華音のガーデンの図書室はもう祐一とリアの二人だけになっていた。

祐一が一通り話し終えた後リアはすこし視線をテーブルに落としていた。

もう外は夕焼けが映り始め、図書室の窓から赤い日差しが入り込んでくる。

先ほどから祐一は淡々と過去にあった出来事だけを話し続けていた。

むんずと椅子に腰掛けているリアは祐一が話しだしてから一度も口を開く事はせずに、しかし祐一の一言一言逃さないように聞き続けていた。

 

「まあここで俺がその女に殺されそうになったんだよ」

 

祐一が何事もなかったかのように自分の九死に一生体験を語る。リアは顔を上げると祐一の瞳をじっと見つめた。

 

「……その女っていうのは、ティアのことよね?」

 

「まあ、そうなるな」

 

テーブルの上で人差し指をコツコツ叩きながら祐一が言う。

 

「今祐一が生きているってことはその時殺されなかったってことだろうけどさ、でもそのものみさんや妹さんは助けにこれないんでしょ? どうやって助かったの?」

 

リアがふと思いついた疑問を口にする。

祐一もこの質問はとうに予想していたのか、じっと腕を組んで目を閉じる。

 

「……祐一?」

 

どうしたの、という風に聞いてくるリアをすこし視界から外して、そしてすぐにまた戻した。

ひとつ頷く。

 

「それで一瞬意識が飛んだんだけど、でも次に目を開けたときにいろいろと変わってたよ」

 

「変わってた?」

 

「ああ」

 

リアはすこし眉を寄せる。祐一の喋り方は淡々としていて、それでいてどこか、リアでは辿り着く事すら出来ないような深い闇を感じる。

一度唾を飲み込んで言う。

 

「どういう風に変わってたの?」

 

祐一はその質問に、即答した。

 

 

 

「――シオンが、血まみれで倒れてた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リアには関係のない話なのだろう。

もちろんシオン諸々の話は無関係ではない。無関係ではなく、今日アルクェイドと秋子さんとああいう形で出くわしてしまったからこそ、リアは事の重大さに祐一に過去の出来事と、それによって関係してくる自分への因果じみたものを聞いているのだ。

だが、あの時祐一が死の堺で見たあの『映像』は、リアにはおそらく関係なく、きっとリアには言う必要のないものだ。

だから。祐一はそこを敢えて話さない事にした。

リアに心配をかける必要もない。

リアに教えるのは必要最低限のことだけで充分だし、あんなものの詳細を、リアだって知りたくないに違いない。

そう、だから教える必要はないのだ。

 

あの時、自分が緑髪の少女に殺されようとするときに見た、あんな『映像』など――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦争で植物人間になった人間はいくらでも存在した。それこそ吐いて捨てるほどに。

加えて、戦争でなくとも他の状況で手足を失った人間も存在したし、自殺を考える者も少なくなかった。

相沢夫婦が目をつけたのはそこである。

なるべく未来のある人間は使わずに、尚且つハンターで強い力を持つ人間が必要だったのだ。

人材には困らなかった。加えてそれを集める費用も全く問題は無かった。権力もあったし、名前もあった。その二人の計画に支障など存在するはずもない。

計画は順調に進んでいった。聖一はギルドで仕事と交換した諸物を自室で読み漁り、瑠海は人集めを行っていた。

着々と進んでいく計画の中、二人に迷いなど存在しなかった。

 

そう、その二人にとって何より最優先すべきものは唯一つだったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無い物ねだり。それが一番しっくりときた。所詮手に入らないものは手に入らずに終わる。

この世界はそういう悲しい現実で塗りつくされているのだ。だからこそ人間には欲望が尽きることなく、それを誰かが求めて奪い合う。

私はそんな醜い連中を腐るほど見てきた。そして今もその醜い人間二人に仕えているのだと思っていた。自分のためだけに禁忌と呼ばれる法を行おうとしているその夫婦を、私は冷たい眼で見つめていた。

私はそういう人間のいる中で育って、そういう人間によって育てられた。そして今私はそういう人間に仕え、そういう人間のために働き、そういう人間のために、ある特殊な生物製造方法の情報を教えた。

 

 

 

「お気に召したでしょうか?」

 

「ああ、素晴らしい本だよ」

 

彼は私にそう言うと数日前に私が渡した本を手に取った。

しおりを挟んであったページを開く。一般人にはおよそ理解など出来ない文字が所狭しと並び、そして所々魔法陣のような絵が描かれている。

本の色自体が変色し、それがその本の生まれてから今までの年月をひしひしと伝えてくる。

それは本来ならば見るどころかその本の存在を知ることすら出来ないような物だ。

 

「これほどの本が…………君の家系には本当に驚かされるよ」

 

「いえ、これくらいはさせていただかないと。こんな物でよければいくらでも用意させていただきます」

 

「ああ、頼むよ」

 

彼は嬉しそうにその本にまた目を通す。

その喜びは純粋に自らの子供を手に入れることができるかもしれない事に対しての喜びか、それとも自己満足がもうすぐ完全に遂行される事に対しての喜びか。

どちらにしても、もうすぐ彼らの計画が完全に決行される事に変わりはない。私は、ただ背中を押しただけだ。

 

私に欲しい物などほとんどない。あったとしても、そんなもの何の価値もない。私に与えられるのは紙と筆で充分だ。

私は正直誰なのかさえ分からない。いる必要があるのかどうかも。実際彼らに拾ってもらうまでは私は家出した家にも帰ることは出来ずに死んでいただろう。あるいは彼に諸物を渡すときのように一旦我が家に侵入して必要な物を盗んでくるか。

だが拾われようが拾われまいが結局は同じだった。ただ、今は彼の役に立つ事で自分の存在意義を実感しようとしているだけだ。

 

きっとこの人達だって、結局の所私が嫌悪してやまない天野家と同じに、違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガーディアンというのは情報の塊のことをいう。

情報を情報で分解し情報で再構築。そして新しい情報が誕生する。

それがガーディアンである。

 

通常生物と同じ姿をした『情報』をガーディアンと呼び、特殊な方法でそれを作り出す。

必要なものは、知恵と、技術と、環境、そして――生贄だ。

犬を作りたければ犬の生贄。猫を作りたければ猫の生贄。

 

人間を作りたければ、人間の生贄が必要になる。

 

方法は理論上それほど難しくはない。

地面にデロップと同じ魔法陣を描く。そしてその魔法陣の中に作りたい人間の情報をところせましと書き込む。

書き込むと言っても、『カッコいい顔にしてやってください』『性格のいいやつにしてやってください』などというふざけたものではない。もっと専門的な文字列を書き込んでいくのだ。

そしてそこに生贄を用意する。魔法陣にその生贄の情報を理解させ、一旦情報――つまり肉体や記憶、感情、性格などをバラバラに分解する。そしてそれを新たに組み合わせていく。

何十人の生贄を使い一人の情報を誕生させる。そういう異端の術で、しかも失敗すれば生贄は戻ってこない。加えて手間もなにも全てなくなってしまい全て振り出しに戻る。更に言えば、これは本当ならばその存在さえ一般には公開されないような極秘中の極秘だ。

行えばしばらく外へは出歩けなくなる事になるだろう。

 

失敗は許されない状況下の中、その夫婦が取った手段は、一度に何百人もの生贄を使って何十人かのガーディアンを作り出すというものだった。

数を撃てば当たるという考えだ。その発想自体は間違ってはいない。何十人かの内の一人でも『完成品』があれば、それだけで歓喜すべきものだ。

そう、何十人かの内の一人。

 

それさえいれば、後の失敗作など処分すればいいだけの話なのだから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夫婦が一流のハンターであることは認めよう。

実力も認める。確かにいろいろと凄い事が出来るし才能にも満ち溢れている。

人望も厚く本当に何でもできた。

あらゆる才能に長けていることも事実だ。

 

だからって、これは凄すぎだろう。

 

ガーディアンを七人も作ってしまうなんて――

 

 

普通は一人作るだけで物凄い技術が必要になる。

だというのにこの夫婦は、確かに人材は用意したがそれでも、七人ものガーディアンを作る事に成功した。

 

そしてその内に一人、完全な『完成品』が存在した。

 

 

生まれた瞬間に分かった。その子は特別なんだと。素晴らしい力を持った子供なんだと。

後の六人は分家に預けておいた。しかしこの子だけは、絶対に譲るつもりは無かったのだろう。その夫婦の下で育てられる事となった。

その子供は日が経つにつれその才能を発揮し、あらゆる事に対して目覚しい成長を見せた。

その夫婦にとってはまさに望みどおりの子供だったに違いない。

私はその子供の管理をすることとなり、その子が充分育つまで、私はその子供の使用人として扱われるようになった。

 

私自身不満はない。ガーディアンに興味はあったし、この子はまだ歳が幼い私でも充分育てる事が出来るようなできた子供だった。

 

私はその夫婦がこの子に望むものは一つだと思っていた。

自分達のエゴをこの子に押し付け、この子にはただ一つのことしか望まない。そういう関係なんだと思っていた。

この子は持て囃されているようで、実は常に一人なんだと、ずっとそう思っていた。

 

 

でも、私はその時点で大きな間違いを犯していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 

どうも、デビル・メイ・クライ3のプレイ時間がもう少しで50時間経過しようとしているハーモニカです。

 

デビル・メイ・クライ3マジで面白いですよね。いつやっても飽きませんよ。

まあそれはさておいて。

今回はすこし分かりづらかったかもしれませんね。

この一人称は誰かはもうすぐに分かっていると思いますが、肝心なのはそこではありませんよ? (少し謎めかす)

さて、そろそろ過去編が終わりそうです。書いてる間は「長いな〜」「いつまで続くんだ?」と思っていましたが、いざ読んで見ると短い短い。

まあ過去編なんて重要な所抑えとけば別に短くてm(失言!!!)

いつまで続くんだと思っていた過去編。それが終われば今度はようやく――!

早く第四部に行きたいなぁ……。

 

過去編で重要なのは、香奈、祐一、ものみの三人なので、他のキャラの紹介は一部進んでからにしますね。

 

では、これからも応援よろしくお願いします!



作者ハーモニカさんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル掲示板に下さると嬉しいです。