幸運に恵まれず、悪運には事欠かない。

俺という男の生き様を後押しする要素が、捨て子の俺を無様に救った。

腐乱臭漂うゴミ捨て場に捨てられ、凍死寸前だった俺は拾われた――

ここで見ず知らずの人間を救う博愛主義者なら、俺は幸ある人生を送れただろう。


運命の女神は、そんな甘い奴ではなかった。


俺は警察に保護され、乳飲み子の身分で施設を盥回しにされた。

生かす為だけの施設。

愛の無い育児教育。

俺は何処でも他人だった。

愛を知らないまま、育った。

孤独だけを学んで、俺は無意味に生かされ続けた――



地に足がついた頃、俺は孤児院へ収容される事となった。



あの女の居る、孤児院へ。



















とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第三十九話







 コーンポタージュとクロワッサン。

冷たい地下牢を優しく温めるスープが皿に盛られ、風味豊かな香りが鼻腔に伝わる。

コーンの旨みが十分に引き出されたスープを、俺は事務的に口に運んだ。


"あは、美味しいですね〜"

"……"


感覚を共有するチビが舌鼓を打っているが、無視。

俺はただ黙々と面白くない気分で口にするだけ。

純な心を持つ妖精は話し辛い雰囲気を察したのか、頼りなげに俺の心に呼びかける。


"あ、あぅ〜、何か話してくださいよー"


 チビスケの泣きそうな顔が目に見えるようで、俺は力なく息を吐いた。

――料理の基本は愛情だと、桃子は言っていたのを不意に思い出す。

技術も必要だが、美味しく食べて貰う想いが不可欠なのだと。

基本的に本能に忠実な俺は、想いがどうあれ美味ければそれで良かった。

まだほんの少し納得出来ていないが、桃子やはやての家庭料理が気に入っていたのも事実。

別れた後のひもじい食生活に耐えられるか、正直なところ気掛かりでもあった。

今更ながら、桃子の言葉が正しかった事を思い知った。

どれほど料理が美味くても――


――想いが籠められていなければ、舌が拒否するのだと。


この期に及んでアルフから出された料理なんぞ、腹が立つだけだった。

拒否しても良かったが、怪我まで負った身に栄養が必要だ。

脱出だってまだ諦めていない。

今後脅迫材料に食を絶たれる危険性もある以上、補給はしておくべきだった。

本人はまだ目覚めていないので、一応レンの分は確保だけはしてある。

本当なら起こすべきだが、穏やかな寝顔を見ると躊躇いが生じてしまう。


……他人を気遣う自分に、改めてむかついた。


忌々しくパンを齧って、引き千切る。


「……まだ何か用か。
傍に立たれると目障りなんだけど」


 ――レンと俺の分の食事を持ってきたアルフ。

こんな形で再会するとは夢にも思っていなかったが、今の俺は会いたくも無かった。

間違いなく、こいつもレン誘拐の片棒を担いでいる。

プレシアに忠実な裏切り者の使い魔なのだから。

何故か立ち去る気配も見せず、堅牢な牢獄の前に居心地悪そうに立っている。

顔を見るだけで、余計に飯が不味くなる。

アルフは沈痛な眼差しを下に向けたまま、小さな声で呟いた。


「話が、あるんだ……あんたに」

「俺はねえ、失せろ」


 なのはや恭也達なら、たとえどれほどの目に遭わされても対話を望むだろう。

彼らの度量の深さは、身近にいた俺が一番よく知っている。


……生憎だが、俺には無理。


言い訳なんぞ聞きたくもねえ。

後になって仕方なかったなんぞ聞かされても、怒りがこみ上げるだけだ。

元より優しさなんぞ欠片も無い俺だが、裏切り者に尻尾を振る犬にかける情けは無い。


"き、聞いてあげましょうよ〜"

"ざっけんな。さっきの巨人兵の事、もう忘れたのか?
俺達、あいつに殺されかけたんだぞ"  

"それはそうですけど……"


 ……こうして考えてみると、案外世界ってのはよく出来ているのかもしれない。

誰よりも優しさの無い俺の中に――


――誰よりも優しい女の子がいるのだから。


俺の冷たい心に、温かな声が響く。


"可哀想じゃないですか、すごく落ち込んでますよー"

"自業自得だろ、知るか"

"さ、さっき約束しましたです!? 
アルフさんやフェイトさんともう一度歩み寄っているって、言って下さいました!

嘘つくんですか!? 
嘘つきさんはこわーいエンマ様に舌を抜かれるんですよー!!"

"お前は何時の時代の人間だ!?"


 チビの分際でけたたましく俺の中で騒ぎまくる。

耳を防げないので、裏切り者にも健気な妖精の可憐な声がダイレクトに届いた。

こんな奴等相手でも情を向けられる、こいつの心情がサッパリ分からん。

俺達の主張を聞いていた訳でもないのだろうが、アルフは殊勝な声で懇願する。


「お願いだよ!
アンタが……アタシらを憎むのは当然だと思う。
あんたの大事な友達まで、巻き込んでしまったんだから――

アタシなら恨んでくれていい!
自由になったら、アンタの好きにしてくれてかまわないから……だから、だから!

あの子だけは、恨まないでやってほしいんだ!」


 悲痛な叫びに、俺は我知らず拳を握った。

アルフはどこまでも真剣だった。

恥も何もかもをかなぐり捨てて、許しを求めている。

主人を守るべく拳を振るう戦士が、身動き取れない剣士に頭を下げていた。

やるせなさに――腸が煮えくり返った。


「だったら……最初からこんな事するな!!」


 逆上して、鉄格子に思いっきり蹴りを入れた。

激しい物音を立てて、地下牢の静寂を破る。

チビは悲鳴を上げて、アルフは辛そうに目を瞑った。

負傷した俺の脚力では牢獄を小さく揺らす程度だったが、音だけは激しく響いた。


「正面から堂々と頼みに来ればいいだろ!
関係ない奴まで巻き込みやがって!

お前らは知ってたはずだ! 

こいつは心臓病で、先の長くない命だって!!」


 孤独な剣士が命の大切さを説く愚かさを顧みず、俺は喉が裂けるまで罵倒した。

頭に血が上っていた。

悔しくて――悲しくて、仕方なかった。


「なのに、お前らは平気な顔で誘拐した!
自分達の願いを叶える為に、他人を平気で利用しやがったんだ!

俺は確かにお前らの敵かもしれないけどな……もっと他にやり方はあっただろ!

純粋に勝負して俺が負けたら、不本意でも俺は協力していた!
あんたがどう思おうが、俺はアンタを認めてたんだ!

――アリサを思い遣ってくれて……嬉しかったんだ!!

それを、それを……!!」


 俺はこの社会のはみ出し者だ。

生きる為なら何でもやった、勝つ為なら汚い事だってやれる。

自分の為なら、平気で他人を犠牲に出来る男だ。

でも――お前らは違う。

違うと、信じていたのに!!


信じたかったんだ、畜生……


――頬が熱い。


悔し涙が出ているのだと知ったのは、最後の叫びが出てからだった。


「そんなに、そんなに――フェイトが大事か!
主が喜ぶ為なら、テメエは何だってやれるのか!!」

「やれるさ!」


 牢屋にしがみ付くように、アルフは顔を歪ませて俺に肉薄する。

互いの吐息を感じ取れる距離で睨み合い、俺達は感情をぶつけ合う。


「あの子の為なら何だってやれる!
フェイトの幸せが、アタシの幸せなんだ!!

あの子にはずっと、笑顔でいてほしいんだ!!」


 アルフもまた――泣いていた。

俺の憤りに共鳴したかのように、涙を流して叫びを上げる。

俺は歯を食い縛って、心に溜まる理不尽を吐き出した。

声にしても意味が無いと知りながら、言わずにはいられなかった。


「その結果がこれか!
心臓病で苦しむ人間を引き摺り出しておいて、何が笑顔だ!!
あいつは、あいつは――全然喜んでなかった!!

大雨の中全身を濡らして、喜びも悲しみも全部殺して!!


あいつは――泣く事さえ出来ずに、誰かに助けを求めてたんだ!」


 ――え……?


自ら発した迸りに、消滅しかかっていた理性が拾い上げる。

アルフもまた、泣き腫らした顔を蒼白して身を震わせていた。


助けを、求めていた……?


豪雨を浴びても反応せず、死んだ眼差しを向けるフェイト。

亡霊のような彼女の表情が、今更ながらに脳裏に鮮やかに蘇る。


"フェイトを笑顔にしてあげてね"


 ――雨に濡らす少女の目。

感情が消えた虚ろな眼差しを見て、何も感じなかった愚鈍さに呆れる。

何も出来ないのだと、抱き締めてやれなかった愚かさが今の現状であるというのに――

息が詰まるような思いに、自分の胸を掻き毟る。

何故気付かなかったのだろう……?


何かあったのだ、フェイトに。


あのはやて家での戦闘後。

なのはとの真剣勝負に敗れて――彼女の身に何かが起きたのだ。

裏切りへと誘う、破滅の道。

年端も行かぬ幼い少女の感情を殺すほどの、悲劇が。

裏切りは絶対に許せない。

許せないが――


――怒りをぶつけるべき相手は、本当にあの娘なのだろうか?


何も出来なかったのは、俺だって同じだ。

アリサとの尊い約束を今だ果たせず、フェイトを前に何も出来ないのだと目を瞑ったんだ。

自分は孤独だから――愚にもつかない理由で。

温かく抱き締められず、冷たく引き離してしまった――


「……一度だけ、チャンスをやる」

「あんた――」


 これ以上顔を向けず、俺は鉄格子から離れる。

引き絞るような怒りを心に溜めて、俺はその場に腰を下ろす。


「フェイトに何があったのか、全部話してみろ。

――今回の事は、不甲斐ない俺にも責任はある。

少なくとも、レンを巻き込んだのは間違いなく俺だ。
引き返す道も最早ない。

フェイトを助けたいと心から願うあんたの気持ちだけは――信じてやる」


 話し合いに応じる――なのはのような態度に、思わず笑ってしまう。

つまらん男になったもんだ、俺も。

怒りすら満足に持続出来ない。

裏切り者は裏切り者でバッサリ斬れば済む話なのに、まだこだわっている。


"……素直じゃない人ですね、本当に"

"うるせえ。いいか、何度も言うが勘違いするなよ?
お前に借りがあるから、俺はここまで譲歩したんだからな"

"うふふ〜、そういう事にしておいてあげますですー"


 融合を解除したら、まず最初にこのチビッ娘を殴る。

アリサの約束やミヤの願いがなければ、誰がここまでするか。

俺の言葉を聞いたアルフは感極まったように必死で涙を拭いて、話を始める。


「そもそも、あの娘がジュエルシード探しをするようになったのは……母親の為なんだ」

「それは知ってる」


 プレシアは尊い願いを抱いている。


死者の蘇生――


最愛の我が娘を蘇らせる為に、プレシアは望みを叶えるジュエルシードを集めた。

本人から直接聞いた訳ではないが、推測は出来る。


「アタシはフェイトの使い魔だから、ジュエルシードを集める理由は教えて貰えなかった。
もっとも……それはあの娘も同じだったけどね……

あの女はフェイトを……まるで道具のように利用し続けた!

命令するだけ命令して、あの娘に何一つ優しい言葉をかけてやらなかった!!
少しでも失敗したら、フェイトを執拗に……


何度も……何度も……虐待して……」


 思い出すだけで辛いのか、アルフは涙ぐんでいた。

初めて会った時は極悪非道な誘拐犯という認識だったが、案外情に厚い女なのかもしれない。


それにしても虐待ね……


意外な気がした。

普通に考えて大切な二人の娘の内一人が死ねば、もう一人を溺愛するもんじゃないか?

それこそ宝物のように大切に扱って、二度と喪わないように心から可愛がるもんだと思うのだが……

どちらが姉で、どちらが妹か分からんが、フェイトを蔑ろにする理由が分からない。


アリシアだけを可愛がって、フェイトは嫌っていたのだろうか?


そう考えれば、逆にフェイトの今の境遇も心情的には別にして一応は頷ける。

可愛がっていた方が死んで、嫌っていた方が今も生きているのだ。

フェイトの顔を見るだけでも、プレシアは憎悪と悲しみを抱いた筈だ。

どうしてフェイトではなくてアリシアが死んだのか――プレシアはずっと苦しんでいたに違いない。

たとえそれが、親の身勝手な想いでしかないとしても。



――孤児院で出逢ったあの女を思い出す。



長い黒髪。

日本人形のような整った顔立ちに、不機嫌さを滲ませて。

悪戯盛りの俺の脳天を事ある毎に竹刀で殴った、あの女を―― 


  ――苦々しく頭を振る。


あの女の場合親というより、ガキ大将に近い。

とんだ育ての親だった、が――今でも憎み切れない。


アルフの話は続く。


「あのなのはって娘がジュエルシードの回収に出て、フェイトはやり辛くなった。
あ、別に責めてる訳じゃないんだ。


――あんたとの戦いで、アタシも色々考えさせられたしね……


甘ちゃんだって言った事だって反省はしてる」

「なのはが甘いのは事実だからもういいさ、別に。
ただその言葉を――あいつにも伝えてやってくれ。

しっかりしているように見えて、気にするタイプだからな」


"いいお兄さんですねー"

"死ね"

"ふえ〜ん、褒めたのに……"


 俺には何の褒め言葉にもならんわ、ボケ。

こそばゆい感覚に震える俺を笑って、アルフは本題に入る。


「あの日アタシはあんたに負けて、フェイトはあの娘に負けた――
ジュエルシードは未回収。
踏んだり蹴ったりだけど、アタシもフェイトも納得してた。
目的は違うから和解は出来ないけど――少しは話し合ってみようって、二人で言ってたんだ。

ただ――あの女がそれを許す筈がない。

しかも運悪く、今まで回収したジュエルシードを渡す期日も近かったんだ」


 うわ、最悪。

ジュエルシード回収を妨害した俺が言うのもなんだが、可哀想過ぎる。

任務に失敗した上に、致命的な敗北を喫したんだ。

無慈悲な母親がどんな行動に出るか、手に取るように分かる。


「……あんな母親でも、フェイトは心から慕ってる……
怒られるのが分かってるのに、御土産にお菓子まで買って――

あの娘は、母親に会いに行ったんだ。

そしたら――」


 ――聞きたくない聞きたくない、そんな虐待エピソード。

プレシア以上に無慈悲な俺だが、母親を心から愛する娘の悲鳴を聞いて喜ぶ趣味はない。

御叱りを覚悟しても大事な母に会う事を優先する気持ちを、虫けらの様に踏み躙る話なんて聞いて楽しいものではない。

顔を引き攣らせる俺に、アルフは意外な真相を口にする。


「帰って来たフェイトを――優しく出迎えたんだ、あの女。
今まで一度も母親らしい事をしなかったくせに。

手の平を返したかのように微笑んで」

「……は?」


 意味が分からない。

今までの話の何処をどうすれば、ほのぼのエンドに変化したんだ?

気の狂ったババアだとは思ったが、捻じれ過ぎて逆に元に戻ったのだろうか。

俺の困惑を読み取って、アルフも困ったように笑う。


「アタシも何の冗談かと、一瞬思ったよ。
最初褒めておいて後で蹴落とすのかと疑ったけど、そんな様子は全然なし。
フェイトのお土産も喜んで受け取って、一緒に食べてたんだ。

とうとうイっちまったかと、大嫌いな奴だけど哀れに思ったもんさ……その時までは」


 言いたい放題だが、気持ちは分かる。

突然手の平を返されたら、誰だって対応に困ってしまう。

必要以上の成果を出したのならまだしも――


――あ。


「俺の法術か!」


 ――はやての闇を吹き飛ばした、祝福の風。


発動した力はジュエルシードを浄化して、車椅子の少女の願いを具現化した。

思えば、チビとの出会いや融合もあの事件が始まりである。


"貴方のせいで、ミヤは書から切り離されたんですよね。
頁も勝手に改竄して、システム全体も変更されつつありますし……

マイスターを裏切ってしまって……うー! うー! う〜〜!!"

"そ、その件も後で何とかしてやるから!"


 頼むから、今だけはこれ以上問題を積み重ねないでくれ。

パニックになる。

チビ問題を横にどけて、俺はアルフに向き直る。


「プレシアはあの事件で、法術に気付いたんだな。
フェイトの監視をしていれば、簡単に気付ける。

願いに代償を求める厄介な石より、確実性のある方を取ったのか」

「アタシは使いっ走りだからね……詳しい事情は聞けなかった。
ただあの女が上機嫌で、フェイトを褒めてさ――

――少し戸惑ってたけど……フェイトが本当に、嬉しそうで……


……アタシは心から、アンタに感謝したよ。


利用されるアンタにはいい迷惑かもしれないけど、あの時はアンタに頭が下がる思いだった」 

「……」


 ……自分の大切な主が、愛する母に虐待されるのをただ見つめるしか出来ない。


どれほど苦痛で、どれほど己の無力に嘆いたか――


俺には想像も出来なかった。

少なくとも、喜んだアルフを責める気にはならなかった。


「あの女が次に命じたのは、あんたの監視と護衛だった」

「監視は分かるけど、護衛……?」

「あんたに死なれたら困るからさ。


ほら――その……アリサの事で、アンタ……」


「そう……だったな……」


 悪夢のような数日間。


――アリサのいない世界は苦痛に満ちていて、悲しみと絶望に心が染まっていた。


死は常に隣にあり、憎悪が脳を焼いていた。

あの悲しみが未来永劫続いていたかと思うと、今でもゾッとする。


「監視は二十四時間体制、変化があればすぐに報告。
もっとも、あの女自身も見張っていたみたいだね。

……フェイトが報告しなかったそのレンって娘の事も、知ってたんだから」

「――! 待て……

じゃ、じゃあ……俺がレンと中庭で話していた時の事は――」

「あの女が自分で見てて、今回の計画を思いついたんだよ!
フェイトは黙っていたんだ!


これだけはどうしても、あんたに伝えたかった!!


確かに……確かに連れ去ったのは事実さ……でも、でも!

フェイトはこんな事、望んでなかった!
他の誰でもない、アンタにだけは疑ってほしくなかった!!」

「っ……」


 目の奥が熱く潤み、脆くなっている涙腺が刺激される。

噛んだ唇が切れて、痛みと共に血が滲み出た。

裏切った事実とフェイトの心境が絡み合って、怒りと悲しみが胸の中で荒れ狂う。


「そして――あんたがアリサを救った日。

もう知ってると思うけど、アタシらもアンタのサポートに行った。
病院に結界が張ってたんで監視には苦労したけど、病院を出たあんた達の会話で事情を知ったんだ。
――あの女からすぐに命令が来たよ……必ず成功させろって。

でもね……そんな事、あの女に言われるまでもなかった!

フェイトも、アタシも、あんたを助けたかった!

アリサを――


――フェイトの大切な友達を、救いたかったんだ……


命令なんて関係ない!!!」


 そのまま――アルフは泣き崩れた……


――気丈な戦士が流す涙。


一度は認めた好敵手の激情を、俺は一介の剣士として重く受け止めた。

ちっぽけな疑いなんて、簡単に吹き飛ばすアルフの気持ち。

彼女が抱く悔しさと悲しみを、俺はこの事件で散々味わった。

自分の無力を味わった者にしか分からない、痛みがあった。


暗がりの中で静かに、深く息を吐く。


ジュエルシード事件。

ユーノが発掘した、人々に恩恵と代償を与える闇の宝石。

事故で散布した21個の魔法の石を求めて、プレシア・テスタロッサは俺達の世界に降臨した。

彼女の願いは、愛する娘を取り戻す事。

科学や魔法でも叶えられない死者の蘇生を願いに託して、彼女は娘のフェイト・テスタロッサに回収を命じた。

何故ユーノとほぼ同時期に海鳴町へ散布されたのを知っていたのかは、異世界の背後関係が不明なので無視。

プレシアは狂った魔女だが、ジュエルシードを使う危険性を恐らく知っていた。

知っていて、尚――如何なる代償を払ってでも、彼女は娘を蘇らせようとしたのだろう。

アリサを喪った俺には、彼女の気持ちはその一点のみ理解出来る。


計画が修正されたのは――俺の存在。


不安定な力より、実証のある奇跡を求めた。

俺が奏でる奇跡の歌を彼女は切望し、レンを人質に俺に奇跡の再来を懇願した。

彼女が今もジュエルシードを所有しているのかは不明だが、最早使う気はないだろう。

プレシアの願いは愛する娘を取り戻し、幸ある生活を取り戻す事にある。

元より危険性の高い石だ、好き好んで制御の出来ない力を使う馬鹿はいない。

概ね、事件の大よそは掴めた。

ただ、疑問点はまだ残っている。



再会したフェイトの――あの目だ。



瞳から感情は消え失せて、幽鬼のような眼差しを俺に向けていた。

底知れぬ闇に俺はあの時飲まれ、手出しすら出来なかった。


絶望という言葉すら生温い、虚無。


何故、あんな目をしていたのだろう……?

病院の屋上の会話は結界に阻まれて聞けなかったと言っていたので、プレシアはアリサが特別である事は知らない。

俺が法術の力を行使すれば、誰でも蘇らせられると勘違いしている。

プレシアの計画は成功まで後一歩まで近付いているんだ――彼女の中では。

なら、功労者のフェイトを褒め称える筈。

実際法術使いの俺を発見した時、プレシアは初めてフェイトを優しく扱った。

フェイトにとっても喜ばしい事じゃないのか……?


愛する母親が喜び、実の姉妹まで戻ってくるのに――


アルフに聞いてみるが、首を振るばかり。


「……アタシも、よく分からない……

アタシはてっきりあんたを裏切る事に、後ろめたさを感じていると思ってたんだけど――」

「う〜ん……」





――フェイト……お前、一体何があったんだ?















俺がその答えを知るのは、今から半日後。

おぞましき現実の最果てで、俺は目の当たりにする。





血と涙に濡れた、少女の残骸を――
















































<第四十話へ続く>







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