々しい光に晒されながら、決して逃げずに俺の背中を守っている。

誰よりも弱い俺を、誰よりも強いと信じて。強さを信頼しながら、弱さを優しく抱き締めて。

女の前でカッコつける男を昔は笑っていたものだが・・・・・・心強いもんだな、意外と。


「はわわ、どうしますか〜!? えとえと、ま、まずは落ち着いて下さい、リョウスケ!
みっともない所を見せてどうするんですかー!」

「何処向いて叫んでいるんだ、お前は。幽霊屋敷でそんな真似されたら、逆に怖いわ。
何が起きているのか、落ち着いて話せ」


 本と真逆の方向を向いてパニくるチビスケを宥め、俺は説明を要求する。

見開かれた魔導書の前に広がる魔法陣から、一粒の光の玉が現れていた。

月の光を凝縮したような強い輝きを放つ玉は、中空に浮かんで静止する。

レーザー光線でも飛んで来ないか、俺は注意深く観察しながら小さな相棒に耳を傾けた。


「今宵訪れた、八神はやて様の御誕生日。
夜天の魔導書の主として相応しい年齢となり、書は現時刻をもって覚醒を果たしました。
封印が解かれたのが、その証拠ですぅ」

「車椅子のガキにどんな高望みを抱いているんだ、あの本」

「マイスターはやての御力は、幼少の今でもリョウスケより強いです。無礼な口を叩かないで下さい、みっともないです」

「・・・・・・アリサ、あのチビごと本を燃やせ」

「はやてより強くなられたら実行に移しますわ、御主人様」


 絶対こいつら敵だね、間違いない。こんな奴等の為に頑張った先月の俺、ナイスファイト。

嫌みったらしい返答を苦々しく黙殺し、ミヤに説明の続きを促せる。

光の玉は今この瞬間も停止したままで、奇妙な合間に緊張感だけが高まっていく。


「夜天の覚醒と同時に、魔導書の全機能が起動するのです。
管制プログラムと防御プログラム――書と主を守る、高度な機能を有した二つのシステム。
あの魔方陣は管制プログラムの起動を示す証であり、防御プログラムのキーとなっているのです。

いきなりリョウスケを攻撃しないので、安心してくださいです」

「一番ビビってたのはお前だけどな」


 迫力満点で大袈裟に展開される魔方陣を見ると、派手な攻撃魔法を連想してしまう。

これまで出会った魔法を使う強敵達――狼の使い魔アルフや鉄壁の巨人兵、大魔導師プレシアと戦った経験ゆえだ。

・・・・・・よく生き残れたもんだ、本当に。思い出すだけで、生きた心地がしない。


「あのふよふよ浮いている光の玉は何? 何かを待っているように見えるけど」

「その通りです、アリサ様。よく気が付かれましたです。本当、リョウスケとは――」

「いいから話せ。脇道運転するな。注意力散漫だぞ」

「うう・・・・・・リョウスケに言い負かされるなんて。今までの人生で、最大の屈辱です」


 生まれて一ヶ月程度しか経ってないじゃん、お前。

悔しさに震える妖精を窓から放り投げようとすると、慌てて本題に入った。


「あの光は夜天の魔導書からの最初の意志――
八神はやて様が光を受け入れる事で、正当な主として認められるのです。
魔力の光がマイスターはやてのリンカーコアと交わる時、守護騎士達との永続調和の契りが結ばれます。

システムは正式に起動、一騎当千の守護騎士ヴォルケンリッターが現世に馳せ参じます!」

「よーし、今度こそ聞き逃さないぞ。『リンカーコア』ってのは何なんだ?
先月も何回かその単語が飛び出てきたんだが、聞くタイミングがなかったんでな」

「知らないのに気軽に頷いていたんですか!? ゆとりっ子ですか、貴方はー!
もう、ちゃんとユーノ先生に聞きなさいです! 宿題にします」

「こ、こんな大事な時に解答は後回しかよ!?」


 一ヶ月間の病院生活に付き合って、ミヤは興味津々でテレビ見まくっていたからな。

ゆとり思考はどちらかハッキリさせたい、切実に。

二人で言い争っていると、静観していたメイドが業を煮やす。


「いい加減、漫才はやめなさい! 暢気な顔している場合じゃないでしょう!
先月の事件でどれほど迷惑をかけたと思っているのよ!!
はやてはね、何も事情を知らなくてもずっとあたし達を心配してくれていたの。

今度はあたし達がはやての力になってあげるべきでしょう!」


 一人ぼっちで寂しい人生を終えた少女が、新しく出来た友達の為に怒りを見せている。

友人を想う気持ちなんぞ微塵も分からんが、はやてに迷惑をかけたのは紛れもない事実。

せめて誕生日を無事終えるまでは、この超常現象に関わる必要はあった。


「・・・・・・ようするにあの光がはやてと融合すれば、魔導書は正式に主と認定。
はやてを守る使い魔みたいな連中が四人出てくるんだろ? なら、さっさとやればいいだろ。

この不気味な幕間は何なんだ」

「この世界では魔法そのものが存在しないで分からないかもしれませんが、夜天の魔導書は貴重な力と知恵の詰まった宝石箱――
本来は書が目覚める時、常に主の手元にあるんです。
主の選択は素質を重視するのでランダムに近いですが、一度決定すれば結びつきは自然と強くなりますし。

今回のようなパターンは異例と言えます」

「なるほど、折角目が覚めたのに王子様が傍に居なくて困ってるのか。
まあでも本の意思が彼女なら、主の居所だって知って――ん?」


 会話の最中に引っかかりを覚えて、俺は口を噤む。

八神はやてと本の意思が繋がれば、夜天の魔導書は覚醒。車椅子の少女は、恐るべき力を持った魔導師として目覚める。

同時に四人の優れた騎士達が、はやてに忠誠を誓う。

・・・・・・昨日まで本の概要のみしか知らなかった少女が、真実を知るのだ。

ミヤの正体、魔導書が持つ二つの機能、守護騎士ヴォルケンリッター、魔導書の意思たる彼女の存在――

足すら不自由な女の子が、望みもしない古代遺産の力を背負わされる。

強制的に、一方的に、訳も分からぬまま押し付けられて。


そんな事を――許していいのか?


先月魔法少女となった、高町なのはを思い出す。

同じく平和に満たされた日常を愛し、家族との生活を何より大切にしていたあの子を――

あいつは確かに素質はあるらしいし、大魔導師プレシアの娘フェイトと互角以上に戦える実力もあるようだ。

悔しいが、俺なんぞより遥かに強い力を持っているは確かだ。


だけどよ・・・・・・あいつは泣いていたんだぜ?


自分の強大な力に、強力な魔法が向かう先に、なのはは小さな身体を震わせていた。

本当は戦いたくなんかないのに、フェイトの為に一生懸命頑張っていただけ。

優れた才能は未来の選択肢を増やすが、広がる世界に感動する人間ばかりではない。

強大な世界に圧倒されて怯える人間だっているんだよ。

誰もが皆、カッコいい英雄に憧れたりしない。


小さな恋を夢見るだけの、ヒロインだっていいじゃねえか。


大きな世界を夢見て、ただ無目的にノンビリ旅して何が悪い。

二人だって小学生なんだ、今はただ遊んでいたって誰が責めるものか。

それを運命だの、助けが必要だの、選ばれただの・・・・・・勝手な事をぬかしやがって。

言っておくが、なのはやはやての為に今憤慨しているんじゃない。


あいつらの家族が誰も助けられねえから――家族代わりに、俺が怒ってやってるんだ。


あったま来たぞ。第一、俺はそもそも魔法だの何だのはどちらかと言えば嫌いな側だったんだ。

先月はその力で助けられたから受け入れたが、今回は全然他人事だ。俺の人生に何一つ影響はない。


なら――俺らしく、自分勝手に口出ししてもいいよな?


「まずいわ!? あの光がはやてと融合したら、あの子が自分の誕生日に気付いちゃう!」

「そうです、そうです!
ミヤはそれが心配で、心配で・・・・・・今は何とか離していますが、これからどうすればいいのでしょうか」


 こいつらはこいつらで、まだそんな日常レベルの問題で悩んでいるしな!?

はは、だけど頼もしく感じられてしまうから始末が悪い。

俺も結局海鳴の風にあてられて、平和ボケしちまったのかもしれないな・・・・・・

そうとも、強大な魔導書の運命なんぞ知った事か。

先月救われた事には感謝しているが、あくまでそれはミヤと彼女――そして、はやて自身にだ。


・・・・・・これ以上、あいつの生活を脅かしてたまるか!


魔導師になるかどうかは、あいつが決める事だ。運命を勝手に強制するな。

確かに俺はあいつの家族じゃない。家族ゴッコをしているだけの、他人だ。


俺の身勝手な融合で、はやての命まで弄んでしまった。


俺と出会わなければ・・・・・・あいつはもっと平和に、幸せに人生を過ごせた事だって認めてやる!

それでも――いや、だからこそ。

これ以上、あいつの生活を脅かされてたまるものか!


「おい、そこの蛍玉――彼女、いや騎士達だっけか? 何でもいい、こっち向け」

「こら、リョウスケ! いきなり何を無礼な――むぐむぐ」

「ちょっと静かにしてて。――ようやく、本気になったみたいだから」


 空中を所在無く漂っていた光が点滅、地に屈む俺を見下ろす。

以前開かれたままだったが、完全に目覚めた本からも強烈な何かを感じ取れる。


「俺は宮本良介。八神はやての人生を狂わせた男だ」


 プレシアやアルフと対峙した時と同じ――敵意。


「心配ばかりさせて、心まで傷付けた」


 光は身じろぎ一つしない。魔力も放たない。

ただそこに在るだけで――心の奥底まで圧迫される。

向かい合うだけで、死んでしまう気がした。


「あいつの命すら奪いかけた」


 そんな男を横から見つめる二つの視線――


「本物どころか、ニセモノの家族にすらなれなかった」


   胸の奥を今でも傷つけ続ける、正体不明の痛み。

八神はやてへの、ザイアク――俺は、そんな男じゃない。

俺は自分なりの正装である剣道着を整えて――


「そんな男が、お前達に頼む」


 ――この国で見知った礼儀で、静かに頭を下げた。


「騎士ではなく――俺の代わりに、あいつの家族になってくれないか?」


強制的な運命を押し付ける本に、怒りを感じながら。
頭を下げるしかない屈辱に、歯を食いしばりながら。


俺は心の底から惨めな選択を選び、穏便に済ませる方法を選んだ。

今日だけの平和でいい。

八神はやての誕生日に、血を流したくはない――自分自身の血でも。

あいつはきっと、喜ばないから。

悔し涙を滲ませて、俺は頭を下げた。許しを請うしかなかった。

このまま平和に終わるはずがないと、知りながらも。



たとえ、次の瞬間――小さな靴で、強烈に頭を踏まれても。



















































<続く>







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