とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第七話







 フェイト・テスタロッサ。

闇夜の死神が、冷然と俺を見下ろして立っている。

無感情な瞳にゾッとする反面、奇妙な懐かしさがこみあげる。


――あの目は、俺の目。


かつて一人だった時、俺が他人に向けていた眼差し。

目的意識のみで他人を見つめ、干渉の一切を拒む。

覗き込めばどこまでも落ちていきそうな、深遠を宿した孤独――

今の俺が取り返したい、一人っきりの強さだった。


交差点――車も人も通らない、異常な静寂空間。


道路の真ん中に俺は立ち、懸命に睨み返す。

――心の中は、パニックだったが。

まずい。

非常に、まずい。

あの時と、状況がまるで違う。

――久遠。

凍りついた世界の中で、唯一人味方だった忠実な子狐がいない。

剣は、捨てた。

戦う理由を喪った。

生きている意味を、忘れてしまった。

勝とうとする気持ちが消えた俺は、死んだも同然。

首を狩られるのを待つだけの、哀れな落ち武者だった。


――ポケットの、固い感触。


今もまだ持ち続けている、青い石。

奴の目的は――




――俺が拾ったこの宝石だった。







あの夜――








『それで――何のようだ?
っていうか何の真似だ、その格好は』


 この変な格好した金髪少女に謝られてちょっとペースを崩したが、俺は本題に入った。

緊張は緩んだが、警戒は解かない。

ゲームやアニメに出てくる魔法使いのような格好をしている、少女。

御遊びなら他所でやれと言いたいが、少女の放つ空気が俺の軽口を封じる。


――震えている久遠。


人間の感性より、動物の本能が役に立つ。

警戒を露にする俺に、先程の気弱な態度が幻のように少女は無感情な瞳を向ける。


『――石を、渡して下さい』


 丁寧ながらも、厳格なる命令。

鈴の鳴るような声が、逆に凍てついた感情を演出している。

…石?

ポケットを探る真似はしない。

心当たりは一つしかないが、俺はすっ呆ける。


『何だ、石って』

『貴方のポケットに在る石です』


 ――動揺を顔に出さないように努力する。

自分より遥かに幼いガキを相手に、呑まれてはいけない。

ポケットの膨らみで分かったのか?

にしては曖昧ではなく、断言している。

服装といい、雰囲気といい、気味の悪いガキだ。


『ポケット? 
さっきから何を言ってるのか、さっぱり分からん。
探偵ゴッコ――魔法使いゴッコは友達とやれ』

『貴方が所有しても無意味です』


 俺の言葉はシカトですか。

圧倒されつつあった気迫が、苛立ちで掻き消される。

この石は確かに拾い物だ。

病院の庭に偶然落ちていたとは思えないので、誰か落とし主がいるとは思っていた。

この少女が、そうなのだろうか…?

上等だ。

とことん、白を切ってやる。


『確かに持ってないから、無意味だな』

『…』


 ふん、てめえが持ち主だとしても渡さん。

この石はもう俺の物だ。

今度から自分の持ち物には名前を書いておくように、ふはははは。


『ガキが夜遊びなんかしてねえで、とっとと帰れ。
珍妙な格好しやがって』


 正直、少し頭に乗っていた。

驚くほど似合っているジャケットとマントに、違和感を無くしていたのかもしれない。


――久遠は、震え続けているのに。


俺は嘲りをこめて、決定的な一言を放ってしまった。


『ママに叱られてもしらねえぞ』

『――!』



 豹変――



息を呑むほど――濃厚な殺気。

少女は杖を掲げて、一閃。

――ピクリとも反応出来なかった。



気が付けば。



俺は――躯のように転がっていた。


『――ア、ガ…』


 頭の先から爪先に至るまで、痺れが走って動けない。

麻酔を全身にかけられたかのように、強制麻痺に陥っていた。

舌まで痺れて声も出ない。

仰向けに転がる俺を見下ろす――少女。

小さな死神はそっと小さく呟いて、


『…ごめんなさい』


 ――そんな場違いな謝罪を、口にした。

少女の瞳に浮かぶ僅かな憐憫と――深い孤独。

俺も…そんな目で、他人を見ているんだろうな…

感情を消した少女は、杖を俺の顔へ――



――殺される。



逃げろ。
やだね。


本能にあっさり理性が勝ち、俺は全身に力を入れる。

――小さく震えるだけ。

情けないほど、俺は無力だった。

だけど――剣は手放していない。

戦う意思だけは、手の中に。

身体は捩じ伏せられても、心まで蹂躙は出来ない。



負けて――



たまる――



カァァァァァ!!!!!!!



――!



破裂した感情に同調するように、心の奥底から闘志が爆発する。


――痺れが、消える。


『――魔法を弾いた!? ――!』



 ――閃光。



激しい火花が飛び散り、暴悪に光が荒れ狂う。

慌てて飛び退いた少女に一歩遅れて、光が突き刺さる。

俺の瞼を焦がす痛烈な閃光。

耳に炸裂する破裂音。



これは――雷…?



俺が認識出来たのは、そこまでだった。

ヒリつく目を押さえて、シャットアウト。

周囲が静かになったのに伴って、俺はゆっくり目を開ける――

肩で息を吐いて、油断なく杖を掲げる少女。



少女に立ちはだかり、俺を庇うように――



――巫女装束の少女が、立っていた。














――そして、今はいない。

戦う術を無くした俺が、フェイトを相手にどうすればいいのだろうか?

――駄目だ、やはり本調子には程遠い。

心がズキズキして、痛みに欲望が消し飛んでしまう。

戦いの予感に、身体が少しも熱くならない。

死の前触れに、心が少しも震えない。

高町家を出て行かなかったら、この宝石の価値を夢見ていただろう。

何時質屋へ持っていこうか、ワクワクしていたに違いない。


くそ、最後まで祟ってくれやがるなあの家族は。


苦々しい気持ちで、見上げる。

と――


「…ん…?」


 フェイトは俺の顔を見ていない。

冷え切った瞳に、微かな揺らぎが生じる。

彼女の視線は俺の手元――本?


俺の両手の平を強固に閉じ込めている、はやての本。


金の十字架が信号の光を浴びて、不気味に光っている。

重厚な古書を手にぶら下げて歩くのは羞恥以上に、重くて疲れる。

フェイトは本をじっと見つめ――顔を上げて、俺を見る。

不審な態度を怪訝に思いながら、睨み返す俺。

フェイトは真剣な顔をする俺を見つめ返して――

――。



…おい。


「何が可笑しいんだ、お前は!」



 歩道橋の陰に隠れたって、すぐにばれるわ!

本をぶら下げて歩く俺の姿が余程愉快だったのか、堪えられなかったらしい。

表情はあまり変わっていないが、口元を押さえているので分かる。

はやてのように大笑いされないだけ、余計に腹が立つ。



――力が抜けるよ、こいつは…















 フェイトは歩道橋から降りて。

俺は交差点から歩道へ入り、向かい合った。

優雅にマントを揺らして、フェイトは俺の足元を一瞥する。


「――あの使い魔は、連れていないようですね」


 使い魔…久遠の事か?

ペットと呼ばず、妙な呼び方であいつを呼ぶ少女に素っ気無く答える。


「今頃、熟睡してんじゃねえかな…寝るのが好きだからな。
自由きままな奴だよ」


「…。大切に、してあげて下さい」


 ほんの少し、優しい表情を見せるフェイト。

…久遠は、お前を攻撃したんだぞ?

敵対する相手に、こいつはどうして優しさを向けられるのだろう。

痛み続ける心にズキっとくる。

フェイトも顔を曇らせた。

恐らく、俺と同じ――悲しい疑問を抱いている。

どうして俺にそんな感情を向けてしまったのか、悩んでいる。

苦しんでいる。


――優しい時間も許されない、互いの関係。


似た気持ちと心を共有出来る相手に、俺達は敵意を向けるしかない。


「――石を、渡してもらいます」


 小さな情けを切り裂いて、死神は鎌を向ける。

咄嗟に身構え、距離を取る。

あの時思い返してみれば――杖を振るった瞬間、一瞬杖の先端が光った気がする。

その後、俺は麻痺に襲われた。

得体の知れない、力。

――まるで本当の魔法のように、俺は身体の自由を奪われた。

俺は必死で疑念を振り払う。

幽霊、謎の本、そして魔法――

高町の家を出てから、次々と奇妙な出来事が続いている。

心を保て。

冷静になれ。

いつもの俺らしく、現実的に考えればいいんだ。

幽霊は映像で説明できる。

本が手を拘束する原因は、鎖だ。

ならば、この娘は――


――そうか!


「――ふっふっふ…」

「…?」


 突然笑い出した俺に、フェイトは眉を潜める。

ふん、その余裕顔を今崩してやる。


「お前の正体が分かったぞ、フェイト・テスタロッサ」

「――っ」


 指して宣言すると、フェイトは一瞬目を見開く。

俺の絶対的自信を感じ取って、間合いを開ける。

賢明だが――見当外れだ。

別に危害を加えるつもりはない。

俺は心の底から確信を抱いて、このガキの正体を宣告する。


「お前は…手品師だろう!」



…。



「――え…?」


 何だよ、その間の抜けた顔は。

空振った反応にやや傷つきながらも、俺は指摘してやった。


「怪しい格好をしていると思ったが、手品師なら納得だ。
お前みたいなチビッ娘だと、マジシャンの卵ってとこか」


 手品師とマジシャンの違いは分からんので、その辺は適当に。

この前の麻痺も、何かトリックがあるのだろう。

麻痺の効果のある燐粉を杖の先から散布させたとか、そういう種に違いない。

危うく騙されるところだった。

図星をつかれて焦ったのか、


「ち、違います! 手品なんかじゃ――」


 フェイトは珍しく感情を浮き彫りにして、必死で言い募る。

はいはい、分かった分かった。

俺が馬鹿にしたように手を振ると、フェイトは杖を握って震える。

明らかに不満を隠しているその様子に、俺は苦笑を禁じえない。


「安心しろ、お前の手品はなかなかだ。
天才の俺でもトリックが分からん」

「トリックなんてありません!」


 ――必死で主張するフェイトは、年相応の女の子そのものだった。

可憐な容姿と綺麗な声が合わさって、他人を魅了する輝きを放っている。


少しだけ――ドキドキさせられた、不覚。


手品師のガキにときめいてどうする

――ん? 待てよ…


「そうだ、お前手品師なんだから手が器用だよな?」

「ですから!」


 フェイトの言い訳を無視して、俺は自分の両手を差し出した。


「その技術と器用さを見込んで、頼みたい。
何も事情を聞かずに――


――この本を、取ってくれないか?」


 テレビで、縄抜けや厳重な束縛からの脱出劇を見た事がある。

無論それらにはトリックや仕掛けがあるのだろうが、常人の目を謀る卓越した技術力やセンスがあるのは間違いない。

全身麻痺トリックも、今も尚全く分からないからな。

この小娘に頼んでみるのは、面白いかもしれない。

予想外の頼み事に息を呑みながらも、フェイトは恐る恐る本へ手を伸ばす。


――こいつって…実は、良い娘なんじゃ…?


なのはに匹敵する人の良さを、ちょっとだけ感じたぞ。


「不思議に思うだろうが、本当に取れないんだ。
一度、実践してやろう。
本の端を掴んでみてくれ、引っ張るから」

「は、はい…」


 フェイトは困惑した顔を見せて、差し出した側の本の端をぎゅっと掴む。

俺は足腰を踏ん張って――


「いいか? せーの!」


 ――思いっきり、両手を引っ張った。

全力で、思いっきり。


フェイトが、まだ小さな女の子だと忘れて。


「うわっ!?」

「きゃっ!?」


 俺様の全力に抗う力を持たず、フェイトは俺に引っ張られる。

本を掴んだまま俺の胸元へ飛び込む、俺は彼女の体重を支えきれず地面に倒れた。

派手にもつれ合う二人――

即座に受身を取ったのは流石俺と言うべきだが、安堵した俺の腹に柔らかい物体が直撃。

腹筋を鍛えていなければ、胸元で呻く少女を怪我させていたかもしれない。


――他人の心配とは落ちぶれたもんだ…


自分の為に、鍛えていたのに。

嘆息して顔を上げて、服の汚れを左手で払って――



――左手?



お…おおおおおおおおおおおおおおおお!!


「抜けた、抜けたぞ!!」


 ニギニギ、ニギニギ、グー、パー、チョキ。

よっしゃー、完璧に取れた!

思いっきり引っ張ったのが功を奏したのか、転んだ際に取れたのか。

何にしても、俺の左手は自由を取り戻した。

やっぱりいいね、この感覚。

心地良い解放感にニヤニヤしてしまう俺だったが、ふと気付いた。

左手は、取れた。

となれば、当然本の中にある手は右手だけ。

じゃ、じゃあ…この本の中の――



――右手に乗せられた、冷たい手の平・・・・・・は何だ…?



顔を、上げる。


「…あ、あの…」


 困った顔の、フェイト。

目元を震わせる金髪の少女の左手が――



本の中に、収められていた。



俺とフェイト、その真ん中にある鎖の施された本。

ページは閉じられたまま。

若干開かれた1ページの片方からは、俺の右手。

反対側から――フェイトの左手。



二つの手が、本の中でしっかりと握られている。



息を呑む。


聞くのが怖いと思ったのは、これが初めてだ。


「…お、お前、まさか…」


恐る恐る聞いてみる。





「抜けない、とか?」





 コクッ


少女の、小さな肯定。

な…


「何だとぉぉぉぉぉ!?」



孤独な絶叫が、誰もいない夜の交差点に響き渡った。


























































<第八話へ続く>







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