とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第七十六話







 最凶の魔女が持つデバイス、最愛の娘達より贈られたバリアジャケット。

ディープ・パープルを彩る閃光の矢と、光り輝く黄金と白銀の盾が衝突――

高らかな金属音を立てて、矢は砕け散った。


「くっ……たかが籠手程度で、何故私の魔力が通らない!?」

「今のあんたには見えないだろうな、この力の源が!」


 地獄の業火、閃光の連弾、烈風の刃――人体を破壊する威力を秘めた魔法を、籠手で振り払う。

白銀の籠手、アリシア・テスタロッサの優しさの象徴。

夢の草原に吹く風の音色が、荒れた人々の心を穏やかに包み込む。

黄金の籠手、フェイト・テスタロッサの強さの象徴。

天空を貫く真金の稲妻が、平和を乱す悪鬼を鮮烈に焼き尽くす。


風と雷――二人の女神の守護が、魔女の呪いを退けていく。


怒涛の勢いで攻撃魔法が早く死ねと攻め立てるが、女神の祝福が死の予感を消し去る。

こうなれば立場は完全に逆転――無駄に魔力を使うプレシアはただ消耗していくばかり。

堪らず、プレシアは血を吐いた。


「ゴホッ、ゴホッ……わ、私が捨てたものとは何なの……?
私がアリシアを泣かせていると言う、貴方の戯言?

まさかとは思うけど、不出来な人形の事を言っているのかしら」


 嘲るような笑みを零しているが、醜悪に歪んでいるだけで力は無い。

病気や疲労以上の何かが、彼女を今蝕んでいるのかもしれない。

説得は続ける、どのような目に遭わされようと。


「――自分が『親』である事を、あんたは捨てたんだ」

「親……? はッ、何を言い出すかと思えば。
アリシアを生き返らせようとしているのは、他ならぬ私の親心よ!」

「あんたは言ったよな。俺ならば、あんたの悲しみが理解出来ると。
その通りだ。
許されない事であろうと、大事な子を取り戻そうとするあんたの気持ちは分かる。
だからこそ、ハッキリ言える。

――あんたは断じて、親じゃない。

アリサをこの世界へ戻したのは、友情でも愛でもない。
安らかに眠ったあの子を無理やりにでも連れ戻したかったのは、俺自身の身勝手な我侭でしかないんだよ」


   今更、自分を美化するつもりは無い。

法術が無かったら、ジュエルシードを使っていた。

たまたま無難な選択肢があったというだけで、俺自身がプレシアとなっていたのかもしれない。


「あんたと俺が同じだと言うのなら――そんな事を考える人間が、親である筈が無い。
望まぬ事を強いて娘を悲しませ、一方で用済みになった娘を平然と切り捨てるような奴に――

――親を名乗る資格なんてねえ!

あんたが本当に親ならば……フェイトやアリシアを泣かせたりはしない!!」


   この世に生を受けて、生ゴミ捨て場に放り投げられた自分。

両親に愛はなく、自分には価値が無かった。

自分が不幸だとは思っていない。

どんな過去を持とうと、生きる力さえあれば一人でも人生を歩いていける。

けれど――親のやった事を、今でも許すつもりは無い。

自らが生んだ血溜りを踏み締めて、俺は取り押さえるべく走り抜ける。

脇目も振らずに駆け抜けていくが、空中に突如出現した光の粒が自分を包囲する。

バインド? 同じ技が何度も通じるか!

二つの籠手が輝きを強めて、点滅する光を吹き飛ばす。


飛び散った光の粒子は――1本の強靭な縄に繋がり、俺の五体を縛り上げた。


"性質が変化した!?"

"緻密にプログラミングされた拘束魔法です。
身体の自由だけではなく、相当のランクの魔力まで封印されてしまいます!"


 身体だけではなく、魔法まで封じられた。

衰えていても大魔導師、その魔力と技術の高さは群を抜いている。

そして何より――プレシア・テスタロッサに、もう油断は無い。

俺の度重なる反逆を警戒し、彼女は微塵も隙を見せずに更なる魔法を行使する。


「見事だったわ……まさか素人同然の貴方にここまで粘るとは、思っていなかった。
ユニゾンデバイスを使用する時点で、警戒するべきだったかもしれないわね。

貴方を一人の魔導師として認め――御相手させてもらうわ」


 掲げた杖を鋭く床に突き刺した瞬間、宮殿が鳴動した。

プレシアの全身から夥しい魔力が放出され、無差別開放されていく。

ただじっと立っているだけで、魔力の余波で身体が切り刻まれていった。

魔力の暴風雨――俺とプレシアを中心に、台風が暴れまわる。


「まずい……ミヤモト!?」

「クロノ・ハラオウン執務官――リンディ・ハラオウン提督」


 身体も動かない、魔法も使えない。

盾も籠手も展開出来ず、魔法と身体の酷使で全身が鉛のように重い。

到る場所から血を流し、俺はダメージにむせ返りながらも――明るく笑った。

場違いに。

嵐の向こうで、クロノが笑みを向けられて呆然として足を止める。


「……人間って……世界ってさ、凄いな。こんな事まで、出来るんだな……
俺も、行ってみたかったよ。

……扉の、向こう側へさ」

「ミ……ミヤモトォォォォォーーー!!!」


 世の中なんてくだらないと、ずっと思っていた。

他人を見下ろして、世界を乾いた目で見つめて。

それでも旅を続けられたのは――どこかで、新しい可能性を信じていたからかもな。

こんなとびきりの世界がきっとある、そう夢見て。


……はは、何てことはねえ。俺が一番ガキだったんだな。


想像を超える熱と衝撃が収束し、フロア全体を照らし出す太陽を生み出す。

プロミネンスの余熱だけで、俺は炭化するだろう。


――死ねない。


俺は、自分の剣を掲げて生きていく。

たとえ出来損ないでも出来る事は沢山あると、教えてくれた人達がいるんだ。

立派な信念も夢もねえけどよ……この気持ちだけは、本物なんだ。



俺は――生きる!!















――高く澄んだ音が、耳を打った。















キィンと刀が鞘より抜かれ、拘束していた縄を瞬時に切断。

巫女服の少女より渡された短刀が光り輝いていた――


"悲しいことはもう終わりにしましょう、宮本さん"

"――!? 那美、那美なのか!"

"な、名前は少し恥ずかしいのですけど……はい"


 昏睡していた魂の、完全なる覚醒。

土壇場で起きた奇跡に、俺は度肝を浮かれた。

暴風雨の真っ只中だと言うのに、棒立ちしてしまう。

そういえば……彼女が説明してくれたっけ。



『もしもこの先、この現世でお二人の心がもう一度深く繋がってしまうと――

――今度は切り離せなくなります。

ミヤや御姉様との融合ほど顕著ではなく、徐々に繋がっていきます。

最初は感覚。

喜びや悲しみ、怒りや憎しみ、そして――痛みや快感。
傷が痛めば共に苦しみ、快楽を覚えれば二人とも恍惚に染まります。
感覚の共有が始まれば第一段階。

いずれは……肉体にさえ影響を及ぼすでしょう。

那美さんが風邪を患えば、リョウスケも風邪に苦しみます。
リョウスケが傷付けば、那美さんも傷付き――リョウスケが死ねば、那美さんも死にます。

距離なんて関係ありません。
世界さえ隔てても、お二人の繋がりは決して離れる事はありません』


 霊力は魂が生み出すエネルギーであり、那美の属性は人を癒す力。

俺と那美の魂は混ざり合っており、本人達が歩み寄れば自然に繋がっていく。

――魂の共感、心の共有。

悲しみを止める――二人の心が結びつき、一時的に感覚の共有"第一段階"へと進んだ。

生きたいと強く願えば魂が呼応し、生を願う想いが那美の魂に届いて……眠っていた彼女を、起こせた。

もう目覚めない危険もあった、彼女を。

だとすれば――


「は……はは、あははははは!! くっくっく……どうやら。
馬鹿ばっかりやってたけど、ようやく正解へ辿り着けたんだ。

――終わりにしようぜ、プレシア。ハッピーエンドは目の前だ」

「そうね……願いを叶えれば、私の不幸も終わる!」


 互いに獲物を携えて、俺達は世界の真ん中で見つめあう。

肉体の酷使、魔法の酷使――世界の命運がかかっているのに、俺達は血だらけの顔で心高ぶらせて笑い合っている。

このやり方が正しいと、信じて。

プレシアは長年連れ添ってきたデバイスを、俺は死線を共に超えた剣を掲げる。

右手に報われぬ魂を癒す霊刀――左手に悲しみを斬る紅い刃を今こそ解き放つ。



「夜を照らす"月"の光――第一楽章、"ATTACCA"」



 月の処女の血が俺の魔力に感応、物干し竿が虹色の光を放つ。

巨人兵戦で既に経験済、ミヤの制御があれば何度でも再現出来る。

余力は残さない。

奴がその気ならば、俺も全力で応えるまでだ!


"リョウスケ、プレシアさんを傷つけては駄目ですよ!"

"分かってる。
俺が斬るのは、アイツを願いに駆り立てる力そのものだ!"


 才能に恵まれすぎたがゆえに、彼女は度を越えた願いを抱いてしまった。

個人には手に余る強大な魔力は、プレシア自身の優しさまで殺してしまう。

大きな力は……人間を変える。良くも、悪くも。

その力が世界を滅ぼし、あいつ自身を破滅に追い込むならば――俺がぶった切る。

――俺に出来る剣術は、一つ。

爺さんとの試合で学び、アルフ戦で形にして、巨人兵との死闘で技へ昇華した。

あえて敵に一撃をうたせ、攻撃と防御の一瞬の空白を斬る。

自分より強い相手に全力で攻撃させる――無謀を承知で、俺は挑む。

難関だからこそ試練、容易く叶う夢など無い。

プレシアの杖を中心に魔方陣が展開され、俺の足元まで届く大きさを見せる。

魔法と剣の間合いの差は圧倒的、比べるのもおこがましい。

この一撃を乗り越えれば、技はきっと届く。

攻撃を防ぐには防御――その常識すら、覆す!


「バリアジャケット、解除!」

「馬鹿な!? 自殺する気か、ミヤモト!!」


 白銀と黄金の籠手が主の声に従って、徐々に薄れていく。

叫び声を上げるクロノに返答する余裕は無い。


「自分で生成したバリアジャケットだからって――」


 少女達が紡いでくれた想いは解けて――


「――自分が・・・着なければいけない法律は無いよな?
いいヒントをくれてありがとう、大魔導師殿」


 ――新しい絆を、結ぶ。


「ぐううう……まさか、まさか――バリアジャケットを、バインド・・・・として活用するなんて!」


 プレシア・テスタロッサの両手に装着された、二つの籠手。

手を繋ぐように再構築された籠手が、彼女の両腕を拘束していた。

母親の凶行を、娘が必死で止めている。


――終わりだ。



「悲しみに揺れる湖面を照らせ――『Adagio sostenuto』」



 右手の三連符と左手の重厚なオクターヴが幻想的な、月光の曲――

短刀より繰り出された三連撃、竹刀より全身全霊の剣閃が繰り出される。

リズムは鈍くて単調、原曲の美しさに比べて酷すぎる素人の剣技。

まだまだ磨く必要はあるが、それでも――


――プレシア・テスタロッサのデバイスは切れて、床に転がった。


プログラミングされた魔法も司令塔が消えて、消滅。

暴走する危険もあったので、こればかりはホッとした。

俺は今や完全に無力化したプレシアの前に立ち、両手に携えた剣を静かに納める。

彼女を、傷つけるつもりは無かった。


心から憎む事が出来れば、いっそどれだけ気楽か――


俺は嘆息して、懐から仄かに光る一枚の頁を取り出す。

彼女に言える言葉なんて、一つしかない。

俺は何度でも話しかける。分かり合えるまで、諦めずに。


そうだよな、なのは?


「……世界が滅んでもかまわないほど……アリシアを愛していたんだろ?」


 広げて見せた瞬間――プレシアの狂気に、亀裂が走った。

純真な想いは疑う余地すら与えず、人の心を震わせる。


「アリシアだって同じだよ。優しい・・・あんたが、本当に好きだったんだ。
大好きな人が狂っちまったら、どう思うよ?


少しは……あの子の気持ち、分かってやれよ」


「……ぁぁ……ああああああああ!!!!

ごめん、なさい……アリシア、ごめんなさい……ごめんなさい……」



 仲良しの姉妹が、広い草原でのびのびと遊び回り――

――母親が優しい顔で愛娘を見守っている。



何処にでもある、平和な家庭。



少女はただ――平凡な願いを、大切にしていた。




















































<第七十七話へ続く>







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