子供は大きく二種類に分けられる。

良い子と、悪い子――

大人になるほど善悪が複雑になるが、子供の分類は実に単純。

教育も、実にシンプル。

悪い事をした子供は叱り、良い事をした子供は褒めればいい。

アメとムチ。

そして、あの女はムチではなく――


――竹刀を使った。


悪戯小僧の俺を、容赦なく黙らせた強さの象徴――


誉れ高き剣士ではなく、孤児院の咥え煙草の女。

歴史高き剣術ではなく、素人が振る雑なお仕置き。


雑な教育と雑な女が――雑な剣士を生み出した。

無価値な血統が、魔導師としての才能を与えなかった。


ゴミ溜めからの出発、雑多な教育、貧相な生活、灰色の青春。

汚泥に満ちた子供時代。

不幸だと思った事は、一度もない。

俺としてこの世に生まれた事を感謝している。


今が底辺なら――天を目指して歩めばいい。





そう思っていた、筈だった。















とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第四十一話







 頬を撫でる風が心地良い――

温かな陽光が瞼を温かく照らし出して、俺はゆっくりと目を開ける。


――広がる、蒼穹の世界……


雲一つ無い青空が地平線の向こうまで伸びており、太陽が天高く輝いている。

頬を優しくつつく草花が、自分が広大な草原に寝そべっているのだと教えてくれた。

自然に満たされた空気は澄んでおり、世界はどこまでも優しかった。

俺は何も考えずそのまま寝そべり、全身を弛緩させる。


疲れていた、何もかも。


一人静かに安らげるのであれば、考える事など何も無い。

案外、天国とはこういう場所であるのかもしれない。

満足だった。

怒る事も、悲しむ事も。

楽しむ事も、喜ぶ事さえも忘れて、孤独に満たされた静寂に身を浸す……


――微かな足音。


サクサクと、草を踏む小気味良い音が一定のリズムに乗って耳に届く。

人間にしては小さ過ぎる音。

頭の片隅で怪訝に思うが、寛ぎの空間を前に無意味に消え去る。

そのまま目を閉じて放置していると、


ペロッ


――頬に濡らす、生暖かい感触。

水滴とは違うザラザラした感覚に違和感を覚えるが、無視。

今は身も心も休める事が、俺の最優先事項だった。


ペロッペロッ


ピチャピチャと、俺の柔らかい頬を堪能するが如く何度も濡らす。

小さなくすぐったさが断続して襲い掛かり、むず痒さに暴れだしたくなる。

ジレンマがせめぎ合うが、相手にすれば負けだった。

無視すればその内諦めるに違いな――


ペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッ
ペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッ
ペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッペロッ

ペロッペッ――


「――鬱陶しいわぁぁぁぁぁ!!!」


 爽快感なんぞ幻ですよ、と言わんばかりに吹き飛ぶ。

悠久に広がる草原の風景が、恐るべき侵略者によって不快感に変わった。

ベタベタに濡れた頬を乱暴に拭って、俺は起き上がる。


――子猫が丸まっていた。


薄茶毛の猫。

毛の艶やしなやかな体つきを見る限り、近所の野良猫ではないようだ。

その鋭い瞳には、発達した知性が感じられる。

己が矜持で生きている野生の猫だった。

心なしか愛嬌のある顔が俺を見上げて、可愛らしく鳴いた。

猫の分際で顔を舐めるとは、嫌な習慣を持っているもんだ。


「……人間様の睡眠を邪魔した罪は重いぞ」

「にゃう!?」


 俺はニッコリ笑って、チビ猫を片手で掴んで持ち上げる。

そのまま草原の彼方へ目をやって、着地点を見定める。

大都会とは違って、障害物がないのがグットだった。


「日本の大自然を旅して鍛えた、大リーガー顔負けの投擲技を思い知るがいい」


 本格的な構えを持って、姿勢を整える。

やばい、やばいぜ!

今の俺のストレスを大爆発させたら、日本記録を凌駕するかも知れねえ。


「うにゃにゃっ!」

「ふははははは、今更命乞いしても遅い! 俺様の頬に猫臭い接吻かましやがって!

ピッチャー第一球……投げ――!」



「――駄目ーーーー!!!」



 フルスイングしようとした俺の腰に、誰かが力一杯掴む。

ひ弱な体格と力強い意思が宿った、小さくも大きいタックル。

大日本帝国の偉大なる記録を塗り替えようとしていた俺が、集中力を乱されて無様に転がる。


「うわっ!?」

「きゃっ!?」

「わうっ!?」


 野太い悲鳴、か細い悲鳴、人外の悲鳴。

第三者の無遠慮な乱入で均衡を乱されて、草原に無様に倒れた。

力なくすっぽ抜けた子猫は鳴き声を上げながら、楕円を描いて飛んでいく。

俺と乱入者は縺れ合って地面に転げる。

なまじ踏ん張ったのか悪かったのか、乱入者が腰を離さなかったのが悪かったのか。

俺達は折り重なって倒れてしまう。


――唇に伝わる感触……


互いの鼓動が感じられる距離で、甘い息遣いが届く。

柔らかな唇が触れ合って溶ける。

湿り気を含んだ感触に、俺は驚いて腰を浮かせた。


少女が一人、横たわっていた。


星のように輝いた、流れるようなブロンドの髪にリボン。

美しく整った目鼻立ち。

白い肌は触れれば吸いついてきそうなほど瑞々しく、曇り一つなかった。

少女は呆然と可憐に結ばれた唇を手で押さえて、頬を桃色に染めている。

羞恥に濡れた少女の美しさに、思わず目を奪われてしまう。

少女は、俺を困惑と陶酔に霞んだ瞳を向ける――


「……キス……されちゃった……」


 目を向けるだけで、心を奪われそうな美少女。

幼い女の子の甘い吐息を含んだ声に、心臓が高鳴る。

――おいおい、どうしたんだ俺は。

未成熟な子供に胸をときめかせてどうする。

少女は唇のラインを指でなぞって、顔を真っ赤にした。


「……どうしよう……わたし、大人になっちゃった……」

「アホか」


 しまった、放置すればいいのに声をかけてしまった。

後悔したが既に遅く、少女は視線を俺に向ける。

興奮から少しは冷めた様だが、俺を見た途端薔薇色に染まる。


「ひ……酷いよ……

おにーちゃんが……わたしの唇、奪ったのに……」


 初対面の男から無理やりキスされたら、普通に痴漢だ。

昨今の変質者の多い世の中、この娘が都会でちょいと声を上げたら俺が問答無用で御用になる。

生意気なガキなら、嫌悪に顔を歪めて唾の一つを吐くだろう。

だが、この少女は違った。

地面に寝転んだまま、口付けされた唇を愛しく撫でている。


「……どうしよう……わたし、――のお姉ちゃんなのに……

――が気にしてる人の、恋人になっちゃった……」

「こらこらこら!」


 お前の中でどんなサイドストーリーが展開されてるんだ!?

これほど、純真な女の子は珍しい。

キスをされたら恋人になる――今時の少女漫画でも登場しないヒロイン像である。

余程親に大事にされて育ったのか、少女の心は白いキャンバスのままだった。


ワンピースの少女――


よく見れば育ちの良さに加えて、どこか気品が感じられる。

深窓の御嬢様にピッタリな容姿――

皇族の娘だといわれても信じられる。

大金持ちの娘か、温かな家庭の中で育ったのだろう。


――胸が痛んだ。


「おにーちゃん、悲しそう……大丈夫?」


 心配に曇った声に、現実に引き戻される。

ガキに心配されてどうする。

俺は何でもないという風に、首を振った。

少女はそれでも心配そうに見つめていたが、やがて微笑んで上半身を起こす。

そのまま俺と並んで座り、純粋な眼差しを向けた。


「……わたし、おにーちゃんのお名前が知りたいなー」

「別にいいだろ、名前なんぞ」

「駄目だよ!」


 何故か、断言する少女。

あまつにさえ、得意げに人差し指を振って根拠の無い事を言い放つ。


「恋人同士は名前で呼び合うものでしょう」


 だから、何処のメルヘン世界の生き物だお前は!?

勿論、俺は全力で否定する。


「違うわ!?」

「えへへ……わたし、ちょっと積極的」

「熱意が逆方向に噴射してるぞ、お前」


 お嬢様の分際で、人見知りしない積極的な女の子である。

既に別ベクトルに傾いてるけど。

キスの一発程度で、俺に惚れる意味が分からない。

多感な少女の乙女心の複雑さを肌で感じて、震えた。

少女はニッコリ笑う。


「わたしはね――」

「あー、別にいいよ。わざわざ名乗らなくても」

「えっ!? そっか、そうだよね……

わたしと貴方の間に、隠し事なんてないもの」

「どんな間柄だよ、コラ!?

お前なんぞ、何の興味もないと言ってるんだ!」


 初心な女の子は自分勝手に解釈して、一人照れている。

もう少し年齢が経てば電波を疑うのだが、生憎と少女は幼すぎた。

恋に夢見る年頃。

温室の中で育てられた少女にとって、俺は初めての異性なのだろう。

それが証拠に、


「めっ! あのね、おにーちゃん。
好きな人に"お前"なんて言っちゃ駄目!」

「誰が好きな人だ、誰が! 
お前なんか嫌いだ、バー……カ?」


「……う……きらい、なんだ……

わたしのこと、きらいなんだ……ぐす……」


「……あ、いや、その、あの、な……?」


 ――見ろ、この世間慣れしていないガラスの心を。

少しでも傷つけたら、簡単に割れてしまう。

アリサのような生意気なタイプでも、なのはのような素直なタイプでもない。

ちょっとでも苛めたら、世界の終わりのように泣いてしまう。

少女の無垢な心に、俺の穢れた心が助けを呼んでいた。


「――良介だよ」

「うぐ……え……?」

「俺の名前。良介、宮本良介だ。
特別に名前で呼ぶのを許すから、もう泣き止め」

「りょう、すけ……リョウスケ。

あは――リョウスケ、リョウスケ!」


 涙混じりの笑顔で、俺のシャツを掴んで嬉々として呼ぶ。

強面のヤクザさえ陥落しそうな天使の微笑みに、孤独の剣士の心は波風一つ立たない。

適当に手を振って答える。


「はいはい、おま――御嬢様。
俺は名前を呼ぶのは苦手だから、適当にお嬢とかお嬢様って呼ぶから」

「てき、とうなの……?」

「いちいち泣くな! お前が可愛いから、特別にそう呼ぶんだ。
この世界でただ一人だぞ」


 本音は、他の奴には恥ずかしくて呼べないからだけど。

泣かれると対応に困るのでそう言ってやると、少女は疑いもせずに喜んだ。


疲れる……


どうしてここまで懐くのかサッパリ分からないまま、俺達は同じ空間で時を過ごした。















「お前の飼い猫だったのか、こいつ」

「そうだよ! リニスはね、わたしとお母さん以外にはなかなか懐かないの。
リョウスケは特別」

「あー、そうですか。
その割にこの子猫さん、俺の指に爪立ててるんですけど」

「こら、リニス!」


 リニスと呼ばれた猫はご主人の可愛らしい御叱りを受けて、恐縮したように離れる。

猫も猫で、先程の仕返しでもないのだろう。

愛情表現の一種で、俺の手を撫でたに違いない。

少女は鋭い爪で出来た小さな傷を、心配げに見つめる。


「リョウスケ、ごめんなさい……」

「別にどうって事ないよ、このくらい」

「駄目! しょーどくしないと、ばい菌が入って大変なんだよ!
どうしよう……そうだ!」


 少女は綺麗に結ったリボンを、惜しげもなくほどいた。

丁寧とは言い難い不器用な手付きで――けれど一生懸命に、俺の掌にリボンを巻く。


優しい陽光を浴びた、少女の髪の温もりが感じられるリボン――


俺は静かに見つめながら尋ねる。


「いいのか、これ……? 血で汚れるぞ」

「リョウスケにあげる。わたしからのプレゼント」


 断る理由もないので、そのまま受け取っておく。

何故か突っぱねる気にはならなかった。

唾でも塗っておけば治る怪我だが、少女の好意は無碍に出来ない自分がいた。

馬鹿な事だと知りながら。

長い金髪が頬を縁取って肩にこぼれていて、少女の横顔がどこか大人びた雰囲気を放つ。


――あ……


不意に重なる、横顔――

少女が向き直った途端、簡単に残像が消える。


「どうしたの、リョウスケ? あ、そっか――わたしのリボンが嬉しかったんだ!
他にもいっぱいお気に入りのリボンがあるから、リョウスケにまたあげるね」

「いらねえよ!? 髪短いだろ、明らかに!」

「えー……リョウスケも髪伸ばせば似合うと思う。
お揃いのリボンをつけようよ」

「どんな変態だ、俺は!?」


 想像するだけで、自分の気持ち悪さに吐き気がする。

長髪に偏見はないが、個人的に長い髪は似合わないと思う。

散髪には縁のない旅暮らしだったので、俺は常に髪は自分で切っていたのだ。

その話をすると、深層の令嬢は目を輝かせる。


「旅!? リョウスケ、旅人なの!? かっこいい」

「そ、そうか……?
別に大した事はしてないんだけど」


 褒められて悪い気はしない。

少なくとも、小生意気なメイドは浮浪者なんぞと呼びやがるから新鮮だ。

少女は俺の胸元に飛び込んできて、期待に輝く瞳を向ける。


「何処を冒険したの!? 洞窟? 迷路?
モンスターとか出たの!?」

「お嬢……童話と絵本の読みすぎ」


 気ままな旅だったが、不便な事だって多かった。

日本の社会では自由である事は、社会の外へ出て行く事を意味する。

社会のルールは人の生き方を制限するが、同時に貧困から守っているのだ。

余程はみ出さない限りは、問題なく生きていけるように設定されている。

人はよく自由を求めるが、自由には覚悟も必要だ。


一人で生きていく、覚悟が。


俺は例外中の例外。

異端である事が喜びであり、不便であれど自由が心地良かった。


「でも確かに、自然の中を探検するのは好きだったな。
洞窟で寝泊りした事も数え切れないほどあるし、山菜や茸、魚とかも取って食べてた。
食中毒とか起こして、最初は辛かったよ」

「うんうん、それで? それで?」


 俺にとっては日常的な話でも、少女には窓の外の大冒険。

俺に甘えるように抱きついて、冒険談をワクワクしながら聞いてくる。

誇り高い猫は明るく笑う少女の傍で、優しく見守っていた。

俺は苦笑して、拙い話に華を咲かせる――



やがて蒼い空に赤みが差して、茜色に染まっていく。



地平線から仄かに照らし出される夕陽を、俺達は言葉もなく見つめていた。

何も口にせず、ただ自然の安らぎに身を任せる。


世界で誰よりも優しい時間――


昔の俺の毎日だった。

少しだけ贅沢なのは、俺の手を握る少女の小さな掌。

安らぎを与える女の子の手は、俺の傷ついた手をしっかりと包んでくれていた。

リボンは今も、優しく結ばれている。

純真な少女の手は、今も穢れた俺を癒してくれる。





でも――


――もう、離さなければいけない。





「――さて、と。

そろそろ、俺は行くよ」

「……」


 俯いていた少女が、僅かに震える。

幸せだった一日はもう――終わりを迎える。

暖かな日差しは夕暮れの中に消えていって――


――冷たい夜の時間が、訪れる。


少女は俺の顔を見ない。


「……どうしても、行くの?」

「ああ。

――ありがとうな、アリシア・・・・

優しいお前の気持ちが、本当に嬉しかった」


 アリシア・テスタロッサ、少女の名前。


今見ている景色と同じく――優しい幻の女の子。


少女は俺の手を握ったまま、小さく声を震わせた。


「どうして……分かっちゃったのかな……

名前も言わなかったし、リョウスケの心は夢の中に閉ざされていたのに」

「髪を解いたお嬢と、フェイトの横顔が重なったんだ。

――強烈だったよ……

温かい夢なんて一瞬で醒めた。
自分の犯した過ちが生んだ現実って奴が、容赦なく襲い掛かってきた」


 そう――これは夢だ。


久しく見なかった、楽しい夢。

高町の家を飛び出して、襲われ続けた悪夢の中の束の間の時間。

壊れた俺の、最後の息吹が生み出したのかもしれない。


でも――夢は夢。


必ず、目が覚める。

いつかは――現実へ戻らなければいけない。


「……違うよ……リョウスケが――リョウスケが望めば、此処は現実になるよ!」


 あーあ……最後の最後に、泣かせてしまったか。

俺を必死で止めるアリシアの顔は、涙でグシャグシャだった。


「わたしがずっと傍にいてあげる!

わたしは――わたしは、此処でなら生きていられる!

ずっと、リョウスケの味方だから!

絶対に傷つけたりしない!


温かいまま……幸せなままで、いられるんだよ?」


 確かに――そうだろう。

此処でアリシアとずっと一緒にいれば、俺はもう悩む事もなくなる。

純真で優しいこの娘なら、俺を受け入れてくれるに違いない。

平和な世界で穏やかに、壮大な自然に包まれて生きていく。


きっと、幸せでいられる。


「そうだろうな……本当に、お前の言う通りだと思う」


 逃げ続けた結果――フェイトはついに、壊れてしまった……

プレシアは惨劇を受け入れずに、今ももがき苦しんでいる。

ミヤは俺を見放して、レンの命運も危うい。


最低の、結末――


ハッピーエンドへの切符を、自ら捨ててしまった。

最早戻ったところで、何も得られない。

自分の犯した罪を、赤裸々に見せ付けられるだけだ。

救いなど、ありはしない。


「だったら!」

「でも――此処で逃げたら、俺はきっと自分が許せなくなる」


 舞台の幕はもう降りかけているけれど、上映はまだ続いている。

最後の最後に残った――悲しみと絶望に浸された、現実。

現実の中にはなのはがいて、恭也がいて、月村がいて、フィリスがいて――皆がいて。

――アリサがいて、ミヤがいて。


心砕けて血と涙の人形に変わり果てた――フェイトがいる。


目を逸らす事など、出来る筈がない。


なのはと離れて、辛かった。
はやてを傷つけて、悲しかった。
ミヤがいてくれて、楽しかった。
桃子に支えられて、救われた。
恭也に励まされて、嬉しかった。
月村に捨てられて、泣きたくなった。
フィリスに癒されて、励まされた。


アリサが帰ってきてくれて――俺はどれほど……


今も帰りを待ってくれる、人達の為に。

どれほど心が壊されようと、俺は戦い続けなければいけない。


「……辛いよ?」

「分かってる」

「もう――誰も助けてくれないよ?」


 フェイトの心を殺したのは、俺だ。

見捨てられて当然のことをした。

今更、許される訳がない。

俺はそれでも――頷いた。


「戦えるさ。

俺は――孤独の剣士だから。

一人っきりでも、戦える」


 大嘘だ。

今まで、どれほどの人達に助けられたと思ってる。


これからは――本当に、一人で戦わなければいけない。


少しの過ちで、今度こそ何もかもを失う。

怖くないといえば嘘になる。

でも――俺は嘘をつく。

俺は他人の心なんて気にしない、卑劣な男だから。


こんな男を――アリシアは少しでも、愛してくれたのだから。


最後の最後まで、俺は彼女の憧れでいたかった。


「孤独か、仲間か。

独りで戦うか。
誰かを守るか。

リョウスケはこれからもずっと、悩み続ける。
自分の心を、責め続ける。
こんな筈じゃなかったと、嘆き悲しむ。

誰かを救っても、独りになっても――


――リョウスケは決して、幸せにはなれない。


それでも――行くんだね?」

「ああ」


 躊躇いは、なかった。

孤独を望むかぎり、仲間の存在は苦痛になる。

仲間を望むかぎり、孤独が苦痛になる。

どっちを選んでも、きっと後悔する。


ならば――戦って、前へ進む方がいい。


アリシアは悲しみに染まった表情で――微笑む。


「やっぱり、リョウスケは……カッコいいよ」

「いや――お前の大事な姉妹を悲しませた、駄目な男さ。
今回の事件で、心底てめえの馬鹿さ加減を知ったよ……」

「うふふ――でも。

リョウスケは今でも、フェイトをわたしの姉妹って認めてくれるんだ……

嬉しいな……」


 感極まったように泣き出すアリシアを、俺は抱き上げた。

少し躊躇う素振りを見せるが、やがてアリシアは俺の首にしがみつく。



「……ふぇ……もっと、早く逢いたかった……

リョウスケに、生きて逢いたかった……ぅ……うううう……」


 沈み行く世界に、アリシアの慟哭が木霊する。

少女の無念が心を突き刺して、悲しみの鮮血に染める。

アリシアは、死んでいる――

どれほど嘆き悲しんでも、少女の物語はもう終わってしまった。

俺は瞑目して――今度こそ、しっかりと抱き締める。


雨に濡れたフェイトへ伸ばせなかった手を――アリシアに向けて。


救われなかった少女を、俺は抱き締め続けた……















こうして――温かいハッピーエンドは終わりを告げて――















――残酷に彩られた現実バットエンドが開幕する。















































<第四十二話へ続く>







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