とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第四十四話







 月村に絡まれ、フィリスにつき合わされ、なのはにせがまれて。

何だかんだやっている内に少しも一人になれず、俺の周囲は女の声で満ちていた。

カラオケ大会とか開催までして、桃子とフィアッセより強制参加。

二人はカラオケが好きらしく、始終テンションが高まりっぱなし。

マイクを向けられて歌なんぞ知らないと突っぱねたら、なのはとデュエットさせられた。

さすがは桃子の娘というべきか、歌唱力はなかなかだった。

むかつく事に、月村も抜群に歌が上手だった。


――気づけば、カラオケ対決。


俺の負けず嫌いの血が沸騰し、点数争いにヒートした。

喉がガラガラになったが、最後に点数で勝てたのでよしとしよう。

なのはと話しているうちは機嫌の悪かった月村も、楽しそうだった。

デュエットしたなのはも満足そうにしていて、俺の歌を聴いては拍手喝采。

疲れ切ったが、まあ――悪くは無い時間だった。

それに、


「さすがは歌姫様だな」

「そう言われると恥ずかしいよ、リョウスケ…」


 フィアッセの歌が聴けた事。

歌姫なんて大層な呼び方でからかっていた俺だが、実は圧倒された。

桃子や月村も上手かったが、素人の範囲内だ。

別次元――

歌詞の一句一句に想いがこめられ、歌声が人の心に想いを届ける。

フィアッセの歌は、まさに彼女の世界そのものだった。


「片田舎の喫茶店手伝うより、歌を歌ってた方が金になると思うぞ」


 容姿にも恵まれている。

テレビでキャピキャピ言ってるアイドルより、こいつの方がレベルは圧倒的に高い。

フランクな性格も、きっと人気が出ると思う。

こいつにはもっと相応しいステージがあるのではないのだろうか。

俺のありがたい忠告に、フィアッセは小さく微笑んで首を振る。


「今の生活で、私は幸せだから」


 嘘ではないが、心からの本音じゃない。

こいつの歌を聴いた俺には、今の言葉はそう聞こえた。

確かにあの店で働いている時間も、こいつには輝かしいのだろう。

でも、歌は歌できっと――特別な感情を抱いている。

聞きたい気もした。

――やめておく、俺にはきっと似合わない。

こいつの人生と俺のこれからの行く先に、交差する瞬間はない。


「ま、それならそれでいいさ。俺にとっては」

「? ・・・どうして」


 不思議そうな顔をするフィアッセ。

・・・本当は口にすべきではないのだが、一回だけ言ってやる。

歌を聞かせてくれた、お礼で。


「お前が此処にいる限り――お前の歌を、自由に聴ける」


「――っ、リョウスケ・・・」


 うっ、やっぱり余計な事だったか!?

勘違いするなよ?

俺が、あの家に、いる限りだ。

明日出て行けば、お前の歌なんてもう聞けなくなるぜ。

そんな俺の魂の声は、当然この女に届く筈もなく――


「・・・うん! リョウスケにだったら、何回でも聞かせてあげるね」


 うへぇ、気持ち悪い事言いやがって。

背筋が寒くなったわ。

――なのに、そのゾクゾク感が微妙に心地良いのは何故だ?

酔ってるからだな、うん。酔ってるから。

ハァ・・・疲れる・・・





結局。





「お、おにーちゃん。なのはもおにーちゃんになら――」

「侍君、侍君。私の家に来たら、いつでも――」

「下手糞どもはあっち行け、鼓膜が腐る」





俺が一人になれる時間なんて、殆どないまま。





「あー!? 酷いですー!」

「もう一回勝負視よ、勝負!
私が勝ったら、歌を聴いてもらうから!」

「わたしも勝ったら、絶対に聴いてもらいます!」

「どういう対抗意識なんだよ、貴様ら!?」
 




色々な意味で頭の痛かった花見は、終わった。







で、その帰りで――








「おい、こら。クソガキ」

「・・・」 

「俺にもたれかかるな、起きろ。
桃子が帰るってよ」

「・・・ん・・・」

「駄目だ、熟睡してやがる」


 日が変わる時刻に近づき、酔いも醒めた桃子より終幕の声がかかった。

明日からの生活もある。

どこからも反対は出ず、お開きになったのはいいが、先に寝ちまったガキがいた。


「なのは、普段はもう寝てる時間だから。
うーん、我が娘ながら可愛い寝顔」

「うふふ、本当ですね」

「のんきな事言いやがって・・・母親の分際で。
そんなに可愛いなら連れて帰ってやれよ、フィリス」


 寝ているなのはを覗き込んで微笑むフィリスに、俺が投げやりに提案すると、


「何を言ってるんですか! 
良介さんが連れて帰ってあげないと」

「は・・・? 何でだよ、やだよ」

「なのはちゃんは、貴方を本当のお兄さんのように慕っているんです。
見てください。
貴方の傍で、幸せそうに眠っているじゃないですか」


 ・・・俺にはただ爆睡こいてるようにしか見えんぞ。

そんなに幸せなら、シカトしてこのまま夢を見せてやればいい。

現実の俺様は非情な剣士だぞ。


と――背筋が軽く震えた。


フィアッセの時とは違う、悪寒。

脅威を感じて振り返ると、


「・・・宮本、俺が連れて行こう」

「きょ、恭也・・・」


 な、何か今日のお前は始終不気味なんだが・・・

ビビッてるとは言いたくない。

恭也はいつに無く、キッパリと自分の意思を示した。


「なのはは、俺の妹だ。お前に面倒はかけない」

「あ、ああ・・・」


 別に反対する理由はない。

何をムキになってるんだ、この沈黙男は。


――ん・・・?


何だよ、フィリス。

どうして俺を、そんな非難視するんだ?

おいおい、他の皆もどうしたんだ、その面白おかしな顔は!?

何を期待しているんだ、貴様らは!

け、なのはの面倒なんぞ俺は見たくもねえ。

ぺっぺ、貴様にさっさと渡して帰って寝るぜ。

俺は無造作になのはの襟首を掴んで持ち上げ――



――ぐぬ・・・持ち上げ・・・



ええい――俺のシャツを掴むな!?



グッスリ寝てるくせに、なのはの手は俺のシャツを掴んで離さない。

膠着しているのか、小さな手の平はビクともしなかった。


「・・・宮本・・・」

「ちょ、ちょっと待ってろ」


 うげ、不穏な気配。

渡すと言いながら渡さない俺に、冷静な恭也に変化が起きている。

冗談じゃない、邪推されてたまるか!

なのはを渡して俺はとっとと――



「・・・おにーちゃん・・・」



 ――っ。



・・・。



違う。



なのはが寝言で呼んだのは、俺じゃない。

恭也だ。

本当の、兄貴だ。

気にするな、ガキの戯言を。



…。



…。



…でも。



…。



…。



…あれ?


「――ちょっと待て、おい」

「…何だ。
なのはを渡すことに、何か不満でもあるのか」


 お前がそこまで殺気立つ理由を教えろ!?

ええい、とりあえずその問題は後だ。


「なのはをお前に渡すのは、いい。

…別に、いい。

でもよ。
――そいつはどうすんの?」


 俺の指し示す先に――皆に放置された哀れな男の末路がある。

赤星。

酔っ払いに弄ばれて、不遇な戦死を遂げた。

グッタリとしたまま、桜の木の下で眠っている。

恭也は少し動揺した様子で、


「…寝ているな」

「誰かが運んでやらないといけないよな。
…誰かが」


 俺の言いたい事が分かったのだろう。

恭也は少し――嫌そうな顔をした。


「俺に連れて行けというのか」

「お前は男を、女の手で運ばせたいのか?」


 俺と恭也、そして赤星。

他全員、女だ。

男顔負けの連中ばかりだが、赤星は図体もある。

運ばせる訳にはいかないだろう。

恭也は逡巡する。

俺は心の中で勝利の喝采をあげる。

未来はもう、見えている。


「――しかし、なのはは」

「しょうがないから、俺が運んでやるよ。俺が」


 自分でも不思議だ。

何でいちいち強調して、こいつを挑発するのだろう?

恭也は俺を睨んだ。


「お前、やはりなのはを――」

「大人の赤星と、子供のなのは。軽いのはどっちだ?
俺の性格は知ってるだろ」

「しかし…」


 諦めの悪い男である。

俺はとどめを刺してやった。


「お前の友達だろ。大事にしてやれよ」

「…分かった…

なのはを、頼む」


 こいつは俺と違って、善人だ。

俺よりよっぽど、人間が出来ている。

俺だったら絶対に拒む選択肢を恭也は選んで、赤星に肩に抱く。

その様子を見届けて、俺はなのはを背負った。



――小さくて、暖かい感触。



「…おにーちゃん…」



 耳たぶをくすぐる、甘えた声。



…残念だったな、本物の兄貴じゃなくて。



――ふぅ。



































































<最終話へ続く>







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