そこに足を踏み入れた瞬間に、ああ、こりゃちょっとまずいな、と本能で悟った。
死だった。そこにあるのは死だけで、『それ』以外の生を根こそぎ毟り取るような無造作な作業だった。
吹き飛ばされた木は累々と墓場のように辺りに散乱する。その表現は比喩ではなく真実だ。そこが死地である以上、そこは墓場であり、埋葬墓地なのだ。そこに墓標が無くてどうするというのか。
ここに百人の人間を集めれば百の墓標が立つだろう。ここはつまり一種の結界だ。その結界の中に入ったものは例外なく命を刈り取られ、その墓標の下に眠るだろう。
 

いや、ただ一人、例外が存在するのならば、
 


「ぁ――ぅ……ぐ、シ、シオン……様、ぁ……」
 


このティアという少女に他ならない。
この死地において尚その生命は尽きない。だがそれは当然の事、この少女に死はない。痛みも無ければ、そんなことに驚く自分すらもいない。
だから、例え身体の大部分が『消滅』され尽くしたとしても、本人に対してのダメージは望めない。だからこそ、ティアは地面に這い蹲るかのように『それ』からの後退を余儀なくされているのだ。
 

「シオン、様。シオンさ、ま。シオン様、シオン様ぁ!」
 

少女は今この死地にやってきた少年を迎えた。いや、それはただ一心の願いか。少女は、手を伸ばし、ただシオンに言った。
 

――逃げて、と、もはや生きてさえいないはずの少女は自らの生還よりも少年の、ティアにとってこの世の全てであるシオンの、この死地からの脱出をただ切に願った。
 

「逃げて、逃げてくださいシオン様! お願い、逃げて! 逃げてくださいお願いだからここから早く逃げてシオン様お願いです! 逃げて、逃げてシオン様――――アイツがぁ!!」
 


狂ったように泣き叫ぶその少女に、ただ一度だけ、その手が振るわれた。
 


ドガァァァ! と轟音が辺りに響き渡る。その音もその威力も、今どこか闘っているものみとセクトのどの攻撃の比にもならなかった。
これはクレーターを作るための特殊な装置か何かなのか。『それ』の手が振るわれた瞬間、ティアを襲ったのはそのまま隕石でも落としたのかと思うほどのクレーターだった。
吹き飛んだ地面の土や岩はそのまま散乱し、しかしそれさえもただ拳が振るわれただけの風圧で更に吹き飛ばされる。
 

「――おいおい……」
 

シオンは、それだけで分かってしまった。
次元が違う。普通という概念で考えればこのシオンこそ本当に次元の違う人間だ。だが、その異端から見たとしても、『それ』はあまりにも非常識だった。
 

要は死なのだ。そいつは死だけを纏っていて、ただ殺すためだけに殺すのだ。それは害虫を駆除する作業をなんら変わりはない。目の前にいたから殺す。殺したいから、殺すべきだから殺す。
それはそれしか知らない。殺すべくして殺すのだから、それは当然のことなのだ。それは殺して、その結果として死があるだけの話。
そこには死しかない。あらゆる生命は刈り取られ、『それ』の養分にでもなっているのか。
 

バラバラに吹き飛んだティアを見ながら、シオンは溜息を吐く。
ああ、俺も死ぬんだな、とおぼろげに意識しながら、尚不敵に笑って見せた。
 

「まさかここまでとはな、正直甘く見ていたよ、『相沢祐一』」
 

シオンはなんでもないように、そんなことを口にした。
 

シオンの目の前に佇む人の形をした者は、相沢祐一その人だった。
昨日あった祐一の姿となんら変わりはない。ただ違うのは、その眼が金色に変わっていることだけ。
容姿的な変化などあるはずもない。なぜならそれは事実相沢祐一なのだから。それは相沢祐一という存在が、相沢祐一という別の存在になっただけ。
 

だが違う。祐一がその場に立つだけで、それだけでそこは死地なのだ。殺される、という表現は大語弊もいいところ。
その場にいる者は死んでいるのだ。ティアのような例外はもう一人といまい。その場に存在する者は既に死をいう概念から外れる事が出来ず、その結果を祐一が下すだけ。実際、祐一の殺気だけで死んだとしても、それはなにも可笑しな事ではない。なにしろもう死んでいるのだ。その方法が銃殺であり刺殺であれ撲殺であれ――――ただ見ただけの死であれ、違いなど些細な事。
 

だから、シオンももう死んでいるのだ。シオンはすでにロープで首を絞められて死んで、そのロープについている爆弾の導火線が、シオンは他の奴らよりもほんの少しだけ長いから、まだその身体を維持できているだけなのだ。
 

――さて、どうするか。
 

シオンは全身から湧き出るような寒気を隠すようにあえて笑ってやった。ティアを助け出すのはまあ当然として、その後どうするか。
時間の問題なのだ、これは。祐一の『夢』が終わるまでの時間を稼げばそれで完全勝利だ。
大体多く見積もって十分。最短でも七分は間違いなく必要だ。
 

「七分か……」
 

そりゃ無理だ。シオンはため息をついて眉を寄せた。
七分? 七分だと? こんな奴、一分だって生きていられたら奇跡だ。この死地で導火線が爆弾に届くまでの距離が七分間分存在するというそれは、どれほど素晴らしい奇跡なのか?
 


ゆらり、と祐一の身体が揺れたかと思うと、それだけで、祐一はシオンの視界から消えていた。
 


「――――っ!!」
 

身体が揺れた瞬間に自分のすぐ数センチ前方に強力な水の壁を作り出す。ビンゴ、そこに祐一の拳が突き刺さった。もし反応する瞬間一瞬でも遅れていれば、いや、発生させる水の盾を後もうすこしだけでも前に構えていれば、シオンの身体は真っ二つになっていたに違いない。
だがそんなものは所詮ティッシュペーパーにもならない。易々と突き抜けた拳はさらに進行し、シオンが作り出した血の鎧すらも粉々に吹き飛ばし、尚シオンを数十メートル後ろに吹き飛ばした。
それは殴るという表現すら危ういような攻撃だった。あれは一般人ならば視覚すら許さず、シオンですらただ手を振っているようにしか見えない。元々理性などあれにあるはずが無く、そんな奴がパンチの構えをとれるはずがない。
なら、祐一の攻撃は振るだけで風を起こす団扇に変わらない。ただその団扇が、なにかとてつもなく強力で痛いだけ。
 

そもそもこんな攻撃がありえるはずが無い。
木などもはやクッションにもならないし、シオンの吹き飛ぶ直線上にある木は全てなぎ倒され、シオンは五本目の木に背中を強打し、ようやくその勢いを殺した。
その際に背中に水のクッションを作っていたが、そんなものは所詮気休めにしかならなかった。
なんだかんだ言って人間の身体であるシオンの身体は、特殊な方法により強力にされてはいるものの、殴られれば痛いし、斬られれば血を流す人間のものだ。
 

だから、生物であるシオンが、既に生物を超越している祐一に敵う筈がないのだ。
 

「ティ……ア――!」
 

ならば、せめてティアだけでも助け出さなければそれは冗談になってしまう。
ティアは、そこに存在するだけで気が狂いそうな死地の中、ただシオンの身だけを案じていたのだ。だったら、今度は逆にこっちがティアを助けてやらないと、そんなのは質の悪い冗談だ。
 

「――はは、お笑いだ」
 

シオンは心底楽しげに苦笑する。
 


シオンはティアを殺すために助けた。あの胸糞悪い研究所から、ティアという存在を殺すために助けたのだ。
だというのに今度はティアを助けるために、自分が死ぬというのか。
 


身体は無意識に祐一の攻撃に対処していた。もはや最初の一撃で意識など飛んでいるのと同じ。だから今祐一の相手をしているのは、シオンの身体を借りた『アイツ』で――――俺は、そんな中一人で愚痴を零しているのか。
 

俺は何故こんなにも必死なのか。別にここから逃げ出したって構わないはずだ。ティアは『死なない』んだし、あの爆音が聞こえた時点で、こんな場所に近寄らなければよかったのだ。
だというのに、こんなにも必死になってティアを助けようとしているのは、きっとそういうことなんだと思う。
 

ただの人間だった自分が――――ただ、人よりもちょっと強かっただけの自分が本気で愛した人の為に、この世界の敵になると誓った、あの日から決めたルール。
 


世界の敵になるのならば――
 

せめて味方には――味方であろう
 


轟音を立てて吹き飛ばされたシオンは木を背にして進行を止めた。正確にはシオンの身体を使っている『そいつ』が止めたのだが。
 

「オーケー、もういいぞウンディーネ」
 

シオンは目の前に全力で水の壁を張ってくれた『そいつ』――ウンディーネに一言礼を言うと、そのまま後ろに後退した。
とりあえずティアから距離を取っていれば、後はティアが勝手に逃げてくれるだろう。
祐一相手に取った距離は数十メートル。こんなもの助走にもならないが、元々距離で防ごうなどとは考えていない。
要は祐一の動きを最低限察知できるくらいに距離を開けていればいいのだ。それ以上の距離は十メートルから二十メートルに上がった所で大した変化はないだろう。
 

祐一は更にシオンに攻撃を仕掛ける。
突き出されるのは右手。祐一の攻撃は恐ろしく強力だが、それでいて極端にシンプルだ。
故に、それを見切るだけの距離と反射神経と身体能力が伴っていれば回避する事は正直難しくない。ただ、祐一の攻撃を回避できるだけのパラメータを持っていないだけで。
それは瞬きにも満たない攻撃。否、それは大語弊だ。瞬きなどしていたならば、おそらく五回は殺される。
祐一の攻撃はそういうものだ。あまりの威力の耐えられなくなった体が、先程のティアのように消滅するような形で吹き飛んでしまうのだ。
つまり回避などできない。祐一の身体能力を上回る事ができるならば回避はできるが、それが出来るのはおそらくこの世のどこかでほくそ笑む神様とやらだ。
回避できないのはシオンも同じ。だがシオンは動かない。距離を取ったのは、ただ単にコンマ一秒だけでも、祐一がこちらに来る時間が伸びればいいなというそういう気持ちでだ。
 

つまり、身体能力で追いつけないのならば、せめて視力で追いつくのみ。
 

――ドゥゥ……ン、ンゥゥ――
 

トンネルで反響するようなくぐもった音がして、祐一の動きが止まった。
祐一の突き出された右腕は、同じく突き出されたシオンの左腕によって『受け止められて』いた。
左腕にありったけの魔力と特殊な水の塊を凝縮し、尚ウンディーネの力を八割近く借り、おそらく本来ならば工事で使う鉄球の直撃さえも防いでみせるその防御術で尚、祐一はシオンの身体をズタズタにした。
左腕の筋肉はおそらく破裂でもしたのだろう。骨もバラバラ。もはや指などあってないようなもの。
 

だがそれでも、一度だけだとしても――――祐一の攻撃を防いでみせたのだ。
ギュ、と祐一の手をもう力の入らない左手で握る。
口からペッ、と血を吐き出して、同時に言葉も吐き出して祐一をありったけの皮肉で罵倒してやった。
 


「――――図に乗るな、ガーディアン」
 


一瞬の咆哮。シオンは自らの中の全ての力を、数分間の命のために開放した。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

森を駆け抜ける。
手には一枚だけ握り締められた呪符と、足には自分の命を乗せて。
もはや祐一がどうとか言ってられなくなってしまった。勿論無二に扱っているわけではない。最終的には必ず助け出してみせるし、今だって、なりふり構わず必死に走っているのは自分が死んでしまえば後はどうにもならないからだ。
 

止まるな。
止まるな。
止まるな。
止まるな。
止まれば――――死ぬぞ!
 

「はぁ――あ、ぐっ――」
 

勢いよく木に背中を預ける。
体中から吹き出る汗は今のものみの心境を充分に表していた。どれだけ激しく肩で息をしようと、この緊張感と恐怖感が続く限り酸素など吸い尽くしてもまだ足りない。
 

――いや、そんな、息を吸うなんて行為を迂闊にしてはいけない。この辺り全ての空気はもはや奴のものだ。無闇に吸い込めばそれだけで死んでしまう。
 

「――――!」
 

そのまま大きく前にジャンプ。加減などしてられない。加減などしようということを考える暇があるのならば、その思考の分を一センチでも多く前に飛ぶべきだ。
瞬間、一秒先までものみがいた場所が爆発した。
爆音が辺りを支配し、背を預けていた木はもはや跡形も残らず木っ端微塵。だがそれは決して純粋な『爆発』によるものではなく、空気を振動させた衝撃波の直撃によるものだ。
爆風に更に飛ばされたものみは地面を転げ、やがて足に精一杯の力を込めて停止した。
 

そして爆発した。ものみはそれを感知する事は出来たが、避けることなど出来はしない。放たれた衝撃波は一息で十数発。その全てがものみへと向かって飛び、全てがものみの下で爆発した。
その爆発はもはやミサイルなどでは済まされない。事実、この威力ならばミサイルなど簡単に撃ち落してみせるだろう。
 

だが、それでもものみは生きていた。
握っていた呪符によって張られた呪符結界は見事に主を護ってみせ、そして最後に砕け散った。
本来ならばシオンの攻撃でさえそうそう壊れはしない結界を、しかし既に十三度壊している。
 

残る呪符は十二枚。こんなもの、あと十二回しか攻撃を防げないぞ、と言っているようなものだ。
 

「まさか龍族だとはね」
 

「以外かい?」
 

「ええ、以外よ。シオンがそんな奴まで従えているとはね」
 

ものみは、目の前に立つ化け物を見据えた。
ジーパンに何かよく分からない文字の書かれた服を着たそいつは、紛れも無くセクトであり、先程となにも変わりはしない。
違うとすればそう。それは背中に生えた二枚の翼に他ならない。
 

セクトはまじまじと自らの姿を見て、どこか安堵したような顔をした。
 

「上手くいったか。失敗すればただでは済まなかったが、成功したならまあこっちのもんだな」
 

そう言って、セクトは苦笑する。
 

セクトにとっても、これは大きな賭けだったのだ。失敗すれば当然自らの身体を内側から吹っ飛ばされることになるし、負うリスクは計り知れない。事実、成功した今でさえその負担は痛みをして体中を駆け巡っているのだから。
 

だからこそその手段は、文字通り最終手段として補充されていたのである。成功すれば勝利。失敗すれば敗北。故にその後の攻防などは無く、それは最後の選択。
ものみはセクトをそこまで追い詰め、そしてセクトとの賭けに負けた。ただそれだけの話。
 

「さて、潔く死んでみる気はないか、天野ものみ? 防げる攻撃は後十二回、どう考えたってお前に勝機はない」
 

「そんなことは――」
 

『やってみないと分からない』
そんな無粋なことを言うつもりはない。そんなことは、言われるまでもなく理解している、と言ってやるつもりだ。
だがどうせ死ぬのならば、せめて祐一を助け出してからだ。それは今でも変わっていないし出来る事ならばこの残りの十二枚の札を全て呪符結界にして祐一に貼り付け、そのままこの死地である森から外へ放り投げてやりたいくらいだ。
 

だが、諦める訳にはいかない。それはこのセクトという男に勝つことではなく、祐一を助け出すことに対してだ。
ここで逃げたとしてもおそらくこいつらは祐一を追ってくるだろう。だからこそここで決着をつけておこうと思っただけなんだし、祐一の意見を受け入れたのだ。
だが、ここで自分が死んで祐一が助かるのならば本望というもの。正直、ものみはシオン達の力を計り違えていた。否、奴らの実力は、人間がもつ天秤などでは重すぎて測れない。
奴らの実力が分かった以上、祐一と、あとは香奈だけでも外に逃げ出すべきだ。そして聖一と瑠海に助けを求めて、そして全世界のハンターを集結させて倒せばいい。
その時にものみはいないかもしれないけれど、二人にこんな死地の空気を吸わせるよりは、ずっといい。
他のハンターだって、シオン達の事を知れば正直、相沢家の家庭の事情だなんて言ってられなくなる。
 

だからここで死ぬのならばそれでいい。その代わり、あの二人は文字通り死んでも――――
 


「――――死んでも助け出す、って顔だな。あの二人を」
 


「――――――――」
 

ものみは眉を寄せる。それは自らの考えがセクトに読まれたことではなく、純粋に、その時のセクトの顔が――――そう、純粋に優しい顔だったからだ。
 

「驚いた。そんな顔も出来るのね、貴方」
 

「そっちは顔面蒼白って感じだがな」
 

ものみはムッと顔を顰める。呪符を一枚取り出して、構えを取った。勝敗などもはや決しているというのに、尚呪符を構えるものみの姿を見つめながら、セクトはすこしだけ笑った。
 

「健気だな」
 

「うるさい」
 

「それほどまでに大事か、あの二人が? あんなただの十歳のガキが。あんたの肉親でもなければ家族でもないあの二人が?」
 

「黙れ」
 

「自分の姿を鏡で見てみろ。お前なら、きっと自分の姿に幻滅するぜ? 「ああ、私はなんて惨めな姿をしているのかしら。しくしくしく」ってな」
 

「黙れと――!」
 

「――でも」
 

ものみの葛藤を横から刺す。ものみは、ぐ、と口を濁らせる。
セクトは一旦言葉を切り、手を前にかざす。手の周りを振動させて、ものみを見る。
 


「――――でも、そんな、自分の姿を自分で惨めに思うようなそんな姿の方が――やっぱり、美しく映るんだろうな」
 


ものみはその言葉に、深く心をえぐられた。
それはものみにも当てられた言葉だったし、同時にセクトにも、シオンにも、そして――――相沢夫婦にも当てられた言葉のようにも思えた。
 

自らの行いに自らが後悔し、懺悔し、その姿を呪う。だがその姿こそが、本当は最も美しい姿なのだと、セクトは心の底からそう思っているのだ。
 

「なあ、天野ものみ」
 

セクトは攻撃を放たずに、ものみに尋ねる。
 

「お前は自分の姿を鏡で見た事があるか?」
 

「――何を言うかと思えば。これでもメイドよ、鏡くらいみるわ」
 

「……そうか」
 

セクトはそのなんでもない返答を、しかし大切そうに胸にしまった。
 

「お前は綺麗だ。いい顔してるし、将来きっと飛びつきたくなるくらいの美人になる。お前も、自分の顔はさして嫌いじゃないだろう?」
 

セクトはものみの返答など待たずに、一言、
 


「俺は、自分の姿が大嫌いだ」
 


そう言って、自らの姿を侮蔑するかのように眺めた。
 

「ああそうだ。俺は『自分』の姿が大嫌いさ。尖った眼。太い腕。それに、この黒い身体。歪な足。爪だって鋭く長い。そしてなにより――――こんな、借り物の身体もな」
 

言いながらセクトは、至って普通の自分の身体を見る。
 

「訳の分からない理由で自らの一族を皆殺しにして、シオンに見つけてもらうまで人を、いや、人だけじゃない。ありとあらゆる生物を殺すだけの存在だった俺の姿が――――俺は、たまらなく大嫌いだ。人化の術で人に化けないと理性を保てないようなこの身体も。翼を出すだけで目の前の女を殺したくてうずうずするこの身体も。それに――――こんな借り物の身体じゃ涙も流せないような、『自分』もな」
 

セクトは淡々と言葉を吐き出す。自らの醜さを、しかし醜くなりきれなかった心が嫌悪して止まないのか。
ものみはただセクトを見つめ、しかしその瞳に同情はない。
 

あるのは哀れみと、それに――――
 


「正直、お前が羨ましいよ。天野ものみ」
 


言うセクトの眼には迷いと矛盾だらけ。できるならば今すぐ自らの身体を自らの衝撃波で撃ちぬきたい気持ちと、ものみを殺したい衝動だけ。
 

ものみはただセクトを見つめ、しかしその瞳に同情はない。
 

あるのは哀れみと、それに――――ただ、酷く自分に似ているなという、そんな気持ちだけ。
 

セクトの衝撃波がものみに放たれる瞬間、
 


「――――なっ!?」
 

「――――これは!?」
 


揺れる大気と、揺れる大地が同時にやってきた。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

後書き
 

どうも、落とし穴にはまったハーモニカです(意味不明)。
 

今回の話は、ちょっとだけの進展と、セクトのことでしたとさ。
セクト書くと喋り方がシオンと酷似しすぎ。まあシオンはもっとはっちゃけてるけど。
ティアの死なない体とか、祐一の夢とか、シオンの愛する人とかその他諸々のことは今後の話にて説明しますので。
上手く複線隠すの苦手なんですよ。
 

ってかシオンちょっとカッコイイ。セクトもちょっとかっこいい。
私はキャラはちゃんと作っておきたいので、こればっかりはシナリオ作ってから複線張ってます。
どんどん設定が増えていくシオンに比べれば、セクトは随分動かないキャラです。
そういう点では、祐一よりも初めの設定多いかも。
初めから全然動かないキャラクターって、私の中ではほとんどいないんですが、セクトだけは全然動きません。ある意味可哀想なキャラ。
 

さて、もう本当に終盤ですよ過去編。長かったなぁ……本当に終わるのかとすら思った過去編ももうすぐ終わる。そして新章が……。
 

今出せる全てを出して書いて、そのあとしばらく休憩しようと思います(汗
 

では、これからも応援よろしくお願いします!

作者ハーモニカさんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル掲示板に下さると嬉しいです。