とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第二十四話







 戦いは、終わった――



手に入れたのは勝利。


喪ったものは…かけがえのない、宝物。


倒れた強敵を前に、勝利の高揚は訪れない。

悲しみばかりが深く、虚しさだけが胸を満たす。


一人ぼっちの、世界――


敵も味方もいない空間に、胸が張り裂ける。

千切れるように、息を吐く…


突然、融合解除。


ミヤは地面に落下して気絶。

ボロボロの背表紙とはやての"願い"――





――新しい頁が一枚、ヒラヒラと宙を舞う。





思考が麻痺した状態で、俺は掴む。



掴んで――しまう…





――竹刀を、落とした…






「…アリサ…」






 描かれた世界は――惨たらしい、現実。















――俺と手を繋いで歩く、アリサ。

















 アリサが望んだ、"願い"。






小さな女の子は微笑みで満たされていて…




「――――――――っっっっ!!!」





 声にならない、声。



――俺の中で、何かが壊れた…



喉笛を簡単に引き裂いて、俺は喚き狂って慟哭した。









 理不尽な世界を、呪った。

世界の責任にする自分を、心から罵った。


喚き散らす俺。


――心が、絶叫していた…


死んでしまえ。

誘われるように、舌を噛ん――



――アリサが、怒っている気がした。



俺の命は、アリサの命だった。

死ぬ事も出来ない。


俺は、泣いた。


一滴の水滴も出ない。

枯れた涙を吐き出しながら、地面を殴り付けた。



強く、強く――何度も、何度も。



気が狂いそうな悲しみを――天からの恵みが、流してくれる。



洪水のような雨。



最後に俺を救ったのは、やはり孤独だった。

血と涙と雨に濡れて――俺は、少しだけ冷静さを取り戻した。

冷静になった自分を、心から嫌いになった。

















アリサを失った悲しみなんて、俺にとってこの程度だったのか…

















冷酷な自分。

他者に興味を示さなかった報い。



――雨に流されて、悲しみさえ消えていく気がした。



結局、一人…





携帯電話を取り出す。

発信音は一瞬、すぐに本人が出た。


『宮本様。ノエルです』

「――」

『宮本様…?』

「…今から言う場所に来てくれ。怪我人がいる」

『! 至急、迎えに参ります。御住所は分かりますか』


 口答する。

一度も聞き返さずに、ノエルは場所を記憶してくれた。


『宮本様に御怪我は――宮本様?』

「ノエル」

『はい』



「…お前は…

…お前は、死なないでくれよ…」



『――それは、どういう…』


壊れた、テープレコーダー。



流れ続ける音は、何も守れなかった愚かな男の――懺悔。



「…主人より、先に…


死んだら、駄目だぞ…


月村を…悲しませないでくれ…」


『宮も――』



 手から滑り落ちた。



液晶画面に水滴が浸透――程なく、大人しくなった。

フラフラとした足取りで、中庭に倒れるアルフとミヤを担ぐ。

風がないのが救いか、室内に雨が入ってくる気配はない。

はやての隣に二人を寝かせて――



――俺ははやての家を出た。



手に竹刀はない。

剣で、悲しみは拭えなかった。

頭上を見やる――



夜空の、涙…



俺の代わりに泣いてくれている気がした。

俺は喪失感に魘されながら、暗い街中を徘徊した。

















 …なんで、俺…ここに…?
















悪夢を彷徨い続けた俺の行く末に、目の前の家があった。



高町家。



この家を出て行った時、全てが始まりを告げた。

運命の女神が書いた脚本。



――終幕は、ハッピーエンドではなかった…



何もかもが、終わってしまった。

俺は負けて、喪い、傷付き、疲れ果ててしまった。

安らぎの空間――自分の家と決めたあの廃墟に、もう帰る事はない。



――帰りを待つ人は、いないから。



感情のない心に、闇が彷徨う…

傷付いた身体に、穢れた心。

優しさがない事は当に自覚出来ていたが、これほど愚かだとは。

命を譲り受けておきながら――



――俺はあの娘の為にもう泣いてやることすら出来ない。



人間として、欠落品だった。

高町家の前で、俺は立ち続ける――





――雨が、途絶えた…





「…良介、君…その怪我どうしたの!?」

「桃、子…」


 歪んだ現実の始まり、最初の対立者。


――そして最後に残された敵は、驚いた顔を向けて俺に傘を差してくれた。
















 どんなに否定しても、起こってしまった過去は変わらない。

傷付いた身体はどれほど懸命になろうとも、限界は必ず訪れる。



――道場に運ばれた俺。



頭の先から爪先まで、怪我に犯された俺を一家全員が仰天で出迎えた。

恭也が俺を担いで道場へ運び、急ぎ怪我の手当て。

美由希や晶も手伝い、応急処置を行いつつ、フィアッセは電話に走る。

救急車か、フィリスか…正直、どうでもいい…

なのはの居場所を聞かれたが、答える気力もなかった。

大事な妹を放置した俺に恭也は何も言わず、寝ているように促されて捜しに出て行った。



残されたのは――桃子と、俺…



仕事帰りで疲れているだろうに、桃子はボロボロの俺をタオルで拭いてくれる。

懸命に、気遣う言葉を投げかけて。


「…何で」

「辛いでしょう、喋らなくていいわ」


 優しさと心配に、照らされた表情を向けてくれて―― 

俺は、腫れた瞼の奥で彼女を見る。





「…なんで…怒らないんだ…」

「? どうして良介君を怒らないといけないの」





 俺は――切れた唇を震わせて、呟く…


「お前の…好意を…踏み躙って…」


 …あんたの寄せる信頼が辛くて…俺は、飛び出した。

足蹴にした。

お礼だって何も言わずに、自分勝手に出て行ったんだ…

桃子は首を振る。


「気持ちを押し付けたのは私よ。良介君が悪く思う事はないわ」



 ――何でだ…?



どうして、そんなに…自分を、背負える?



傷付けた相手にまで、どうして優しく出来る――


「…桃子は。



辛く、ないのか…?」

「――、どういう意味…?」


 俺は、辛い。



辛いんだ…



あいつはもう、この世にいない。


「…大事な人を失って…

この世からいなくなって…寂しくないのか…?

悲しくないのか…?」



 ――この世で誰よりも愛する人を失った、桃子。



心から大切に思っていた人を亡くして、彼女はこれ程までに強く生きている。

沢山の想いと優しさを、子供達に向けている。



俺はこんなに――辛いのに。



悲しいのに…何で、泣けないんだろう…?



どこまで俺は、薄情なんだろう――



彼女の優しさに、憧れる。

大切な人を失っても生きていける、その強さがほしい。


「…桃子…俺…」


孤独を求めていた俺が、今――赤の他人に縋った。










「…今日…



…好きだった、子が…死んだんだ…」










 桃子は黙って、聞 いてくれた。


「…俺、は…守れなかった…



あいつ、は…こんな俺を…好きになって、くれたのに…



あいつの方が…ずっと、ずっと辛かったのに…」


 暗い廃墟を彷徨っていたアリサ――


親から忌み嫌われて、友達も出来ず、孤独の中を生きてきた女の子。

挙句の果てに、男達に乱暴されて…死んだ…





誰にも愛されないまま、悲しい生涯を終えた――





「…何でだよ…

何で俺が生きて…あいつが死ななきゃいけないんだ…

あいつは――優しくて…


俺、なんかより、ずっと生きる価値があったのに――」


 あの娘なら――俺が死ねば、きっと悲しんでくれた。

なのに、俺は…


「――やめなさい、良介君」


 そっと俺の口に手を当てて、桃子は静かな表情を見せる。

反論を許さないように、彼女は強く言った。


「自分を、悪く言っては駄目。


その子がきっと――悲しむわ…」

「――」


 俺の事を好きだと言った、アリサ。

あいつにとっても、俺は大切な人だったのだろうか…?


聞きたかったが、もう聞けない。


聞けない事が、何より辛い… 


「…俺には、無理だ…


悲しくて、辛くて…立てないんだ…


忘れられないんだ…」


――分かってる…

アリサとの約束を、果たさなければいけない。

でも、辛い。

あの娘の居ない現実に、心が張り裂ける。



忘れられたら、どんなに――



「忘れる事なんてないわ」

「え――」


 痛む頭を抑えて顔を上げると、桃子が俺を見つめていた。

穏やかに、暖かく、俺の心を包み込む…


「覚えててあげて。
貴方の傍に、その娘が居たという事を――


…今は、泣いてもいい。


涙の数だけ、良介君がその娘を想っていた証なんだから。


悲しみが消えるまで――ずっと、泣きなさい」


 桃子は、俺の濡れた髪をそっと撫でてくれた。

愛するわが子を、あやすように――


「私も、その娘も――知ってるもの。





貴方は悲しみを微笑みに変えられる、強い子だって」





"フェイトを、笑顔にしてあげてね"





 ――アリサ…





もう、限界だった。

見栄や意地、恥や外聞なんて跡形もなく消えた。





何もかもをかなぐり捨てて――






――俺は桃子にしがみ付いて、号泣した。





何も言わずに、抱きしめてくれる桃子。


優しい温もりに包まれて、俺は悲しみをありったけぶちまけた。







悲劇の結末を迎えた雨の日の夜。







ギリギリ踏み止まっていた最後の一線を越えて――





――俺は桃子に、母を求めて泣き付いた。 




















































<第二十五話へ続く>







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