とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第八話







 市街地の外れにある廃ビル。

人っ子一人寄せ付けず、孤独に佇む廃棄された建物。

一人っきりの俺にとって、何処よりも安らぐ場所である。

不衛生な面さえ愛しく感じられる、俺だけの家。

――その家に、一人の少女が住んでいる。

時刻は午前一時。

四階の窓に、優雅なドレスを身に纏う少女が見える。

絵本から抜け出してきたような、女の子。

長い髪、薄い唇、白い肌――全てが整いすぎている。

薄汚れた廃墟に似つかわしくない、気品ある可憐さ。

その端正な顔を曇らせて、少女は窓から外を見ている。

誰かを探すように真下の入り口を見て、溜息。

伏せられた眼差しから、小さな水滴が、儚く流れる。

細い指先で目を拭いて窓から離れるその瞬間――



――俺と目が、合った。



深窓の令嬢は大きく目を見開いて、瞳を輝かせる。

窓に縋り付くように駆け寄り、満面の微笑みで手を振って…


凝固する。


視線は、俺の隣。

笑顔のまま呆然とする少女は、強張った顔をして固まっている。

俺は嘆息する。


「――さて、どう説明しようか…」


 廃墟の少女、アリサ・ローウェル。

そして俺の隣に立つ――フェイト・テスタロッサ。

互いが互いを見る顔は困惑に満ちていて、どういう顔をすればいいのか分からないようだ。


何でこんな事になったんだろう――


俺はただ、近頃の自分の人生に疑問を持つばかりだった。 















『まさか早速女の子を連れ込んでくるとは思いませんでしたわ、御主人様』

「違うと言ってるだろうが!」

『うふふ、下心ある殿方は異性に好かれませんのよ? このスケベ野郎』

「だーかーら! …おい、フェイト。
お前も黙ってないで何とか言ってやれ」


「こ…こんばんは」


「礼儀正しい!?」


 深夜、俺は自宅へと戻っていた。

――世間的な権利云々は全くないが、俺が決めた以上この廃ビルは俺の城である。

本日二日目、俺の家に御客様がお見えになられている。

その御客様は居心地が悪いのか、始終不安そうに辺りを見渡している。

――ま、インテリアにちょっと気を使ってないからな。

俺がそう言うと、アリサに何故か馬鹿にされた。

全く昨日雇ったメイドは礼儀がなっておらず、主人の客――正確には招いた主人に嫌味を言う始末。

やれやれ。


「大体お前も何泣きべそかいてんだ。外から見えたぞ」

『な――泣いてないわよ!』

「俺が来ないと思って寂しかったのか、ふ…可愛い奴め」

『か、可愛い? そ、そうかな…えへへ』

「あれ、そこに反応するの!?」


 市街地の外れにあるこのビルは喧騒には無縁の場所で、静かそのもの。

アリサのような幽――立体映像がいても、気付かれる事は少ない。

メイドの話によると町の噂にはなっているらしく、たまに肝試しや不良の類が来るらしい。


「留守中、誰か来たか?」

『ううん、今日は誰も来なかったよ。
来ても、あたしが追い返してやるんだから』

「流石俺のメイド、偉いぞ」

『べ、別に――良介の為じゃないわよ。
あたしが邪魔だと思うから追い出しているだけだもん、フン』

「お前の顔を見れば、皆すぐに逃げるもんな」

『…そう言われると、女の子として腹が立ってくるわ…』


 何にせよ人目を避ける意味で、此処はまさに最適だった。

何せ、今の俺は――


『――で、いい加減説明して貰いたいんだけど?

その娘、誰? その手の本は何よ』


 ――フェイトと俺を繋ぐ、古書。

俺の右手とフェイトの左手を拘束する本は、言わば手錠と同じ。

もう少し言えば鍵のない手錠で、開錠する手段はまるで分からない。

あの交差点で繋がれた時、一応俺達は何度も開錠を試みた。

左手は引っ張れば抜けたんだ、右手も同じ可能性はある。

ところが、である。

俺の手なら力ずくで問答無用に引っ張れる。

――フェイトの手は、別だ。

繊細な彼女の手は細くて、非力。

俺が無理やり引っ張ると、フェイトは痛そうな顔をして我慢する。

そう、我慢する。

文句は何一つ言わない。

ただ、苦痛を噛み殺して俺に委ねる――

こんな事になったのは偶然の悪戯だが、フェイトはただ巻き込まれただけ。

文句の一つも言えばいいものを、こいつは本当に何も言わない。

最初から何となく思っていたが、これで確信した。


――こいつは、やっぱり優しい娘だ。


俺と同じ孤独を抱えていて、感情を懸命に殺している。

例えばこいつが我侭言い放題のクソガキで、俺に罵詈雑言ぶつけるような奴なら遠慮なくやれたのに。

俺は諦めて、穏便な解決策を探す事にした。

――で、此処へ連れてきたんだが…


『ばっかじゃないの』


 超冷淡な御言葉に、俺は卒倒しそうになる。

無視するとしつこく詮索してくるので、話してやった途端これだ。


『本に挟まって抜けなくなったって、童話じゃないんだから…

ふふ、あはははは』

「笑うと思ったよ、くっそー」


 堪えきれなくなったのか、アリサは文句を言う口を押さえて笑い出す。

今度は別の意味で涙を零し、アリサは俺を指差して無邪気に微笑んでいる。

御主人がこんなに苦しんでいるのに、血も涙もない奴である。

…立体映像だけど。


『でも良介は自業自得だけど…そっちの――
えーと…』

「…」

『…あ、あの…』

「名前を聞いてるんだ、名前を」


 埒があかないので補足してやると、フェイトは初めて気付いたかのように恥ずかしそうに俯いた。

他人と会話した事がないのだろうか?

大人のような礼儀正しい話し方をするくせに、会話の機微に疎い。

フェイトは小さな声で話す。


「フェイト…フェイト・テスタロッサ」

『あたし、アリサ。アリサ・ローウェル。
アリサって呼んでくれていいよ、フェイト』

「…ぁ…その…」

『――あ…ご、ごめん…
幽霊なんかに親しげにされても、迷惑だよね…

気持ち悪いし、怖いし…』

「――っ、ち、違う!

あの、その…ご、ごめんなさい…」

『――う、ううん…フェイト、悪くないよ…

あたしなんか居るから、悪いの…』


 アリサは生気の無くした表情で、フェイトは悲哀に沈んだ表情で。

互いに、心の痛みを生々しく味わっている。

――なんだ、この辛気臭い雰囲気?

他人同士の関係で口出しするのは俺の趣味ではないが、此処は俺の家である。

言いたくないが、俺はフェイトに親近感を覚えている。

アリサは俺のメイドだ。

他人の事はどうでもいいが、この二人は放置出来ない。


「お前らね…意識し過ぎだ。
別に今日から親友になれって言ってるんじゃないんだから、お互い名前くらい呼んでやれよ」

「――っ…」

『…良介…』


 ただでさえ、俺も近頃ナーバスになってるんだ。

これ以上心労を増やさないでくれ。


「アリサ、お前フェイトが嫌いか。
変な格好してる女の子なんて、薄気味悪いか?」

『そ、そんな事ない! 絶対に、ない!
あたしの方がよっぽど――』

「はいはい、黙れ黙れ。

――フェイト、見ての通りアリサは普通の人間じゃない。

お前、怖いか?」


 フェイトは顔を上げる。

汚らしい廃墟の中で、場違いなドレスを着て宙に浮かんでいる女の子。

世間では――あくまでも世間では、幽霊と呼ばれる化け物。

フェイトは返事を聞くのを恐れているアリサから目を逸らさず――首を振る。


「――怖く、ありません」


 ほら、見ろ。

フェイトは俺の見込んだ女だ。

この場で馬鹿な台詞を吐く筈がない。

俺は苦笑して、


「なら、問題ないだろ。
お前らのようなガキには分からんだろうが、人間関係の第一歩は自己紹介。

名前を呼び合う事で、始まるんだ」


 ――大笑いである。

一人を望むこの俺が、他人の人間関係を心配している。

桃子やなのはのような綺麗事をほざいて、仲良くしろと諭している。

何時からこんな腑抜けになったんだ、俺は。

高町家の善意に満ちた毒は、今だに俺の中から消えてくれない。

俺の葛藤は幼い二人には到底分からず、



『――フェイトって呼んでいい?』

「うん…アリサ」



 たどたどしく、二人は名前を呼び合っている。

桃子が――俺の母親役だったあいつがこの光景を見たら、どう思うだろう… 


不意に頭を撫でられたような錯覚を覚えて、俺は苦笑するしかなかった。













 その後――俺達は今度の事を話し合った。

まず俺。

アリサにはやての家で同居する事を話すと、当然いい顔はしなかった。

帰る家が他にあるんだ、とか、あたしなんてどうでもいいんだ、とか。

散々文句を言われて、フェイトの小さな微笑を誘った。

その事を指摘してやると、顔を真っ赤にしたのが可愛らしい。

彼女の笑顔に和んだ俺達は、夜会いに来ることで妥協した。

アリサは渋々留守番を引き受けてくれて、この問題は解決した。


次に、フェイト。


この娘の問題は、厄介である。


「この本に関しては、明日知り合いの医者に本格的に診て貰う。
俺一人の問題じゃないからな、何としても取って貰う。

それで、だな――

今晩と明日の朝は、ちょっとこのままになる。
お前、家は大丈夫か?」


 夜遊びの限度を超えている。

他人の都合より俺の都合、たかがガキ一匹の都合なんぞ知ったことか。

――と、フェイト以外のガキなら強制連行していただろう。

それに、診療はあのフィリスだ。

事前にきちんとしておかないと、笑顔の雷が落ちる。

フェイトは少し考え込んで、


「――明日、まででしたら…

でも――明日で済むかどうか…」


 心配顔のフェイトに、俺は力強く頷いてやった。


「大丈夫、腕の良い医者だ。親身になって、解決してくれる」

「そうだと…いいんですけど…」


 フェイトの不安は晴れないようだ。

先程から本を見つめては、少し険しい顔を見せている。

――この本に、何かあるのだろうか?

フェイトは子供だからな。

腕を拘束されているという時点で、この本を呪いの本か何かだと勘違いしているのかもしれない。

俺も最初は気持ち悪さを感じたからな、無理もない。

手品師なんだから、もう少し現実を見るべきだと思うが。


「心配なら、お前の家へ行って言ってやるぞ?」

「大丈夫です! 平気です!

…あの娘に貴方を会わせたら、きっと…」


 ――きっと、何だよ?

下手に黙られると、余計に怖くなるだろう。

フェイトのこの性格だ。

頑固親父か教育ママがいて、恐れているに違いない。

あの娘って言い方がちょっと気になるけど。

問題ないなら別にいいか、他人の家庭なんぞ興味はこれっぽちもない。

詮索しない旨を伝えると、フェイトは黙って頭を下げた。

――ちょっと、照れる。 

――アリサに睨まれる、何でだ?


問題も解決したところで、俺ははやての家へ帰る事にした。


『フェイト、またね。 
良介、フェイトを泣かせたら承知しないんだからね!』

「知るか」

『もう…こいっつはほんっと、素直じゃないんだから!

フェイト、気をつけてね』

「うん。ありがとう、アリサ」


   アリサの元気な顔と、フェイトの穏やかな表情。



この奇妙な共同生活も、何となく悪い気はしなくなっている。

今後も続くかと思うと大変そうだと思うが、たまにはいいかもな。

フェイトとも、少しはうまくやれるかもしれない。



――忘れよう。今度こそ、高町の家の事は。



今の俺には、新しい生活があるのだから。

少しだけ、俺の心の痛みが消えた気がした――















――それもまた錯覚だと思い知ったのは、その日の朝。















早朝の、電話。

天使からの、悪魔のようなメッセージ――





『レンちゃんが――発作で、倒れたんです!』


























































<第九話へ続く>







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