とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第十話







 本日の朝御飯は和食。

スプーンで食べるのは少し違和感を感じるが、片手しか使えないので仕方ない。

美味しそうな匂いが漂う食卓に座り、俺達は少し早い朝食を食べる。

左手一本は扱い辛いが、一応普通に食べられる。

隣に座るフェイトも器用に、スプーンを使って御飯を口に入れていた。

賑やかではないが、穏やかな朝の風景――

平和や平穏に馴染めない俺が、静かな食卓を囲んでいる。

この町にくる以前では、想像も出来なかった光景だ。



八神はやて。

フェイト・テスタロッサ。



はやては家族がおらず、ずっと一人で生活していた。

フェイトの家庭事情は不明だが、同じ匂いを感じている。

この二人にとっても、誰かと過ごす朝はきっと珍しいに違いない。

いずれこの家族ごっこは終わり、フェイトとは別れる日が来る。

さまざまな偶然と必然が重なり合って――この現実を生み出しているだけなのだから。

感慨は、特に無い。


――御飯の温かさと小さな手の冷たさが、少しだけ嬉しい。


鈍さの残る重い頭。

痛み続ける胸。

高町の家を出て何処か狂った俺を、僅かな間だけ落ち着かせてくれる。


(・・・さーて、どうするかな)


 味噌汁の豆腐を口に入れて、俺は珍しく熟考する。

高町の連中には二度と会わない。

本当は誰とも会いたくなかったが、フィリスに知られた以上仕方ない。

少なくとも、あの家とは縁を切る。

心の中で完全に見切りをつければ、先程の俺らしくない動揺は消えた。

レンの発作。

医学には疎い俺だが、発作と聞いて最初に連想するのは心臓発作だ。

怪我の類で発作なんて起こりえないだろう。

あいつは心臓発作を起こし倒れて、病院へ運ばれた――

フィリスは、俺に嘘はつかない。

死んだのなら、電話できちんと通達するはずだ。

最後までちゃんと聞く余裕はその時は無かったが、死んでいないと思う。

いちいち俺が病院へ行く必要は無い。

生憎、俺には義理や情けなんぞというつまらん感情は持ち合わせていない。

あいつが死んだって、別に――



『レンちゃんが――発作で、倒れたんです!』



 俺は――剣を、捨てたんだ。

強くなる意味を無くした。

何故剣を選んだのか、もう思い出せない。

――あいつとの決着に、もう未練は無い・・・



・・・。



「・・・良介、御味噌汁嫌いやった?」 

「――っ、え」


 慌てて顔を上げると、はやての曇った顔。

可愛らしい表情に陰りのある笑みを乗せて、俺の手元を見つめている。

――冷めた、味噌汁。

スプーンで掬ったまま、俺は考え込んでいたようだ。

俺は取り繕うように口に入れる。


「馬鹿、変な事気にするな。俺様に好き嫌いは無いぜ。
この味噌汁も・・・まあ、うん、普通じゃねえの?」


 美味しいと言わないのが、俺。

理由は何時だって分からないまま。

俺の頑固なお口に素直の要素は存在しない。

威張れる事じゃねえけど。

誉めてないのに、はやては安心したように微笑む。


「そうか・・・なら、ええんやけど。
御昼は良介の好きな物作ってあげるから」


 俺は子供か。

良介は何が好きなんかな…などと、はやては実に楽しそうにつまらん事を考えている。

――こいつにまで気を使われるとは、情けねえな…

俺は息を吐いて、お茶を飲む。



レンは俺がこの町に来て最初に出会った奴だ。



コンビニのサービス弁当を求めてうろついていた俺に、偉そうに注意した不届き者。

俺様の機転でその場は退散出来たが、危うく店長に通報されるところだった。

…あれ? 死んでいいんじゃないか、あいつ。

不愉快な思い出しかないじゃないか。

何で俺があんな奴の事を気にしなければいけないんだ。

あいつには血は繋がってなくても、温かい家族がいる。

傍に支えてくれる人間がいるんだ。

俺だって、別にあいつは必要ない。

俺は一人だ。

今は寄り道しているが、いずれ完全に一人で生きていく。

剣がなくても、家族がいなくても。

――誰もいなくても、俺は大丈夫。


大丈夫だ…


新しい生活が、俺を待っている。

あいつらの事は早く忘れて、自分自身を取り戻そう。

一人で気楽に生きていた、あの頃の自分を――

俺が崇高な思考に耽っているというのに、愚かな凡人は平凡な発想を披露する。


「そや! 三人で外食しよっか。
病院にも行かなあかんし、丁度ええわ」



 ――へ・・・?



い、今こいつ、何て言った・・・?



「びょ・・・病、院?」

「フィリス先生に見て貰うんやろ、その手」


 ・・・。



そ――そうだったぁぁぁぁ!?



フェイトが居なかったら、俺はその場で頭を豪快に抱えていただろう。

自分の馬鹿馬鹿しさに笑い出したくなる。

そうだよ、俺が自分で言ったじゃねえか!



『んで、フィリスに連絡取ろうと思うんだ。
こうなった以上、無理やりにでも取って貰わないと』



 お人好しな台詞をほざく過去の俺を殴りたい。

今まで自分の人生にこれっぽちの後悔も無い俺だが、タイムマシンを今切実に欲しい。

本っ当に、何なんだ最近のマイ人生!?

ロクでもない事ばかり続いているだけではなく、退路すら断たれているぞ。

運命が俺を翻弄しているとしか思えない。

確かに帰宅した直後は、病院へ行く事に異議はなかった。

俺一人ならともかく、フェイトと繋がってしまった現状。

別にフェイトの事を思い遣っているのではなく、このままでは俺が一人になれる時間がなくなる。

不幸中の幸いにも繋がっているのがフェイトだから不快はないが、永遠にこのままは嫌だ。

病院へ行き、フィリスに処置してもらうつもりだった。


――電話がかかる前までは。


今病院へ行けば、自動的に見舞いイベントが待っている。

今の俺の運レベルは地上最低。

絶対に高町一家がいる、間違いない。

何処かで逃げようとしても、回避出来ないまま再会してしまうだろう。


ふざけんな。


よーし、運命の女神様よ。

お前の挑戦、確かに受け取った!

俺は天下を取る男。

――その夢はもう失ってしまったが…まだ意地を張る気力だけは残っている。

絶対に、会ってやらねえ。

貴様が企てたこの展開、何が何でも回避してやろうじゃねえか。

思い知るがいい。

運命とは、人間様が切り開くのだという事を!

俺はスプーンをテーブルの上において、真剣な顔を意識する。


「――なあ、はやて。俺、考えたんだ…」

「ど、どうしたん…? 急に真面目な顔して…」


 フェイトも静かな表情を、こちらへ向ける。

車椅子に座ったままのはやては、俺を見て少し不安そうにしている。

俺はゆっくりと天井を見上げながら、


「――確かに、フェイトの事は大切だ。
彼女を巻き込んでしまった責任は果たさなければいけない。

だけど――」


 ――オッケー、準備はいいかい?

俺は心の中で固唾を呑んで、頷く。

今から俺は畜生道を歩む。

俺という存在を粉々に打ち砕く台詞を吐いてしまう。

理性が悲鳴を上げている。

やめておけ、と感情が叫んでいる。

未練がましい自分に唾を吐いて、俺は真摯な表情ではやてに向き合う。


「俺は――お前の事も大切なんだ」

「へ…」


 ぽかんとした顔の、はやて。

脳髄の根幹で、こんな言葉が大合唱している。



ぎーぜんしゃ!

ぎーぜんしゃ!

ぎーぜんしゃ!

ぎーぜんしゃ!

ぎーぜんしゃ!

ぎーぜんしゃ!

ぎーぜんしゃ!

ぎーぜんしゃ!

ぎーぜんしゃ!

ぎーぜんしゃ!



うるさい、黙れ。


「この本は、お前の大切な本なんだろう?

――大切な家族の持ち物を、傷付ける真似はしたくない…」


 誰だ、こいつ。

三流ドラマの主人公みたいな台詞を、いけしゃあしゃあと吐いてやがるぞ。


――しょうがねえだろう!


一匹狼が叫ぶ台詞じゃないのは分かってる。

だけど俺という男は目的を果たす為なら、手段を選ばないのだ。

まだ出会って間もないが、俺ははやてという少女を知っている。



「…良介…

わたし、その…

な、なんて言うたらええんやろう…」



 目は潤み、頬を赤くして、言葉少なく俯くはやて。

上気した顔は朝の光に照らされて、少女の羞恥を可愛げに彩る。

嬉しさに、言葉も出ないといった様子。


――勝った…


微妙な勝利と、壮絶な敗北感。

俺という男は死んだ。


「ごめん、フェイト…お前には迷惑なのは分かってる。
でも――約束する。
この本を傷付けず、何とか解決出来る方法を探す。

俺を――信じてくれないか…?」


 そして、フォローまでする周到さ。

フェイトは感情を決して表に出さず、胸の内は孤独という名の冷たさに凍てついている。

俺と同じ、女の子。

だけど――閉ざした心の奥底に、小さな優しさが眠っていると思う。

引き締めた顔で固く決意する俺に、フェイトは小さく頷いた。


「…分かり、ました。

私も、病院へ行くのは反対でしたから」


 俺を信じたのではない、釘を刺したのだろう。

あくまでも、自分の考えと。

…甘いぜ、フェイト。

表情は隠せても、細いうなじが桜色に染まっている。 

素直な奴め。

俺は小さく頭を下げて、最後に言った。


「病院なんかに頼らなくても、大丈夫だ。
一人では無理でも――俺達三人力を合わせれば、きっと何とか出来る」

「…そっか…そやね。
わたしも協力するから、がんばろ」

「はい」


 目的、達成。

俺って男は、天才。

見たか、運命の女神。

貴様に踊らされるほど俺は甘くないぜ、あっはっは。



…。



…はぁ…



軽く鬱になったが、一応病院へ行くのは回避出来た。

安堵と喪失感を胸に、俺はヤケクソ気味に味噌汁を豪快に飲んだ。
















「――で、熟睡してるし…」


 薄ぼんやりした頭を振って、俺は顔を上げる。

外から大きな窓に差し込む光は、仄かな茜色に光っている。

どうやら思っていた以上に気持ちよく寝ていたようだ。

夕暮れ時を告げる空を眺めて、俺は嘆息する。

寡黙なフェイトだが行儀は良くて、片手でもはやての家事の手伝いをした。

繋がっているので俺も渋々掃除・洗濯を手伝い、着替えて昼に。

比較的食べ易い手作りの麺類をご馳走になって、本格的に会議。



――そこから、記憶がない。



気が付けば、床に倒れていた。

春の終わりの気候は、食欲を満たした後の睡眠欲を盛大に盛り上げてくれる。

昨晩は朝方まで、俺の家でアリサと喋っていたのだ。

昼夜逆転生活になってしまっている。

改めて俺は小さく息を吐く。

固い床だが、鍛えている俺の身体に痛みはない。

柔らかい毛布をかけてくれたのであろう、車椅子の本人は俺の隣で同じく眠っている。

――こいつには、すっかり家族の一員にされてしまった。

家の中の空き部屋を俺の自室として提供し、俺専用の食器類を買ってくると言っている。

何かあれば気軽に相談してほしいと、散々言われた。

世間で何を言われようと自分一人はいつまでも味方だと、強く語ってくれた。

複雑な気分でとりあえず頷いてやったが、この様子だとエスカレートしそうで怖い。

改善策も結局話し合っていないからな…

添い寝するこの家の主に俺の毛布をかけてやって、ふと点灯するランプに気付く。

留守番電話――

留守中着信があった事を知らせるランプが、静かに主張していた。

俺はこっそり身体を起こして片手を伸ばして、ランプを切る。

最近の最新電化製品はよく知らないが、はやての家の事は今日家主に教わっている。

再生確認を否定、削除する。

電話が誰か、何となく分かっているから。


――悪いな、フィリス…


言葉に出さずに小さく詫びて、俺は床に座り直した。

突っ張る手。



右手の先には――金髪の少女が安らかに、眠っている。



静かな寝息を立てて眠る女の子。

あどけないその寝顔は、驚くほど無防備だった。


――頬を撫でる…


柔らかい。

左手に伝わる体温の温かさに、フェイトの存在を実感する。

何となく面白くなって、俺は頬を突く。

奇妙なほど安らぎを感じて…



――戦慄に、震えた。



 窓の、外。

空の向こう側に、人影。

夕日を背景に――背の高い、女が立っていた。


恐ろしい、眼差し。


爛々と輝く瞳の光は――殺意。

空気が女を避けるかのように震えて、陽炎を生み出している。

夕日が眩しくてよく見えないが、窓の外の女は明らかに俺を見ていた。

額に輝く赤い宝石。

獣のような巨大な耳…って、何だあの耳!?



気を取られたその瞬間――全てが、終わった。



「――しまっ!?」



 弾丸のように突っ込む女。

立ち上がる俺。

派手に割れる窓ガラス。

左手ではやてを掴み、本を引っ張ってフェイトを手元に。

飛び散る破片。

二人を胸に抱き、背中を向けて――



破れる皮膚。

抉られる肉。

突き刺さる骨。

肩。

手。

背中。

腰。

足。



――肉体を貫通する破片。



激痛に、悶える。

血に濡れて、俺は笑う。

他人を庇って、死ぬ。

壊れた俺に、何とも相応しい結末。



――レン…



も…もこ…な…のは…





…めん…な…


























































<第十一話へ続く>







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