二人の戦いはまさに互いに手榴弾を投げ合うような戦いだった。

それぞれが爆薬になり、あたり一面吹き飛ばす。セクトの出す振動よりも、ものみが投げる呪符の方が僅かに早い。

だが二人の攻撃が少したりとも掠ることは無かった。二人とも、一通り木岐を吹き飛ばすと、丸裸の荒野のようになった場所から離脱し、新たな木岐の影に隠れてさらに爆発を巻き起こす。

ジーパンに何かよく分からない文字の書かれた服を着た男、セクトの衝撃波は確かに強力だ。

セクトはただミサイルを機関銃にセットして撃ちまくるような戦いだったが、ものみの闘い方は冷静さを極めた。

互いに打ち合い、もはや相手の位置を確認することさえ困難なその状況で、セクトの『振動』能力とは違い紙の利点である貼り付けを利用し、セクトが次に移動するであろう場所へ貼り付けておく。

それを繰り返し、セクトは徐々に追い詰められていく。セクト自身はこの地雷じみた物がどこに張られているのかなど分からないのだから、肉眼で確認するしかない。しかし、肉眼で確認する頃には既に爆発している。

つまりセクトに出来ることは、容易に爆発させないようにできるだけものみと距離を縮め、爆発させればものみを巻き込ませる状況を作っているのだ。この状況下で、辺りに地雷を撒かれているというのにそんな博打を決してミスすることがないセクトは、やはり相当な実力者なのだろう。

 

「――そこっ!」

 

「ちっ!」

 

ものみが木の影に隠れていたセクトに呪符を投げつける。

 

単純な爆弾合戦ならばものみに分があった。ものみは時間差を利用することも出来るし、浜野の攻撃は確かに手榴弾のような威力を持っていたが、それでも爆発ではなくあくまで振動が地面を直撃しているだけの話。

威力は文句はないが、ものみを仕留めるには不十分だった。

ただし、ものみも悠長に相手の隙を窺うつもりはない。何故なら、ものみには『限界』が存在するからだ。

それは単純な数字、呪符の数だった。

数個のポケットにびっしりと詰め込んだ呪符も、しかし無限ではない。セクトの振動とは違い見境無く爆発させられるものではない。

だからこそ適当にばら撒いて爆発させないのである。多くの呪符を使い、それを防がれたらこちらが厳しくなるのは目に見えている。故に、ものみは相手の先を次々と読まなければならないような戦いを強いられているのである。

 

おそらく、残りの呪符の数は多くて六十枚。セクトの前に闘っていた魔物にもいくつもの呪符を使用したし、こんな殴り合いのような戦いを続ける訳にはいかない。

 

森を駈ける。木岐に紛れたセクトの姿は、少し向こう側、一般人では見えないようなところにいた。

セクトは先程から逃げてばかりだ。そりゃあもちろん、ものみが呪符を仕掛けているであろう場所に飛び込んでいくほど馬鹿ではないが、これでは互いに見失ってしまう。

あくまでもセクトの目的はものみの足止めなのだ。昨日の戦いのようなことになってしまわないようにあえて自らの正体がばれることも厭わずに足止めを打って出たのだ。

だというのに、セクトは先程から逃げては衝撃波をを撃ちまくるだけだ。確かに逃げ出せるような距離ではないし、そんなことは許さないだろうが、それでもセクトは戦いにあまりにも消極的過ぎた。

 

呪符が飛ぶ。なけ無しの呪符は少しの狂いも無くセクトを突く。だがそれはセクトの衝撃波によって相殺される。

セクトが後退する。その動きは、明らかにこちらを誘っているようにも見えた。

 

誘っている? ――――この私を?

 

 

「――舐めるな!」

 

 

ものみが右手をグッ、と握る。途端、セクトがいる周りの木が一斉に爆発した。ものみがあらかじめ張っておいた呪符が爆発したのである。

爆炎は大地を飲み込み、爆風は容易く木を根っこから吹き飛ばした。

しかしそれで終わりではなかった。普通ならば今の一撃で確実に死んでいるはずの者の爆心地に、さらに数枚の呪符を落とす。

爆発の煙でよく見えないが、セクトがあの程度で死ぬ訳が無い。この追い討ちだって、セクトをあわよくば誘い出せるかも、という小さな期待のものだ。これでセクトをどうにかできるなど思っていない。

三度の爆発の追加を許したその大地はもはやクレーターが出来上がり、そこに存在する人間など破片も残らないだろう。

事実、セクトはそこにはいない。間一髪の後、セクトはどうにか爆心地からの逃走に成功していたのだ。

 

「この、爆弾娘――!」

 

「お前だって似たようなものよ」

 

セクトはコホコホと咳を切らしものみの前方五メートルほどの位置に避難していた。ものみはそんなことなど分かっていたかのようにセクトに向けて突進する。

 

一歩踏み込んで一枚。

二歩踏み込んで三枚。

三歩踏み込んで七枚目の呪符をセクトに向けて投げつける。

 

「ちぃ――」

 

セクトは両側の木に手を付くと、同時に左右二本の木を『振動』させた。

木は一瞬激しく波打った後、根からセクトの前方に倒れこんだ。それが盾となって呪符の爆発を防ぐ。

だがそれによりセクトの視界は焼けた大木だけだ。その隙にものみはセクトの死角へと移動した。

 

「しゃらくさい!」

 

セクトは、パン、と地面に手を付いた。

グオン、と一瞬地響きが起こったかと思うと、次の瞬間、辺り一面の大地が激しく『振動』した。

セクトは地面そのものを振動させ、地震を起こしたのだ。ただ、その地震の規模がまずかった。

その辺の地震とは訳が違う。これは自然現象によって揺れているわけではない。これは、揺らすために揺れ、地面そのものが呼応しているのだ。

地面に数十本の亀裂、地割れが発生し、大木などバラバラに吹き飛んだ。

だがそれで終わり。そんなもの、ものみにとってどれほどの効果があったのか。

 

「――――っな!」

 

ガクッ、とセクトの動きが止まる。それは、セクトの両の足首にまとわりついた二枚の呪符のせいだ。

ものみとて、セクトがなんらかの方法で呪符の攻撃を防ぐのは用意に予想がついた。だからこそ、数少ない呪符の中で七枚もの呪符を使い、セクトの目を誤魔化したのだ。

あの内の五枚が起爆符。そして残りの二枚が束縛札という、相手を拘束するための札だったのだ。

 

(――まずい!)

 

これでは完全に袋のねずみだ。しかも身動きを封じられたのだ。

いや、さっきの地震であらかた障害物は吹き飛ばしたから不意を突かれるなんてことはないし、拘束されたのは両足だけで、両腕は自由に使うことは出来るし、背後からの奇襲など恐れるに足らない。

どんな札が来ようと衝撃波で撃ち落すまでだし、どうしても無理な時は――できるか分からないが封印を解くしかない。

 

(くそ、まさかこれほどとはな……)

 

セクトは心の中で唾を吐き出す。

天野ものみ。シオンから要注意人物だと言われていたが、正直その実力がここまでのものとは思いもしなかった。

行動能力。情報処理能力。瞬間的な行動の機敏さ。そのどれをとっても、天野ものみはほぼ完璧だった。

そりゃあ、まだ相沢聖一や相沢瑠海には及ばないが、それでも充分すぎる実力者だ。

 

(くそ――――どこからきやがる)

 

セクトは周囲に意識を張り巡らせる。後ろは無い。左右、共に反応はない。前方、ここも反応なし。

前後左右全てに天野ものみの『反応』は見られない。では、いったいどこに――。

 

「――――っ!!」

 

セクトは慌てて上を見上げる。

ものみは木を使い、上空に飛び上がっていた。セクトの上空七メートルの位置、そこに真下に呪符を撃ち放つものみの姿があった。

 

「くっ、このっ!」

 

セクトは衝撃波を機関銃のようにぶちまける。それは自らに落ちてくる十を越える呪符全てをがむしゃらに撃ち落しているかのようだった。

事実、その方法意外にセクトに生き残る方法はありえなかった。確かに、セクトには振動を利用した『壁』を作り出すことが出来るが、だが一枚でも充分な破壊力を持つ呪符を十枚も同時に受け止めたらただでは済まない。故に、セクトの行動はここまでに限られる。

 

だが、この方法自体は間違ってはいない。今セクトが足を封じられて身動きが取れないように、ものみもまた、空中という足を使う事が意味の無い空間にいる以上身動きが取れないのはお互い様。後は互いの攻撃を防ぐためにお互いの攻撃をぶつけ合うしかない。

 

ものみの札とセクトの衝撃波の威力はほぼ同じ。ものみがやや上か、それくらいである。故に、お互い一撃でも喰らえばそれだけで戦闘に支障をきたす。そして、それにより勝敗は一目瞭然になってしまうのだ。

 

ドガァンという轟音が数秒のうちに何度も鳴り響いた。爆音は大気を揺らし、自己を強調するように尚強く響き渡る。そしてそれによる爆風も半端ではなかった。およそ周りの葉は吹き飛んだだろうし、その風の中心への侵入は決して許されなかった。

 

だというのに、ものみはあろうことかその風の逆風を受けながら、尚セクトに向かって降下していった。

しかしそれは自然なこと。跳んだのだから落ちるのは当然。彼女はただ、セクトに向かって跳び、セクトに向かって落ちるだけ。ただそれだけのことが、しかしセクトにはどうしようもなく死を連想させた。

当然だ、セクトは動けない。今のセクトはただの面積だ。そしてものみの札の攻撃範囲にセクトが入っている以上、セクトにそれを避けることはできない。できるのは、ただその札と衝撃波を打ち合わせ合い打ちにすることだけ。

 

だが、そのものみが尚セクトに向かって降下してくるというのならば、それはつまり爆発を起こせないということだ。何故なら、ものみとセクトの距離が縮まれば縮まるほど、その中間で爆発する札と衝撃波との距離もまた近くなるからだ。

つまり、ものみがセクトに近付こうとする限り、セクトにはどうしようもなく攻撃を防ぐ方法が無い。断頭台に固定されたセクトにとっては、落ちてくるものみはギロチンそのもの――!

 

「血迷ったか! 俺を殺せれば死ぬのも厭わないつもりか!?」

 

ものみは何も言わない。その代わりに、その手には呪符の一枚も握られてはいなかった。当然だ。どちらにしろこの距離でセクトが衝撃波を撃てばそれが開始の合図になってしまう。その瞬間にものみは両手いっぱいにありったけの呪符を構え、爆発させてセクトも道連れにするだろう。

だから衝撃波を放つ事は出来ない。だが、避ける事も出来ない。このままものみが近付いて、自分の首にナイフでも突き刺すのを、ただ黙って見ているしかないのか。

 

ならばいっその事、ここでありったけの力を込めて衝撃波を放てば、それで全て終わるのではないだろうか?

セクトを殺すにしても道連れにするにしても、結局の所ものみは自身の死を免れない。ものみは、自分をも巻き込んだ爆発を行う事を、私は全く厭わない――――ただし、その代わりにお前も死ね、という、そういう駆け引きをしているのだろう。

つまりこの状況で合い打ちは必須。だがセクトとて何の策もないわけではない。

『あの力』の封印を解く事に成功すれば、おそらくはものみの攻撃など小石程にもならない。

だがそれは最後の最後の最後の賭けであり、八割失敗する奥の手であり切り札であり――現状況でセクトがものみに勝つ最後の手段だ。それを、そう簡単に使い捨てする事は出来ない。

 

吹き荒れる爆風の中、セクトはただ、己の勝機を見出すためにじっと、バラバラになるものみを見つめて――――。

――バラバラに、なる――ものみ、を

 

 

紙、札、文字。セクトには、それしか見えなかった。ただ目の前に広がる無数の紙たちは、今まさにそこにいたはずのものみの代わりにバラバラに散りばめられて――。

 

瞬時に、セクトは全てを理解した。

 

「――――っ、こ、の――――ペテンがぁぁぁっ!!」

 

 

身体に張り付く無数の紙。一瞬の閃光。吹き乱れる爆発。

 

セクトは、自らの中の封印を解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

攻撃を躊躇った時点で、貴方の負けは決まっていたのよ、とものみは木の陰でセクトのいた場所を見た。

セクトのものみの戦いは手榴弾の投げ合いだったのだ。それを躊躇した時点でセクトの負けは決定していたと言ってもいいだろう。

要はそういうことだ。ものみはセクトに起爆札を投げ続け、セクトの視界から完全に自分を遮断する機会を窺う。そしてセクトの視界にものみが映らなくなったら、完全に全ての気配をシャットダウン。あとは札で作った『ドール系魔法』の『札人形』をセクトの上空に飛ばして操る。

その際札人形に数枚の札を持たせておいて、あとは札人形に札を投げさせる。札人形自体が札を爆発させる事は当然出来ないが、木の陰からものみが遠隔操作で爆発させればなにも問題はない。

そしてセクトに落ちてきているものみが偽者であるなどという考えを無くならせ、ものみはそれを安全な木の陰で見ておくのだ。

 

セクトがさっきのように合い打ちを恐れて衝撃波を放たなければ、札人形をバラバラにして起爆札をセクトにまとわりつかせて爆発させる。

仮にセクトが衝撃波を放った所で、札人形の中の起爆札がそれを相殺し、起爆札と一緒に混ぜてあった束縛札でセクトを完全に拘束。その後完全に身動きの取れなくなったセクトの背中にでも起爆札を貼り付けておけばそれでチェックメイトだ。

 

つまり、セクトが両足を拘束された時点で、ほぼ勝負は決まっていたと言っていいだろう。

事実、セクトを中心とした爆発はミサイルとなんら変わりはない。実際、ミサイルとの力比べをしたところで負ける気がしない。

どれほどに強力な壁を作ったところで完全に無効化など望めない。

故に生存は無い。残り六十枚しかない呪符の半分を使ったのだ。それで生きていたのならばあと自分はどれほど生きてられるのか?

 

「……その心配は要りませんか」

 

煙の上がる爆心地にはすこし肉が焼ける臭いと、後はただ静寂だけが残っていた。

だから死んだ。あれで死んでいなければ、それはただの化け物だ。

ものみは踵を返す。そのまま祐一を探し出すために歩き出し、

 

 

「あー、あー…………よっし、ちゃんと生きてるな……?」

 

 

そんな言葉を、耳にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間はすこし遡る。

それはものみがまだセクトと交戦して間もない頃。シオンは森を駆け抜けていた。

 

「ティアは上手くやってるかな」

 

シオンはそう呟くと、更にスピードを上げ森を駆け抜けた。

相沢祐一が味方になればもはやシオンの計画を妨害する者など塵にもならない。

味方にならずとも、とにかく敵にならなければいいのだ。相沢祐一が、厳密に言えば『覚醒していない相沢祐一』が敵に回れば、それでオシマイなのだ。

終わりなのはシオンだけではない。ある意味、この世界の全ての人間が殺されると言っても過言ではない。

だが言ってしまえば相沢祐一はただそれだけの存在だ。覚醒しないのならばそのまま放置しておいてもいい。重要な研究素材ではあるが、だがそれでもそれほどまでに興味が引かれるほどでもない。

それに、殺してしまえばもっと簡単だ。それならばもはやだれもシオンを止める事など出来なくなる。

 

「まあ、尤もそれが出来ないから困ってるんだがな」

 

そう言って苦笑。シオンはティアが待ってる筈の場所まで急ぐ。

 

思えばおかしな話だ。自分の力の使い道は自分で決めるもの。それがどんな形であれ変わらない。

だからシオンはその力を自分の目的のために使うのだ。

 

だが、それは結局――――

 

 

「何を今更……」

 

 

そう言って笑い飛ばす。ポケットから思い出したようにペンダントを取り出して握り締める。

金色の綺麗な装飾の施されたペンダント。だがそれを身に付ける権利は自分には無い。これを付ける事が出来る者はこの世にただ一人だけだ。

それはただ一度だけ自分が信じ愛したただ一人の女性。

 

「――待ってろ、あと八年もしたら」

 

きっと、また会えるから。

その時にもう一度、もう一度だけ自分に微笑んでくれればいい。

 

そのために、シオンは自らの力を――

 

 

『――何をしているシオン――!』

 

 

「え」

 

頭の直接響く女の声で我に返る。その瞬間だ。

 

ドガァァァンという、大地を揺るがす轟音が聞こえてきたのは。

シオンが目を見開く。

 

「馬鹿な! 俺以外に封印が解けるはずが――!」

 

そんな訳はない。天野ものみや相沢香奈ではない。勿論セクトでもない。この強力で計り知れない魔力は――!

ならば、その近くにいるはずのティアは、つまりそういうことなのだ。

 

いや、ティアは大丈夫だ。ティアとにかく絶対に『大丈夫』なのだが、だがそれでも無事というわけではない。

だが、急がなければならない。もし本当に封印が解けたのならば、早くに片付けなければ自らの命さえ危ういのだ!

 

「近い、急ぐぞ『ウンディーネ』!」

 

『分かっている』

 

シオンは言って、そのまま駆け出した。

 

自分の命ほどに大切なペンダントをポケットに仕舞うと、シオンは躊躇うことなく死地へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 

どうも、技術の時間にぬいぐるみ製作があって、それでパンデライオンを作ったハーモニカです。

 

かなり無理矢理。しかも私以外何を言っているのか訳が分からない話。それがスクラップ。

実際謎めかす、というか普通にさりげなく答え言っちゃってるんですけどね。

完結した後に(するかわからないですが)もう一度一話から読み直すと結構な伏線が張られていると思います。多分私もビックリすると思います。

でもそんなのは当たり前なんです。だって、私の場合は、

 

『設定の後に伏線を張っているのではなく、伏線にそってシナリオを考えている』のですから!!

 

 

それは自慢していい事なのか?(激汗

まあ行き当たりばったりなスクラップですが、早々と第二部を終わらせるつもりが速くも三十話越え。

もう十話以上書いている事になります。びっくりですね。

まあ第一部はもっと違うところで切れたんだろうけど、でも第二部は過去編って決めていましたので。

 

では、これからも応援よろしくお願いします。



作者ハーモニカさんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル掲示板に下さると嬉しいです。