とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第二話







 市街地の外れにある廃ビル。

捜し求めてようやく手に入れられた、俺の城。

天下人に相応しい――とはちょっと言い難いけど、俺も一城の主だ。

全体的に不衛生で設備の一切が停止しているが、広さと頑丈さは保証されている。

壁や柱も丈夫で、窓ガラスの裂傷は階によって程度が違う。

人一人住むには余裕、廃棄されたビルなので誰も近づかない。

恐れ多くも俺様の城に近づく愚か者がいれば、この剣の錆にしてくれるわ。

――竹刀だけど。

だが、やはり英雄たる者は常に楽な選択肢を与えてはくれないようだ。

最高の物件に、最低のオマケがついていた。


『ちょっと、あんた人の話聞いてるの!?』

「ぁぁああああ、うっさいわ! 
立体映像の分際で生身の人間様に逆らう気か!」

『まだ言ってるの!? あたしは幽霊だって言ってるでしょう!』


 そう――自分が幽霊だとほざく、このアホ女。

真夜中の廃墟に潜んでいる趣味の悪い映像である。

日本人にはない気品ある顔立ちだが、所詮は映像。

誤魔化す事はいくらでも可能だろう。

フワフワ俺の傍に浮いて付き纏って来る、性質の悪いガキだ。

耳元で騒がれて俺は顔を引き攣らせるが、我慢。

ガキってのは相手にするから調子に乗るんだ。

シカト合戦だ。

なのはのような愚かな真似は二度としない。

嫌われて上等、とっとと追い出すだけだ。


「…この広さだったら食料を置いておけるな。
湿気とカビが天敵になりそうだが…」

『あたしを子供だと思って甘く見てるんでしょう!』

「冷蔵庫が欲しいけど、電気通ってないし…
家電品買う金は俺にはないか、くー」

『…でも子供でも、あたしを見たら皆逃げていったわよね…?

何でこいつ…』

「昼間は日が射すだろうけど、夜の暗さはちょっと問題だな…
懐中電灯くらい用意するか。電気パクってもいいし」

『…ううん、駄目駄目。男なんて、どいつもこいつも卑しいクズだもん。
早く追い出そう、うん、そうしよう。

…期待なんてしちゃ駄目』

「荷物をこっそり高町の家から持ち出して、多少はしのげるか。
あいつらに住所教えると、なのはとか来そうだな…」

『…警告するわ。
十秒以内に此処から出て行かなかったら――あんたを呪い殺してやる。
本気なんだからね!

10…9…8…』

「かといって、黙って出て行くと発覚したら後がうるさいし。
レイジングハートとか言うアクセサリーもパクって逃げるから、追いかけて来そうだな」

『7…6…5…ちょ、ちょっと…』

「いやいやいや、待てよ俺。
いい加減あいつらに情けをかけるのはやめようぜ。
世話になった恩は花見で返した。
あの家に義理はないし、第一誰にどう思われようと関係ないだろ」

『…3…っ、ほ、本気の本気で殺すんだから!
…に、2…』

「家も見つかった。義理もない。
よーし、決めた。出て行く。出て行ってやる。

明日――明日は…ちょっと早いかな…明後日…?

う、うーん…久遠にも教えてやらないと…」

『1…っ…う、うー…1…は、早く…』

「フィリスも――あいつは、でもな…月村も心配するかな…

――なのは、がっかりするかな…」



『もう! どうして逃げないのよ!
何で…何で、あたしを怖がらないの!』

「さっきからうるさいな、お前は!」



 ――とりあえず、落ち着こう。

双方の意見が始めて、一致した。















『…さっき自己紹介したけど。
アリサ、アリサ・ローウェルよ。あんたは?』

「宮本良介だ。あんた、あんたと気安く呼ぶな」

『ふーん、じゃあ良介って呼んであげる。
えへへ、光栄に思いなさいよ』

「映像の分際で調子こくな」

『まだ言ってるし…はぁ、疲れたわ…』


 映像女――アリサの案内で、明るい場所へ案内してもらった。

窓の大きな部屋で、月の光が綺麗に差し込んでくる。

どういう仕組みなのか、違う部屋へ来ても映像は消えなかった。

…え、映写機がきっと沢山あるんだろう、うん、そうだ。

アリサは最初の険が取れて、年相応の柔らかな表情で俺を覗き込む。


『良介は何しに此処に来たの。
  住処がどうとか何とか言ってたけど…浮浪者?』


 ――子供ってのは正直で、残酷ですね!

俺のガラスのように脆いハートにストレートに突き刺さった。


「浮浪者って、お前! 夢追い人と言え!」

『浮浪者と同じじゃない! やーい、浮浪者ー、プータロー』


 映像と散々言われたのが余程腹が立っていたのだろう。

弱点を見つけたとばかりに、すげえ楽しそうな顔で俺をなじってきやがります。


「映像ごと叩き切ってやる!」

『わ、汚い竹刀…コレ、拾ったの?』

「血と汗と涙が滲んだ竹刀を、汚いとかぬかしたな!?
俺はこいつで――天下を取るのさ」

『強くなりたいって事なのかな。それとも天下布武…?』


 時代劇の見過ぎか、歴史の本の読みすぎだ。

ガキの分際で変に教養があるな、こいつ。

映像の考える事はさっぱり分からん。


「分かりやすく言えば――

…。

俺は…」


 あれ…?

確かに、目指していたものはあった。

強くなりたいと、剣で生きていきたいと願った。

その為なら何を犠牲にしても高みを目指すと――



でも、高みってどういう場所なんだろう。

その頃の俺は、どんな奴になっているんだ?



天下を取った俺の傍に、誰か居るのだろうか――?



この町に入る前はっきりしていた俺の未来像が、霞んでいる。

目を閉じてすぐに浮かぶのは…



お人好しな医者。
悪戯好きのお金持ち。
明るい笑顔の妹分。



手に抱く剣に映るは――冷徹な眼差しの魔法使い。
耳に響くのは、歌姫の柔らかな調べ。
鼻に香るのは、洗濯竿の少女の料理。
口に出るのは、皆を話す俺の声。
膝元には従順な狐が眠っていて――



『…答え難いなら、別に話さなくていいよ』


 俺から何か察したのか、神妙な顔でアリサはそう言ってくれた。

気配りがうまいというか、相手への気遣いが出来るんだな…


「あ、いや、まあ…そういう事にしとけ」

『どういう事よー』


 クスクスと、少女は笑う。

月光に照らされたアリサの微笑みは、びっくりするほど――

…感傷的になってるな、俺。

久しぶりの一人だからだ、そう思うことにする。

怒っている顔より笑った顔のほうが良いなんて、絶対に言ってやらない。

代わりに、別の言葉――


「とにかく、今日から此処は俺の家だから」

『家って――
本当に、此処に住む気なの!?』

「何だよ、文句あるのか」

『文句だったら、さっきからずっと言ってるじゃない!

…此処は幽霊が出るって噂で誰も近づかないのよ。
気味が悪いって。

時折腐った連中が馬鹿な顔してやってくるけど、すぐに皆逃げ出すの。
こんな所に住んでたら噂になるわよ』

「噂になるのか…ふふ」

『――そこで嬉しそうにする良介の思考回路が、何となく読めてきたわ…』

「幽霊だって、迷信に決まってるだろ」

『実例が目の前に居るじゃない!』

「口煩い立体映像ならいるけど、他に居るのか? うん?」

『…そうやって真剣に探されると…泣きたくなってくる』


 頭を抱える小学生の女の子。

今から悩んでいると、将来大変だぞ。

ま、このガキの未来なんぞ知ったことではないけど。

俺は溜息を吐いた。



「人のこと言えた義理じゃないけど――
お前もこんな悪戯してないで、早く家に帰れよ」



 お前は邪魔だという意味で、俺は言った。

分かったと言う言葉を、俺は無意識に聞きたかったのかもしれない。


――こいつは幽霊じゃない、頑なにそう思いたくて。


『――帰れないよ…』

「え――」

『だって、あたしもう死んでるもん…


死と消滅は、ただの終わりで……その先には、もう何もないもん…』


 ――疲れ果てた老人のような顔。

生に足掻いて、絶望して、何もかもを諦めてしまった顔。

悲痛な響き。

終わりたいのに、終われない。

始めたいのに、始められない。

希望の色を忘れ、絶望の色だけ濃厚に覚えている。


アリサ・ローウェルの、素顔。


幽霊としての、儚さ――壊れかけた、存在。

俺はこいつを初めて…ようやく、幽霊として認識した。





――って、そんな単純な訳ねーだろ俺が!





「ガキンチョの分際で、もう人生終わった気になってんじゃねーよ」

『だってあたしはもう――何時消えるかわからない…

帰るとこなんてない…此処から出られない…』


 此処から出られない?

ちょっと気にかかったが、それよりもまずは――


「消えてくれたら、俺的に万々歳なんだけど」

『――っ』


 アリサの顔が歪む。

泣かせた? 知ったことか。

俺は相手の気持ちなんぞ、考えない。


「どうしても此処に居たいんなら――

――家賃を払え」

『や、家賃…?』

「そう、今日から此処は俺の家。
お前は、俺の家に居る迷惑な居候。
無料で住もうだなんて、図々しいんだよ。

金寄越せ、金。

ああ、そうか。お前立体映像だもんな…金なんぞないか。

なら――身体で払ってもらおうか」


 俺はにっと笑って、アリサをジロジロ見やる。

――この言い方がいけなかった。


『――ヒッ』


「…! おい…?」   

『は…ぁ…い…いやぁぁぁぁぁぁ!!』


 ――脳髄に響く衝撃。


断裂する世界。

立体映像の全身から蒼白い炎が浮かび上がり、ビルが悲鳴を上げる。

アリサはボロボロ涙を流し、悪鬼のような顔で俺を睨む。

アリサは小さな胸をかき抱き、スカートの裾を必死で押さえている。

自分を、守ろうとするように。

身体…? 

まさか…!?


――考えている暇もなく、壁に激突する。


信じられるか?

俺の意思とは無関係に、身体が圧力に押されて壁にめり込んでいくんだぞ。

骨が、肺が、内蔵が、嫌な音を立てて軋む。


殺され…る…


口から悲鳴が上がりそうになる。

助けてくれと、命乞いしたくなる。

絶対的恐怖。

幽霊の祟り。

悪霊の怨念。

このビルに棲む悪鬼――


――違う!


『殺してやる…殺してやる!』


 半端な形相ではない。

さっきのアリサと同一人物とは思えない。

こっちが本性か――我を忘れているのか――


「う…ぐ――! 
こ、この――やってみろ、こら!」


 大声で怒鳴り返す。

壁に貼り付けの状態でかなりカッコ悪いが、死にもの狂いなので勘弁して欲しい。

――俺は、違う。

今までこいつを恐れて尻尾巻いて逃げた、意気地無し共とは違う。

幽霊だぁ?

なめんなよ!


こいつは幽霊じゃない。


悪霊なんかじゃない。

ただの、映像。

立体映像。

舐め腐った口調で人を馬鹿にして喜んでいるだけの、ガキ。



当たり前の、女の子だ――



「立体映…ぐ…ぬぉぉ…像の分際で――!

メイド・・・の分際で、この家のご主人様に逆らう気か!!」

『何がメイド――!

…メイド?』


 膨れ上がった炎が――消える。

俺を押さえ込んでいた凄まじい圧力が停止し、アリサはぽかーんとした顔をする。

やっと、正気に戻りやがった。

壁から崩れ落ちて、俺は安堵の息を吐く。


「そうだ、俺様の大事な城を守るメイドだ。
誰か来たら追い払え。
俺の荷物を守れ。
むかつく噂をしている奴がいたら、俺に報告しろ」


 月村とノエルの関係を思い出す。

二人は心からの信頼関係を保ちながらも、主従関係はしっかりとしていた。

有能なノエルが月村を支えているのを、俺はあいつの別荘で生活してた時何度も見た。

やっぱり人の上に立つ存在ってのは、ノエルのような人間が一人や二人いるもんだろ?

ふ、俺は月村に憧れるだけの庶民になるつもりもないのさ。


「ストレートに言えば――俺の傍にいて、俺を支えろ」

『あ、あたしが…りょ…良介…を?』


 頭痛がする。

馬鹿馬鹿しいと、思考が責め立てる。

でも、言ってしまう。

いいんだ、俺はこういう奴が嫌いなんだから。

生きる意味がないだと?

死んだらもう終わりだと?

ならば、こき使ってやる。

廃墟で幽――映像になってる危ない奴だが、女は女。

メイドって確か女がなるもんだろ?

ノエルと違ってこいつはガキだが、将来性を見込んでって事で。

ガキだけど結構気がつくし、頭も良さそうだ。

子供の分際でもう人生終わってしまった情けない女に、目的を与えてやる。


あくまでも、俺の為に。


「何もないって言うなら、俺が作ってやる。
無意味に存在するなんぞ、俺が許さん。


――何もないって言ってる暇があるなら、手と足を動かせ。


生きるってのはそういう事だ」


 誰もが皆、夢を持って生きている訳ではない。

金や名誉をたらふく持っていても、死人のような腐った奴だっている。

逆も、ありだろう。


御立派な目標が無くたって――


――生きたいと少しでも願えば、生きていける。


俺は一人だけど、生きている。


命が無くたって、存在しているならやれる事はあるはずだ。

目をふせるアリサ。

――俺が何を言いたいのか、すぐに気が付いたようだ。

ストンっと、床に降りる。

あれほど荒れていたのが嘘のように、穏やかな表情だった。

言葉の裏を瞬時に読む。

頭のいいガキは嫌いだ。

アリサは視線を逸らし、拗ねた顔をして口を尖らせる。


『…ふーんだ。先に住んでたのは、あたしじゃない。
もう…何がメイドよ…
良介って、変な趣味とかあるんじゃないの?

あたしのような可愛い女の子をメイドにして…そ、その、エッチな事とかして…』

「あはははははは!

ガキにはこれっぽっちも興味ねーよ。ばーか」

『こ、これでも発育はいいんだから!

――何よ、身体で払えって言ったり…


優しくしたり…


訳分かんない…』


 さすが死人。

目が腐ってますぜ。

俺が優しいだってよ、がははは。

俺はてめえをこき使うことしか考えてねえよ。


――鬱陶しくこの世をウロウロされるより、いいし。


アリサは俺を上目遣いでジッと見る。

何かを確認するように。

期待と不安――胸の中の葛藤と戦っている。

何に期待してるんだ、何に。

そんな俺の呆れた視線に気付かず、アリサは何か決心したようだ。


『…見てなさいよ。

可愛いメイドになって、今の暴言を後悔させてやるんだから!


…あれ? どうして引き受けちゃってるのよ…あたしの馬鹿馬鹿!』


 ――口走って後悔しているらしい、やれやれ。

なのはとかだったらズルズルと流されて、いつの間にか引き受けていただろうに。

しかし、気付くのが一瞬遅かったな。


「なるって言ったな! 言ったぞ!
よーしよーし、家賃代わりにたっぷりこき使ってくれるわ」

『…うー、絶対いつか呪い殺してやるんだからー!』


 ――素直じゃないガキは、もっと嫌いだ。

ま、でもさっきの怨霊――っぽい映像よりはいいけど。


こうして。


俺の新しい出発は、この奇妙な映像との同居生活より始まった。

新しい住処は廃墟。

使用人は幽霊もどきの立体映像。

――出だしが良いのか悪いのか、さっぱり分からない。
































































<第三話へ続く>







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