あまりの殺気に空気が凍った。
 

「シ――オン……!」
 

そのまま卒倒してもおかしくないほどの殺気をぶつけられながら、シオンは尚笑っていた。
 

「いいね、脳みそをぶっ飛ばされそうだ」
 

面白そうに笑うシオンを今この場で殺してやる事が出来ないのは、シオンが現れた場所が単に祐一の後ろだからというそれだけだ。
祐一の後ろから現れたシオンに対して、祐一は当然だとでも言うかのように振り向きもしなかった。それが、無性にものみを苛立たせた。
 

なぜなら、つまりそれは……
 

「で、俺の親友に何か用かな、お嬢さん?」
 

祐一が、シオンの手を取ったということなのだから。
馴れ馴れしく祐一の肩に手をまわすシオン、ふん、と鼻を鳴らす祐一に、しかし拒絶は無かった。
噛み砕くように歯を軋り合わせる。
 

「祐一様から手を離せ」
 

「どうして? 友情を確かめ合っているのに水を注すなんて無粋な〜」
 

「――黙りなさい!」
 

なけ無しの呪符の残りなどもはや脳裏に浮かびすらしない。手に掴めるだけ掴んで、一息でこのいけ好かないガキの頭蓋を吹っ飛ばしてやる――!
 

「――――っ!」
 

だが、ものみの攻撃が行われることはなかった。
 

「祐一、様……?」
 

――なぜ、祐一がシオンの前に立っているのか?
シオンは面白そうにものみと祐一を見ている。
シオンだって流石にもう限界だ。ものみを相手にするだけの力は残っているが、その前の祐一との戦いでほとんど持っていかれたのだ。唯一できることといえば一応水をすこしだけ操って近所の子供達を喜ばせてやるくらいだろう。
ここでものみとの戦闘になれば流石に苦戦は免れない。尤も、それはものみに呪符がある状態でのみだ。
ものみが怒りに任せて呪符をポカポカ捨ててくれればやりやすいことこの上ない。わざとものみを激情させるように会話をしているのもそのためだ。
 

故に、祐一がシオンを庇うなんていうことは、流石にシオン自身驚きを隠せなかった。
 

「なんの…………つもりですか?」
 

「……………………」
 

祐一は無言。すこし伏せた顔からは祐一の表情を読み取る事は出来ない。ただ、どういうわけか祐一が泣いているように見えたのは、ものみだけではなくシオンもだった。
もう一歩踏み出す。それで、完全に祐一はものみとシオンの間に割って入った。
 

「もう、――――俺に構うな」
 

それは、ものみへの最後の通達だったのだと思う。
 

「できませんね」
 

その祐一の思いつめたような要求にも、ものみは即答した。
当然だ。そうでなければ、自分は今までいったいなんのために走ってきたのか。何度も失いそうになって、何度も挫けそうになって、きっとそれは祐一と香奈からすれば大した事ではないのかもしれないけれど、でも、それでもずっと走り続けてきたのだ。
それをここで自分から捨てるような真似だけは、絶対にできなかった。
それはある意味意地だ。ものみがものみを嫌いにならないための漠然とした意地だ。祐一をここで連れ戻し、シオンをいつかぶちのめし香奈を取り戻す。
そもそもここに二人を連れてきたのはものみだと言ってもいい。もちろんシオンへ逆らえなかったということもあるが、それでもそのせいでこんなことになってしまったのなら自分で始末をつけるのは当然のことなのだ。
 

「私は貴方を相沢家に連れて帰ります。知っているかもしれませんが、香奈様が連れていかれました。それも……絶対に取り返さなくてはなりません」
 

「……………………」
 

祐一の無言の意味は、驚愕ではなく納得を表していた。おそらく香奈がセクト達に連れて行かれたことなどとっくに知っていたのだろう。
それでも冷静に状況を判断して、尚祐一はシオンの手を取った。
それが、また無性にものみを苛立たせた。
 

「さっきも言いました。私達は貴方を愛しています。――――戻ってきてください、祐一様」
 

「嘘だね」
 

横槍を刺したのはシオンだった。
今度は祐一から少しだけ離れて、祐一とものみの間に入る。
演技がかった動作で両手を広げてものみを挑発するように、そしてニヤニヤと笑みを浮かべることも忘れずにものみに言う。
 

「愛しているならそいつのことをもっと考えてやれるはずだろ? お前は自分のことばっかりで精一杯だから祐一のことなんて頭が回らなかった。創るだけ創って、必要なくなったらポイ。服や靴と何が違う?」
 

「――違うっ!」
 

ものみはシオンに掴みかからんばかりの勢いで否定する。
 

「確かに創った後のことなんて考えてなかった。真実を知った祐一様が誰を呪うのか、そんなことまで頭が回らなかった。でも、祐一様を愛していたことだけは――――絶対に嘘なんかじゃない!」
 

そう。それは決して祐一にだって嘘なんてことは言わせない。これだけは絶対だ。
自分が自分であるためのひとつの感情。これだけは、絶対に誰にもけなすことなんてできない。
祐一もものみのその今までにないほどの勢いに驚きを隠せなかったが、だがシオンはそんなことも全てお見通しとでも言いたげに笑ってみせる。
 

「それはお前達の後付だ。一方的な偽善を押し付けて自己満足に浸っている。それを愛だと名目付けてよくも堂々と誇る」
 

「――――っ!」
 

駆けた。我慢なんてもはや臨界点をとっくにオーバーだ。
祐一の眼で追えない程の速さで祐一をかわしてシオンに呪符を叩きつける。
それは戦闘で弱った体とは到底思えないほどの速さだった。
 

「――ふん」
 

だがそれさえもシオンには意味がないのか、シオンは軽くジャンプして後ろに避難する。ものみはそれを追ってさらに勢いをあげる。
 

「俺の言葉に反論できずにとうとう実力行使か。情けねえな」
 

「違うと言っている!」
 

呪符を三枚使って剣を作り出す。ものみは呪符だけではなく剣や槍などの白兵の武器も使いこなすことに長けているのだ。
呪符とは本来弾丸だ。弾切れは戦闘中充分ありえることで、そのために作られたのが属性を武具に変えるという【ギミック系】と呼ばれる魔法だ。
これは呪符だけではなく、水であろうと氷であろうと、自分の属性を形に変えることで効力を発揮する。シオンのウォータードールの体のパーツが剣などに変化するのもこの【ギミック系】魔法の賜物というわけだ。
後に祐一も使う事ができるようになるのだが、今現在使うことが出来るのはものみと、それにシオンだけである。
ただ、お互い残り少ない呪符と水を割って作るのだ。シオンもものみと同じなのか、もうあまり乱発できない水で剣を作り出した。
 

シオンが剣を作り出したのと同時に、ものみの剣が走る。それはおそらく達人の業を見間違われても仕方ない程の斬撃――否、それは事実その域に達していると言っても過言ではない。
そしてそれを見事に受け流すシオンもまた、ものみと同じレベルの実力者だった。
 

「私も最初はそう思っていた。自分の気持ちを押し付けた愛だと。でも、それは違った。あの夫婦は、本当にあの二人を愛していた!」
 

「それが後付だと言ってるんだよ! 作ってみて出来がよかったから愛した。実際、出来の悪かった他の数人はどうした!?」
 

「っ!」
 

それは確かに正論だ。相沢夫婦は作り出す事に成功した七人の内で最も才能のあった祐一を引き取った。
そして後に才能があると分かった香奈を引き取り、ほかの五人は――
 

「――――お前に何が分かる! 愛せないというのは、愛されない事よりも辛いことだ! それを、それをお前みたいななにも知らない子供に――!」
 

「なにも判ってないのはお前だろうが! 自分らが創りたいから創って、その後始末すらもつけられないお前らはその責任すら否定する!」
 

ものみが意識して追ったのか、それともシオンが意図的に誘導したのかは分からないが、二人は互いに剣を競り合わせながら祐一から離れていった。
ものみと祐一が一緒にいられると都合が悪いシオンの考えかもしれないし、シオンとの醜い水掛け論など祐一に聞かせたくなかったものみの気配りかもしれない。
相反する二つの感情は互いに速度を増し、威力と、それに相手を認めない――否、認めてなるものかという意地すらも加速する。
 

「創るなら、人間になれない人間を生み出すんならせめて――――その責任くらい、全部背負ってみやがれ!」
 

ありったけの感情を込めた水の剣がものみの剣と叩く。互いに限界をむかえつつある体に与えられる剣の一撃の重みよりも、今はシオンの言葉がものみの胸に突き刺さる。
 

「自分の都合のいい物が創りたかった! 自分だけの感情を何かに押し付けたかった! だから自分にとって都合のいい、ガーディアンなんて人形を創った!」
 

狂ったように打ち出される剣撃は、今やシオンだけになっていた。左手を潰されたシオンの右手だけの剣でものみを押し止められるはずがない。もともとシオンは接近戦タイプではない。それが、全ての武術に流通しているものみに純粋な戦いで勝てるはずなどありはしない。
 

「ならなんで感情なんて持たせた! 何故苦しみを感じるような脳みそを作った! どうして――――愛なんてものの味を、覚えさせた!」
 

だが勝てない。シオンの剣は今まで受けたどんな達人の剣よりも重く、どんな魔法よりも鋭かった。
抑えきれずに増えていく傷は、まさに今のものみの心の内を露にしているかのようだった。
もともとシオンの意見に反論などできるはずなどなかったのだ。シオンの言葉の重さに、シオンの心の重さに、今まで積み上げてきた全ての嘘が潰れてしまったのだ。
それは純粋に、シオンが正しい事を頭で理解していて、そして自分が間違っている事がずっと頭に付きまとってきたからに他ならない。
 

「お前は何も考えていなかった。何も考えずに自分のことだけを考えた。お前は――――誰も愛してなどいない!」
 

「――――っ! 違うっ!」
 

「違わないね。現にお前はお前の周りの人間全てを犠牲にして自分の利益だけを求めた。だが、それはある意味人間として当然の行動だ」
 

シオンの瞳はただの罵倒ではない。それは全ての真実を悟った者の、全ての悲しみを知る瞳だった。
 

――――それはまるで、自分のかつて同じ光景を見せ付けられたかのような――――
 

「そう、この世は全て算数だ。足して引いて、自分の望む答えを出す。そうだろう、ものみ? 現にお前も、自分で愛すると言っていた人間を切り捨てて自分にプラスに動くようにしたじゃねえか!」
 

「――――っ!」
 

歯を噛み締めてなんとか押さえる。それはシオンへの殺意ではなく、自分自身へのブレーキだ。
シオンの言葉に間違いなど一つもない。ただそれを受け入れることなどできないだけで、ものみはどうしようもない劣等感に拳を振るわせる。
 

「……………………なぜ、そこまでガーディアンにこだわる」
 

それは、逃げ場のなくなったものみの最後の抵抗だった。
 

「…………」
 

「お前は人間でしょう……なぜそんなにもガーディアンを目の仇にする」
 

「…………」
 

そう、ものみはそれが気になって仕方が無かった。
なにか目的があるにしろ、なぜここまで手の込んだことをするのか。まるで長年の恨みでも晴らすかのごとくこちらの心を揺さぶり操っていく。それには莫大な手間を要しただろうし、そこまでしてほしい人材なのだろうか、この相沢祐一と相沢香奈が?
そもそも、激しいバトルになるだろう事を予想してこんな巨大な森まで占拠し、おそらく何かの実験材料のためにハンターを神隠しに遭わせ、そして遠野家の全ての人間をセクトの暗示にかけた。
それもこれも全て、二人を手に入れるというよりは、ものみや相沢夫婦にあてつけるかのような行動だった。
お前達の行った事がいかに醜いことか。いかに非道徳的か。そして――――それがいかに、ガーディアンを苦しめているか。
シオンは全て知っているのだ。どういう経緯でかは知らないし知りたくもないが、シオンはガーディアンがどれほどの犠牲と苦悩の上に立つ存在なのかを知っている。これがまだただの人形なのならばここまで心を痛めることもない。だが、情報をかき集めて作られた人形だとしても、息をして自分の頭で考え、こうして自分がガーディアンであることに悩むその姿の、どこが人間と違うというのか。
 

皮肉にも人間によって作り出された人間は自らを侮蔑する。自らが忌むべき存在であるかのように自らを責め、自らを創った者達すらも呪う。シオンはそれを全て理解している。シオンは、それがいかに悲しいことであるかも知っている。
 

だからこそ許せないのだろう。自らの都合だけを考えてガーディアンを作り出した相沢夫婦と、まるでそれが当然だとでも言うかのように情報を与えた天野ものみを。
 

「……………………ガーディアンなんて」
 

シオンはギリ、と歯を鳴らしてものみを見る。その目はさっきまでの砕けた雰囲気は微塵も感じられない。ギラギラと嫌悪感をむき出しにし、ものみを侮蔑の眼差しで覗き込む。
 

「……………………ちっ」
 

シオンは一度舌打ちすると、
 

「お前に教える義理はないね」
 

そう言ってまたものみに剣撃を放つ。
ものみもシオン同様舌打ちすると、シオンの攻撃を防ぎ続ける。
 

「――――だが、まあ」
 

再び吹き荒れるような剣撃が行われる中、シオンが思いだしたかのように言う。
シオンの攻撃を受け流しつつもものみはシオンの顔を覗き込み、それを合図にするかのようにシオンが口を開く。
 

「どうしてもって言うなら、おもしろいことを聞かせてやろう」
 


呪符の剣と水の剣が互いに交差して音を響かせる中、シオンの言った言葉はあまりにもふざけた言葉だった。
 


実際ものみも、この響き続ける音のせいで聞き間違えたのではないかと思ったほどだ。だがものみのそんな表情を読み取りニヤリと笑い、もう一度同じ言葉を繰り返す。
 

――――今度こそ、聞き違いではなかったようだ。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

空を仰いだ。
今の自分よりかはすこしばかり明るいその空は、しかし今にも泣き出しそうだった。
暗闇が心を占める。もし今この心がそのまま外に出てしまったら、きっと何も見えなくなってしまうほどにだ。
それはあながち間違いではない。今、祐一に見えているものなど、本当になにもない。
信じていた者に裏切られ、敵だと思っていた者に手を伸ばした。その決断が間違いだとは思わない。その代わりに、今祐一の胸を締めるけるのは後悔だけだった。
何が正しくて何が間違いかなんてもはやどうでもいい。今こうやって森の切り株の上に座って呑気に空を眺めている間にも、きっとものみは死に物狂いで闘ってくれている。他でもない、相沢祐一のために。
だがそれすらもシオンは予想していた。そうなるだろうと予想して準備をして、そしてそのものみの思いすらも虚像だと言ってみせた。
 

祐一が正気に戻り、そしてものみが祐一の下に駆けつけるまでの間にシオンに教えられた事は数え切れないほどだ。
どれもこれも全てふざけた内容で、やれお前は人形だのやれ天野ものみはどうたらこうたらと、まるで信憑性に欠ける説明だったが、どういうわけか自分はそれを信じきってしまったようだ。
 

そして一番困っているのは、シオンの言う事に一つの嘘も偽りもないということだ。
 

シオンは真実だけを淡々と容赦なく伝えていった。決して誤魔化したりはせず、決して大げさに表現したりもしなかった。
それが逆に祐一を徐々に追い詰めていき、結果として祐一が下した決断はシオンの望むものになった。
 

だからこれはそういうことだ。どちらがどちらを裏切ったかなど関係ない。祐一はシオンの下につくことを決め、ものみはそれを許さずに今もシオンに臆することなく戦っている。
その姿に大きな罪悪感を覚える、が、それでも自分の選んだ道が間違いだなんて思ってはいない。気になる事があるとすればひとつだけ。それは、ほかでもない香奈のことだ。
 

シオンからもものみからも聞いている限りでは、香奈はシオンの仲間に連れて行かれた(というよりも自分から進んで付いていったとシオンは言っていたが)ようだった。
そうなってしまえばどうしようもないが、香奈がもしシオンの仲間になることを拒む等の理由でシオン側についていなければ、相沢家に送り返し保護させるつもりだ。そうすればものみもある程度満足するだろうし、祐一にしてみても香奈が拒否しなければ相沢家に香奈をおいてもいいとは思っている。
 

実際のところ、祐一は自分がガーディアンであることに苦痛を感じているが、香奈はそんなことでは相沢家を出たりはしないだろう(と思う)。
祐一はもう相沢家にいることなんてできないし、既にシオンの仲間になると決めているのだから今更戻るつもりもない。だが、香奈はまだ分からない。
もし香奈が自分がガーディアンだということを知った上で尚相沢家に戻るというのならば祐一は止めはしないし、むしろ勧めてやりたいくらいだ。
ただし絶対に祐一が相沢家に戻ることはないが。
つまり祐一はここで完全に、ものみにしろ香奈にしろ、相沢家との関係を絶つつもりだ。
ハンターランクを上げ続けていけばいずれ偽名を使うつもりだし、そのあとはシオンの指示の下、流れに身を任せるような生活が続くだろう。
 

「…………くそ、俺はどうして…………」
 

こんなにも、弱いのか。どうして誰かを犠牲にしなければ生きていけないのか。
血がそうさせるのか、それとも神様とやらが作った運命がそうさせるのか。どちらにせよ不愉快な話だった。
 

「――――そういえば」
 

昨日か一昨日か、香奈に言われた事があった。
『私とお兄ちゃんが一緒にいることは、神様の決めた運命なんじゃないか』
くだらない話だったので詳しくは覚えていないが、そんな感じの会話だったと思う。
 

「運命…………ね」
 

そのくだらない会話が、今は一番身に染みる。
運命運命運命。これが運命ならば、これほどまで酷いシナリオを考えたのはどこのバカなのか。
 

――――そしてそのくだらない話に対して、俺は一体なんと答えたのか――――
 

 
 

「――――落ち込んでるとこ悪いんだけど、ちょっといいかな?」
 

 
 

不意に前から聞こえてきたその声に、祐一の未熟ながらもハンターとして育てられてきた体は即座に反応した。
切り株に座ったまま顔だけを素早く上げ、声の主の顔を把握する。
と、
 

「――――あ、『さっきの』…………」
 

何の違和感も無く口から零れ出た言葉に、祐一自身が違和感を感じた。
顔を見る。
十四、五歳の少女と思われる栗色の髪をした女の子だった。
普通の服を着た普通の顔の(すこし童顔だが)、どこにでもいる少女だ。ただ、『どこにでもいる』少女がここにいることには、凄まじい違和感がある。
目の前の少女はあまりにも普通だ。どこにでもいる可愛らしい女の子。一見中学生くらいに見えるが、少し無理をすれば高校生に見えるかなぐらいの女の子。
 

――そんな少女が、どうしてこんな場所にいるのか?
 

もう一度姿を見る。自分よりも年上のはずのその少女は、見た目よりもずっと大人に見える。可愛らしい顔とは別に、すこしだけ大人びた顔で祐一を『懐かしそうに』見る姿も、どこか絵になっている。
 

だが、祐一はそんな少女に全くと言っていいほど見覚えなどなかった。
 

当たり前だ。相沢家の人間以外にほとんど他人とあったことなど無いし、ガーデンにも行かなかった。そんな祐一が、こんなどこにでもいるような少女に見覚えがあるはずが無い。
だというのに、口から零れ出た言葉はするりと違和感無く発せられ、きっと体は少女のことを正確に覚えているだろう。
 

『さっきの』『さっきの』『さっきの』。繰り返してみてようやく違和感を感じるほど馴染んでいる言葉は、脳が忘れただけで体が覚えているという証拠だった。
さっき、というからにはつい先程会ったばかりの少女なのだろうが(随分前ならば『あ、この前の』となるはずだ)、ついさっき会ったばかりの少女のことをこんなにも覚えていないものだろうか?
 

「あ、ごめんごめん、君は『覚えてない』んだったよね。全く、不便な体だね」
 

少女は落ち着いた表情で祐一をなだめる。祐一は訳が分からないままだったが、とにかくも少女の言葉を待った。
 

「あ、落ち着いて、怖がらないで。別に君になにもしないから。ちょっと――――質問を幾つかするだけだから」
 

「…………質問?」
 

「うん、質問」
 

少女はにっこりと笑って、祐一の額に右手の人差し指を当てる。
 

「君はすぐにこのことを忘れるかもしれないけど、その時はもう無理にこのことを思い出さないでね。いずれ――――必ず会いに来るから――――」
 

途端、小さな緑色の光が人差し指から溢れ、祐一の額に吸い込まれるように溶けていく。
光が目に入り、反射的に目を閉じようとする。
その前に、もう一度だけ少女の姿を瞳に写した。
 


「――――その時は、ちゃんとボクのこと、殺してね」
 


幼い顔、栗色の髪。
 

その髪に、赤いカチューシャがよく似合っていた。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

後書き
 

どうも、食欲の秋に体重が二キロ痩せたハーモニカです。(遅い夏バテ?)
 

とりあえず、これでものみさんの第二部での出番は終わりです(ぇ
全然納得できないと思いますが、ひとまずこれで区切りをつけさせてください。第二部の主な登場人物は全てスクラップのキーパーソンですので、また違う部で登場させます。
特に最後の人。「え、え?」と思った人はいると思いますが、ネタバレになるのでやめます(遅し
三十七話でいきなり場面変わってますが気にしないでくださいな。
 

それにしても、未だにものみの強さのレベルがはっきりとしない……。
相沢夫婦のどちらにも負けると言っておきながら、セクトと互角以上に闘ったりシオンと斬りあったり。
まあそれは今後考えていくとして、シオンはシオンでいろいろと化け物だなと思っております(笑
祐一もここからどんどん化け物みたいに強くなっていく訳ですが。今はまだまだヒヨッコです(涙
 

では、これからも応援よろしくお願いします!


作者ハーモニカさんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板に下さると嬉しいです。