とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第五話







 ある意味で恭也より勝てない女、フィリス。

俺の最大の敵だと断定していい。

誰よりも優しく、白衣の天使の名が似合う女性。


――その天使が、俺の前では悪魔に変わる。


一人暮らしの女の子の家に、早朝から我が物顔でお邪魔している男。


顔を赤くして詰め寄るフィリスの愚かな勘違いに、俺は大慌てで否定した。


「どういう心配をしてるんだ、お前は!?」

「高町さんの家にお世話になっていると、はっきりお聞きしました!
それがどうして、はやてちゃんの家にいるんですか!?
こ・・・こんな朝早くに」

「お前こそ、何ではやてを知ってる!?」

「――名前で呼ぶ仲なんですね…」

「白々しい目で見るな!? さっき知り合ったばっかりだよ!」


 他人には平気で嘘をつく俺だが、今言ったことは全て事実。

正義のお医者さんでも、真実の気高さには勝てまい。

そしてフィリスは決して――世に蔓延するウザイ女ではない。


「…そうですね、良介さんは不誠実な行為に出る人ではありませんから。
ごめんなさい、疑ってしまって。

はやてちゃんもごめんね。玄関先で怒鳴ってしまって」


 初対面の人間を自宅へ連れ込んだ事にも、こいつは責めない。

はやての人を見る目を。

そして俺という人間そのものを、心から信頼しているのだ。

たとえ相手が年下だろうが、子供だろうが、自分の非を認めれば頭も下げる。

――こういう女なんだよな、こいつって…

その目は思いっきり、間違えているけど。

俺が誠実な男の筈がなかろうに。

落ち着いたところで、俺は第一の疑問を口にする。


「俺とはやての事情は後で話すとして――

フィリスと知り合いなのか、はやて」

「う、うん…海鳴の病院でわたしの面倒を見てくれてる先生なんや。
わたしの足、こんなんやから…」


 こいつの足は海鳴大学病院で診てもらっていたのか。

確かにあの病院はこの町で一番の病院だろうし、面倒見も良さそうだ。

入院していて不自由を感じた事はあっても、看護面で文句が出たことはない。


「病院関係の事はよく分からんが…
こういうのも面倒見るんだな、お前」

「はやてちゃんの足は石田医師が診て下さってるの。
私はどちらかといえば…カウセリングかしら。
勿論、足のこともちゃんと診ているけど」


 結構複雑な関係のようだ。

石田医師ってのは聞いたことがないので、病院で会った事はないか。

どうでもいいけど。

それより、カウセリングってのは納得出来る。

俺みたいな風来坊まで、退院後もあれこれ心配してくる奴だ。

面倒見の良さと生来の清らかな性格で、数多くの人間の心を救ってきたに違いない。


「フィリス先生には、生活面でも助けてもらってるねん。
家まで来てもろて、ほんま申し訳ないんやけど…」

「はやてちゃんは、私の患者さんだから気にしなくていいのよ。
少しでも、力になりたいから」


 素面で、こんな事を言えるこいつは凄いと思う。

おーおー、はやての奴顔を赤くして嬉しそうな顔をしてやがる。

心から頼りにしているのだろう。

フィリスだからな、善意に裏がない。



――さてと。



「じゃ、俺はそろそろ帰るから。
またなフィリス、はやて」





「――待って下さい。

その手の本は何ですか?」

「そうそう! うちの部屋にあった本やん、それ!」





 …うぐ。

俺の手を拘束する謎本を容赦なく見咎めた二人が、俺の足を止めた。

しらばっくれて逃げようとした俺の浅い魂胆は、フィリスには通じなかった。















 何度も言うが、俺は他人なんぞ気にしていない。

一人で生きていくと決めた以上、俺のことを誰がどう思うと知った事ではない。

嫌われて結構、好かれては困る。

そのスタンスを貫き通したい俺としては、正直に話しても良かった。

高価そうな本だったのでパクろうとした――

はやて一人だったら、平気な顔で告げていただろう。

――フィリスがいる。

さっさと帰ればいいのに、はやてが快く家に招いた。

病院に遅刻するぞと言ってやったら、今日は休みらしい。

休みの日くらい家でのんびりするとかすればいいものを、患者の家へ様子を見に行くとは。

職務熱心もいい加減にして欲しい。

こいつの前で事情を話すのは、非常にまずい。

警察に突き出されるより、こいつの説教地獄が俺は怖い。

仕方ないのでトイレを探して部屋を見て回ってたら、鎖のついた本を見つけて好奇心で触れた事にした。

中を見ようと手を入れたら抜けなくなったのは本当なので、そのままに。

その結果――



――大笑いされた。



「あははははは、手抜けへんようになったって…何やってるねん、あはははは!」

「もう…何をしてるんですか、貴方は」



 お腹が痛いと涙目で笑うはやてと、呆れた顔をしつつクスクス笑うフィリス。

ちくしょー、これはこれで精神的に痛い。

ハードカバークラスを超える大きさの本は、今も俺の手にがっちりはまっている。

悪戦苦闘したのだが、緩む気配も全くない。

どうなってるんだ、本当に。


「はやて、この鎖解いてくれよ…」


 鎖の封印が本を強固に、ページの中の俺の手を縛っている。

そう確信して頼み込むが、はやては笑い顔のまま。


「そう言われても、鍵もないから取りようがないし」

「はぁ? 
鍵ってお前、普通――あれ?」


 ――マ、マジだ。

指摘されて気付いたが、この本の鎖に鍵がない。

馬鹿な、じゃあどうやって解くんだこれ…?


「お、お前はどうやって中身を見たんだよ!?
俺の力でもビクともしないんだぞ!」

「その本…物心ついたときから棚にあったんよ。

綺麗な本やから大事にはしてたんやけど――鎖はちょっと…」

「何だと!? 
じゃあこの鎖、お前じゃ解けないのか!」

「…うん、ごめんな」


 ごめんな、じゃねえ!?

しかも、何だその顔は!

俺の不幸イベントを、貴様は面白がっているな!?

役立たずなガキに期待した俺が馬鹿だった。


「フィリス、どうにかしてくれよ!」

「ど、どうにかと言われても…困りましたね…
病院で処置は出来なくはないですが――本を傷付けてしまいます」

「あー、あかんあかん。大事な本なんや」

「俺の手の方が大事だ!」


 何言ってんだ、このクソガキは。

俺の正当な反論を、はやてはジト目で反撃する。


「自業自得やと思いますけど…」

「良介さんが原因じゃないですか。
はやてちゃんの部屋に勝手に入って」

「うぐぐ…」


 こんな事になるなら、触らなければ良かった。

人間の欲深さは罪だと、哲学的な面で悟った気がするぜ。

人間痛い目にあわないと反省しない生き物だからな、フッ。

――とカッコつけても、本は抜けない。

俺は本を眼前に持ち上げて、所在なさげに振る。


「でも、どうするんだよ。このままじゃ、日常生活も出来ないだろう。
箸も持てないんだぞ。
外にもこんな本手にぶら下げて歩けるか」


 古書の分際で大きく、金の十字架の装飾で目立ちまくる。

両手を拘束された状態で街中を歩けば、注目を浴びること間違いない。

フィリスは少し考えて、


「包帯を巻いておきましょうか?」

「…これ以上拘束を増やさないでくれ」


 本の上から包帯を巻いたら、余計に身動きできない。

何より、白の包帯は目立つ。

はやてが手を挙げる。


「白い布をかぶせておくとか、どうやろ?」

「俺は容疑者か!?」


 警察官が飛んでくるぞ。

事情聴取で本当のことを話しても、呆れられるか怒られる。

どうしようかな…剣も握れ――



そっか――捨てたんだっけ、な…



未練を、残しているのだろうか?

意味なんかないのに。



俺は、どうして剣を持ちたいと思ったんだろうな…



――俺の手を縛る、本。

この本がなくても、俺の手はもう…


「――良かったら、私の家にしばらくおってもええよ?」

「え…?」


 俯いた俺の顔を、はやては優しく覗き込んでくれている。


「わたしの本やから、わたしにも責任がある。
どうせ誰もおらんし、部屋も使ってくれてええから」

「ばッ――」


 …何を、言ってるんだ?

今日出会ったばっかりだぞ、俺とお前は。

何でそんな…


「俺は――

俺は――赤の他人だぞ!?」

「うん、だから――


少しずつ、仲ようしていこう。


足使えへんわたしと、手使えへん良介。
友達も、家族もおらん二人や。


助け合っていこう」

「…はやて」


 ――ギリギリ音を立てて、心が痛む。

胸の中が、少しだけ安堵する。

高町家を出て――何かが欠けた、俺。

一人になれば、取り返せる気がして――



――はやてに、出会った。



俺と同じく、欠けている少女。

こいつもまた何かを失い、今も悲しみに暮れている。

探し続けている。

探し続けて――疲れ果てている。

俺とこいつとの出会いに、意味があるならば。


欠けているものを、お互いに見つける事が出来れば。


俺はその時こそ、見つけられるかもしれない。

本当の、強さを。

剣を持つ、意味を。


――なるほど、面白い偶然だ。


手の使えない俺、足の使えないはやて。

くだらないほど、運命的に俺達は絡み合っている。


「…フィリス、あいつらには――」



「…何も聞きませんし、誰にも言いません。

その代わり――口出しはしますから。

良介さんもはやてちゃんも、私の大切な患者さんです」


 口煩いけど――俺はやっぱりこいつを嫌いにはなれそうにない。


「――すまん」


   新しい、共同生活。

昼は車椅子の少女、夜は幽霊を名乗る少女と。



誰もが皆生きる意味を喪い、孤独を抱えている。



俺達は見つける事が出来るだろうか?

このちっぽけな、命の価値を――


























































<第六話へ続く>







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