とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第十六話







 不気味としか言い様が無い気配が漂っている・・・

本当に此処は数日前まで俺の家だったのだろうか?

久しぶりに帰って来た廃ビルを前に、俺は息を飲んだ。

隣に立つなのはなんぞ、俺の城を見るなり目を見開いて、


「も、もしかして・・・此処なんですか、おにーちゃんの家!?」

「ま、まあな…」


 十代の俺が一戸建て所有だぞ。

尊敬しろ、少女。


――と言いたいが、この凄まじい気配が俺の自慢を躊躇させる。


やはり怒ってるのかな、あのメイド。



アリサ・ローウェル。



廃墟に住んでいる少女。

自分で幽霊と名乗る危ないガキだが、将来性を見込んで俺のメイドにした。

頭は良く、勝気だが性格も優しい。

基本ある物腰といい、可憐な容姿といい、良家のお嬢様をイメージさせる。

フェイトを連れて家を出て、それっきり俺はあいつに留守を任せっきりにしてしまった。

さぞご立腹だろうと懸念していたが・・・ビンゴのようだ。

当たっても少しも嬉しくないが。

御機嫌取りはごめんだが、拗ねられても困る。

どうなだめるか考える俺に、なのはが小さな声で話し掛けてくる。


「・・・おにーちゃん、此処に住むのはやめた方がいいかと・・・」

「何でだよ。てめえ、俺の家にケチつけるのか」


 世間的に見れば薄汚い雑居ビルだが、俺には自慢の城だぞ。

睨んでやると、さすがなのは。

ビビッた様子で慌てて付け加える。


「おにーちゃんが選んだからどうこう言うのではなく・・・!?

――最近、このビルで奇妙な噂が立っておりまして」

「・・・どんな?」


 嫌な予感がした。

最近、と言う言葉が特に引っかかる。

なのはは悲壮な顔で俺を覗き込んで、


「・・・真夜中に、女の子のすすり泣く声が聞こえるそうなんです。
昔から噂はありましたが、最近は毎晩のように聞こえるって・・・」


 ジーザス――天を仰ぐ。

2000%、泣き声はあいつだ。

まずい、折角の俺の憩いの場所が観光スポットにでもなったらたまらん。

静かな雰囲気が気に入ってるんだ。

赤ん坊じゃあるまいし夜泣きなんかするなよ、あいつも。


「・・・たく、面倒かけやがって・・・

行くぞ、なのは。案内してやる」

「大丈夫なんですか・・・?」


 心配していると言うより、確認している表情。

噂に怯えているのかと思ったが、好奇心が上回っているらしい。

こういう豪胆な面は高町の血かもしれない。


「泣き虫が一匹いるだけだ。

――いざとなったら、お前の出番だ」

「・・・どういう出番なのか、なのははとても不安です・・・」


 泣き声はあくまでも噂で、実は怨嗟の叫びかもしれない。

生存本能の警告にちょっと腰が引けつつ、俺はなのはを連れて中へ入った。

薄汚れた壁、埃まみれの天井、静謐な空気――


――気まずい雰囲気。


新しい自分の家に懐かしさと、強烈な圧迫感を覚える。

外から眺めていた時に感じた戦慄に肌が痺れるのを感じながら、コッソリ呼んでみる。


「・・・アリサー」


『良介!!』

「うおっ!?」


 ――突如出現した女の影。


思わずなのはを庇いながら、俺は後退して中空を見上げる。


『・・・りょう、すけ・・・』


 間違いなく、アリサだった。

しかし、様子がおかしい――

存在そのものが希薄で、アリサの映像が薄く見える。

凝視すれば背景が見えるのではないかと錯覚するほど、半透明に映し出されていた。

・・・映写機が壊れているのか?

俄かに不安になった俺は――不安に・・・?

おいおい、何を不安がるんだ。

こいつが居ようか居まいが、俺にはどうでもいいだろ。

この広いビルで一人生活できるんだ、万々歳じゃないか。


・・・。


――いや、でもメイドが居なくなるのは困るな。

うん、そうだ。

他の人間雇えば金かかるけど、こいつならタダじゃないか。

なるほど、心配する理由が分かった。

自分自身に納得した俺は、改めて呼びかける。


「どうしたんだ、お前? 映像なら自己主張をしっかり――」

『・・・りょうすけ・・・


良介――!!』

「うわっ!?」


 ボロボロ涙を零して、抱きついてくるアリサ。

無論触れないが、アリサは俺の首に手を回して泣いている。


・・・いつも素直じゃないアリサが、子供のように――いや、違う。


こいつは、子供なんだ・・・なのはと同じように。


――俺の帰りを、ずっと待っていた・・・


俺は息を吐いて、アリサの頭を撫でてやった。


「・・・御主人様が帰ってきたら、おかえりなさいだろ」

『・・・うるさい・・・馬鹿…』


 ――映像なのに、サラサラとした感触が手に伝わった気がする。











『どうしてすぐに帰ってこないのよ!』

「だから、怪我して入院してたからだって!?」

『連絡くらい出来るでしょう!』

「電話もねえだろ、ここ!?」

『大体、普段からぼぉーとしてるから怪我するのよ!』

「突然攻撃されて防げるか!?」

『奇襲に弱い侍なんてへっぽこじゃない!』

「正論だけどむかつくな、畜生!?」


こっぴどく怒られた、俺主人なのに。

心配して損したと俺様を後悔させるほど、アリサは元気になった。

映像は元通り綺麗に出力。

半透明だった姿もリアルに再現されて、アリサは綺麗な顔を怒りに歪めている。


『フン、あたしを無視するからそういう目にあうのよ』

「お前連れても結果は同じだろ」

『うるさい、うるさい! 良介のバカバカバカバカバカ!!』

「お前の方がうるさいわ!?」


 廃墟の御姫様は御機嫌ナナメだった。

いい加減目障りなので、半ば無視して階を上る。

アリサも言いたい放題言ってようやく気が済んだのか、口調も落ち着いてきた。


『・・・それに、何よこの娘?
次から次へと新しい女の子を連れ込むのね、御主人様は』


 険悪な目で、なのはを睨むアリサ。

接客態度のなっていないメイドである。

粛清せねば。


「次から次へ・・・ですか?」


 純粋ななのはの問うような目が何故か痛い。

おいおい、俺が誰を連れ込もうと勝手だろうが。

…と言えば、二人から強烈なカウンターが発動しそうで嫌になる。

確かになのはが一番のお客さんではないけど、あいつの場合――


――しまった。


俺が気付いた時には、もう遅かった。


『フェイトはどうしたのよ。本は取れたの?
りょ、良介は別にどうでもいいけど・・・フェイトとはまた会いたかったのに』


 ――そうだよな、聞くよな・・・

はやて以外にフェイトを知る奴がいる事を失念していた。

気にするのは当然だ。

たった一晩だが、フェイトはアリサの大切な友達になった。

名前を呼び合った時の嬉しそうな顔は輝いていた。

一番聞かれたくない質問なのに・・・

自分の迂闊さを悔やむ。


だが。


この迂闊さが、別の効果を生んだ。


「フェイトって・・・

まさか、フェイトちゃん・・・?」

「――っ!

今なんて言った、お前・・・」


 なのはが――フェイトを、知っている!?

気が付けば、俺はなのはの肩を掴んでいた。


「あいつを…フェイトを、知ってるのか!?

教えろ! 

あいつは何処に住んでいる! どういう奴なんだ!」

「お、おにーちゃん、痛い!?」

『ちょっと良介、やめなさいよ。
痛がってるでしょう!』


 なのはの顔が苦痛に歪むが、俺は必死だった。

アリサの抗議なんて知った事ではない。


――俺はフェイトの事を何も知らない。


あいつは俺に何も伝えず…ただ謝って、去っていった。

あの声が今も俺の耳に響いている。

俺の心を揺さぶり続けている――!


「教えろって言ってるだろ!!

あいつは今、やばいんだ!?

気が狂った女に襲われて、無理やり何処かへ連れて行かれたんだ!」


 一般家庭を容赦なく襲う奴だ。

どういう目的でフェイトを攫ったのか分からないが、最悪の可能性だって考えられる。


――最悪の…可能性…


喉が詰まる――ふざけんな。

何も終わっていない…何も始まっていない。

出会って去って、すぐに終幕なんて最低の物語だ。

別れくらい言わせろよ。

謝って去るくらいなら、最初から俺の前に姿を現すなよ。

頭の中がグルグル回る。

フェイトと、なのはの悲痛な声が重なる――


「フェイトちゃんが!? それって――痛っ」


『――やめなさいって、言ってるでしょう!』


 鼓膜を貫通する破壊力。

耳たぶに噛み付くように叫ぶアリサの超音波に、俺は脳を揺さぶられた。

こ、こいつ、何つー大声を…

キーンと耳奥が木霊して、掴んでいた力が自然と緩む。

その隙になのはが脱出して、肩で息をしていた。


――フェイトの悲痛な声も、耳から消える…


引き潮のように、荒れ狂った感情が静まっていった。

俺は今、何を…


『…落ち着いて、ちゃんと話そうよ。
夜はまだ、これからなんだから』


 アリサの柔らかな微笑み――

茶目っ気ある冗談は、ささくれた俺の心を少しだけ癒してくれた。

子供のくせに、大人みたいに気を使いやがって…

素直に礼を言うのは癪なので、そっぽ向いて頷いてやる。


俺は俺でいられない時が来ても、こいつがいればきっと大丈夫。


クスクス笑うアリサがちょっとだけむかついたけど――


――こいつを俺のメイドに選んでよかったと、自然に思えた。











 仕切り直しには御茶が効果的だが、生憎我が家には台所や茶道具の一切がない。

将来有望なメイドは幽霊気取りで、買出しにも行けない。

アリサに汚れの少ない部屋へ案内して貰って、なのはと三人で腰を下ろす。

壊れた窓からの月明かりが、この部屋の照明だった。


「二人は互いを知らないので、俺から紹介してやろう。

なのは、こいつはアリサ・ローウェル。

俺がこの廃墟見つけた時から住んでて、ご覧の通りの立体映像」

『幽霊だって言ってるでしょう! 
いい加減に認めなさいよ、良介!?』


 やだね。

死ぬまで認めてやらねえ。

――本当の幽霊だったらもう死んでるけど。

俺とアリサが睨み合う情景を、なのはは――どこか寂しそうに見つめる。

…?

少し落ち込んだ様子のなのはが気になったので、俺は少し意地悪をした。


「アリサ、こいつは以前俺が世話になってた家の娘だ。

名前は…そういえば、お前誰だっけ?」

「真剣に悩まないで下さい!?

高町なのはです! なーのーは!

さっき名前で呼んでたじゃないですか!」


 うむうむ、元気が出た。

なのはの抗議を適当に聞き流して、俺は内心ご満悦。

からかい甲斐の良さは天下一品だった。

アリサはやれやれと、映像の分際で溜息を吐いた。


『ほんっと、馬鹿なんだから。
なのは、だっけ?
あんまりこいつを調子に乗らせない方がいいわよ。
無視すればいいのよ』

「あ、あはは…ありがとう、アリサちゃん」

『アリサちゃん!?』


 素直な笑顔を向けられて、アリサは困惑の表情。

――多分、一度もそう呼ばれた事がないのだろう。

返事に困っている幽霊女を、なのはは躊躇う様子で言葉を重ねる。


「駄目、かな…?」

『ベ、別にいいけど…

あたしはなのはって呼ぶからね』

「うん!」


 物怖じしないなのはの態度に、アリサは好感を持ったようだ。

おずおずと近づいて、二人で自己紹介している。

二人とも友達がいないからな…

仲良く出来るなら、それに越した事はないだろう。

少なくとも、アリサを怖がるような奴をこの家に呼んだりしない。

心の狭い奴に用はない。

さて、本題に入ろう。

俺は友達斡旋所を開業した覚えはない。


「で、だな――この家に以前連れて来たのがフェイトだ。
珍しい名前だから別人って事はないとは思うが、一応聞いておく。

お前の言うフェイトは――長い金髪を二つに垂らした、黒いリボンの女か?」


 特徴的な服装については後で話す。

万が一手品師である事を友達に隠しているなら、俺が自分からばらすのは気が引ける。

相手の反応を窺って、少しずつ話して行くしかない。

話の進め方を考える俺の心配は杞憂に終わり、


「そうです、そのフェイトちゃんです!
おにーちゃん…フェイトちゃんと、知り合いなんですか!?」


 …やっぱり、あのフェイトか…

まさかなのはと通じているとは思わなかった。

この街についてから、本当人間関係の不思議さを痛感させられる。

人と人とが繋がって、世界が構築していくような錯覚すら感じられた。

何にせよ、これはあいつに繋がる手掛かりだ。


あの女がはやての家を襲撃して、フェイトを連れ去ったのには理由があるとすれば――


『――あたしも、気になってた。良介、フェイトに何があったの…?
良介が怪我したのも、それが原因なんでしょう』

「分かった。なのは、お前にも話してやる。
その代わり、後でお前とあいつの関係を教えてくれ。
お前の知っている全てを――」

「…はい、分かってます…

おにーちゃんに――聞いてほしいです」


 ――なのはの表情は深刻だった。

俺には俺の事情があるように、こいつにはこいつの事情があるらしい。


フェイト、お前一体何者なんだ…?








俺が語る、蒼い石から始まる現実の物語――

なのはが語る、紅い石から始まる幻想の物語――




――蒼と赤が重なり合う時、真の物語が開幕する。 
 




















































<第十七話へ続く>







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