とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第十九話






晶とレンが飛び出して行ってから、約十分余りが過ぎた。

ようやく気持ちを落ち着けた女の子は、倒れている被害者をなのはに見せまいとする。

小さな女の子に見せるには、あまりに凄惨な光景だと思えたからだ。

だが、なのはにしてもしっかり者の母に育てられてきた愛娘である。


「おねえちゃん、大丈夫?」


 先程まで被害者を見て顔色を青ざめていた女の子を思いやって、なのはは顔を覗き込んだ。

直接的に見た訳ではないにせよ、周辺の雰囲気や事故現場を初見は大の大人でもショックは大きい。

しかしなのはは心の不安や怯えを何とか隠そうと努力して、女の子を気遣っているのだ。

なのはの優しい心に触れた女の子は、顔を上げて頭を撫でた。


「うん、大丈夫!ありがとね、え〜と・・・」

「あ、高町なのはです!」

「なのはちゃんね。私は神咲 那美って言うの」


 この状況下において些か不適切だが、二人は夜の街頭の下で笑顔を浮かべあった。

神咲 那美と名乗った少女はなのはをそっと下がらせて、薄明かりの下で被害者の男性を見つめる。

今までの動揺がまるで嘘の様な真剣な表情だった。

まず怪我の具合を確認するために出血がひどい頭部を見つめ、小刻みに震えている瞼を閉じさせる。

次に口元に耳をやって呼吸音があるかどうかを確認。

背後より様子を伺うなのはは、那美の手際とてきぱきとした仕草に感心している。

見た目は普通の高校生にしか見えない那美だったが、被害にあった男性に対しての本能的な拒否はもうないようだ。

意外に芯は太い女の子なのかもしれない。


「・・・晶ちゃん、レンちゃん、大丈夫かな・・・」


 二人の周りの家々は全て灯かりが消えており、夜とは言え街中であるにもかかわらず一切の人通りもない。

まるで事件現場のここだけが周囲より切り離されたかのように、恐ろしいほど静寂に満ち溢れていた。

冬の寒さと孤独の冷たさを幼心で認識したなのはは待たされている間、迎えに来てくれた晶とレンを思いやる。

日頃より賑やかで明るい二人が傍にいないだけで、どうしても心細さはあった。

晶やレンが武術を嗜んでいる云々以上に、心からなのはは二人を信頼しているのである。

怪しい人影を追って駆け出して行った二人を心配する気持ちもあって、なのはは落ち着かないように体を振るわせた。

一通り男性の状態を調べた那美は後ろを振り返って、ようやくなのはの不安を悟った。


「ごめんね、なのはちゃん!もう大丈夫だから。
男の人はまだ息があるようだから、すぐに警察と救急車を呼ぶわ。
警察には私から事情を話すから、なのはちゃんはお家に帰れるわよ」

「えーと・・私はレンちゃんと晶ちゃんと一緒に帰ります」


 それだけは譲れないとばかりに、なのはは瞳を強く輝かせる。

小さな少女の強い意志を感じて、那美は優しい微笑みを浮かべて頷いた。


「分かったわ。でもなのはちゃん一人をここに置いて行く訳にはいかないから、お姉ちゃんも一緒に待ってる。
それでいい?」

「でも、それは・・・・」


 悪いですと言いかけて、なのはは小さな唇を人差し指で塞がれた。


「私もなのはちゃんが心配だから、ね?」

「・・・・はい!」


 なのはは那美の心遣いに本当に嬉しそうな笑顔と元気な声で答えた。

那美は満足そうに頷いて、自分の持っていた手荷物から携帯電話を取り出す。

最新式ではないシンプル機能のタイプだが、那美なりに気に入っている電話である。

まずは男性を助けるために救急車を呼ぼうと、素早くダイヤルを押し始める那美。

そこへ――


「う・・うう・・・・えぅ・・・・」


 突如小さな呻き声が発生し、那美は手を止めてはっと足元を見やった。

それまでぴくりと反応がなかった男が小さく身動ぎをして、うっすら瞳を開けている。


「大丈夫ですか!?今はまだ動いては駄目です!
救急車をすぐに呼びますから、じっとしていて下さい」

「うあ・・お、俺・・・はん・・に・・・・」


 まるで喘ぐかのように力なく片手を中空に上げて、血に濡れた顔を力ませる男。

那美は慌てて男を抱き起こして、顔を覗き込みながら説得を試みる。

男が怪我をして錯乱しているのではないかと思ったからだ。


「動かないでください!大丈夫、あなたはきっと助かります。
救急車ですぐに病院へ運びますから!」

「ち・・ちが・・・・ま・・だ・・かく・・・」

「動かないで下さい!出血が酷くなりま・・・!?」

「お姉ちゃん、この人何かお姉ちゃんに言おうとしているみたいだよ」

「え?」


 傍らに寄って来たなのはが夜影に染み入るように、深刻な表情を闇に隠して小さく伝える。

那美は驚いたように被害者の男性を見つめると、男は再び目を閉じて苦しそうにしながらも口を開いた。


「お・・えぅ・・・俺・・見た・・・・
あ・・・いつ・・・あ・・・んたら・・き・・・」

「無理に喋らないで下さい!苦しいのならまた後でゆっくり聞きますから!」


 辛そうに話している男を見ていられなくなったのか、那美は悲壮な口調で男に静止をかける。

男は聞いているのかいないのか、断片的な言葉を口々に訴えかけた。


「あわ・・て・・・かく・・・れ・・にげ・・・ま・・・だ・・・・」

「隠れ?まだ?」

「・・そ・・・そ・・・こ・・・・」


 定まらない男の指先はふらふらと中を漂って、やがてある一点に固定される。

なのはと那美が男の指先を辿ると、自分達のいる反対側に位置する電柱があった。

故障中なのか電柱には街灯は灯されておらず、その一角は妙に薄暗い。

那美は訝しげに見つめ、やがてはっと気がついたようになのはを背後へ隠した。


「お、お姉ちゃん・・・・?」

「そこにいるのは誰ですか!出て来て下さい!!」


 電柱を、正確には電柱の背後の影に向かって那美は叫んだ。

なのはは那美の豹変にビックリした様子でいたが、やがて遅れてなのはも薄々感づいた。

周辺の気配が「殺気」という神経を磨耗させる気配が濃くなった事に。

時間にして数秒後、ゆっくりと電柱の影より人影は浮き彫りとなって出てくる。


「・・・・仕留め損ねていたか・・」 

「!?・・・・」


 出て来た人影の異様な風貌に、那美は驚愕を露にする。

人影は夜の暗闇に反発するように白装束を身に纏い、顔を白の布で覆っていた。

背丈はかなり高く、装束の上からでも体格の良さを感じさせる。

だが何より那美に警戒心を抱かせたのは、影が手に持つ長い木刀であった。

闇に紛れて見えづらいが、木刀の先端より液体が滴っている。

それが何であるかたやすく予想がついた那美は、戦慄に身を凍らせたまま人影と向き合った。


「あなたですね。この人をこんな目に合わせたのは!」

「・・・だとしたらどうする?」


 布越しに届く声はくぐもってはいるが、まぎれもない男の声である。

問いに問いで返されて那美が口篭ると、男は布のかすみ目から覗かせる眼を二人に向けた。 


「・・・致し方ない、か・・・」

「こ、来ないで下さい!!」


 残念そうに呟いて一歩一歩近づいてくる男に、那美はなのはを背中に隠したまま男に正面を向ける。

那美は全身の肌より感じ取っていたのだ。

男が放つ殺気が膨れ上がり、それがまぎれもなく自分達に向けられている事に――


「け、警察を呼びますよ!」

「・・・・・・・・・・・」


 那美の脅しにも全く屈せずに、男は無言で那美となのはの元へ近づいていく。

一歩一歩揺るぎない足取りで向かっている男に対して、那美はただ精一杯被害者となのはを庇う事しか出来なかった。

晶やレンのように武術を学んでいるならともかく、那美は男に対して本能的に怯え切っている。

やがて男は那美の前に立ち、木刀をぎゅっと握った。


「・・・恨みはないが、これも大儀のため・・・」

「あ・・あ・・・・・・・」


 那美は全身を恐怖で震わせながら、ばっと手を広げた。

なのはもまた那美がやられそうな事を感じ取り、ぎゅっと那美の背中の服を掴む。


「レンちゃん、晶ちゃん、お姉ちゃん、お兄ちゃん、お母さん・・・・・」


 祈るように家族の顔を思い浮かべ、助けにきてほしいとという願いをこめる。

だが現実はあまりに非情で、男は月夜の下高々と木刀を掲げた。

振り下ろされれば、那美もなのはも倒れている男と同じ運命を辿るだろう。

那美も逃げようと思えば出来るかも知れないが、なのはが背後にいる限りはとても無理だった。

最後の最後まで、那美は今日知り合ったばかりの他人を思いやれる娘なのだ。

那美はそのまま観念したようにぎゅっと目を閉じる。

男は那美の様子に瞳を細め、やがてそのまま一気に木刀を振り下ろした。


「ごめんね・・・久遠・・・・」

「お姉ちゃん、駄目ーーーー!!!!」


 なのはの叫びが木霊し、びゅっと鋭い音が爆ぜて血を啜った木刀が那美の頭上へと迫る。 





「くぅん!」





   瞬間、男の足元を小さな物がぶつかった。

脳天直撃まであと僅かとなっていた距離が急速に0となり、男は木刀を止めたまま足元を見やって声を荒げる。


「狐!?なぜこんな所に!?」

「・・・久遠?久遠なの!?」


 瞳を開けた那美が恐る恐る下を見ると、そこには那美の足元でぺろりと舌を出す子狐がいた。

那美の呼びかけに答えるように子狐が再び鳴く。


「くぅ〜ん」

「久遠・・・・助けにきてくれたのね。ありがとう」


 感激に瞳を潤ませて強く久遠と呼ばれた子狐を抱きしめる那美に、男は戸惑いながらも再び木刀を向ける。


「く・・・・邪魔をするなら容赦は・・・!!」















「発っ見ーー!!隙あり!!!」















 仕切り直そうとした男に対して、突如発生した活力のある声と鋭い風切り音が向かってくる。

隠れた表情は判別できないが、男は覗かせる瞳に驚愕の感情を浮かべて木刀を振るった。

するとガキっと噛み合う音がして、木刀に木切れが衝突する。

那美となのはが呆然としている中、木切れを振るった声の主は二人の前に立った。


「何とかぎりぎり間に合ったみたいだな。てめえら、運がいいぜ。
今晩は俺が直々に見回ってたんだからよ!」


 そのまま無造作に木切れを横薙ぎにして、声の主は男の木刀を弾き飛ばした。

声の主はそのまま二人を守るかのように前面に立って、そのまま声を出す。


「ふふん、家来の動物的感覚と俺様の敏感な嗅覚と聴覚で犯人を探そう作戦は万事成功。
でかしたぞ、家来。これでようやく俺の濡れ衣がはらせそうだ」

「くぅ〜ん」

「く、久遠、まさかこの人と一緒にいたの?」


 目の前の男に普通に意思疎通している久遠に、那美は戸惑った声を上げる。

そこへ二種類の透き通った美声が届いた。


「もう逃げられないわよ、真犯人さん」

「警察と救急車には連絡をさせていただきます。貴方に逃げ場はありません」


 すっと足音もなく現れたのは、二人の女性だった。

木切れを持った男は二人を見て舌打ちする。


「遅いぞ、お前ら。俺と家来はとっくに駆けつけたってのに」

「侍君が速すぎるよ。それに何もいわずに突然走っていくから大変だったんだよ」

「周りを警戒していましたので。申し訳ありません」

「見ろ、このノエルの素直な反応を。お前も見習え、月村」

「ふ〜ん、そんな態度をとっていいのかなぁ〜?侍君」

「分かった、分かったから携帯電話を取り出すのはやめろ!!」


 美女二人に腰に木刀を差している男。

なのはは突然の乱入者に戸惑いを露にして口を開いた。


「おにいちゃん達は・・・・・?」

「ん?ああ、名乗ってなかったな。俺は・・・・」


 そのまま対峙する相手に木切れを突きつけて、男は名乗った。


「天下を取る男、宮本良介様だ。
てめえのせいで散々な目にあったからな。ぼこぼこにして警察に突き出してやるぜ」


 良介が堂々と名乗ると、対峙する男は何故か面白そうに笑って言った。


「ふ・・・まさかこのような場で出会えるとはな・・・」

「うん?・・・って、その声!?」


 良介が目を見開く中、その男はゆっくりと顔の布を取り外していった。





















<第二十話へ続く>







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