とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第三十五話







 思わぬ形で再会した少女、フェイト・テスサロッサ。

この娘とは本当に、普通に顔を合わせる事は出来ないようだ。

常に互いが微妙な立場に位置して、心からの交流を結べない。

どれほど間近に接しても、互いの生き方はすれ違う事無く進んでいく。


はやて家での奇妙な同居生活も、今となっては砂漠の蜃気楼のように儚い……


――雨の中で虚ろな目を向ける少女を見て、俺はそんな印象を抱いた。


容赦なく俺達の頭上より降り注ぐ雨量は洪水のように激しく、少女の綺麗な金髪を濡らしている。

少女は何も言わない。

ただ静かに……俺の返答を待っていた。


「……何か、あったのか?」

「……」


 見当違いの問いに、フェイトは俯いたまま何も答えない。

敬意は定かではないが、俺が雨の中病院を飛び出した理由をフェイトは知っていた。

ならば何も言わず、連れて行ってもらえばいい。

何なら場所を聞くだけでもいい、それでも十分事足りる。


今の質問は――蛇足。


他人に干渉する、俺が最も唾棄すべき行動だ。

ガキ一人何を考えようが知った事ではないだろうに。

目的を優先すればいい。

場所を教えてくれ、一言そう言えば済む話だ。

俺は――


「――風邪引くぞ」

「……」


 そっと……傘を差し出して、俺はフェイトを中に入れる。

グッショリ濡らした全身、水滴で前髪が重く垂れていた。

フェイトは無抵抗のまま、その場から一向に動かず傘の下で佇んでいた。



なのはと……そんなに変わらないんだな、こいつ……



不思議な出会いと奇妙な再会を繰り返した、魔法使い。

俺にとっての非現実の扉を開いた存在は、優しい微笑みの似合う少女と似たような背丈だった。

無感情な瞳と黒の装束に畏怖を抱いていたが――



――フェイトはこんなに……小さかったんだ……



親に甘えたい年頃。

友達と仲良く遊び、思い出作りを楽しむべき子供なんだ。



なのに、何故いつもこいつは……こんなに……



俺は傘を差したまま、フェイトを見下ろす。

雨が降らしているのは、空だけではない。

冷え切っているのは、身体だけではない――



"フェイトを、笑顔にしてあげてね"



 ――そうだったな、アリサ。



俺は手を伸ばして、


「……っ」


 不器用に、フェイトの頭を撫でた。



俺の心に優しさはない。

俺の身体に温もりはない。

俺の過去に思い出はない。

生まれた時から両親はおらず、温かい家庭なんて無縁だった。

友達なんて、いなかった。

フェイトに対して、俺が出来る事は何もない。



笑顔にする方法を知らない。



人を悲しませる事は出来ても、喜ばせる事は出来ない。

フェイトの髪を撫でる手に、俺の気持ちは微塵も無い。

無骨な手の平より伝わるのは、アリサより預かった想いだけ――


「フェイト、ありがとう」

「……」

「アリサは無事に――取り戻せたよ」


 ゆえに――真似事。


親が子供を喜ばせる為の行為を、俺はただ真似るだけ。

どんな親でも一度は――こうやって子供を褒めると思うから。



「お前は――優しい娘だな、フェイト」

「……っ、ぅ……」



 フェイトは俯いたまま、身体を震わせる。

懸命に――ただ懸命に、嗚咽を噛み殺して……


悲しくても、泣けない。

笑いたくても、笑えない。


こいつは一体、何を背負っているのだろう?

俺には皆目見当がつかなかった。

ただ言えるのは――


――フェイトが苦しんでいるという事。


辛い事や悲しい事を一生懸命我慢して、感情を殺してしまっている。

喪った心は取り戻せず、傷口は塞がらないまま血の涙を零す。


俺は髪を撫でるだけ。

フェイトはただ佇むだけ。



孤独に冷えた俺の手は彼女を抱きしめる事は出来ず――



――孤独に慣れたフェイトは温もりを求めず、感情を凍てつかせる。



目の前に、フェイトがいるのに。

目の前に、俺がいるのに。



俺達は互いに、その一歩を踏み出せなかった……



俺が恭也なら、この娘を受け入れて優しく抱き締められた。

フェイトがなのはなら、俺に素直に涙を見せられた。



俺達は哀しいまでに――他人だった。



降り続ける雨の音をBGMに、立ち尽くす俺達――



フェイトの身に何が起こったのか知らないが、雨の中黒装束で街中を歩くなんて異常だ。


孤独の世界を内包する、女の子――


世界を閉ざすその在り様は、昔の俺に酷似している。

居た堪れなかった。

何か言ってやりたいのに、何も言えずにいる。

アリサにあれほど固く誓ったのに、俺は彼女の心に踏み込めなかった。


代わりに出たのは――愚鈍な剣士の、つまらぬ目的意識。


「お前……俺が誰を探しているか知ってるのか?」


   フェイトは小さく頷く。

それがもし本当なら有難い話だが、疑問は当然出てくる。

例えば探し人がなのはやはやてなら、俺も頷ける。

なのはとフェイトはジュエルシードを巡る好敵手、はやては一宿の縁だ。

二人を交えて会話をした事もあれば、繋がりも知っている。

だけど、違う。


俺が今探しているのはコンビニ娘――鳳蓮飛。


大雨の中思い悩んで飛び出した、迷惑な心臓病患者だ。

フェイトとは一ミクロンの設定も無い――筈だが、断定は出来ない。

俺だって、別に知り合い全員の人間関係を把握出来てなんぞいない。

レンやフェイトがどういう奴か知っていても、友達が何人いるとかは知らないのだ。


フェイトの素性は知らないが、多分ユーノと同じ異世界の人間――


外人が蔓延るこの町で金髪は珍しくないが、最低でも日本人ではないだろう。

そう考えればあの怪しい関西弁を話す中国娘とも、特別な交流でもあるのかもしれない。

率直に聞けば一番早いのだろうが、素直に話してくれる娘ではない。


踏み出せない一歩がもどかしい。


決定的何かが、俺には欠けていた。

俺は何も聞けず――愚直に申し出を受ける事しか出来なかった。


「……分かった。なら、案内してくれるか?
あのチビ、実は入院患者なんだ。
許可なく脱走しやがった不届き者だから、面倒だけど連れ戻さないといけない」


 自分の事を豪快に棚上げして、俺はフェイトに頼み込んだ。

瞬間、俺は目をぱちくりさせる。



俺の答えを聞いて、小さく――瞼を震わせるフェイト。



無感情な少女の目に一瞬、哀しくも苦い色が浮かぶ。

そんな言葉は聴きたくなかったとでも言うように、唇を噛んで……

変に思った俺が何か言う前に――フェイトは俺に手を差し出す。


「案内しますので、目を瞑って下さい」

「目……?」


 案内と関連性に欠ける命令をされて、怪訝に思った俺は眉を潜める。

俺の疑問は予想済みだったのか、フェイトは間を置かず説明した。


場所が遠い・・・・・ので、魔法で転移します。
目を開けたままでも結構ですが、長距離転移は感覚を狂わせる危険性があります」

「お、脅かすなよ……分かった、分かった」


 転移魔法に関しては、説明を求める必要は無いだろう。

そのまんまだろうからな、実際。

現代用語で分かり易く変換すれば、瞬間移動といったところだろう。

本当に何でも出来るんだな、魔法って。

数日前ならフェイトの言葉でも馬鹿にしていただろうが、今の俺なら素直に受け入れられる。

感心するやら呆れるやらで、俺は黙って目を瞑る。


……にしても長距離って、あの馬鹿何処まで行ったんだ……?


心臓病の分際で、元気に動き回るなよ。

むしろそんなに元気なら、手術受けて早く完全回復しろ。

フェイトとの気まずい雰囲気を、レンヘの怒りに変えて俺は静かに時を待つ。


今度目を開ければ、レンの居る場所へ辿り着ける――


瞬間移動で発見されれば、あのコンビニ絶対にビックリするに違いない。

むしろ、俺がビックリしないように注意せねばなるまい。

トンネルを抜けると雪国であった、どころの話ではない。


目を開ければ、光景が丸変わりしているのだ。


海鳴町の何処に飛ばされるか知らないが、覚悟を決めておけば平気だ。

案外俺と同じく、辛い事から逃げた末に山の中とかあるかも。

いやフェイトの案内先だ、山の中に放置は無いだろう。

何にせよ、衝撃を受けないように腹を括っておく。


レンやフェイトの前で、驚愕の悲鳴を上げてはいけない――


一人の男として、恥ずべき事だ。

傘を差したまま深呼吸をして、俺はフェイトの手を固く握る。


――まぶたの裏を焼く、金の波動。


周囲の空気が変異し、耳元が鳴動し、激しい雨の息吹が遠ざかっていく……


「……ごめん、なさい」


 小さく聞こえた少女の言葉を最後に、世界が遮断された。















 人間は恐怖を覚えれば、本能で悲鳴を上げる。

理解を超えた現実の事象に、理性の枷が外れて叫んでしまう。


制御出来ない感情の暴走――


己が内に定めた常識を覆されれば、如何な強者でも声が漏れる。

生理現象とも言える回避出来ない本能的衝動なのだ。


「男の言い訳はみっともないと、ミヤは思いますー」

「う、うるせえな!? 
目を開けてこんなん見せられたら、誰だってビビるわ!」



 ――古の宮殿。



海鳴町病院前から転送された先には、幻想の光景が広がっていた。

美しい調和が成された、広壮な複合建物。

歴史を積み重ねた荘厳な雰囲気に満たされており、壁や床は不思議な光を発している。

瞬間移動によって運ばれた広間には螺旋階段があり、見上げてみるが上階がまるで見えない。

童話の王城の様な華麗な極彩には恵まれていないが、庶民を圧倒する威圧感があった。

雨から解放されて、チビもポケットから出て辺りを見渡している。


「凄いです……洗練された魔法技術が使用されています」

「お前――とりあえず、魔法って言えばすむって思ってるだろ?
何だ、その貧困な語彙は」

「だ、だってだって、本当なんですから仕方ないです!?

何も知らない貴方にそんな事言われたくありません!」

「俺だっていい加減、知らない事尽くしでうんざりしてるんだよ!?
頼むから、俺が対応出来る状況にしてくれよ!」

「ミヤに言われても困ります、うえーん」


 絶対海鳴じゃない、断じてない!

遠い場所とは聞いていたが、町を越えないでくれよ!?

それどころか、国単位を軽く超えてるだろ此処!

ヨーロッパか、ヨーロッパなのか!?


でかいお城は、ネズミがデカイ面してる遊園地で十分だ。


「困りましたー、現在地点が分かりませんですぅ」

「建物の中だろ」

「そんなの見れば分かりますです!

貴方とミヤが何処に飛ばされたのか分からないと、言ってるんです!」

「そんなの、フェイトに聞けば――



……。



……フェ、フェイトさん……?」



 指を指し示した先には、壁が広がっているだけ。

掴んだ冷たい手の感触は消えており、哀しげな眼差しをした少女の姿はなかった。


愕然とする俺に返ってくる反応は、静寂――


冷然とした巨大な建造物は、俺にただ不安だけをぶつけてくる。


「あ、あいつ何処行ったんだ、おい!?
は、はぐれたのか、もしかして?」

「違います! 
あの方は魔法が発動した瞬間、貴方の手を離したんです!

――貴方だけを此処へ、転送させる為に」

「ちょ――ちょっと待てよ。
いきなり俺一人で連れて来られても、何処へ行けばいいのか全然分からんだろ!

放置プレイなんぞされても――」



「――そもそも、どうしてあの方を信用されたのですか?」



 ミヤの言葉は、混乱する俺の脳に冷や水をぶっかける。

自分でも信じられないくらい、可愛げな少女の声が冷たく突き刺さった。


「貴方程面識はありませんが、フェイトさんとアルフさんは貴方と敵対していた筈です。
現に、貴方は一度殺されたじゃないですか」

「そ、それは――」


 ――その通りだ。

あの夜、俺となのはは一つの目的を元に命懸けの死闘を繰り広げた。

ジュエルシード。

フェイトは願いを叶える夢の宝石を求め、なのはは代価を望む宝石の封印を望んだ。

アルフは、彼女達の願いを叶える為のサポート。

俺はただ巻き込まれただけの口だが、あの夜は確かになのはを助ける道を選んだ。


結果、争った挙句に殺された。


アルフを怒らせたのが原因だが、それでも争う原因があった事には違いない。

ミヤの言い分はもっともだ。

だけど――


「フェイトとアルフはアリサを助けてくれた! お前だって見てただろ!?
敵だったら助けない筈だ!!」

「アリサさんとジュエルシードは、そもそも別問題ですぅ。
ジュエルシードを求めて戦った結果が原因ですが、貴方と同じく巻き込まれただけと言えます。

アリサさんを助けた後――

フェイトさんが、どうして急に貴方の味方になるんですか?」

「……」


 広い宮殿の中で一人、唇を噛む。

感情がミヤを否定し、理性がミヤを肯定している。


――そもそも俺は、フェイトの何を知っている?


純粋な、赤の他人だった。

今だってそうだ。

俺達は仲良しではない、生来からの付き合いは微塵もない。

フェイトは俺がジュエルシードを持っていたから、接触を図った。

幾度となく姿を見せたのも、俺が拾った石を略奪する為だ。

はやての家に同居したのも、本に縛られた故の事故だ。

彼女が――望んだ生活ではない。


一度だって、あの娘が俺に好意を向けた事があったか?


俺が一方的に気にかけていただけだ。

自分に似ているからと、勝手な仲間意識を抱いて――


「冷静に、聞いて下さいです。
先程から書にアクセスを試みているのですが、まるで届きません。


此処は――貴方の知る世界ではない。


別世界です、それも高次元の」

「――そんなところに、何で俺を……」


 この期に及んで、まだフェイトにしがみ付こうとしている俺。

状況が――現実が冷酷に事実を突きつけているのに、肯定出来ない。


アリサと友達になってくれた、フェイト。

アリサの死を悲しんでくれた、アルフ。


信じるに値する連中だった。

味方ではなかった。


仲間でも家族でも――友達でも何でもない、俺にとっては異界の連中。


住む世界の違う奴らだけど、それでも……それでも!


「貴方はジュエルシードを浄化し、アルフさんを倒しました。
そして何よりアリサさんの為に――

――自ら進んで、魔法を使用した。

脅威に感じて、何の不思議も無いです。
だから、貴方を罠に――あうっ!?」


「それ以上一言でも言ってみろ……お前を殺してやる……」


 強引に掴んで、華奢な妖精の身体を掴んで力を込める。

呼吸困難に喘ぐチビ。

顔を真っ青にして苦しみながら――俺を、真っ直ぐに見つめた。


「ミヤ……だって、こんなの……嫌です……

そう思いたく、ないです……

でも、でも……

ただ……信じるだけ、なんて……変、です……

信じるだけで、止まってしまったら――



――絶対に、前には進めないです!」

「――チビ……」

「……ミヤ、は……皆、仲良しが、いいです……

だから、だから……御願い、です……

現実から――もう、逃げないで下さいです……」



 一歩も――歩めなかった、自分……



 フェイトが目の前に居たのに、俺は抱きしめて上げられなかった。

笑顔に出来ず、ただ少女を悲しませて終わった。

口から出たのは思い遣りではなく、ただの義務。

少女の虚無に踏み込めず、引き返して別の道を進んでしまった。


あの娘が敷いた――破滅へのルートに。


やり様はあった筈だ。

あの時が、チャンスだったんだ。

目の錯覚かもしれないけど――



――あの時あいつは、迷っていた。



俺を裏切る事に、最後の最後まで躊躇していた。

止められた筈だ、あの時に。



俺がしっかりと、抱き締めてやれば――



悔やんでも、悔やみきれない。

なのはやフェイト、はやてより俺は遥かに子供だ。

誘拐犯が子供を誘う手口と同じじゃないか、こんなもん。


お母さんが病気になった。

美味しいお菓子がある。

楽しい遊園地へ連れて行ってあげる。


甘い餌・・・に誘われて――何も知らない子供を車に乗せる。



そして、殺される。



――ぐっ……


ホイホイ浮かれて飛び込んだ馬鹿な俺を、殴りたくなる。

アリサを取り戻した奇跡に溺れていた。

現実を、認識出来ていなかった。


そうだ、この世界は――誰にも優しくなど、無い。


世界はいつだって、こんな筈じゃない事ばかりに満たされている。


「……すまん、ミヤ。お前を巻き込んでしまったな……」


 八つ当たりまでした俺に、ミヤは何も言わずに首を振る。

そのままもう一度俺の肩に乗り、頬を優しく撫でてくれた。

小さな手で、何度も何度も……



そこへ――



「――っ、何だ!?」



 ――固い床を揺らす、激音。



足音と言うには生温い重量感溢れる地響きが、派手に音を鳴らして近づいてくる。


通路の向こうから、凄まじい音を立てて――


こちらに悟られずに近づくつもりはまるでないのだろう。

ガンガン派手に鳴らして、通路の闇から死のカウントを鳴らす。


「御客様を迎えるにしては豪勢な演出だな……
此処が城なら衛兵なんだろうけど」

「うー、怖いです……」

「――お前って、実は俺だけに気が強いんだな……」


 怯えた顔をする少女に、裏切りに傷ついた心が少しだけ癒される。

俺は竹刀を携えて、広間の中央へと走った。

城を揺らす程の足音を立てる奴だ、自ずと敵の姿が想像出来る。

生き残るか、はたして――


「来るぞ!」


 暗闇の向こうから、ゆっくりと――ソイツが姿を見せた。


超高密度の武装、剣に盾、頭を覆う禍々しき兜。


なるほど、確かに衛兵だ……


「サ、サイズが俺の軽く三倍はあるけど」


 巨人兵――



迂闊に飛び込んだ哀れな侵入者に、敵は威風堂々と姿を見せた。


















































<第三十六話へ続く>







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