とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第三十四話







 世界は、幻想に満ちていた。














 ピンク色の花びらが輝きをまとい、発光しているような、まばゆい夜桜。

流れる滝のごとく、枝いっぱいに薄紅色の花を咲かせている。

見渡す度に表情が変わり、俺のような冷血な人間にさえ愛でる気持ちにさせられる。

幻想的で美しい季節の到来。

ライトアップされた桜は、早春の夜空に浮かび上がる花火のように美しかった――


「ハァ・・・」


 誰もが、息を呑んだ。

月村の案内で、綺堂の私有地内へと案内された俺達。

皆声も出せず、歩きながら華やかに咲き誇る桜に目を奪われている。

観光客の出入りを禁じられている、俺達だけの空間――

俺の苦労は報われたのだと、桜を見ながらそんな感慨に耽っていた。


「どう? 侍君。自慢の桜を独り占め出来た気分は」

「・・・悔しいが、あいつに頭を下げたくなった」

「あはは、侍君が正直なのって珍しいね」


 俺はいつだって正直なんだよ。

心の中で悪態を吐くが、艶やかな花びらが目の前を舞うにつれて、気持ちが安らいでいく。

人間の薄汚い感情が清められていく感覚を覚える。

俺は息を吐いて、隣を歩く月村の――


「っ、ぁ・・・」


 ――手を握った。

幸い、他の皆は桜に目が向いている。

身体を一瞬震わせる月村に、俺は自然に声をかけられた。


「ほんの少しだけ」

「うん・・・」


 たまには俺も、人が恋しくなる。

しっかり握り返してくれる月村の手は、冷たくて気持ち良かった。














 心地良い夢から目が覚めたのは、少し経ってから。

流れる春の風に身を任せるように、自然に皆の意識が解放される。

現出するピンクの絨毯を背景に、シートを敷いて全員の座る場所を確保。

私有地なので、最高に眺めの良い場所でくつろげる事が出来た。

用意される弁当類に、飲み物。

皆がそれぞれ持ってきた差し入れも含めると、結構な量になる。

並べられた料理は格別のご馳走で、見ているだけで涎が出そうだ。

今晩の為に、朝も昼も大して食べていない。

試合や鍛錬も欠かさず行い、夕方はなのはと遊んでカロリーを消費している。

俺は早速割り箸を割って、紙皿を手にお箸を伸ばして――


「いただきま――イタ!?
何すんだ、このコンビニ娘!」

「いい加減その妙な呼び方やめてくれへんか・・・?
それに、行儀が悪いねん」

「いいじゃねえか、別に。腹減ってるんだから」

「アカン、アカン。まず自己紹介しようや」

「自己紹介だぁ・・・? そんなもん、必要ないだろ。
全員知ってるし」

「知ってるのは、あんただけやろ!

・・・そうや。丁度ええわ、あんた全員の紹介してや」

「はぁ!? やだよ。
名前知らない奴とは話さなければいいだろ」


 何で俺がそんな面倒なことをしないといけないんだ。

相手の名前知らなくても、人間生きていけるだろ。

この場だけの関係なんだし、ご飯食って桜見てそれで終わりで完璧じゃないか。

俺の正当な主張は皆の困った顔と――


「知ってらっしゃるのでしたら、私も良介さんに御願いしたいです」

「侍君の友達なんでしょ? 私も知りたいな」


 ――月村とフィリスの懇願に負けた。

その上、レンや晶は弁当を背後に隠す周到さ。

桃子やフィアッセ、リスティは応援する始末。

高町の三人兄妹や神咲といった良心組は、申し訳なさそうにしながらもフォローする気は一切なし。

ノエルや久遠は問題外。

俺はこめかみを引き攣らせながらも、渋々箸を置く。

赤星なんて名前しか知らないってのに、この馬鹿共は・・・

ぶつくさ言いながら、俺は紹介を始める。


「そんじゃ、右から順に時計回りで。

こいつは金持ちの我侭娘。抹殺対象、以上――うわあああっ!?
だから耳を引っ張るな、耳を!」

「真面目にやってくれるかな、侍くーん」

「たく、千切れたらどうするんだ・・・じゃあまず、俺からいくか。
名は宮本 良介。
この町には旅で立ち寄って、今は高町の家で世話になってる」


 旅――途中なんだよな、そういえば・・・

目的地のある旅ではない。

とにかく、独り立ちしたかっただけ。

自分一人で生きられる強さ。

この弱肉強食な世界で他者を圧倒できる力が欲しかった。

天下人――世界の頂点に立つ男。

・・・桜見て和んでいる場合ではない気がする。


「以前から聞きたかったんですけど、良介さんって何処から来たんですか?」


 ストレートに尋ねる城島。

詮索されるのは死ぬほど嫌いだが、飯の借りはある。

妥協として、少し曖昧に答えた。


「・・・南の方から、かな」


 暖かい気候と、冷たい現実。

その寒さに震える日が多かった幼き日々――

感傷も消える月日が流れても、何故か懐かしく思えてしまう。

地域名を言わない俺に、城島も特に追求しなかった。

察しのいい小僧は嫌いではない。


「一人旅なんですよね。
・・・寂しくなったりしませんか?」


 美由希が礼儀正しく質問を重ねる。

面白がっている様子はないので、本当に何気ない質問なのだろう。

俺はどう見ても十代。

一般常識から考えれば、当然の疑問だ。

・・・桃子やフィアッセは聞かないな、そういえば。

俺の身元や過去を何一つ聞かず、黙って家に置いている。

なのはを助けた恩義があるとはいえ、何の文句も言わずタダ飯食らいを受け入れている。

お人好しなのは分かっているが――

不思議だ。

夜桜の美しさに惑わされているのだろうか?

他人の迷惑なんぞ考えない男が、少しだけ申し訳ない気分にさせられている。


「――気ままな身の上でね・・・」


 俺の紹介は、それで終わった。

これ以上聞かれたくなかった。



今日の俺は――何を言うか、分からなかったから。



































































<続く>







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