とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第二十五話







 五月も連休に突入した。

あの疎ましくも賑やかだった四月の花見が、随分昔の事のように思える。

数々の出会いと、悲しい別れ――

泣いて、苦しみ、悲しんで、今の俺はまだ生きている。





海鳴大学病院へ搬送されて、一日が経過していた。





病院から脱走した俺を、病院側は責めるより先に緊急手術。

担ぎ込まれた時は大人しく寝かせれていたが、不思議と意識は冷めていた。

眠る気にはならず、担架に乗せられたままぼんやりとしていたのを今でも覚えている。



――フィリスは、気丈だった。



ボロボロの俺を出迎えても何も責めず、外科の先生に頭を下げていた。

傷付いた俺を励まして、優しく手を握る。


泣きながら、天使のように微笑んで――


居た堪れない気持ちになった。

言う事を聞かない患者でも、フィリスは決して見捨てない。

医者として、人間として、フィリスは気高かった。


俺は何も見えていなかった。


診療台に寝かされて、俺は弱々しく呟く事しか出来ない。


「…ごめんな…」

「謝罪は後でたっぷりと聞かせて貰います。

今は――自分の事だけ、考えて」






 ……自分の事だけ考えていた結果がこれなんだ、フィリス……






 ――他人に目を逸らし続けて、何も見なかった男の末路。



今度こそ、俺は逃げない。

心の激痛に歯を食い縛りながら、俺はアリサのいない現実を見据える。

安易な逃避は許されない、俺が許さない。

悲しみと戦い続けて、人生の活路を見出していく。



桃子のように――















 入院は一ヶ月と決まった。

全身に及ぶ傷が怨恨のように今も痛みと熱を宿しているが、重傷ではなかった。

外科の先生やフィリスは目を見張っていたが、俺は当然のように受け入れた。

ガラスの破片が刺さった背中。

アルフの本気の一撃を食らった胴体。

取り返しの付かない負傷を――アリサは身代わりになってくれた。

最後まで、あいつは俺を支えてくれたのだ。



治療を終えて迎えた朝、俺は一般病棟へ――



明らかな暴行の痕に追求されたが、俺は階段から落ちたと告げる。


怒られた、畜生。


説明に困って黙っていると、フィリスに連れられた桃子が登場。

ぼんやりしていて聞こえなかったが、桃子の話で外科の先生は渋々納得してくれたようだ。

フィリスの援護も聞いたのだろう。

彼女の信頼は、病院全域に届いている。

外科の先生が出て行った後――






――いよいよ、俺が心から恐怖する死闘の幕開けとなった。





「…良介さん、今日という今日は絶対に許しません。
事情を聞かせてもらうまで、私は貴方の傍を離れませんから」


 怖っ。

白衣の天使は、戦闘魔人のアルフより遥かに強かった。


「だ、だから…階段から落ちて…」

「何処の階段ですか、見に行きます」

「ひ…人には言えない所で…」

「人には言えない所へ、病院を抜け出して行かないで下さい!!」

「うう…、だ、だから、事情があって…」

「その事情を話して下さいと言ってるんです!」

「お、お前――他人のプライバシーを詮索していいのか!?
人権問題に発展させるぞ!」

「病院を抜け出すような困った患者さんに、人権はありません!」

「酷すぎる!? 患者だって人間なのにー」

「他の皆さんはともかく――


私と良介さんは、他人ではありませんから」

「桃子がいる前で、誤解を招く言い方は止めろ!?」






 口喧嘩で黒星無しの俺だが、フィリスには言い負かされる。

終いには俯いて涙を滲ませる結果になり、俺は渋々話した。

勿論、全ての事情は話せない。


――話せないというか、話したって信じてくれないだろう。


俺だって、今でも半信半疑だ。

とはいえ――フィリスや桃子には、本当に世話になった。


口では言えないが、その…感謝だってしている。


二人は心から心配してくれた。

俺の安否に胸を痛めてくれた。


優しくしてくれる人を踏み躙る真似は…もう、したくなかった。


「――実は…」


 話は高町の家を出て行ったから。

見つけた住み心地の良いねぐらと、幽霊の少女。

八神はやてとの出会いと、束の間の居候生活――そして、襲撃事件。


入院と、脱走――

脱け出した理由は、はやての家を襲った犯人を探す事。

犯人は程なく見つかったが、責任問題にこじれてイザコザが起きた。

殺し合いをしたとは言えないので、掴み合いの喧嘩になったとだけ話す。


「その人とは、どうなったんですか?」

「和解したよ。はやても合意してくれたので、警察にも言わなかった。
だから、その――」

「分かっています、何も言いません」


 理解あるお医者さんがいると、助かる。


…そういえば、はやては無事だろうか?


ノエルに連絡を取りたかったが、生憎連絡手段がない。

落とした電話にかまう余裕なんてなかった。


話を続ける――


話し合いは無事に済んだが、怪我が酷くて倒れた事。





――夢の中の、悲しい別れ…





自分でも不思議だが、俺は最初から最後までフェイトやアルフを庇っていた。

俺はあいつらを責める気にはならなかった。

アリサが消えた一番の原因は、俺だ。

敵討ちとか、誰かの責任にして誤魔化したくはなかった。


――後は話すことは、少ない。


幽霊の女の子の切ない別れに耐えられず、俺は桃子に助けを求めただけだ。

魔法関連を省いた簡単な事情を聞き終えて、フィリスは寝かされた俺の頬を撫でる。



「…ごめんなさい、辛い御話を強要してしまいました…」

「――信じるのか…? 幽霊だぞ…」



 アリサの事は、誤魔化す事は出来た。

病院に直接関係ない、別に話す必要もないはずだった。



でも――俺は、あの娘の存在を打ち明けた。



誰にも知られないまま、終わるのは不憫だった。


アリサ・ローウェルは確かに存在していたのだから――


あいつの事を誤魔化すなんて、俺は絶対に嫌だった。

フィリスは悼む表情を見せて、


「…哀しい顔をしている、貴方を…疑えません。

辛かったでしょう…」


 ――哀切を帯びたフィリスに、俺は胸が痛んだ。

あいつを失った悲しみは桃子が洗い流してくれたが、傷は消えない。

この痛みを、俺はずっと背負っていかなければいけない。


「――俺は、あいつに、何かしてやれるかな…?」

「良介さんにしか、出来ないと思います。

ゆっくり休んで、考えてあげて下さい。

今の貴方に必要なのは、休息です」


 桃子も何も言わず、頷いた。

小さく息を吐いて、俺は瞼を閉じる……















 俺がアリサに出来る事――約束を守る。



フェイトを、笑顔に。



それ以外に、何か出来る事はないだろうか…?





アリサは笑顔で、消えていった――

悔いを残さずに成仏したように、思える。

多分あいつ自身、俺に命を与えた事に後悔や躊躇いもしなかっただろう。





…でも。





…本当に、それでいいのか…?





――俺の手の平に残された、想いの断片。



アリサの願いが描かれた、一枚の頁。



これは…





…あいつの、"未練"ではないのか?





綺麗に成仏したと思うのは、俺自身の身勝手な願望で――

死なせてしまった俺の罪悪感が、あの娘の死に様を綺麗事で覆っているだけに思えてしまう。



アリサの本当の願いは――報われなかった人生の続きを、俺と共に歩む事だろう?



自惚れかも知れない。

これこそ、俺の未練かもしれない。

だけど、あいつは俺に大切な命をくれた。

俺はあいつがいたからこそ、今も生きている。



今まで他人の為に、俺は努力をした事がない。



いつだって、自分の為だった。



結果――皆を傷つけて、あいつを死なせてしまった……



手元に残された、アリサの本当の幸福。





もしも、これに何か意味があるのなら――



――俺は諦めたくない。





この街で巡り会った、沢山の想い。

冷血な俺を温かく迎えてくれた、優しい人達。

彼らの勇気と想いを、一度だけこの胸に抱いてみよう。



人の想いこそ――本当の奇跡を起こせる気がするから。



死んだ俺が、生き返ったように。



俺の身体の中にある、"アリサの命・・・・・"。

俺の心の中にある、"アリサの想い"。



俺の手の中にある――"アリサの願い"



正直、何が出来るかは分からない。

フェイトの事だって解決しておらず、むしろこれからだ。



でも――悲しみは、桃子が癒してくれた。

荒んだ心と身体は、フィリスが精一杯支えてくれている。


アリサ。



俺――頑張ってみるよ。



だから、さよならは言わないぜ?













――ありがとう、アリサ…


























 入院生活初日、五月三日。



――俺はまだまだフィリスという女を、甘く見ていた事を思い知る。



夕方に俺が案内されたのは、共同部屋。

以前の個室とは違って、四人共同の部屋しか空いていないらしい。

入院生活の最初から、俺は早くもウンザリだった。

孤独が好きとは別の意味で、俺はしばらく一人になりたかった。



考えなければいけない事は、沢山ある。



一人静かに思い悩んで、アリサの為に出来る事を考えたかった。

フィリスには借りがあるので文句は言えないが、不満ではある。


まあ、いい。


話しかけられようが何だろうが、無視すればいいだけだ。

フィリスと桃子の付き添いの元、担架で運ばれて新しい病室へ向かう


全治一ヶ月・通院二ヶ月を宣告された身体――


頭に手当ての跡、右目は眼帯、左目の瞼と唇の上・頬にガーゼ。

手足の隅々と胸を窮屈に縛る包帯が、我ながら痛々しい。

自由行動は出来る限り控えるように強く注意され、脱走の罪で外出禁止になった。

見つかれば、ナースセンターと警備室が派手に騒ぐだろう。

その上、四人部屋と来た。


…フィリスめ、俺を余程逃がしたくないようだ。


前科があるので強く言えないが…困った。

フィリスに迷惑はかけたくないが、フェイトの件が終わっていない。

なのはとの決着がどうなったかも、気になる。

ジュエルシードの暴走、はやてが持っていた本。

俺を助けてくれた妖精のチビスケ、倒したアルフのその後。

置き去りにした謎や人間関係の問題が山積みで、解決にはまだまだ時間がかかる。

焦りは禁物なのは承知しているが、気になって仕方がない。

今は考えなければならない事は多いが、いずれ行動に移す必要はある。


――まあ四人部屋とはいえ赤の他人、しかも入院患者。


彼らの目を逃れる事は比較的容易い。

警備員や病院関係者は侮れないが、彼らだって始終俺をマーク出来まい。

遠出さえしなければいいんだ。

解決出来る目処を立てて、フィリスが騒ぎ出さない内にこっそり――



「――今度は何を企んでいるんですか、良介さん」

「べ、べべべ、別に何も!?」



 付き添うフィリスの目が疑いに満ちていて、大いに焦る。

必死な俺に呆れたように溜息を吐いて、フィリスは足を止めた。


飾り気のない部屋――


一ヶ月世話になる俺の部屋に辿り着いたらしい。

共同部屋だけあって広く、ベット一個一個に付き白いカーテンがひかれている。

対面式に二つずつ対になっており、俺は入り口の傍だった。

ナイス、逃げやすい。

小物入れや冷蔵庫、テレビ類を備えた入院ベット――

担架で運ばれた俺はベットにそのまま寝かされて、フィリスが容態を往診。

その後、桃子から預かった俺の身の回りの品を収納。

…俺が早朝から眠っている間に一度帰ったようだ、また夜に来るらしい。

桃子らしい気の使い方だった。


…というか、フィリスも俺に気を使いすぎだ。


甲斐甲斐しく世話をしてくれるのは有難いが、変にこそばゆい。


「何かありましたらすぐに呼んでくださいね。
良介さんは怪我人ですから、くれぐれも無理はしないように」

「へーい」

「何ですか、そのいい加減な返事は。もう…」


 今日はからかう余裕はない。

昨晩に比べて大分マシになったが、俺もまだ本調子ではなかった。

元気のない俺をフィリスは気遣う様子を見せて――微笑む。


「そうだ。折角ですから、皆さんに挨拶しましょう」

「…は?」


 フィリスは名案とばかりに、俺の隣のベットへ向かう。

しまった、こいつの性格をすっかり忘れてた!?

孤独オンリーな俺に友達の輪を広げようとする、こいつの御節介属性。

俺は心から必要ないと言っているのに、フィリスは人間関係は大切と世話を焼くのだ。

慌てて止めようとして、激痛――

ベットの上で蛙の様にへばる俺を尻目に、奴は隣のベットのカーテンを開ける。

あああ、シカト対象なのに…



…へ…?



「はやてちゃん、良介さんよ」

「…は…い」



 はや――て…



白いカーテンが開かれたベットに、弱々しく微笑む少女。

衰弱した顔をこちらへ向けて、目に涙を溜めている。

ベットの傍らには、車椅子。

書棚には鎖に繋がれた本が置かれていた。



――間違いなく、八神はやてだった…



「え、その…な、何でお前――」

「今朝、病院へ連れて来て下さった方がいたんです」


 俺が治療を受けて寝かされていた頃らしい。


――フィリスは名を明かさなかったが、連れて来たのはノエルだろう。


てっきりあいつが治療をしてくれると勘繰っていたが、考えてみれば医者へ連れて行くのは当然の選択だった。



見つめ合う、俺達――



はやては何か言おうとして、ポロっと涙を零した。

震える口元を手で押さえて、嗚咽を噛み殺している。


…俺を困らせたくない、はやての思い遣りだった。


はやては、いつまでもはやてのままだった。

俺はお前を置き去りにした。

お前を、あんな目に合わせたのに…心を傷つけて、死に追いつめかけたのに…

俺は軋む身体を無理に起こして、ベットを降りる。


普通なら血相を変えるフィリスも、優しく見守るだけ――


俺はふらついた身体を引き摺って、はやてのベットの傍らで腰を下ろす。


――そのままぎゅっと、手を握って…


「ごめんな、はやて。


それと――ただいま」

「――っ! うん、…おか、え…ぐ…」

「その…


俺、お前に酷い事して――


…多分…これからも、お前に迷惑をかけると思う。
寂しい思いをさせるかもしれない」


 戦いはまだ続く。

アリサとの約束を果たす為、俺にはやらなければいけない事もある。


何より、俺は家族を知らない人間――


大切だった人ですら、死に追いやってしまった…


「俺は、戦う事しか能のない男だ。
人の温もりを知らない、優しさに欠けた人間だった。

…ううん、今でもそうだと思う」


 優しさを知らないから――誰もが皆を、傷つける。


斬るだけの、無能な剣。


ゆえに誰にも勝てない、何も手に入れられない。

触れるものを傷つけて、血で錆びていくだけ…


最後は――アリサすら、失った…


「でも――そんな俺を、お前は家族のように扱ってくれた。
温もりをくれた。


――すまん…こういう時どう言えばいいのか、分からないけど…その」


 言い繕うのは、もう止めよう。

あいつと同じように、自分の素直な気持ちだけを言えばいい。



しっかりしなさい――アリサが怒っている気がした。



「お前を、失いたくないって思ってる。

こんな勝手な俺だけど――まだ家族ゴッコを、続けていいかな?

俺も、努力するから」


 はやては目を見開いて――今度こそ、泣いた。


「…うん、うん…」


 ただ懸命に頷くはやてを、今初めて素直に愛らしく思えた。

俺は不器用に、昨晩の桃子のように背中をさすってやった。


――俺たちを見守るフィリスの目は、優しい。


俺はちょっと照れ臭くなって、ぶっきらぼうに睨む。

最初から分かってて、何も言わずに俺をこの部屋にしやがって。

やれやれだった。

まさか本まで一緒に持ってく――ぶッ!?



本棚の、影。

書棚の中に隠れるように、目を涙で真っ赤にするアホな奴が一匹いた。



俺とはやての話に感激でもしたのか、声を殺してもらい泣きしている。



黒いドレスに銀蒼色の髪の妖精、チビスケ。



昨晩の事件が現実だと言わんばかりに、脈絡もくそもない突然の登場だった。

溝にでも捨てればよかった…

はやての隣に置いたから、ノエルには多分ばれているとは思う。

その辺はチビスケの機転に期待――出来る訳ねえか、くそ。

俺は口パクで伝える。


"何で、此処に、いるんだよ、お前!"

"マイスターの傍に居るのは当然ですぅ、うー…チ〜ン"


 伝わった。

読唇術なんて知らないが、何故かあいつの意思が届く。

――というか、単に分かりやすい動作だった。


"妖精の分際で、鼻をかむな! 
…はやてはお前の事知ってるのか?"

"そ、そそそ、そんな!? 恐れ多いですよぉ〜

それにミヤは…マイスターを裏切りましたですぅ"

"裏切り…?"

"マイスターより先に、よりにもよって貴方なんかと融合して…

マイスターに会わせる顔がありませんですぅ、うわ〜ん"


 義理堅いのか、臆病なのか、さっぱり分からん奴である。

こいつの事も後で調べないといけないな。

泣きたい気分らしいので、放置しておく。


…泣き止んだはやてが顔を真っ赤にして繋いだ手を見つめているので、慌てて離す。


恥ずかしい事を言ってしまった…二度と言わない事を、誓う。


「そ、それで――お前も入院って、大丈夫なのか?」

「うん、平気や。
ちょっと身体が弱ってるだけで…ゆっくり寝たら治るって」

「検査入院も兼ねています。
はやてちゃんの足も本格的に検査を行う必要がありまして」

「お、おい…大丈夫なのか?」

「なになに、わたしの事心配してくれてるん?」

「死にそうだったら、さっきの話無しにしようかなって」

「…フィリス先生ぇ〜」

「こういう人ですから」


 …どういう意味だよ、てめえら。

とにかく事情を聞いてみると、入院が決まってベットに腰掛けた時足に反応があったそうだ。

はやての足は完全麻痺、原因は不明。

フィリスや担当医も懸命に治療を続けてくれていたが、回復の見込みがなかった。


――その足が一瞬だけだが、反応したらしい。


「痙攣でもしたんじゃねえの?」

「うーん…でも、今まで全然動かんかったんよ。
気のせいかも知れんけど、一応診てもらった方がええかなって」


 動かない足が、動いた。


はやてが希望を持つのは当然だ。

俺が心配なのは、その希望が裏切られた時――



――他人の心配が出来るようになったのは、俺も少しは落ち着いてきている証拠だろうか?



「そうなると、しばらくは同室か…
同じ部屋に一人知り合いがいるってのも、変な感じだな」

「ええやん、これからもずっと同じ家に住むんやから。
一緒になかよーやってこ」

「ずっとなんて言ってねえ!? あくまでも家族ゴッ――」



『ずっと一緒なんて、だ、駄目です!? おにー…あ』



 ――聞き覚えのある声。

俺のベットのまん前のカーテンの向こうから、誰かの声が聞こえた。

フィリスは、困った顔。

内緒にしていた誕生日パーティが本人にばれたような、なんとも言えない表情。

俺は頬を引き攣らせて立ち上がる。

そのままずかずかと迫り、前のカーテンを強引に引いた。



「…何やってんだ、お前…」

「にゅ、入院患者さんです…」



 頭の包帯に、頬の湿布。

首にぶら下げたレイジングハートの下に大仰な手当てが施されて、高町なのはが寝かされていた。



――この、怪我…



「――お前、まさか…」

「はい。


階段から落ちた・・・・・・・怪我、です」

「――っ」


 絶句する。

痛々しい怪我にもかかわらず、なのはの表情は清々しい。

少しも悔いがないと言わんばかりに、スラスラと話す。


「ごめんなさい、おにーちゃん。
無理について行ったのに、なのはが転んで怪我をして…

お兄ちゃんが手当てをしてくれたんですけど、病院にちゃんと行っておけって」


 ――まるで台本でも読んでいるかのような、説明口調。

辻褄を少しでも合わせる為に。

――放置した俺を庇う為に、懸命に嘘をついたのだろう。


こんな素直な娘が――


この怪我。

何があったのか、事情は正直よく分からない。


ただ――フェイトの事だろうとは、馬鹿でも察しが着く…


「…そうか…もう、大丈夫か?」

「はい、もう大丈夫です。


――ありがとう、おにーちゃん」


 聡明ななのはは俺の言葉の裏に気付いたように、笑う。


フェイトとは、決着がついた――


あいつがどうなったのかは分からないが、なのはは勝ったのだ。

怪我はきっと、話し合いを求めた代償。

自分の気持ちを一心に届けて、なのはは言葉を投げかけ続けたのだろう。

何か言ってやりたいが何もいわず、傷の部分を優しく撫でてやる。

なのははくすぐったそうに――嬉しそうに、目を細める。


なのはもはやてと同じく、検査入院。


打撲が目立つので時間はかかるが、早期退院は可能らしい。

入院は多分恭也が無理に進めたんだろう。

なのはには激甘だからな、あいつ…


「そういや、ユーノとかぬかす小僧は見つかったのか?」

「それが昨日から全然――


――先にお兄ちゃんに見つかって、入院する羽目になりました…」


 ユーノがいれば入院する必要がないという根拠が分からんが、行方不明らしい。

あの野郎、さてはジュエルシードの暴走が怖くなって異世界へ逃げたな。

なのはに後任せを押し付けるとは、なんて奴だ。

…俺も押し付けたいな、ハァ…


 
――分かってる。



なのはにも、フェイトにも、話さなければいけない。


アリサの事を――


俺のような赤の他人すら思い遣るこの娘が友人を喪った時、どれほど悲しむか…

俺を恨むだろうか?


――俺は、覚悟しなければいけない。


入院一日目から暗くなるのも何なので、別のことを考える。



――最後の一人は、まさか…?



俺はなのはにこっそり耳打ち。


「おい、まさか――隣にいるのって、フェイト?」


 フェイトだったら、俺は神の存在を心から信じるぞ。

俺はきっと神の手の平の上で遊ばれているに違いない。

俺の不吉な予感を、なのはは笑って首を振る。


――そして痛そうに俯く…笑った。


「痛ぅ…フェ、フェイトちゃんじゃないです」

「何だ、赤の他人か…なら、別にどうでもいいか」


 安心するのは早かった。


「それが、その…赤の他人でもなく――」





『騒がしいな、宮本』





 静けさが宿る男の声に、目を剥いて俺はなのはの隣のカーテンを捲った。



――どうやら運命の女神は、何処までも俺を逃がさないらしい。



ジーザス。


「…一応聞いてやるが…

明らかに健康そのもの、怪我はおろか病気なんてかかったことなさそうなお前が、何故いる」

「失礼な男だな」


 俺より遥か高み上にいる男、高町恭也。

強靭な肉体と鋼の精神を持つ宿敵が、似合わない白衣を着て横たわっている。


――いやほんっとに、白が似合わないぞお前。


疑惑に満ち溢れた俺の目を平然と受け止めて、恭也は言った。


「俺は膝に故障を抱えていてな。
以前から先生にも勧められていたので、この際診て貰う事にした」

「膝の故障…? 初耳だぞ、おい」

「聞かれなかったんだ、答えようがない」


 布団に隠れた足を見る。

高町の家には一ヶ月以上住んでいるが、日常で恭也が不自由しているのを見た事がない。

戦闘訓練は一緒ではないので、確証はないが。

そもそも入院する必要がねえし、何で今になって急にやるんだこいつ…?

恭也は俺をじっと見る。


「――俺がなのはの傍にいる事が、そんなに不満か?」


 は…?

突然何を言っているんですか、このお兄様は。

俺の顔色をどう伺ったのか、珍しく不敵な表情で笑みを向ける。


「安心しろ、検査が終わるまでだ。

…偶然なのはと一緒に退院する事になるかもしれないが、お前に不都合はないだろう」



 ――恭也からなのはを任されながら、そのまま放置して帰った俺。



大切な妹は明らかに暴行の痕があり、事件に巻き込まれた可能性大。

なのはは平和を愛する、優しい小学生。



――誰がどう見ても事件の発端は俺で、なのはは被害者。



しかも、怪我したなのはを置いて帰る最低ぶり。

信頼度は地の底まで低下しただろう。

そんな奴の傍に、なのはを置いておけない。

よーしお兄ちゃん、大事な妹の為にずっと傍にいて守ってやるぞー!



――とか考えたのか、こいつは!? 



お前――なのはと俺を一緒にしない為に…?



周りの皆さんを見る。



はやては合掌、フィリスは満面の微笑み、なのはは苦笑。



俺は問答無用で、フィリスの白衣を掴んで病室の外へ――



「…どういうつもりだ、フィリス」

「な、何ですか急に?」

「はやてとなのはは納得してやるが、あの妹馬鹿は別だ」

「…二人が一緒なのは納得するんですね…」

「何だよ、その目!? なのはやはやては妹のような存在であって――」

「――私よりは気にしていますよね。

私の心配なんて気にもせず、病院を抜け出したんですから」

「だ、大体知り合い全員が、同じ部屋で入院? そんな偶然があるか、ボケ!

お前の仕業だろ」

「ぐ、偶然です。恭也さんの膝の事だって、本当に私が勧めていたんです」

「…むっ。

あいつの事、随分気にかけてるんだな…」

「何ですか、その目!? 恭也さんは、あくまでも患者さんで…」

「俺も患者だろ。あいつと一緒か、ふーん、へー」

「ち、違います!? 良介さんは、その…私…


…を困らせる、い、いけない患者さんです!


ひ、酷い患者さんで、大怪我しているのに、病院を抜け出して――


私がこんなに心配してるのに…」

「…わ、分かった、分かったからその顔はよせ!?

納得すればいいんだろ」

「うふふ、仲良くして下さいね」




――頭の痛い入院生活の始まりだった。




















































<第二十六話へ続く>







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