『解脱』



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また、だ。これは一体何なんだ?





俺は時々強烈なデジャヴに襲われる。いつも決まりきった胸糞の悪くなるデジャヴ。
その時俺は生まれたての子豚であり、
藁が敷かれた温かな豚小屋で他の子豚達と一緒に一生懸命母豚の乳を吸っている…。
あまりにもリアルで鮮明で強烈なデジャヴ。
俺はもがき苦しみ、俺は人間だと強く自分に言い聞かせなくてはならない…。










親父が他界した。62歳という早過ぎる死。死因は悪性腫瘍、いわゆるガンだ。
ヘビースモーカーだった親父は、一日に3箱も4箱もタバコを吸っていた。
それが祟っての肺ガン…自業自得じゃないか。
葬式の費用だって馬鹿にならないんだぞ、もう少し稼いでから死んでくれれば良かったのに。
しかしこれで遊んで暮らせるじゃないか。親父は脳外科医の権威であった為、金はまだまだ腐るほどある。
俺には兄貴がいるが、奴も親父同様脳外科医の道を選んでいる。
親父の元で修業を積んだ兄貴は、それこそ業界から引っ張りダコだ。
親父の莫大な遺産、そして兄貴と兄弟である以上、金には当分苦労はしないだろう。
母親は俺を生んでからすぐ死んだらしい。死因は交通事故。
馬鹿な女だ、生きてさえいれば一生遊んで暮らせたものを。
その顔も知らない女の為にも俺が精一杯遊んで暮らしてやるよ。
俺はと言えば、金で入った私立の二流大学を卒業して5年、自分で言うのも何だが適当な人生を送っている。
小さい頃から兄貴のように頭の出来はお世辞にも良いとは言えなかった。
そんな俺に親父や兄貴は辛くあたった。いや、むしろ他人のような振る舞い方だった。
仲良く談笑した記憶などほとんど無い。
親父は兄貴を可愛いがり、兄貴は親父の愛情に応えようと必死で勉強していた。
俺から見てもこの二人は本当に仲のいい親子だった。しかし、俺に対しての親父の態度といったら無かった。
俺が家にいようがいまいが関係の無いような、それこそ赤の他人に接するような冷徹な態度だ。
正直、俺は兄貴が羨ましかった。
勉強はいつも学年トップクラス、スポーツも高校時代から始めたラグビーで
インターハイ出場経験アリという、親父で無くとも自慢したくなる優秀な息子だ。
そんな兄貴は俺にとっては憧れであり、俺も兄貴のような人間になろうと一時期必死に努力した。
だが俺には無理だった。
勉強はいくら頑張っても学年で真ん中少し上ぐらい、スポーツに至っては全くセンスが無いようだった。
いつしか俺は努力することを辞め、何に対しても投げやりになって行った…。





そんな親父にも感謝しなければならないことが3つある。一つは俺を生んでくれたこと。
まぁ今こうやって遊んでくらせるのも親父のおかげだよな。
二つ目はこの容姿。おかげで女に苦労したことは無い。
親父と兄貴と俺はどこから見ても親子にしか見えないらしい。それぐらい親父と俺、兄貴と俺は似ていた。
それだけが俺達が親子であるという唯一の証だった。そして兄貴と俺は何故かいつもモテた。
親父も昔はかなりモテたんだろうな。
それから3つ目。俺は10歳の時突然の脳血栓で一時脳死状態に陥ったらしい。
それを救ってくれたのが優秀な脳外科医であった親父だ。
親父が脳外科でどういう権威だったのかは知らないが、それだけは感謝しなくちゃいけないよな。
しかし、その手術の後遺症は今も続いている。
今も一日8回に渡る大量の薬の服用は続いているし、俺には中学生以前の記憶が全く無い。
あるのは病院でリハビリを繰り返していた記憶だけ。
よく考えるとあの手術から俺の頭は悪くなったのかも知れない。
小学生の俺の通知簿を見ると、むしろ兄貴より優秀な成績だったりするのだ。
親父の手術は俺の命を救うことには成功したが、
俺の人間としての威厳をキレイサッパリ奪い去って行ってしまったようだ。
そんな矢先、俺は絶対に見てはならないものを見てしまった…。
親父を怨む気力すら失せ、俺は生きる意味を失った…。





それは親父の書斎を何気なく漁っていた時、俺は一本のビデオを発見した。
20××年6月8日とだけ記された何の変哲も無いビデオ。しかしこの日付には覚えがあった。
俺が手術を受けた日だ。
俺にその時の記憶は全く無いが、手術を受けた日ぐらいは後々にでも知ることが出来る。
その日付から俺の手術の記録であることは容易に想像出来た。
脳外科に全く関心の無い俺が見たところで、親父が何をしてるかなんてわからないだろうが、
少なくとも自分の手術なのだから見る価値はあるだろう。
何故か俺はそのビデオに凄く興味が湧き何気なく見てみることにした。
ビデオをデッキに入れ、再生ボタンを押す。
突然、何の前触れも無しに手術台に横たわる少年が映った。この少年には見覚えがある。
写真で見たことのある少年時代の俺だ。そして手術着に身を纏った兄貴…いや、若き日の親父だ。
それに助手3名と見たことも無い機材。それを一通りカメラが映した後、
おもむろに親父が俺の頭部を切断しだした。
あらわになった俺の脳みそ…俺は吐き気を催したが、流れる映像から目が離せなかった。
それから俺の横に横たわる、シートに包まれた謎の物体…。
突然背筋に悪寒が走り、さらに強い吐き気と共に激しい胸騒ぎがする。
いや、きっと考えすぎだ…そう自分に言い聞かせる。その間も淡々と手術は進行していった。
親父がその謎の物体にしばらくとりかかると何かを摘出した…。
そしてそれを横に置き、俺の頭部からも同じモノを摘出した。
どうやらさっきあの物体から摘出したモノを俺の頭に移植するらしい…。
と、その時、偶然にもあの物体を包んでいたシートが一瞬めくれた。





俺の考えたことが現実のものとなり、同時に世界が真っ暗になった…。










それは誰がどう見ても豚小屋にいる豚だった…。



















オレハイッタイナニモノナノダ…?









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