リアは今、訓練所の隅っこでお父さん座りをしている。その目の先には、向かい合っている秋子さんと祐一。
秋子さんはどこか嬉しそうで、祐一はどこか鬱陶しそうだった。
秋子さんは右手に短剣を構えている。
祐一との距離は5メートルほどで、短剣ではすこし不利ではないかと一瞬思ったが、それはすぐに考え直した。なぜなら、
 

「祐一さんの武器は?」
 

からくり部屋から、白一色の戦闘服を着て出てきた秋子さんは祐一と向かい合うと同時にそういった。
そう、祐一は武器を持っていなかったのである。
 

「いえ、俺はいりませんよ」
 

「……余裕ですね」
 

「いや、武器は造りますから、大丈夫です」
 

「造る?」
 

祐一の口から出てきた単語に、秋子さんが反応する。祐一は、小さく笑うと、空中に魔法陣を書いた。
 

(――デロップ!)
 

秋子さんは、祐一の行為に視線を集中した。祐一のしている事は、これからデロップを使いますよというそういうことだ。
しかしそれよりも、
 

(は、速い……!)
 

それは魔法陣を描くスピードに対して。祐一の魔法陣を書くスピードは、秋子さんの比ではなかった。最低でも0,5秒。
もしかするとそれよりも速いかもしれない。
 

「人の家の物をこんなことするのは気が引けますが……」
 

そういうと、そのまま両手を石で出来た地面にバンッとつけた。
一瞬の閃光が走り、床が見る見るうちに姿を変える。地面からすこしずつ形を持って上へと何かが生えてくる。
完全にそれが上に上がると、それは剣の形をしていた。
全くもってシンプルなその形。柄につばに刃、ただそれだけ。しかし、それはよく見ると石で出来ていた。
が、その威力はおそらく驚異的だろう。
刃の部分はしっかりと輝き、まさに石というよりも宝石といった方がいいようなものだった。
そして、そこに至るまでの時間も、また短かった。
 

「これが俺のデロップ、【変化】です。あらゆる物体や物質、気体に液体などを似ている物質に変化させ、ある程度操ることが出来ます。
ちなみに、すこしくらいなら質が違っていても大丈夫です。例えば石を砂に変えたり。ちなみにこれはこの石の床を変化させて作りました」
 

エヘンという風に胸を張る祐一。
床に小さなくぼみが出来たが、そんなことよりも、秋子さんは驚愕した。
 

(……世界に二つ、同じデロップはないはず……じゃあ……)
 

いや、これはいずれ分かることだと秋子さんは、祐一に視線を戻した。
 

「……すごいですね、さすがSSランク……」
 

「どうもどうも」
 

祐一はそういうと、その剣で地面を軽く叩いた。叩かれた地面がすこし砕け、小さな石が当たりに散らばる。
祐一はその一つを拾い上げると、親指と人差し指ではさんで秋子さんに見せた。
 

「じゃあ、これが合図ってことで」
 

秋子さんが頷き、すこし短剣を握る手に力が入る。祐一はそれを軽く上へ投げた。
やがて威力を失った石は、そのまま重力に従い、地面へ吸い込まれる。そして、石が完全に地面についた。
 

コンッ
 

小石が奏でたその音が、戦闘の合図だった。
二人は一斉に地を蹴った。すこし埃が舞い、しかし埃が地面に落ちるよりも早く、秋子さんの短剣と祐一の剣が音を立てた。
金属がぶつかり合ったような音が響き渡り、同時に二人の動きも止まる。ザァと砂が舞う。
二つの剣は一歩も押されず、カチカチと音を立てていた。
 

(へぇ、短剣だから威力は小さいものと思ってたけど……)
 

祐一は内心すこし驚いていた。短剣とは本来小回りがきく代わりに威力を小さくさせた武器のはずだ。
しかしこの短剣は石で作られた剣と交わっても、なんら引けを取らない。
 

「だが、甘いな」
 

祐一は剣をパッと離す。先程まで全力を出し合っていた秋子さんの剣は、相手が急に重みがなくなったことで、思わず前へ倒れこむ。
秋子さんが「あ」と呟く前に、祐一が秋子さんの懐にもぐりこんだ。
祐一が右足で蹴りを放つ。
 

「くっ」
 

しかしその前に秋子さんが地面に短剣を突き刺し、短剣を握った状態で半回転。祐一の蹴りを避ける。
そのまま一旦距離を取り、秋子さんが魔法を放つ。
 

「ウォーターアロー!」
 

空中に出来た三本の水の矢が祐一に向かって飛ぶ。祐一は地面に落ちた石の剣を拾い上げると、飛んできた二本の矢を叩き落す。
魔法陣を描き、最後の一本に左手をつける。
また閃光が走り、水の矢が小さな丸い球体になる。祐一はそれを秋子さんに向けて思い切り投げつけた。
秋子さんは短剣を構えて叩き落そうとするが、しかし水の球が秋子さんの一メートルほどに来たときに、祐一が左手をグッと握る。
すると、水の玉が一瞬にして爆発し、水が秋子さんに降りかかる。
 

「きゃっ」
 

驚いて一瞬目を閉じる。その間に祐一が物凄いスピードで接近する。
祐一は秋子さんを抱きかかえるような形で、左手は肩に、しかし右手は秋子さんの腹部に当てた。
 

「ヴァーパス!」
 

祐一が氷属性の下級魔法を放つ。秋子さんが一瞬短い悲鳴をあげるが、それよりも先に秋子さんは数メートル後ろへ吹き飛ばされた。
パキィィンとちいさい氷の欠片が祐一の周りに散らばる。ヴァーパスとは、すこし大きめの氷の固まりを爆発させる魔法である。
秋子さんはその威力で吹き飛ばされたというわけだ。
 

(手加減はした。死んじゃいないだろう……気絶は微妙だな、結構モロに入ったけど……)
 

ヒュッとなにかが秋子さんから祐一目掛けて飛んでくる。
秋子さんは地面に叩きつけられたが、それは確実に祐一に向かって飛んできていた。
パシッと中指と人差し指でそれを受け止めた。投げナイフだった。
これはさきほどリアが秋子さんをオバサンと考えていた時に秋子さんが構えていた物だ。
 

「……これだけできれば大丈夫か」
 

祐一は、あんまり居候の脳天目掛けてナイフ投げないで欲しいな〜と思いながら、一歩ずつ秋子さんの倒れている方へ向かって歩いていく。
 

「案外あっけないですね。元S+」
 

祐一はすこし楽しそうに秋子さんに言う。それとほぼ同時に、秋子さんが腰を上げてほとんどお父さん座りな形で座っていた。
その表情はどこか嬉しそうだ。
 

「いやはやこれは……さすがですね、祐一さん」
 

「まだ闘って十秒くらいしか経ってませんよ、秋子さん」
 

「いえ、それでも分かりますよ」
 

そこで秋子さんは足に力を入れて立ち上がる。立ち上がるついでに、地面をパンと叩いた。
同時に、祐一の足元辺りで小さな地響きが起こり、そのすぐ後に祐一の前方の地面から、巨大な棘が現れた。
地面からとてつもないスピードで祐一に向かって鋭い棘が生えてくる。間一髪。祐一の本能が反応した。
左手を棘に向かって伸ばす。それと同時に、腕から大きく丸い氷がパキパキと音を立てて棘に向かって生えていく。
棘と氷が接触し、それが支えになって棘の進行が祐一のおよそ50センチメートルほど前で止まった。非常に危なかった。
もし反応できてなかったらヤバかった。全く秋子さんはなんて攻撃を――
――安心したのもつかの間だった。起き上がった秋子さんが祐一の眼前まで迫っていた。しかも左横から迫ってきている。
祐一は一瞬目を見開いた。自分の左手は氷で固定されている。
このままだと身動きの取れない状態で、しかも腕一本で秋子さんと対決することになる。それでは勝ち目などない。
しかし、祐一の頭はここでもフル回転した。
秋子さんが短剣を振ろうかというときに、祐一はまたもや一瞬で魔法陣を描く。
そのままマッハの勢いで自分の左腕と繋がっている氷に手を当てる。
また閃光が走り、それと同時に、秋子さんの顔にバシャァと大量の水が降りかかる。
 

「なっ!」
 

秋子さんは思わず声を上げる。そのせいで一瞬秋子さんの動きが止まる。その時には、既に祐一の両手が秋子さんに伸びていた。
秋子さんの胸倉を掴み上げると、そのまま一本背負いのように投げ飛ばした。
地面に叩きつけられた秋子さんは、祐一の左手を見て、ああ……と息を漏らした。
 

「氷を……水に変えたんですね」
 

「ええ」
 

そう、祐一はあの一瞬で氷の柱をデロップで水に変えていたのである。
その水が秋子さんの顔に当たり、一瞬の隙を生んだ訳である。
もしあの水で秋子さんが止まらなくても、左手が自由になったのだからあとは普通に闘うことが出来る。
 

「でも祐一さん、すこし余裕ぶりすぎですよ」
 

秋子さんが、影でふ、とわらう。祐一が「え?」と聞くよりも早く、それはおこった。
秋子さんの手が地面につき、一瞬閃光が走り、次に軽い地響きがなった。
祐一に向かって生えてきていた棘。その棘からさらにまた違う、先程よりかはすこし小さ目の棘が祐一に向かって一直線に伸びてくる。
 

(しまった、秋子さんにはこれがあったんだ……)
 

秋子さんのデロップはもう大方見当がついている。しかし、いやそれなのに、あまりにも油断していた。
また氷を出すかと一瞬考えるが、それは秋子さんが勢いよく立ち上がった事により脳内会議で却下される。
ここで氷を出してとめたら、結局さっきと同じだ。しかもさっきより分が悪い。
なら、と祐一は、あえて向かってくる棘に背を向けた。
その行動に、秋子さんは驚いた。死ぬ気? と一瞬思ったが、祐一のことだ、なにかあるはずだと、短剣を構えた。
そして、『なにか』はあった。
祐一が、左手にクッと力を入れるとほぼ同時に、棘が祐一の体に当たった。いや、正確には祐一の体から発生した氷の固まりに当たった。
カンッと、空き缶を蹴り飛ばしたような音が響き、次に、小さい氷の欠片があたりに散らばる。
 

(これは、この部屋に入ってきた時に飛んできた矢を防いだのと同じ方法……)
 

秋子さんはそう考えながら短剣を横一文字に振る。それはまあ当然というか祐一の剣に止められる。
ついでに、祐一に向かって生えてきたあの棘も、祐一の背中から発生した巨大な氷によってとめられる。
当然、祐一もそれを計ったからこそ棘に背中を向けたわけで。
 

「秋子さんのデロップは俺と似てますね」
 

秋子さんの短剣と祐一の剣が交わったままの体制で祐一は、なにか珍しい物でも見たように言う。
 

「そうですね。でも私のデロップは氷を水に変えたり出来ませんよ。その辺は、分かっているんでしょう?」
 

秋子さんは、一旦剣を弾くと、距離を10m弱とって言う。祐一も、ええ、といいながら自分の石の剣に、魔法陣を書いた後に手をあてる。
 

「秋子さんは恐らく、石とか鉄とか、後は自分の属性とか、そういう物質を変化させることしか出来ないんでしょう?」
 

カッと閃光が走り、石の剣が一瞬で姿を変える。小さな石の手裏剣が20本ほど誕生する。それを左右の手で掴む。
 

「ええ、しかも地面や壁からしかできませんし、地面から出来た物を地面から引き離すことも出来ません。
これが私のデロップの【制限】ですね。まあ応用すれば私は水属性ですから操ったりは多少出来るんですけどね。ただ……」
 

祐一が右手の手裏剣を秋子さんに投げる。物凄い勢いでそれは秋子さんに飛んでいく。
 

「……私のデロップは直接変化させる物質に触れる必要もなく、しかも遠距離です」
 

秋子さんは魔法陣を描くと、まるでダンサーがタップを踏むように、タン、と足を地面に当てる。
すると、祐一と秋子さんの間に大きい壁が地面から生えてくる。カカカカッと手裏剣が次々と壁に刺さる。
 

「壁が発生する速さもかなりのものですね。これじゃハンパな攻撃は通用しませんね」
 

顎に手を当ててう〜んと唸る祐一。
 

「どうします?」
 

秋子さんは、初めて自分が優位に立ったことですこし嬉しそうに祐一に問いかける。
しかし祐一は、全く動じずに不敵な笑みを浮かべた。
 

「世界に同じデロップは存在しない」
 

「…………?」
 

「だから俺のデロップと秋子さんのデロップは違うものだ」
 

「……それがなにか?」
 

秋子さんは、何を今更? と言う風に祐一を見る。
それは先程秋子さんも考えたことで、たしかに祐一と秋子さんのデロップは似ているというのも認めなければならない事実だ。
しかし、それがなんだというのか?
 

「秋子さんの能力は地面だけ。じゃあ俺の能力は?」
 

そこで秋子さんは、ピクッと眉を寄せる。その反応に祐一は満足そうに鼻を鳴らした。
祐一は「それに……」と続けた。
その時秋子さんは、祐一の右手に小さな光の玉があることに気が付いた。
 

「戦いって言うのは、デロップだけじゃないでしょ?」
 

祐一の右手の光は、氷とはまったく異質の、紅い光だった。
 

 
 
 
 

後書き
 

ついに戦闘開始。
どうでしょう? 何となく想像してもらえたら嬉しいです。
なんか私の戦闘風景って細かすぎて全然分けわかんなくなってしまうような……(汗)?
頭の中でキャラが動くのを正確に表すのは難しいですからね。
さてデロップ、理解していただけたでしょうか? 
祐一と秋子さんのデロップは丸っきり鋼の錬金術師ですが、他の人のデロップはちゃんと違うものです。
中にはデロップを持っていないキャラもいますし。
さてここで裏話をするならば、恐らく、多分、デロップは私のオリジナルでしょう。多分。
もしかしたら同じものがあるかもしれませんが、とりあえず恐らく私が産みの親でしょう。産みの親でいてください。
同じ物……あるかな……一人くらい私と同じ考えの人はいるでしょうが……う〜ん……。
私が始めてだったらいいなぁ……。
そしてあわよくばデロップが世界中(?)に広まって、違う作品でデロップを使ってくれると嬉しいなぁ……。
でももしデロップが他の作品で既に使われていたら、私の発言とんでもないことになりそうな……(大汗)。





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