とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第三十八話







 俺の用事は全て終わった。

乾杯の音頭は桃子が取り、高町家主催のお花見が始まった。

身内と若干の知り合いだけのささやかな宴。

堅苦しさは少しも無く、友人家族仲良く顔を寄せ合う。

満天の夜空と、綺麗な桜。

美味しい料理に楽しい会話と、心地良い雰囲気の中で皆明るい笑顔を見せている。

俺は少し離れた場所で、桜の木を背に腰掛ける。

思い出作りも、良好な人間関係にも興味は無い。

桃子やフィアッセの思い付きで決行が予定され、無事この日を迎える事が出来た。

役目も終わった以上、本音はもう帰りたかった。

――帰る・・・当たり前のように出た言葉に、嘲りの笑みが出る。

高町の家には世話になっているが、あの家は俺の家ではない。

この花見の段取りを強要させられた時から思っていたが、やはり出て行こうか。

今度もこういった機会が確実に訪れるだろう。

その度に他人から頼まれ、義理や恩で動かされてしまう。

出て行こうとしても、深入りし過ぎれば叶わなくなる。

手にある紙コップと、日本酒の瓶。

失敬してきた酒をコップに注ぎ、俺は夜空を見上げて酒を口にする。

濃厚なアルコールと日本酒の冷たさが、口にほろ酔いの苦味を与えた。


「・・・ふぅ」


 桜の花びらが舞う。

一人で酒を飲む気分は独特だった。

静かで、心が透き通っていく。

何も考えず、何かを気にせずに時間を過ごせる。

自由・・・旅の間当たり前のようにあった感覚を、俺は海鳴りの暮らしで忘れかけていた気がする。

耳元に届く喧騒。

友好を深めるちっぽけなあいつらを、昔は欺笑っていたというのに。

今は――


「あ、こら! 久遠!」

「・・・ん?」


 物思いに浸る俺の膝の上に飛び乗る物体と、慌てて駆け寄る足音。

コップを片手に見下ろすと、久遠が俺を見上げて甘えた鳴き声を上げた。

蹴っ飛ばしてやれば何処まで飛んでいくか試したかったが、その前に飼い主が来てしまう。


「もう、駄目でしょう! すいません、宮本さん」

「・・・こいつの馴れ馴れしさはもう諦めたよ」


 俺を一人にさせない有能な家来。

人間じゃないので煩わしさは感じないが、こいつには飼い主のオマケがある。

十分持たなかったか、くそ。

さらば、孤独な俺。

本当なら問答無用で久遠を放り出して神咲を追い返すのだが、丁度良いといえばいいかもしれない。

神咲個人に、俺は聞きたいことがあった。

神咲の背後を見やる。

桃子にお酒を勧められて困った顔のノエルと、はやし立てる月村。

フィリスは何とか止めようとして、リスティに取り押さえられている。


――うむ、ここぞとばかりに邪魔する連中はこっちに来る気配は無い、


俺は隣をポンポンと手を置いて促し、神咲は恐縮したように座った。


「酒飲める、あんた」

「わ、わたし未成年で・・・」

「飲んだ事はあるだろ? リスティや真雪と同じ寮なら」

「・・・同寮の人を弁護出来ないのが悲しいです」


 困った顔だが、小さく笑っている。

俺も苦笑してもう一個紙コップを置いて、少量の酒を注いだ。


「お前も飲むか、久遠」

「くぅん」


 嫌がる様子。

嫌いなのか、今は飲みたくない気分なのか。

神咲の目もあるし、強要するのはやめておこう。

代わりにツマミを食べさせながら、俺はコップを傾けた。

神咲は恐る恐るお酒を口にし、舐める程度に口に含む。


「今日は誘って有難う御座いました」

「たまたま・・・ってのも変だが、知り合いは誘うつもりだったんだ。
学校での礼だと思ってくれ」

「いえいえ、そんな! それに――久遠も」

「え・・・?」


 俺の膝元で眠る久遠を、神咲は優しい目で見つめる。


「御友達になって下さって・・・」


 友達、ね。

この町に着いて、最初に無防備な自分を見せたのは・・・確かにこいつが初めてかもしれない。

少なくとも、慕われる事に抵抗は感じなくなってきている。


――頃合かもしれない。


俺は久遠の毛を撫でながら、俺は神咲に確認した。



「こいつ・・・ただの狐じゃないんだろ?」

「――っ!」



 息を呑む――気配。

親しげだった空気が消えて、神咲は戸惑いと警戒の色を濃くする。


「どういう・・・意味ですか・・・?」


 馬鹿な奴だ・・・

その態度が、何より答えになっているのに。


「この子狐――身の程知らずも。

俺を、守ってくれた」

「・・・宮本さん、貴方は」

「他人の詮索なんぞするつもりはないし、こいつの正体を勘ぐる気は無い」


 コップを手に取る。

注いだ酒が、月に照らされて光っている。

俺は独り言のように呟いた。


「やっぱ・・・アレは夢じゃなかったんだな・・・」


 久遠は丸まっているが、恐らく俺の話を聞いている。

顔を上げられないのだろう。


あの時――俺達は何も言えずに、いたのだから。


神咲は身体を震わせたまま、コップを手に俯いている。

俺は横目で見ながら、首を振った。


「答えたくないなら、別にいいぜ。
今まで通り、こいつとは適当に遊んでやるし」


 神咲は顔を上げる。

その眼差しに満ちているのは、驚愕。

信じられないといった顔で、俺を見る。


「久遠を・・・この娘の事を、知って。

それでも――友達でいてくれるのですか?」


 神咲がどういう思いでそう聞いてくるのか、俺には分かる。

あんなのを見た後では、誰だってこいつを怖がるだろうから。

だが、こいつはまだ俺の事を分かっていない。

俺は口元を緩めて、神咲を見やって言ってやった。


「俺だって、この社会に生きていけない異端児だ。
似たもの同士だよ」


 一応言っておくが、友達じゃないからな。

そう付け加えると、神咲は顔をクシャクシャにして何度も頭を下げた。

俺は涙する女の子から目を離して、酒を飲む。


――穏やかな気分で飲む酒は、格別だった。



































































<続く>







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