とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第十三話







 「ん、う〜ん・・・・ファ〜ア」


 朦朧としていた意識が徐々に活性化していき、ちぐはぐだった意識が一つに収束する。

柔らかい布団の暖かさに包まれながら、俺は欠伸を一つして瞼を開いた。

夢も見ないほど爆睡していたせいか、大きく伸びをするとすこぶる気持ちが良かった。


「布団で寝るのなんぞ何年ぶりだろうな・・・・」


 感慨深くそう呟いて、俺はまだぼんやりしている頭を振った。

一人旅に出てからは橋の下とか、神社とか、ようするに野宿しかしなかった。

旅館や民宿とかに泊まれる金はなかったし、生きるだけで精一杯なのである。

昨晩とて寒い山の中震えながら寝るつもりだったのだが、人生何が起きるかは分からない。

俺は今一流ホテルさながらの豪華な部屋で、ゆったり気分でくつろいでいるからだ。


「久々にのんびりと寝れたな。すっげえ気持ちいいし、この布団。
貰って帰ろうかな・・・・」


 昨日通り魔事件で警察に追われる身になった俺は、偶然にも再会した月村に助けてもらった。

何でも夜中に放映している映画を見に行く途中だったとかで、車に乗せてもらったのだ。

俺としては追っ手とパトカーから逃げられたらそれで良かったのだが、

どういう思惑があるのか知らないが最後まで付き合うといって聞かなかった。

月村にとっては同じように警察に追われる身になっても、俺を一人にはしたくないそうである。

運転手兼メイドのノエルも同意見らしく、適当なところで降ろしてくれという俺の言葉をシカトした。

何か魂胆でもあるのではないかとは思ったが、それも一瞬の事。

こいつらは金持ちの癖に人のいい女達なのだと分かり、俺は好意に甘える事にした。

どっちみち一人で逃げても地の利のない俺では、回り込まれて警察に捕まる可能性が高い。

それで紆余曲折あり、俺はこうしている。


「というか、世の中こんなに差別していていいのかコンチクショウ」


 俺が今滞在しているのは、山の手の別荘だった。

町の中心部からやや外れにある高台にあり、贅沢にも所有する広大な私有地に建てたものであるらしい。

要するに貸し別荘ではなく、完全な個人の別荘なのである。

別荘と名はついているがそこいらの庶民の家よりでかく、内装も洗練されている。

例えば俺が今いる客室でさえ、普通の部屋の二倍以上は広い。

当然寝ていたのはベットであり、おおっぴらに足を伸ばしても届かない程の大きさである。

言っておくが、俺がチビなのではない。このベットが大きすぎるのだ。

部屋の内装は書棚や箪笥が設置されており、花も生けられていて手入れが行き届いていた。

ベットの傍には白いカーテンのある窓があり、見える山の風景は趣がある。

月村の話によると窓から見える景色全ては私有地らしく、春には桜が満開に咲いて幻想的ですらあるらしい。

ここまで金持ちだと、もう怒る気にもならなかった。

大体ベットの布団一つにしても、羽毛布団ってのはどうよ?

今まで生きてきた人生において、俺が寝た事があるのは万年センベイ布団だけである。

布団がこんなに気持ちがいいものだと知ったのは、今日が初めてだった。

こんな気持ちいい布団も、月村にしてみれば日常だと思うと腹が立つ。

改めて世の中は不平等だと思う、俺の今朝一番の人生の悟りだった。


「とりあえず起きるか。ぼけっとしていても仕方がねえ」


 昨晩警察に追われまくっていて、この別荘に逃げ切れたのは午前三時を回っていた。

町に連続して起きている事件の犯人を捕まえようとする心意気は分かるが、

犯人を俺と決め付ける時点で警察がより一層嫌いになってしまった。

ノエルの運転テクニックと月村の誘導がなければ、とっ捕まっていたかも知れない。

月村が映画顔負けだよと不謹慎に喜んでた程の逃走劇を行ってしまったのだ。

今頃街中を必死で俺を捜索しているかと思うと気が重い。


「おい、起きろ家来。いつまで寝てやがる」

「くぅ〜ん!?」


 枕元で丸くなって寝ていた子狐を俺が無造作に払うと、子狐はびっくりしたように鳴いた。

主人が起きているのにまだ寝ているとは、全くもって忠義のない獣である。

少しはノエルを見習ってもらいたいものだ。


「たく、呑気に寝やがって。何で俺がお前と一緒に寝ないといけないんだ?
月村と寝ろよ」

「くぅん・・・」


 昨夜一緒に寝ようと月村が笑顔で誘ったのだが、何をトチ狂ったか俺から離れなかったのである。

この子狐はどうも人見知りが激しいようだ。

もしくは主人の俺を慕っているために一緒にお供という考えもできる。

・・・・・・な、なるほど!実はそうだったのか!

自分で考えて、自分で気がついてしまった。


「・・・宮本様、起床されておいでですか?宮本様」


 子狐を思わず撫でていると、部屋のドアからノックと控えめな呼びかけが聞こえてくる。

ドア越しだが、この涼やかな声はノエルだな。


「おう、ばっちり起きているぞ」

「おはようございます。突然のところ申し訳ありません。
忍お嬢様とさくらお嬢様がお待ちですので、リビングへいらしていただけませんか?」


 部屋の掛け時計を見ると、もう昼前だった。

朝起きて鍛錬するつもりだったのだが、昨日立て続けの出来事で疲れていたようだ。


「分かった、すぐ行く」

「よろしくお願いします。では、失礼致します」


 こちらからは見えないが、おそらくお辞儀をして行ったに違いない。

いつも丁寧な態度で接してくるノエルだが、普段いつもあんな感じで疲れないのだろうか?

俺はあんな敬語の連続はとてもじゃないが耐えられない。


「どうせ仕事だからだろうけどな」


 それが証拠に、あいつは一度として俺に笑顔を見せた事はない。

どうでもいいけどな、そんな事。

俺はあっさりと割り切って上着の袖を通して、ベットの傍に立てかけていた木刀と剣を持って部屋を出る。

子狐はすっかり心得た様子で、何も言わずとも俺の後ろをチョコチョコついて来た。













 「綺堂 さくら」、この別荘の持ち主の名前であり俺たちを匿ってくれた女である。

逃走中車内で月村に話を聞くと、血縁関係では叔母にあたる人間らしい。

警察に追われている立場として、自宅に帰るのも危険と判断した月村があてにしたのがこの人物だ。

月村が携帯電話で連絡をとっている最中にノエルよりこの話を聞いた時、俺は正直こう思っていた。

今時親でも子を見捨てるような世の中なのに親戚なんぞあてにできるのか、と。

誰にも頼らずに生きてきた俺としては、ほいほい叔母なんぞ頼りにする月村を軟弱にしか思えない。

しかし月村がそいつと話し終えた後、おれに微笑んでこう言ったのだ。


『桜台の別荘に逃げなさいって。私有地だから警察も早々入ってはこれないよ』


 ・・・俺の認識が甘かった。

その後ノエルの運転によりパトカーを振り切って、俺達はこの別荘へとやって来たのだ。

警察の尾行を煙に巻くという荒業をノエルがこなし別荘へたどり着いた時には、もうその叔母は来ていた。

よほど姪が心配だったらしく玄関先で月村を見るや慌ててやって来て、抱擁を交わした。

叔母と聞いていたので、俺はてっきり中年の婆を想像していたのだが、全然若かった。

月村がクールな美人であるのに対し、綺堂は温かみのある美人といった所だろうか。

綺堂が月村に向ける笑顔は優しさにあふれており、心底可愛がられている様だ。

俺には警戒バリバリな態度であったが。

結局俺はその叔母とはあまり話はしないで早々に休んだので、実質今日初めての会話となる。

リビングに辿り着いた時食事の用意が終わっており、月村と綺堂はもう座っていた。


「おはよう、侍君。よく眠れた?」

「おうよ。ふかふかの布団だったから気持ちよかったぞ」

「あはは、よっぽど疲れてたみたいだね。待ちくたびれたよ」


 見ると、テーブルクロスがかけられたテーブルの上の食事は誰も一向に手をつけていない。

ノエルは何か作っているのか、ここにはいなかった。


「先に食えばよかったのに。腹減ったんじゃないのか?」

「え〜、折角待っててあげたのにその言葉はあんまりだよ」

「知るか」


 俺が投げやりにそう言って椅子に座ると、途端月村はがっくり肩を落として床を見る。


「しくしくしく・・・・ひどいよね、狐君。
うら若き美少女が一緒にいただきますをしようって待ってたのに、その思いを踏みにじられたよ」


 あー、あの狐いつのまに月村の傍に!?

おのれ〜、さっきはちょっと感心したが所詮は獣にすぎんということか。

月村は子狐を撫でながら、拗ねまくった顔をしている。

こ、こいつこんな奴だったっけ・・・・・?

初対面の時はよそよそしい態度しか取らなかったのに、顔を合わせる度に変わってきている気がする。

とりあえずいつまでもほっとくと鬱陶しいので、俺は宥める様に言った。


「分かった、分かった。ありがとうございます、嬉しいです。
一緒にご飯を食べましょう」


 何で剣の道一筋を目指す俺が女の機嫌なんぞ取らないといけないんだ。

ちょっと自己嫌悪に陥ったが、月村はあっさり機嫌を直した。


「うんうん、人間正直が一番だよ侍君。さ、食べよ。
ノエルの手作りだから美味しいよ」


 何が正直なんじゃいとか言いたい事満載だが、もうつっこむ気にもならない。

今は空っぽの胃より催促される食料の供給を第一に考えよう。

ちなみにメニューは意外にも一般的な和食だった。

ぶりの照焼にコーンクリームコロッケ、ほうれん草のゴマ和えにレタス・プチトマト、ご飯。

調理材料は恐らく新鮮な食材だろうけど、一般的な家庭料理だった。

庶民の俺にはむしろこういう献立の方が好きなので、箸を持って食べようとした時視線を感じて顔をあげた。

向けられている視線の源は、月村の隣に座る綺堂だった。

昨晩の俺を警戒する態度とはうって変わって、俺を見つめる視線は複雑な色を浮かべている。


「・・・・何すか?じろじろと」

「・・・・・・・・・・・・・」


 む、シカトかよ。

まあ、確かに俺を警戒する気持ちは分かる。

突然身内から電話がかかって来て警察に追われていると聞き、やってきた時は隣に男が一緒。

一般的に考えれば、可愛い姪が犯罪者まがいの男に誑かされていると思うだろう。

こういう場合、卑屈になるのは逆効果だ。

自分は何も悪くないのだ。堂々とすればいいのである。

俺は視線を逸らさずにじっと視線を絡めて互いに見つめ合っていると、綺堂の隣の月村が声を出した。


「さくら、侍君は悪い人じゃないよ。
確かに木刀とか持っているし、住所不定だし、身なりも結構怪しいけど・・・」


 お前はフォローしているのかけなしているのか、どっちなんだよ!

本人なりに気にしている事をずばずばと言いながらも、月村は言葉を続ける。


「私が怪我させられた時、助けてくれたんだ。初対面の私をだよ?
だから私の友達をそんな風に見ないで・・・・」


 友達?いつからだ?

俺の記憶が正しければ、こいつとは昨日の朝が初対面の筈。

確かにかなり稀有な出会い方と再会をしているが、友好関係を結んだ覚えはない。

・・・でも、月村は俺を信用しているってのか・・・・

妙に居心地が悪かったが、綺堂は俺を見つめてすまなそうに詫びた。


「ごめんなさい。不躾に見てしまって・・・・・」

「いや警戒するのは当然だと思うし、気にしなくていいっすよ。
月村はああ言っているけど、昨日出会ったばかりの他人なんで」


 俺がそう言うと、綺堂は驚いた顔をする。


「昨日会ったばかり・・・?そうなの、忍?」

「う、うん、そうだけど・・・
ひどいよ〜、侍君。裏切りだよ」


 何が裏切りなのかよく分からないが、月村は不満そうだ。


「うるさい、うるさい。俺は真実を言ったまでだ」

「ノエルー、私の部屋から携帯電話持ってきて。110番するからー」

「月村、俺達は親友だよな!」


 にっかり笑って親指を立てると、月村はうんうんと満足そうに頷いた。


「友情を結ぶのに時間なんて必要ないよね?侍君」

「当然じゃないか。俺達は出会った瞬間から心の友さ!」


 このアマ〜、いつかずたずたに犯してぼろ雑巾のように捨ててやる・・・

屈辱で心がいっぱいだったが、顔は爽やかに笑う役者な自分が憎い。

そんな俺と月村の様子を見ていた綺堂は朗らかな笑顔を浮かべた。

「仲がいいのね、二人とも・・・・」

「あんたの目は節穴ですか!」

「ふふ・・・・
忍が男の子を連れて来たのを見た時はびっくりしたけど、こうしてあなたを見ていると納得できるわ」


 何が納得できるのかよく分からないが、綺堂は優しい眼差しで俺を見ている。

心の中まで見透かされそうな瞳を向けられて、俺は不覚にもちょっとどきりとした。

思わず口をつぐんでいると、綺堂が口を開いた。


「自己紹介がまだだったわね。
私は綺堂 さくら、この子の叔母です」


 丁寧に自己紹介されたので、一応俺も名乗り返した。


「宮本 良介。好きな呼び方でいいっすよ」


 簡単に名乗って軽く礼をすると、綺堂は少し曇った顔になって言った。


「・・・あなたの事情はある程度聞いているわ。
食事を取って、ゆっくり話し合いましょう」


 ノエルか月村から聞いたのか、綺堂は大まかに把握しているようだ。

問題は綺堂本人が俺をどう見ているかなんだけど・・・・

訝しげに俺が見やると、綺堂は俺を見つめて柔らかくこう言った。


「私も忍と意見は同じよ。あなたを犯人のままにはしておけない。
あなたは忍の大切な友達みたいだから・・・・
頼りになるかは分からないけど、私も力になるわ」

「・・・・・・・・」


 ・・・・そう言われたらどう答えればいいのか、分からないではないか。

俺は綺堂の優しさに何もいわず、無言で食事にあり付く。

そんな俺を見る月村の楽しそうな笑顔が印象に残った。


























<第十四話へ続く>







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