とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第十一話






 奔流する河のように、窓から外の風景は後ろへとスライドしていく。

暗き空間の中で自己主張するネオンや累々する車のライトが、社内に飛び込んで眩しい。

静かな夜のドライブであるのならば、惹きつけられる程の魅力あふれる光景である。

そう、何もなければ。


「ノエル、振り切れそう?」


 後部座席からリアウインドウ越しに覗くと、数十メートル後ろより赤く点滅するライトが見える。

けたたましいサイレンが鳴り響き、国道を他の車を無理やり避けて走って来た。

深夜に騒がしい連中だが奴らの狙いはこの車であり、俺である。

走っていた時俺を追ってきたのは一台だったが、現在パトカーはいつのまにか二台に増えていた。

運転手を務めるノエルはちらりとバックミラーを見て、月村の質問に淡々と述べた。


「・・・五分五分といったところです。
現状はまだ安全ですが、きちんとルートを定めなければ包囲されてしまいます」

「そう・・・やっぱり簡単には諦めてくれないか」


 かなり危機的な状況の筈なのだが、ノエルは普段と変わらず冷静で、月村はなぜか楽しそうにしている。

・・・ひょっとしたら、こいつらを選んだのは間違っていたかもしれない。


「にしても、しつこい連中だな。無実の青少年を追っかけて楽しいのか?」


 俺を追いまわす暇があるのなら、公道を騒がしている暴走族やスピード違反でも取り締まればいいものを。

まあ連中にしてみれば、犯人逮捕の手柄になるから躍起になっているのだろう。

これが無関係の立場だったら笑えるのだが、生憎張本人は俺である以上他人事ではすまない。


「それで?」

「あん?」


 俺が座る後部座席の隣で居心地悪そうに座っている子狐を撫でていると、助手席の月村がこちらを見る。


「ここまで巻き込まれてしまった以上、私としては事情を聞きたいんだけどな〜
ね?ノエル」

「・・・そうですね」


 むう、確かに説明しなければいけないか。

ここで「何でお前らに話さないといけないんだよ、ぼけぇ」とか言えば、車内から放り出されるだろう。

俺はこほんと咳払いすると、月村の家から出た後の事を説明した。

道場に殴り込みをかけた事、引き分けに終わった事、再戦を求めて夜中決行した事。

向かう途中の道路に人が倒れていた事、通行人連中に見つかって犯人扱いされた事――


「・・・で、そいつから逃げている内にお前らを見つけたって訳だ」


 考えてみると、たった一日でよくもまあこんなに色々とあったものである。

じじいとの再戦を明日にしていればこんな事にはならなかったのだろうが、今さら遅い。

興味深そうに俺の話を聞いていた月村は、少し考えて口を開いた。


「・・・つまり、侍君が見かけた時はその人はもう倒れていたんだ」

「ああ、頭から血を流してな。
救急車を呼ぶとか言ってたが、今も生きているかどうかは分からんな」


 暗かったのでよくは分からなかったが、路面はどす黒く染まっていた。

生きているにしても、かなりの重傷だろう。

見知らぬ他人の生死なんぞ俺にはどうでもいいが、厳しい声でノエルが指摘した。


「死亡しているとすると、宮本様はより危うい立場になりますね。
殺人未遂と殺人は重みが違います」

「俺が犯人みたいに言うなよ!」


 勘にさわって怒鳴ると、月村が少し怒ったように言った。


「ノエルを責めても仕方がないよ!侍君が追われているのは事実なんだから!」


 男たるもの常に広い心をもってなければいけない。

ちょっと己の身の上がピンチだからといって、八つ当たりするのはかっこ悪いな。


「・・・そうだな、すまん」

「・・・いえ、気にしていませんので」


 俺の謝罪に、ノエルはそう言って小さく首を振る。

本当に気にしていない様子で、俺はノエルという女性を見直した。

最近の女にはない広い心をもっているようだ。

全員が全員少し沈黙していると、ノエルは不意にハンドルを切る。

ガクンと左斜めに車体が進路変更をして、カーブ時の勢いをそのままに加速した。

シートベルトもしていなかった俺と一匹はもろにつんのめって、後部座席上を転げまわった。


「く、くぅぅん、くぅぅん」

「な、何だいきなり!?」


 俺と狐が抗議の声を上げると、ノエルは素直に謝って言った。


「申し訳ありません。パトカーが本格的に追跡をかけてきましたので」

「何いっ!?」 


 後ろを振り返ると、先ほどより僅かに遠のいてパトカー三台が派手に点滅して追ってきていた。

って、三台!?


「たかが一人逮捕するぐらいで大げさな・・・」


 ここまで騒ぎ立てる程かよ、おい。

執拗な警察のやり方に呆れていると、月村が難しい顔をしてこちらを振り返る。


「多分、向こうはそうも言ってられないんだよ。ここのところ連続して起きているから」

「連続して?
ってことは、あれが初めてじゃないって事か?」

「そう。侍君、知らない?
最近のテレビや新聞で騒がれていた海鳴町の連続通り魔事件。有名だよ」


 連続通り魔事件だあ?

テレビもなければ新聞も取っていない根無し草の俺に何を聞いているのだろうか、こいつは。


「知らん、知らん。世の中のゴシップには興味がない」

「あはは、侍君は剣一筋だもんね」


 月村は小さく笑って、事情を説明する。


「私も詳しくは知らないけど、何人もの人が夜に襲われてるって話だよ。
警察も最近は街中を警戒して回っているし、皆怖がって夜中に外に出なくなっているの。
私の学校でも夜中は外に出ないようにって知らせがあったしね」


 なるほど、被害者が大勢出ているのか・・・

それなら警察のこの尋常な追跡にも納得がいく。

って、待てよ?


「だったらお前ら、どうして外出なんてしてるんだ?
というか、そもそもお前朝怪我していたのにぴんぴんしてるな」


 月村はジーンズを履いているので怪我の具合は分からないが、とても痛そうには見えない。

怪訝な顔をする俺に何故かしまったという顔をして、月村はぎこちない笑いを浮かべる。


「け、怪我は思ったより大した事はなかったんだ。
だからこうしてノエルと二人で映画を見に行く途中だったの」

「映画ぁ?こんな夜中にかよ」


 深夜というよりは、もう日が変わっている時刻に映画なんぞやっている訳がない。

こいつ、何か隠しているな・・・・

俺が疑いの目で月村を見ると、沈黙を保っていたノエルが口を開いた。


「・・・私の希望です」

「はあ?」

「見たい映画がありまして、忍お嬢様に申し出たのです」

「あんたの希望か・・・って、答えになってねえぞ。
何でこんな夜に・・・」

「ちっちっち、侍君。映画にはオールナイトっていうのがあるんだよ。
夜中にもちゃんと放映しているの」

「だからって、わざわざ夜中に見に行かなくてもいいだろう」


 俺が指摘してやると、月村は呆れた顔をしてやれやれと首を振る。


「分かってないな、侍君は。ノエルが見たい映画は夜中に見るから雰囲気が出るの。
映画を楽しむには大切なんだよ」


 月村はしたり顔でそう言うが、俺にはさっぱり分からない。


「ふ〜ん・・・映画なんぞ見た事ないが、そういうもんか」

「えっ!侍君、映画一度も見た事がないの?!」


 月村は信じられないといった顔つきで俺を見る。


「悪かったな。お前らみたいな金持ちと一緒にするな。
あんな金のかかるもの見れるか」


 千円以上もかけて、くだらない大衆娯楽なんぞ見たいとは思わない。

そんな金があるなら服を買うとか、もっと生活に費用を回す。

我ながらちょっと刺があったかなと思っていると、月村はすまなそうにしていた。


「・・・ごめん。嫌な思いさせちゃった」

「気にすんな」


 さして気にはしていない。

身よりも何もない俺は日陰の生き方しか出来ないが、月村はひなたの明るい人生を歩める。

ただ、それだけの事である。

生まれもった環境をいくら悔やんでも何も変わりはしないのだ。

変に同情されるのも嫌だったので簡潔に言ってやると、月村は不意に明るい顔をする。


「そうだ!侍君も一緒に行こうよ!」

「・・・は?」


 意味が分からず目をぱちくりしていると、月村は目を細める。


「映画。私が誘ったんだから、私が奢ってあげる。うん、決定」

「お、おい!?」


 何が悲しくて、女と映画なんぞ見に行かなければいけないんだ!?

俺が抗議しようとすると、傍らで縮こまって座っていた狐が顔をあげる。


「くぅ〜ん・・」

「あ!子狐君も一緒じゃないとね。
それにしてもほんと可愛いね、君は♪侍君のお友達?」

「こら、そこのトチ狂った女。俺は畜生をダチにする程寂しがり屋じゃないぞ」


 俺が横槍を入れるが、月村はかまわず狐を撫でようと手を伸ばす。

が、狐は体をピクリと震わせて、俺の膝元へ逃げる。


「・・・嫌われちゃったかな?」

「人徳の差だな」


 無邪気な子狐だが、人を見る目があるようだ。

得意げに月村に言ってやると、む〜とふくれた顔をする。

そこへ――


「忍お嬢様、宮本様。パトカーが追い込みを始めました。
どこか目的地を定めないと捕まってしまいます」


 ノエルの言葉に焦りはないが、内容には十分な緊張を促せた。

確かに逃げ回ってばかりでは捕まってしまう。

仮にも警察だ。この町の道路網は把握していると見ていいだろう。

こんな目立つ車では隠れてもすぐに見つかってしまうに違いない。

誤認であれ逮捕されてしまえば、月村とノエルは共犯者扱いされる。

この二人はただ映画を見に町へ出て来ただけなのに、だ。

無論、事情聴取で俺が二人の事を説明すれば釈放はされるとは思う。

しかし、世間体はどうだろうか?

月村は由緒ある金持ちのようだし、学校にだって通っている。

そこへ逮捕されたと噂が広まれば身の置き場がなくなるのではないだろうか?

ノエルにしても、月村の家に雇われているメイドである。

二人の主従関係を見ると、ノエルを雇った主人にはかなりの信頼をされていると言っていい。

俺は社会が如何にくだらない情報やゴシップに流されやすいか、よく知っている。

もし月村に何かあった場合、ノエルは月村家そのものに信用を失ってしまうのではないだろうか?

と、なると・・・


「おい、ノエル」

「はい?」


 静かな返答に、静かな声で返した。


「俺を適当な場所で下ろして、お前らは逃げろ」

「・・・・・・お断りします」


 なんとなく予想は付いていたが、俺はそれでもびっくりしてしまった。

ノエルの拒否に、月村は言葉を重ねる。


「ここまで来たんだもん。私達は一蓮托生だよ。
このまま侍君を放り出してテレビのニュースで捕まりましたとか聞いたら嫌だよ、私は」

「月村・・・・」

「・・・・忍お嬢様と同意見です。宮本様、どうぞそのような事を仰らないでください」

「ノエル・・・」


 最初はクールな美貌と冷めた雰囲気から、他人事には付き合わない孤独の好きなタイプだと思っていた。

月村も、そしてノエルもだ。

・・・でも、訂正しよう。

こいつらは馬鹿だ。大馬鹿だ。

リスクを犯してまで、他人の尻拭いにまで付き合おうなんて馬鹿げている。

もし逆の立場だったら、文句を言いまくって既に見捨てているだろう。

馬鹿げてはいるが・・・・・





俺は・・・・こういう馬鹿は嫌いじゃなかった。





肩をすくめ、にやりと笑って俺は言った。


「しゃーねーな・・・こうなったらとことん付き合ってもらうか!
だが、どこへ逃げる?このままじゃ捕まるぞ」

「大丈夫、任せて。私にあてがあるから♪」


 月村はそう言って、上着のポケットから取り出した携帯電話をプッシュする。

ダイヤルする事数秒後、月村は甘えたような声をあげる。


「はーい、さくら。あなたの可愛い忍ちゃんです♪
ごめんね、こんな夜中に。ちょっと頼みたい事があって・・・」


 さくら?知り合いだろうか?

とりあえずノエルの運転技術と月村のあてとやらに頼るしか道はなさそうだった。



























<第十二話へ続く>







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