とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第二十三話







 ――其処は白亜の宮殿だった。

白に満たされた、空間。

目に見えるものは何も無く、耳に届く音は何一つ存在しない。


無味無臭、無音の真っ白な世界――


俺はこの世界に見覚えがあった。

チビスケと融合化した時、俺は一度確かに此処へ訪れた。

白い炎に焼かれて、苦しみぬいて俺は確かに逃げて来た。

あの時助けてくれたのは、月村だった。



――今は誰もいない…



俺はゆっくりと腰を下ろした。


疲れていた、疲れ切っていた――


何もかも考えるのが億劫で、俺は世界の白さに目を奪われた。

何も無い空間、誰もいない世界。


――俺が望んだ世界に感じ入るものもまた、何一つ無い。


ただ、ぼんやりとしていた。

通常の人間なら気が狂いそうな白い視界も、孤独を望む俺には花園に見える。

俺が夢見る天国が、まさに此処なのかもしれない…

疲れた身体を休める。

心地良かった、何もかも忘れて眠りたかった。



――だが、落ち着かない…



心に安らぎが満ちない。

誰も居ない世界に、俺の胸の中がざわめく。

俺には…何かしなければいけない事があった気がする。

こんなに疲れているのに、俺は何をしようとしていたのだろうか?

でも、動かない。



疲れた身体と心は、貪欲に休息を求めていた…





「何してるのよ、良介」





 俺を覗き込む、小さな女の子。

美しさと幼さ、元気と優しさに溢れた御嬢様――

アリサ・ローウェルが、優しい微笑を浮かべていた。


「相変わらず、一人ぼっちなのね」

「相変わらずって何だよ。いいんだよ、俺は一人が好きなんだから」

「友達いないもんねー」

「うるせえ、そんなもんいるか。

――って、おい。何で隣に座るんだ、あっち行け」

「べー、だ。あたしの自由です」


 アリサは俺の隣に座り、そのままそっと――俺の肩に柔らかな頭を置いた。



って、あれれ?



「お、お前、何で実体が…」


 俺の肩にかかる、確かな重み――


アリサ・ローウェルという小さな女の子が、俺に身を任せていた。

少女の甘える仕草に、心が驚きに満たされる。

アリサは悪戯っぽく笑う。

「ふふふ、どうしてでしょうーか?」

「映写機切ったんだろ。ようやく姿を見せたな」

「…まだ言ってるし、この馬鹿は…」


 ムードを理解しなさいよ、とブツブツ呟いている。

頬を膨らませる少女に、微笑みを誘われる。

こんなに穏やかな時間は、久しぶりだった。

無遠慮なメイドに怒る気にもならない。

俺は追い払いもせずに、アリサのやりたいようにやらせた。

最初は機嫌が悪そうだったアリサも、やがて静かに目を閉じる。


この少女には珍しく…心から、俺に甘えているようだった。


アリサの頬が俺の腕を撫で、ウットリとした様子で頬を赤らめている。

変な奴…そう思いながらも、口元は緩む。

幸せそうなこいつを見ていると、怒る気にはなれなかった。


俺も、疲れていたから――


二人で静かに、安らぎを味わっていた。


「――ねえ、良介…」

「ん…?」


 アリサは目を閉じたまま。

本当に何気ない様子で、ゆっくり尋ねる。


「良介って、友達いないんだよね?」

「まあな」

「でも、なのはとかフェイトとかいるじゃない」

「…あんなガキ共友達にする17歳ってどうよ」

「ロリコンね」

「違うっつーに!?」


 クスクス笑うアリサ。

この野郎、楽しんでやがるな…

無遠慮なメイドの質問タイムは続く。


「寂しくなかった…? 一人で」

「全然」


 ――気軽だった。

何も考えず、ただ自分が強く逞しく生きて行けると信じていた。

優しい世界にいる奴らなんかに負けないと、心の何処かで嘲笑していた。



そして、負け続けた…



「…。


良介にとって、あたしは何かな…?」

「…? 何だよ、突然」

「答えて」


 アリサが――震えてる。

懸命に目を瞑り、俺に身を預けたまま答えを聞くのを怖がっている。

でも、答えを求めている。


俺の口から。


俺は――言ってやった。


「メイド」

「…は?」

「御主人様第一のメイド」

「…。


…プッ…あは、あははははは!


何よそれー、もう…!」


 素直に答えてやったのに、アリサは怒ったような照れたような顔をしてゲシゲシ叩く。

変な奴だ、本当に。

アリサはそのままぎゅっと、俺の腕に掴まる。


「お、おい…」

「ドキドキする?」

「鏡見てから言え」

「何の躊躇も無く言えるこいつに、心から腹が立つわ…」


 ドキドキするって答える奴もやばいだろ。

俺をそこまでロリコンにしたいのか、こいつは。

不満そうなアリサに、心から溜息を吐いてやった。


「良介って、頭の良い女の子は好き?」

「馬鹿よりはいいだろ」


「――皆が怖がるくらい、頭が良くても…?」


「何で怖がるのか分からんが、悪いより良い方がいいだろ」


 質問の意図が不明だが、本心を語る。

脳味噌空っぽの女が多い昨今、この街の連中は子供でさえしっかりしているのが凄い。

アリサは俺を見上げる。


「友達のいない女の子は?」

「俺だって、友達いないぞ」

「…親にも嫌われてる、女の子は…?」

「親なんぞ、ガキに必要ないだろ」


 ――生まれた時からいなかったからな、俺には。


つまり、そういう事だ…


アリサの瞳が潤む。


唇を震わせて…言いたくない事を無理に吐き出すように、呟いた。





「…好きでもない男に…弄ばれた女の子は…?」





「――え」



 アリサの表情から――明るい感情が剥がれ落ちる。



精細さを失った、顔。



瞳の奥に浮かぶ闇は奥が見えず、凄絶さを感じさせた。





「…繰り返し、何度も何度も、男達の欲望に汚されて…



…精の捌け口にされた、女の子は…?



綺麗な部分なんて何処にも無い、汚らしい女の子は…?」



 それって、まさか…



俺は息を呑む。



こいつは…まさか…



――そう、なのか…?



「…そんな子は、良介は、嫌い…?」



 こんな小さいガキに――何処の誰とも知らない男達が…



レイ、プを――



――幽霊、廃墟――ま、まさか、あそこで…



アリサの顔に――表情は、無い。

出会った頃感じた恐怖と戦慄が、俺を芯から凍てつかせる。



嬲り者にされたのだ、こいつは。



悪霊という言葉が俺の脳に木霊して――



――俺は…









「どうも思わん」








「――、な、何にもって…こんな、あたし…」


 可愛いドレスを身に付けているのに、アリサは寒そうに震わせる。


――俺には心地良い孤独でも、こいつには冷たかったのだ。


あの廃墟は、少女にはずっと牢獄だったのだろう。


「俺は一人で生きていくんだ、女なんぞいるか」


 俺は震える少女の肩を抱いて、つまらなそうに言う。

実際、くだらん質問だった。

俺はアリサを正面から見て、



「――メイドが一人いれば、俺はそれでいいよ」



 男にレイプされる女の気持ちなんぞ、俺は分からん。

理解出来る方がおかしい。

第一、俺の人生で知る必要の無い感情だ。



俺が必要なのは、アリサ。



アリサ・ローウェルという名の、将来有望なメイドの女の子だ。



メイドにすると決めた、俺自身の気持ちだ。



アリサは目を大きく見開いて――俺の胸に飛び込んだ。


「良介…良介…!!


怖かったよぉ…痛かったよぉ…寂しかったよぉ…」


 俺はアリサを強く抱いた。

穢れていようが何だろうが、知った事か。

俺だって穢れている。

生きる為に泥水や雑草を食ったし、コンビニの飯だってこっそり持っていった。

他人に褒められる人生なんて送っていない。

大事なのは個々の感情――俺がどうしたいか、だ…



――フェイト。



フェイト・テスタロッサ。



――そうだ…どうして気付かなかった…

何で執拗にあいつとの関係を求めた?

何故、あいつを探そうと決めた?



きっと俺は、あいつの――





――心からの笑顔が、見たいんだ…





「――アリサ、俺…」

「うん、行くんだよね。――戦いに」


 涙に濡れた目で俺を見つめて、アリサは微笑む。

流石俺のメイドだった。


「大丈夫。


良介は死んじゃったけど――


――私の全てを、良介にあげる…」


 死ん、だ…?


理解する間もなく、アリサは泣き笑いの顔で見上げる。


「良介にはもう逢えないけど…


…あたし、何も寂しくないよ。


やっと、優しく眠れる気がするの…」

「まっ――」






 ――心残りが消えたら、幽霊は…





馬鹿げた戯言。

信じてもいない事に、俺は心から怯えた。



「…フェイトを、笑顔にしてあげてね…最後の約束」



「どういう意味だ!? おい、待て――!!」





アリサは、とびっきりの笑顔を向けて、





「…良介…ありがとう…」





 そのまま――唇を、寄せる…






"…大好き…"






「アリサァァァァァ――!!」






――最初で最後のキスは、暖かく…





…粉雪のようにとけて、消えていった…


































「…殺して、しまったよ…ああ、もう!」

"死んだら…死んだら駄目です、リョウスケ…

リョウスケェェェェェ!!!"

















「――勝手に、殺すな」

















 竹刀を力強く掴み、起き上がる。

夥しく流れる血を乱暴に拭い、口から溢れる血を無造作に吐く。

派手に痛みが身体の中で木霊するが、俺は何も感じない。

恐るべき強敵は――初めて、顔色を変えた。



「そ、そんな…確かに、死んだはず…」



 ――死んだ…



心の奥底から急激に溢れる――悲しみ。






"…大好き…"






あいつは、俺に…





「…馬鹿、野郎…」


"リョウスケ…"


 血よりも熱く、涙がボロボロ零れる。



心にぽっかり空いた、大きな穴――



俺は、本当に、弱い…



主人なのに。



あいつの、たった一人の主人だったのに…





俺は――あいつを、助けられなかった…





「うあああああああああああああああああああああ!!!!」





 涙を撒き散らして、俺は襲い掛かる。

身体のあちこちから血が吹き出るが、どうでもいい。

制御出来ない悲しみと怒りをそのままに、俺は剣を振るった。


「こ、こいつ――ガァ!?」


 慌てて繰り出してきた拳を回避して、女の胴体を真一文字。

痛みに俯く女の頭上から、竹刀を嫌というほど叩き込む。

女は地面に転がって、体勢を立て直す。


「調子に乗るんじゃ――ないよ!」


 稲妻のような回し蹴りが容赦なく飛んでくる。

俺は竹刀を地面に突き刺して、刀身で軽く受け止める。


「――っな!?」


 驚く女の側頭に膝蹴り。

血を吐いてよろめく女の顔を、地面から引き抜いた竹刀で一閃する。

鼻から上を横一筋に血飛沫を上げて、女は地面に膝をついた。


「顔も身体も、そんな…ボロボロで…
何処に、こんな力が…」


 答える筋合いは無い。


今頃――今頃強くなっても、もう…



「…アルフ…お前はここで、必ず倒す…」



 悔しくて、悔しくて、血に濡れた涙だけが流れ続ける。

自分の信念や、生き方なんてどうでもよかった。



何が一人だ。

何が孤独だ。



あんなガキが…男にレイプされて、死んでしまって…一人ぼっちで…最後の、最後まで…



何でだよぉ…何で、何で、あいつがぁぁぁぁ!!!



アリサの最後の微笑みに…心が震える…



「俺は終わらない、死なない、負けない…!



――必ず、フェイトの笑顔を取り戻す!!」



「…っ、あんたにフェイトの何が分かって――!」



「フェイトは、アリサの友達だったんだぁぁぁああああああ!!」



 驚愕に目を見開くアルフに滅多打ちして、斬り刻んだ。

反撃の嵐に顔がひしゃげるが、無視して激情のままに剣を叩き込む。

応戦するアルフ。

火花を散らす攻防戦。



空気が爆ぜて、激音が世界に木霊する。



一撃。
一撃。
一撃。
一撃。
一撃。
一撃。
一撃。



拳と、剣の応酬――

凄まじい速度で互いを斬り、殴って、熱い残傷を相手に残す。

拳打の防壁を奇跡的に潜り抜けた剣打が、アルフの肩に直撃――

有無を言わさず、そのまま持ち替えて脳天を叩き割った。



――血を流して倒れるアルフ…



痛烈な衝撃に手が痺れるが、神経が燃え上がるように麻痺を消し去る。



"なんて――なんて、悲しい力…"



 ミヤが俺の中で泣いてくれていた。

俺も泣きまくった。


(…お前にも、逢わせてやりたかった…

ごめんな…ごめんな…)

"泣かないで下さいぃ…貴方が悪く…ないですぅ…

うう…うう…"

(…信じて…信じて、くれるか…?

俺は…

本当に…あいつに、自分の傍にいてほしい、って思ってたんだ…)

"はい…ぐす…はい…!"



 ――何でだよ…ずるいじゃねえかよ…



気持ちに気付いた途端、いなくなるなんて…


何で、俺を助けた。


…くそう…怒る事も出来ねえ…


どうするんだよぉ…



お前以上のメイドなんて探せねえよぉ…帰ってこいよ…



幽霊でもいいから、何だっていいから!!



「アリサ…アリサァァ…」

「グ…あんた…」



 泣き喚く俺を、アルフは血だらけの顔で痛ましそうに見ていた。

馬鹿にもせず、怒りもせず――

真剣勝負の最中に涙に暮れる男に、敬意を払ってくれた。



――心から憎めれば、どれほどよかっただろう…



「――決着を、つけよう…」

「ああ」

 アルフは前構え、俺は上段切りに。



――アルフが繰り出すのは、俺を殺した本気の一撃。

――俺が繰り出すのは、爺さんを倒したあの時の一撃。



単純なカウンター。

アルフの攻撃を食らう瞬間に、全身全霊で斬る。

タイミングを間違えれば、俺は死ぬ。



だから、何だ。



アリサは自分の命を俺にくれた。

残された生命の灯火で、消えた俺の生命の火を燃やしてくれた。


必ず、勝つ――


「…フェイトに、友達が出来たって本当かい…?」

「…ああ」

「アリサって言うんだ…

アタシも…会ってみたかったよ…」


 薄々、アルフも察しがついているのだろう。

同情や慰めより、心から友人だと認めてくれた気遣いが嬉しかった。


「…あり…がとう…」

「ううん…


…あんた…好い男じゃないか…


大切な人の為に強くなれるなんて、素敵だよ…」



 ――もう、遅い…遅いんだ…



剣を構えたまま――泣いた。



しゃくり上げて、鼻を垂らして。



惜しまず、泣いた…



――涙に曇った視界に、女の影。



俺は無心で、剣を振り下ろす。



激しい、衝突音――



倒れたのは…アルフ、だった…



全力ゆえに、無防備――

急所を目掛けて振った剣は命中し、アルフの意識を刈り取っていた。



何も、感じない…



強敵を倒しても、何も満たされない…


「…アリサ…」






 勝ったぞ…アリサ…






夜空は、何も答えてくれなかった。




















































<第二十四話へ続く>







小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。

お名前をお願いします  

e-mail

HomePage






読んだ作品の総合評価
A(とてもよかった)
B(よかった)
C(ふつう)
D(あまりよくなかった)
E(よくなかった)
F(わからない)


よろしければ感想をお願いします



その他、メッセージがあればぜひ!


     












戻る