とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第三話







 午前三時。

真夜中絶好調で、普段は高町の家で豪快に寝ている時刻。

不屈の強さを持つ俺様も、睡眠欲には勝てない。

商談成立したので、一旦高町の家へ戻る事にした。

アリサは自分で話していた通り、廃墟からは出られないらしい。

付き纏われても迷惑なので、俺は心から安心して留守番を任せた。


「自分の役目は分かってるな、メイド。しっかりやれよ、メイド」

『…帰り道には御気をつけ下さいね、御主人様』


 あんたなんか襲われちゃえ、と言わんばかりに殺気立った笑顔で見送る駄目メイド。

やれやれ、今晩知り合ったばかりとはいえ生意気な奴である。

忠誠度を上げるには時間がかかりそうだ。

俺は手をひらひらさせて、町へ向かって歩き出そうとした時――


『――明日も、来るよね…?』


 アリサは――どんな顔をしているのだろう。

生憎、背を向けているので見えない。

ただ、その声は…とても心細そうに聞こえた。

顔を見せていないから、本音が漏れたのかもしれない。

溜息。

――俺のメイドは、本当に意地っ張りで…寂しがり屋で…


アリサ・・・

『――! あ、あたしの名前…』



「いってきます」



 …説明をしなくても、俺を理解してくれる。

一瞬声を詰まらせたような間を空けて、元気な声が返ってくる。


『いってらっしゃい、良介!』


 帰ってきたら、ただいまと言ってやるか。

嬉しそうに見送っているであろうアリサを置いて、少し眠気の取れた俺は家を留守にした。















 ――電気がついてる…?

町外れの廃墟から延々と歩いて辿り着いた時、俺は家から漏れる明かりに気付いた。

高町家の夜は早い。

夜更かしのような悪しき習慣は無く、たまに夜稽古に出かける剣術兄妹を除いて日が変わる頃には就寝する。

最悪鍵をかけられていると思ったのだが、玄関はしっかり開いていた。

――どうでもいいが、他人の俺にも合鍵を渡すこの家の主は狂っていると思う。

玄関の扉を開けて靴を脱ぎ、訝しげに思いながら居間へ行ってみると――


「おにーちゃん、帰ってきてくれた――!?
ど、どうしたんですか、その怪我!?」
「何があったんだ、宮本!」
「酷い怪我…わ、わたし救急箱持ってきますから!」
「服もボロボロやんか!? 何で連絡せえへんかったんや!」
「襲撃っすか!? それともまた通り魔にでも襲われて――!」
「皆心配してたんだからね、リョウスケ!?」
「何があったのか事情を聞かせてもらえるわよね、良介君!
でないと桃子さん、貴方の一人暮らしを断固として認めませんから!」


「とりあえず落ち着け、貴様ら」


 迂闊だったこと、その1。

廃墟の下調べで服が汚れ、アリサに襲われて傷だらけになり、壁に貼り付けにされて服がボロボロになっていた事。

迂闊だったこと、その2。

なのはが頑固で、おにーちゃんを待つと言って寝なかった事。

迂闊だったこと、その3。

そんな妹を放置して、寝るはずのない兄貴と姉貴がいた事。

迂闊だったこと、その4。

そんな師匠を放置して、寝るはずのない家事担当の弟子二名がいた事。

迂闊だったこと、その5。

そんな子供達を放置して、寝るはずのないお姉さんとお母様がいた事。


迂闊だった、最大の要因。


高町家に居候した以上、家族同然に扱われる事――


なのはに泣かれ、恭也に怒られ、美由希に宥められて。

レンに殴られ、晶に夜食をご馳走になって、フィアッセに手当てを受けて。


――桃子に死ぬほど、怒られた。


俺はこの家の人間じゃないと言ったら、怒鳴られた。

俺は他人の干渉が死ぬほど嫌いだ。


…この際、言ってやった。


「血の繋がりなんてないだろ、俺とあんたに。

家族ごっこを押し付けんな」

「――!」


 ――頬を叩かれた。


逆上して殴り返してやろうとしたんだが――


――泣かれて、やめた。


睨まず、怒鳴らず、悲しそうに見つめるだけ。

説教されるより――堪える。



…なんで…



俺の心配なんか、するんだ…



…。



くそ…



「――家が、見つかったんだ」


 こんな風に言う気はなかった。

黙って出て行こうと、思っていた。

――こいつらの前で、言い辛かった。


「だから…

…その。


迷惑、かけた」
 

――踵を返す。

誰かが呼び止めるが、無視した。

寝泊りしていた部屋で、荷物をまとめる。

簡単に済んだ。



呆れるほど――俺はこの家に、何も残していなかった。



鞄を担げて玄関へ行き、靴を履く。


「――待って…待ってください!」


 幼い声、必死な声、純粋な声。

何もかもが、気に障った。

俺は腕を振り上げて――下ろした。

もう、殴る事も出来ない。

俺は何時からこうなってしまったんだ…?

鞄を持って立ち上がると、腰にしがみついてきた。


「こんなの…こんなの…いやです!


こんな別れ方――なのはは、嫌!! 


は、話し合いましょう?

なのははおにーちゃんの味方に…」


 馬鹿だ。

真剣に、馬鹿だ。

――さすが、桃子の娘だ。


いやになるほど、似ている。


「――お前は本当に馬鹿だけど」


   俺なんか慕うな、なのは。

お前には――兄貴がいるだろう。

本物の。

もう、やめてくれ。


「その優しさを、ずっと持ってろよ」


 俺は、お前が嫌いだ。


――俺なんかにはない、優しさがあるから。

 
頬と胸がズキズキする。

喧嘩するよりよっぽどキツい相手だった、桃子は。

そして、なのはも。

腰を掴む手が、消える。

なのはは目を落として、


「――諦めないです。
おにーちゃんは、世界でたった一人のおにーちゃんだから」


 嗚咽を噛み殺しながら、なのはは自分の意思を伝える。

俺は口を開きかけて、背後に気配を察する。


「気にするなよ。

お前が、本当の兄貴だ」

「…お前には分かるはずだ、なのはの言いたい事が」

「分からないね。他人の気持ちなんぞ、知ったことか」

「違う。 
お前は無理にそう思い込もうとしているだけだ。

俺は母さんやなのは――そして、自分の目を信じる。

頭を冷やして帰って来い」


 待っている――強い意思。

美由希も頷く。

振り返ると、レンや晶も俺をジッと見ていた。

フィアッセは桃子やなのはをそっと励まして、俺に視線を向ける。

誰も、俺を非難していない。

結局俺は――最後まで、こいつらを否定出来なかった。

甘さに吐き気がしていたのに。

優しさに嫌気が差していたのに。


温かさを――嫌っていたのに。


高町家。


――俺は、最後の抵抗をした。


俺は、俺。

そう思いたかった。


 
「――返す」
 

 
 竹刀を投げる。

愛用にしていた高町の剣――俺が持つべき力ではなかった。
 
剣を、捨てる。 
 
どういう意味か、分かっている。 

意味など、無かった。 
 
強くなりたい理由も分からなくなった。 
 
何の感慨もない。 
 
――最初から、何も無かった。 


「宮本」


 振り返らない。

玄関を開ける。


 
「お前と戦える日を、楽しみにしている」


 歯を――食い縛る。

震える唇を、血を流してでも押さえ込む。

戦いたかった相手。

俺の目は、間違えていなかった。


――悔しいほど、カッコいい男だった。




"強くなりたいって事なのかな?"



 自分が何になりたかったのか。

――もう思い出せなくなっているから。

最初から一人でいるべきだった。

そうすれば、忘れなかったかもしれない。



…こんな。



苦い思いも、味わなかったかもしれない。





 その夜――高町の家を出て行った。





 




 ――中途半端だよな、俺…

頭が冷えたのは翌朝。

夜中家を出て目的も無く歩き回り、気付けば夜明けが見えた。

廃墟へは戻らなかった。

一人になりたかった、無性に。

アリサは――お節介そうな性格だからな…

俺の事をあれこれ文句言うくせに、多分落ち込んだ顔を見せれば励ますだろう。

優しい言葉なんて、聞きたくなかった。

ベンチに座って、周りを見る。

高町家から随分離れた場所にある、高台の公園。

知り合いの誰にも会いたくなかった。

あいつらのいない場所――走り続けて、此処へ来た。


帰る道も知らない。

帰るつもりはない。


朝靄が薄っすら漂っている。

嘆息する。

良い機会だった。

桃子をあのまま張り飛ばして、なのはに辛辣な言葉を吐きかけて、出て行けばよかった。

きっと、嫌われた。

高町家の一員として認められる事は、今度こそ二度とない。

そういう状況へ持っていけたのに、俺って奴は…

なのはや桃子を泣かせた事に、罪悪感は無い。

俺はそういう男。

他人を蹴散らして生きていくと、決めたのだ。

今更愛情や友情なんぞ、欠片も求めていない。


――ズキズキと、胸が痛む。


半端な情け。

切り捨てられなかった、俺の中の迷い。

未来像を霞ませているコイツが、俺の邪魔をしやがった。

荷物を持ってきたので出てきた事に変わりは無いが、あんな態度ではあいつらが俺を諦めない可能性がある。

もしかすると、まだ待っているかもしれない。

また帰って念押しなんかしたくもないし、このまま引き摺るのも嫌だ。

俺は――


「はぁ…」

「ハァー…」


「「うん?」」


 重なる溜息。

日が昇ったばかりの時刻に、公園に誰かいるようだった。

何処の馬鹿だ、こんな時間に。

相手も俺に気付いてびっくりしたのか、両者共に視線を交える。





――車椅子の少女が、いた。





 最低限人目を気にしたのか、簡単な寝巻きの上に上着を羽織っている。

年頃はアリサと同じだろう。

足に障害でもあるのか、サンダルを履いたまま力なく乗っかっている。

年相応の笑顔を見せれば可愛い部類に入るだろうが、表情に感情はない。

繊細な顔立ちに深い憂いがあり、爽やかな朝にはこれっぽちも合っていない。

フェイト・テスタロッサは、俺と同じ孤独を抱えていた。

こいつは、別種。


――生気が、ない。


車椅子に乗っている為か、元気もないようだ。

少女は俺をマジマジと見て、力なく呟いた。


「…なんか…怪我されてるようですけど…大丈夫ですか?」


 レンに似た言葉遣いに、力が抜けた。

そして同時に高町の家をそのまま出て、着替えていない事に気付いた。

…どうでもいいか。


「――別に。お前ほど、酷くないよ」


 両足を一瞥して、皮肉を言ってやる。

普段以上に他人を気遣う余裕はない。

ガキは自分の足を擦って、


「これは怪我とちゃいます。

――歩けないっちゅう事には変わりないんですけど」 

「歩けないくせに一人、公園で夜遊びか。
暗い奴だな」


 日は昇っているが、朝と呼ぶには早すぎる。

日常生活を営む大半の人間は、まだ眠っているだろう。


――あいつらは、起きているだろうか?


考えるのをやめる。

車椅子の女はむっとした顔をする。

なのはと同じで、迫力はこれっぽっちもない。


「さっき来たところです。
眠られへんかったんで、つい…

そっちこそ夜遊びで怪我したんちゃいますか」

「俺は大人だからいいの。
ガキは帰って母親のおっぱいでも吸ってろ」


 ――表情が、変わった。


面影が重なる。

幽霊を自称する、あの娘と…


「帰っても――誰もおりませんから…」


 いない?

おいおい、最近の一般家庭はどうなってるんだ。

どいつもこいつも子供は放置かよ。


――他人の子供さえ、面倒見る奴もいるってのに…


ぐああああ、何だかんだと思い出してしまう!?

本当にむかつく一家だ。

俺は高町の家へのあてつけに、言ってやった。


「…奇遇だな、俺も家族がいないんだ」

「――え」

「友達もいない。大切な人なんて、一人もいねえ。

――気が付けば此処へ来てたよ、あはは…」


 アリサは映像だから除外。


――他の連中とは、もう縁を切る。


口にして、すっきりした気がする。

振り返るのはやめて、一人で生きていこう。

そうすれば。


――元に戻れる気がする。


気ままに旅していたあの頃に。

少女がじっと、俺を見ていることに気付いた。


「…わたしも、なんです。

家族も、友達もおらんで…真っ暗な家に一人・・で…

気付いたら、此処にいてました」


 その目に映っているのは――淡い共感。

警戒も緩み、俺に対して親しみの笑みを見せている。

――気付けば、俺は小さく微笑んでいた。

昨日といい今日といい、不思議な出会い方があるもんだ。


一人ぼっち――


寂しいと思ったことは、ない。

同じ一人でも、感じる感情はまったく別だ。



だけど、俺とこいつは――


――此処で出会った。



一人、だったから。



「わたし、八神はやてって言います」

「俺は宮本良介。好きに呼んでいいぞ」

「はい、良介さん」


 ドラマティックと言うべきか。



――奇跡と、呼ぶべきか。



互いに一人だからこそ――この繋がりは成立した。 
































































<第四話へ続く>







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