五月まで後少し。

あの悪夢のような花見は終わって、満開の桜も散っていった。

心地良い空気も移り変わり、季節の色も変化していく。

世間はゴールデンウィークを前に忙しい日常に埋没しているようだが、俺の住む高町家は相変わらず。

桃子の営む喫茶店は休日関係なく、奴やフィアッセは毎日仕事に精を出している。

恭也達は学生の分際で長休みにだらけるという神経はこれっぽっちもなく、鍛錬や家事に頑張るようだ。

なのはは遊んでほしそうだったが、今のところ拒否しまくっている。

奴は意外に押しが強いので、注意が必要だ。

特にあの花見の後から、手強くなってきているからな。

最近は生意気にもお洒落なアクセサリ・・・・・ーを買ったみたいだし。

これで大人だと気取っているのだろうか?

チビッ娘のくせに。

俺は知ってるんだからな。

メルヘンなお前があの宝石に、えーと…



レイジング…ハート? 



とか何とか、変な名前付けて話しかけている事を。

アニメや漫画じゃあるまいし答える訳ないだろ、ばーかばーか。

そういうところが子供だっていうんだよ、この寂しがり屋め。

でも、価値はありそうだしな――そうだ!



奴が寝てる隙に迷惑料として分捕ってやろう、くっくっく。



GW計画の一つに加える。



手強いと言えば、月村もそう――

ゴールデンウィークは金持ちぶって綺堂と旅行に出るらしく、一緒にと誘われた。

寒気が走る。

旅行先を伝えないところが、特に怪しい。

連絡を取れないように、前日は電話線を切っておこう。

久遠は俺の家来なので――という訳でもないだろうが、獣に予定はない。

あの狐、高町の家をすっかり覚えて自分で遊びに来る。

かなり離れているのだが、朝方元気に飛び込んでくるのを見て呆れたりする。

飼い主が学校の間は暇らしい。

俺が暇で暇で仕方ない時は、遊んでやる事にする。

――逆に忙しいのが、フィリス。

休みを前に患者さんが何故か増えているらしく、リスティ経由で話を聞かされる。

――ついでに怪我のその後を見たいので、検診に来てくれとの伝言も。

嫌な笑みで伝える不良警官を追っ払って、俺は激務に追われる御人好しな医者を案じてやった。

検診は面倒なので行かないけど。



で、肝心の俺の予定だが――



実は今、忙しかったりする。













とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第一話







 俺もな、少しは考えたんだよ。

いつも町から出るだの、家から出て行くだの考えた挙句、毎度のように実行出来なかった。

いつも歯痒い思いをしながらも、踏ん切りがつかずにいた。

その原因が、あのお節介連中だ。

奴らが毎度毎度口出ししてくるので、慈悲深き俺としては面倒を見てやらないといけない。

認めよう、コレばっかりは仕方ないことだ。

天才かつ天下人な俺でも、あいつらを殺さない限りは無理だ。

無視しても追っ払ってもまったく諦めない、変なところで強い連中だから。

そこで、さらに考えた。

要するにあいつらは、俺を心配しているわけだ。

町から出て行って、どうするのか。

家から出て行って、どうするのか――?


――これだよ。


ようするに俺の生活さえ安定すれば、いいわけだ。

人間が生きていく上で最低限必要なのは、衣・食・住。

着る物は簡単に手に入るし、飯なんてこの飽食時代何やっても食っていける。


後は――家。


高町家は本当に厄介だ。

先行きも考えずにただ出て行こうとしても、桃子が許さない。

なのはだって泣くだろう、その確信はあった。

俺の住処。

それさえ手に入れられれば、俺は胸を張って高町の家を出て行ける。

俺がいないと駄目な連中ばかりだが、連絡の取れる場所に居れば平気だろ。

付き合いは最低限でオッケー。

一人の時間を堂々と満喫できるってもんよ、あっはっは。



――って事で、早速俺は行動を開始した。










チラシ。


「何やねん、この古新聞の山…?」

「なあ――タダで借りれる家ってないか」

「あほか」


 レンに片付けられた、殺したい。



雑誌。



「うーん…安いとこ、ないかな。
虐殺のあった家とか、監禁のあったアパートとか」

「そ、そんな家に住むのはやめた方が…」


 美由希に苦笑された、ほっとけ。



テレビ。



「わーい。なのはの勝ちです!」

「くっそー、また負けた――って、違うわ!?
住まいのコマーシャルを見せろって言ってるだろうが!」

「ほ、ほらほらおにーちゃん! 次、コレやりましょうコレ!」


   なのはに邪魔された、何でだ?



人づて。



「納屋があるぞ、どうだ?」

「近!? もっと遠いところがいいの!」

「…冗談で納屋と言ったんだが…すまん」


 恭也に同情された、畜生。



休憩。



「考え直してくれないかな?
桃子さん、良介君はもううちの子だと思ってるんだけど」

「…誰から聞いた?」

「え!? そ、それより今は良介君の話よ!」

「――おい、晶」

「お、俺じゃないっすよ!?」

「なら…」

「…ごめーん!」

「耳を塞いで逃げるな、エセ外人!」 





 ――やはり自力で探すしかないようだ。

口喧しい連中の手を借りず、俺は自分の足で探す。

この町の全体を知るにも丁度良かった。

思っていたより長居することになりそうだ。

その予感は、現実になったから。



そして、今宵。


 
俺は遂に、見つけた。




廃墟、と呼んで差し支えないだろう。

町の中心から少し外れた場所に存在する、古びた建物。

真夜中の訪問者を否定する、退廃した雰囲気――

自然に愛された町で、人々に愛されずに終わったビル。


「…俺にお似合いかもな」


 俺と同様に、社会から見捨てられた廃棄ビル。

皮肉に満ちたその空気が、俺を招き入れた。

中へ入る――まずは内部の確認。

最悪、山での野宿を考えていた俺である。

求める家にさほど環境を求めたりしない。

雨風しのげる家屋――と考えていた俺にとって、このビルはかなり快適だった。

一階は煙草や空き缶、雨風や夜露に濡れたゴミの散乱が気になる程度。

チンピラやガキ共のたまり場なのかもしれないが、少なくともここ最近棄てられたゴミじゃない。

それに二階から上は、全く人が入った形跡はなかった。

割れたガラスは修繕出来るし、新聞でも補える。

全体的に見ると無事な部屋もあった。

掃除は――諦めよう。

汚れの少ないところを探して、寝泊りすればいい。

何より、広いのが気に入った。

――此処に決めるか。

夜の闇に染まったビル内――光の差さないこの世界こそ、俺の原点と言えた。

夜はずっと、一人だった。

闇夜を見上げて、静かな心のまま眠っていたのだ。

二階から三階、三階から四階へ――

歩き続ける度に、喜びが沸いてくる。

俺の家。

水道や照明など止められた不自由な建物でさえ、愛しく思える。

昔の自分に、やっと戻れた気がした。

一人っきりの空間――俺は…





『――待ちなさい!』





 …こ、この野郎…おおおおおお!!

気分がいっぺんに吹き飛んだ。

幻聴じゃない。

耳に鋭く響いたこの声は、明らかに女の声だった。

しかも、ガキ。

またガキだ!!


――こんな廃墟に、何故ガキの声が…?


そんな疑問は、気分を恐ろしく害された今の俺にこれっぽちも抱けなかった。

自分でも険悪な顔をしていたと思う。

舌打ちして、振り返る。


『誰よ、あんた…此処へ何しに来たのよ!』


 ――俺を蒼然と見下ろす、一人の少女。

なのはやあのフェイト・テスタロッサと同じ年代の、女の子。

なのはが可愛く、フェイトが綺麗ならば――この娘は美しいと言える。

身に纏うドレスは似合っており、結っている栗色の髪は気品に満ちていた。

気の強さを感じさせる瞳は、従来の子供には無い理知的な光がある。

が、俺が気にしているのはそんな外見ではない。

ガキの面なんぞ死ぬほどどうでもいい。

俺が度肝を抜かれたのは、



――このガキが、宙に浮いている事だった。



少女は呆然とする俺に顔を寄せて、


『出て行って。あたしはあんたみたいな男が嫌いなの。
さもないと…』


 ――不意に悟る。

そうか!


「ふふん…なるほどな」

『? 何よ、あんた話を聞いてるの? 

――ちょ、ちょっと何するのよ!』


 ガキの戯言は無視して、俺はガキの頭の上に手を伸ばして左右に振る。

ば、馬鹿な!


「あれ…!? 糸がないぞ!
どうやって吊るしてるんだ!?」

『ば――馬鹿じゃないの、あんた!?』


 呆れたような、驚いたような、困ったような顔をするガキ。

美少女に相応しい容姿なので、余計に際立つ表情だった。


『あたしを見たら、すぐに分かるでしょう!』

「あほか。名前も知らんのに分かるか」

『そういう意味じゃない!』


 フワフワ浮いたまま、地団太を踏むって器用な芸当だよな。

どうでもいい事を考える俺も、結構余裕だった。



真夜中、長年放置されたビルの四階で――

――ドレスを着た女の子が宙に浮いていた。



この事実を聞いて、一般的に想像するのはアレだろう。

そう、アレだ――


「分かったぞ。
親に棄てられて、お前ここに住んでるんだな。

それで寂しさのあまり、夜な夜な一人手品をして…うわ、不気味な奴」


 というより、可哀想な奴だ。

境遇も、頭も。

俺のナイスな指摘が何故か気に入らないのか、整った眉を吊り上げる。


『どういう想像をしたらそうなるのよ!

あたしにはね…アリサ・ローウェルっていう名前があるの!

それにほら…触れば分かるでしょう…』


 少女――アリサは横の壁に手を伸ばす。

ほっそりとした小さな手の平は――


『――幽霊なの、あたし』


 ――壁に埋没し、突き抜けた。

俺を見る、真剣な目。

寂しげな表情。


幽霊。


俺はじっと見て――鼻で笑った。


「はいはい、立体映像ね。映写機は何処かなー?」

『何で信じないのよ!?』


 やかましいわ!

外人だの、医者だの、金持ちだの、警官だの、ガキだの、剣士だの!

久遠やフェイトの事でも厄介なのに、加えてユウレイだぁ!?

ほんっとにどういう町なんだよ、此処は!

しかも、またなんで女なんだよ!?

幽霊という古来から恐れられる存在を、俺は頑なに否定した。

怖いとは、別の意味で。


「幽霊が、自分で幽霊ですって名乗る訳ないだろ。
馬鹿じゃねーの」

『馬鹿に馬鹿って言われた!? 悔しいー!』

「ええい、馬鹿馬鹿と!」


 幽霊を自称する女の子、アリサ・ローウェル。

暗闇のビルの中で、燐光を纏って浮かぶ初対面の女の子。

そんな謎だらけのガキと、口喧嘩する俺。



五月に近づいて――



どうやら、新しい厄介事も近づいて来ているようだ。

やれやれである。 




























































<第二話へ続く>







小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。

お名前をお願いします  

e-mail

HomePage






読んだ作品の総合評価
A(とてもよかった)
B(よかった)
C(ふつう)
D(あまりよくなかった)
E(よくなかった)
F(わからない)


よろしければ感想をお願いします



その他、メッセージがあればぜひ!


     












戻る