とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第四話







 基本的に、俺は他人との接触は好まない。

会話でも自分のペースが第一で、特に悩み相談や説教の類が大嫌いである。

他人の人生なんて関係ないし、好き勝手に生きて死ねばいいと思う。

高町の家を出て、今度こそ誰とも関わらないと決めた。





「はい、簡単ですけど消毒しといたで」

「こんなの、唾でも塗っとけば治るってのに…」

「あかん、あかん。
小さな怪我でも油断してたら、後で後悔する事になるんや」

「…どっかの医者みたいな事言いやがって。
にしても手当てうまいな、お前」

「うち、こんな足やからお医者さんによく世話になってるんよ。
包帯巻いて…と――

そうや!

お腹空いてない?」

「・・・ま、まあ腹は減ってるけど・・・」

「じゃあ、ちょっと座ってて。
美味しい朝ご飯、作ってきたるから」


 ・・・決めた筈なのに、この有様は何なんだ俺?

事態に流されているのを自覚しつつも、俺は今の我が身を振り返ってみる。


早朝の公園で知り合った車椅子の少女、八神はやて。


互いに自己紹介を済ませて、ベンチで少し話をした。

後で警察を呼ばれるのは嫌なので、怪我については階段から落ちたと説明。

家族・親戚誰一人いない気軽な一人旅の途中でこの町へ来た――そう話したのが、まずかった。

はやても両親に先立たれ、一人取り残された身の上。

しかも車椅子で不自由な生活をしていて、家で読書が毎日の習慣らしい。

そんな籠の中の小鳥に、広い世界に羽ばたく俺が眩しく見えたようだ。

瞳を輝かせて、旅の話をせがまれた。

無論、俺は断った。

何で初対面のお前なんかに、と鼻で笑ってやった。

うるさいからもうあっちへ行け、と追い払おうとまでした。


・・・なのはにも、最初からこうやればよかった。


下手に情けをかけたから――くそ。

とにかく、俺は今度こそちゃんと拒絶した。



――こいつもなのはと同じだった。



都会の人は意地悪さんや、と口を尖らせる。

生きる気力を無くしてもうた、このまま死んだ方がええかな・・・なんて言った。

嘘だと、思った。

俺を嵌める罠だと、勿論勘付いたよ俺は。

でもその寂しそうな横顔が――


――なのはの泣き顔と重なって・・・


渋々話してやると、はやては案の定瞬間的に表情を明るくして聞き入った。

特に通り魔の事件はニュースや新聞で見たらしく、犯人逮捕した俺を英雄扱いまでした。

ほら、人間って誉められると誰でも嬉しくなるだろ?

つい調子に乗ってしまったのが、いけなかった。

無我夢中で話している内にすっかり仲良くなって、はやてから敬語が取れた。

日が昇って明るくなるのに従って、はやての表情も柔らかくなる。

俺も得意げになって話す内に、憂鬱な気分は晴れたけど。



で――はやての家へ招待されたって訳だ。



何やってんだろうな、本当。



キッチンテーブルの椅子に腰掛けて、ぼんやりと思いを馳せる。

普通自暴自棄になれば、自分の苛立ちを関係のない他人に向ける。

なのに、俺はその真逆――

関係のない他人と仲良くなって、飯までご馳走になっている始末だ。

一匹狼が信条の俺には、面白い皮肉にも見えるけど。

椅子にもたれかかって、悩むのに疲れた俺は家の中を見渡す。

あんなガキが一人暮らしをする家にしては、立派である。

はやてが鼻歌を歌って料理するキッチンも相当広く、住み心地も良さそうだ。

高町家には及ばないが部屋数も見た目あるし、狭苦しさを感じない。

車椅子の生活を考慮してか、廊下や室内では凹凸にも気を使っている。

あいつ一人で住むには、はっきり言って贅沢だと思う。

というか、子供一人車椅子で生活は無理だ。


――好奇心がわいてくる。


「はやて、トイレ借りるな」

「あ、トイレの場所――」

「探すからいい。お前は料理に集中してろって」


 元気の良い承諾の返事に、舌を出す。

馬鹿め。

俺は他人の迷惑なんぞ考えない男だぞ、うふふふふ。

そっとその場を離れて、俺は八神家の探索に乗り出した。















 ――つまらん。

トイレを探す振りをして各部屋を探ってみたが、めぼしい物は何もなかった。

掃除だけはしているようだが、使用されていない部屋もある。

生活観だけが際立った部屋ばかりで、インテリア類も少ない。

あのガキが一人で暮らしているってのも、納得出来る。

飽きて来たので戻ろうかと思っていた矢先――ある部屋へ辿り着いた。

他と同じ簡素な部屋だが、ベットが使用された形跡あり。

机には書棚があり、本が何冊も置かれていた。

此処がはやての部屋だろう。

中へ入ってみる。


「うーん・・・こざっぱりした部屋だな・・・」


 印象はそれだけ。

箪笥には衣服がしまっているだろうが、覗いてもつまらん。
机の中を調べても大したものは出てこないだろう。

参考書や日記にも興味はなし。

一般家庭に何か求めた俺が間違えていたか。

せめて金目のもんとかないかな――ん?

書棚を見る。





 鎖で封印された、一冊の本。




他の本とはまるで違う風格が漂っている。

書籍関係には詳しくないが、古書の類で貴重な品だと万単位で取引されるらしい。

万単位ね・・・ふふふ・・・

俺は誰もいないのを確認して、手を伸ばす。

ドッシリとした感覚。

表紙は金の十字架が飾られており、難しいタイトル名が記されている。

本全体は十文字に鎖で縛られており、厳重に封印されている。

教養が無いので何て書いてあるかはさっぱりだが、間違いなく価値のありそうな品だ。

その辺の本屋さんではまず売っていない。

学の無い俺がこうして見ているだけでも、魅惑される。

柄にも無くドキドキしながら、俺は鎖を掴んで引っ張って――



――って・・・



――・・・うぬぬ・・・・・・



――ぐぬぬぬぬぬ!!



何だ、これ!?

ボロッちい鎖なのに、まるで外れない。

中身を確認したいのに、ページがめくれないのだ。

別に中身を見ても仕方が無いのは分かっているが、このまま引き下がるのもむかつく。

俺はページが破れるのも覚悟で、無理やり本の中身に両手を突っ込む。

そう、俺は――



――本の中・・・に、手を入れた・・・・・



そのまま両手でページを掴んで、左右に強引に広げようとする。


「ぐぎぎぎぎぎ、うぬぅー!!!!

・・・ハァ、ハァ、ハァ・・・」


 腕力には自信があったのだが、ビクともしない。

これほど強引にやればページが破れるか、本そのものが歪む筈。

頑丈な古書に、さすがの俺も根を上げた。

中身の確認を諦めて、俺は渋々両手を本から出して――



――。



――。



――。



…有名な観光名所に、「真実の口」というのがある。

海神トリトーネとかいう不気味なおっさんの顔を象った円盤だ。

ローマにあるこの石の彫刻には、子供でも知っている有名な逸話がある。

手をおっさんの口に入れると、偽りの心がある者はその手首を切り落とされる――

もしくは、手が抜けなくなる。

諸説あるが、心に疚しさがあると手が挟まれてしまうらしい。






…何故急にそんな事を言い出したかというと。
 









抜けなくなりました。











「うおーい!?」


 両手の手首から先が本に挟まって抜けない。

押しても引いても揺るぎもせず、本は俺を離そうとしない。

頑丈にも程があるぞ、おい!

試しに本を足蹴にするが、傷一つつかない。

ページとページの間に手が挟まっているこの状態――

単純にただ挟まった訳ではないだろう。

本を振り回しても、足で掴んで引っ張っても少しも離れない。

むしろ固定された手が痛いだけだった。

何なんだ、この本は・・・?

ここまでくると、不気味に思えてくる。



…なのはの手を、振りほどいたから?



剣を、捨てたから?



こんな手なんて無意味だと――



これは――罰なのか?



――落ち着け。



あの家を出て以来、思考が暗くなっている。

いつもの俺を、取り戻すんだろう?

その為に出てきたんじゃないか。

俺らしく考えろ。


――確かにこの本を盗もうとした。


はやては車椅子。

持ち逃げすればオッケーと、心の中で思いっきり喝采を上げていた。

だから、か・・・?

真実の口のように、疚しい心でこの本を触ってしまったから挟まれたと。

この本の呪い?

――おいおい、どこが俺らしい考え方なんだ。

科学万能のこの世の中で――



"幽霊なの、あたし"



あ、あいつは立体映像だから違う。

俺は騙されないぞ!

鎖だ、この鎖が原因で外れないに違いない。

うん、きっとそうだ。



問題は――


――どんな理由であれ、手は今だ抜けないということだ。



ぐあああ、どうしよう。

はやてに気付かれたら大変だ。

無断で部屋に入室し、高価な本を勝手に持ち出そうとする男――

一瞬で警察を呼ばれて御用になってしまう。

こうなったらこのまま逃げるしか…



ピンポーン



「あ、はーい。ちょう待って下さい」


 うおおおおおい、素晴らしいタイミングですね!?

逃げ出そうとした玄関口から、お客様のご登場である。

裏口から出て行くしかないか、こうなれば。

はやてが玄関へ向かった瞬間が勝負だ。

などと構えていると、玄関の扉が開く――へ?



「朝早くからごめんなさい、はやてちゃ――!

りょ、良介さ…ん?」

「あれ、フィリス先生。どうしたんです…か? 
え――良介、その本…」

「あ、いや、これは…」


 私服姿のフィリスは、俺の顔を見てぽかんとした顔。

はやては、俺と俺の手を拘束している本を見て似た表情。



――とりあえず。



あの家を出たからと言って、静かな一人生活はまだ始まりそうにないらしい。


























































<第五話へ続く>







小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。

お名前をお願いします  

e-mail

HomePage






読んだ作品の総合評価
A(とてもよかった)
B(よかった)
C(ふつう)
D(あまりよくなかった)
E(よくなかった)
F(わからない)


よろしければ感想をお願いします



その他、メッセージがあればぜひ!


     












戻る