森に入ってからは四人はすぐに別行動に移った。

まず浜野が別れ、その後すぐものみが別れた。

そしてつい先程香奈が名残惜しそうにしながら祐一と別行動を取った。

一人で鬱蒼と生い茂った木岐の間をすり抜けながら歩く祐一は、先程から一つの可能性について思考を張り巡らせていた。

 

「…………」

 

祐一は無意識に歩を進める。もともとどこを調査、などと決められてはいないのだ。どこを歩いたって祐一には分かるはずもなく、計画立てて歩く必要もない。

とにかく歩く。とにかく歩かなければ始まらない。これは祐一の父である相沢聖一の口癖だ。

人間じっとしていてはなにもやって来はしない。何の変化無くその場に留まるだけの存在になってしまう、と。

祐一にとってそれはまだ理解できる事ではなかったが、しかしそれが、祐一がこの世でただ一人尊敬する男の口癖であるという事実。それだけで充分だった。

 

祐一の思考が止まる事は無かった。一つはあの少年のことだ。

あの少年は間違いなくこちらのことを知っていた。そして何らかの目的を持って祐一に近付いてきたのだ。しかしその理由は当然分からない。いや、分からないといえば祐一はなにもかもさっぱり分かっていないのだが、だがそれでも、これはある意味なにか作為的に自分達はハメられているのだなと実感する。

だとすると今ここにいることすらどこか馬鹿馬鹿しいと思えてしまう。

どんな素晴らしい策を練ろうがあの少年にパンチ一発くれてやることは出来ない。そんなことは、言うまでもない。

勝つことは不可能なんだ。加えて、昨日の様にあっさり退いてくれるとも思えない。ならば今から自分は死にに行くようなものだ。香奈もものみも浜野もつれて、自分はあの少年に殺されに行くのだ、こんな馬鹿な話もそうないだろう。

 

ガーディアン。

 

一つの単語が祐一の頭の中へ入ってくる。

ずきん、とすこしだけ胸の辺りが痛くなる。この単語にどれほどの意味があるのかは知らない。ただ、それでもその単語が自分に無関係であるとは、到底思えなかった。

あの男は自分がガーディアンだと言っていた。ガーディアンがなにか知らないのだから祐一にはどうとっていいのか分からないが、だがそれでも自分がなにか特別な存在なんだという事は理解できた。

分からない。自分は一体なんなのか。それがなにを意味するのか。

 

――分からない、といえばもう一つ。

 

それは先程からずっと悩んで、そしてほぼ核心に似たものを掴んでいるあの男のことだ。

つまりそれは――

 

 

途端、自分の少し遠くから爆発音が聞こえた。

 

 

東の方角に顔を向ける。あの方角に誰がいるのかは知らないが、とにかくあそこで誰かが闘っているのだろう。もしくはなにかを見つけたか。

ものみの言葉を思い出す。なにか見つけたらあのように大きな音を出して合図を出せと。あれをあの三人の内誰かが出したものであるならば行くべきだ。いや、そうでなくてもいってみる価値はあるだろう。

祐一はその方角へ足を踏み出し――

 

 

「――行かないほうがいいんじゃないかしら」

 

 

―― 一人の女性の声を聞いた。

 

「…………それが、あの男の命令か?」

 

「いえ、これはシオン様の意志ではないわ。でも、私は優しいから貴方に教えてあげるの。あそこには、いかないほうがいいって」

 

振り返る。

綺麗な少女が立っていた。緑色の髪の毛をすらりと垂らした美少女。

その少女が、今までどこに隠れていたのか木にもたれかかりながらこちらを見ていた。

 

「シオン、それが奴の名か?」

 

「ええ、シオン、シオン様。ねえ、シオンっていう名前、とても素敵だと思わない? なんだかこう、神秘的な響きがするのよね」

 

「…………」

 

いや、別段そうは思わないな。と言ってやりたかったが、しかしそんなことをしても意味はないだろう。

よく分からないがこの女はあの少年、シオンの部下らしい。手下でも手駒でも何でも構わないがとりあえずはそういうことらしい。

ならば、話は早い。

 

「俺に何か用か? それともそのシオンからなにか言い忘れたことでもあったか?」

 

もう一度爆音を聞きながら、祐一は目の前の少女に問う。

 

「半分当たりね、貴方の相手をするようにと言われたわ。今頃貴方の連れは魔物達と戦ってると思うけど、この周りには影響が出ないようになってるから、魔物に襲われることは無いわ。逆に言えば仲間の助けも期待できないということだけど。

シオン様はすこしだけ来るのに時間がかかるそうなの。あるものを用意してくるから、それまで退屈しないように私が相手をするわ。さて、用意はいいかしら?」

 

目の前の女は楽しそうに言う。祐一に拒否権など存在しない。

――なにを今更。こうなることぐらい最初から予想できていたさ。

用意、用意だと?

 

そんなものはとうにできてある。問題なのはそんなことではない。

問題なのは、自分がこの女と戦って無事でいられるか、というそこだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

――

いつか誰かが言っていた。

子供が欲しいな、と呟くように。

その夫婦は一流ハンターで、容姿もお互い美しく、まさに周囲が羨む夫婦だった。

しかし愛し合っているはずの二人に子供はいない。作りたくとも作れない身体だそうだ。

妻が魔族との戦いで子宮をやられ、それきりだそうだ。

ロボットでも作ってはどうか? 私はその夫婦に言ってみた。すると二人は口をそろえて苦笑を浮かべた。

そんな命はいらない、と。

しかしその二人は本当に悲しそうに顔を俯かせていた。

子供が欲しい、というそれはきっと子供というものが欲しいのではなく、二人の愛の結晶が欲しかったのだ。二人で愛し合って育て、そしてその最終系として、子供という存在を求めたのだ。

憐れだと思った。

きっとその愛は愛情ではなく自己満足のそれだ。別に二人の愛の塊であれば道端の空き缶でも問題は無かったはずだ。

私はその二人に仕える身だった。だからその二人のそんな顔は見たくなかった。がしかし、それとこれとは別だと思った。

それは、仮にこの夫婦の子供になる者のことを思ってもそうだし、この夫婦のためでもと思っていた。

 

この二人が欲しがっているのは結晶で、子供ではない。子供は結晶として扱われるだけで、その存在を求めている訳ではないのだと、私にはすぐに理解できた。

 

そこで私は、ひとつだけ、提案を言ってみた。

 

 

ガーディアンって――――知ってますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね、痛いだろうけど我慢して」

 

暴れる子供をなだめるようにその少女は言った。

おかしな気分だった。本当に、おかしな気分だった。

爪? それとも指? あるいは腕というべきか。

 

それが、今祐一の身体に突き刺さっていた。

 

祐一ごと吹き飛ばして貫通している『それ』は後ろの大木に突き刺さる。まるでくさびのように祐一を止めていた。

祐一はそのわけの分からない状況下でも、尚冷静だった。

 

「……なるほどな…………そういう身体か」

 

こふ、と血を吐き出した。

少女の身体に傷はない。しかし服は腹部に穴が開き、ところどころ刃物で斬られた傷はある。間違いなく、祐一にやられた傷だ。祐一は確かに、この少女に何度も斬撃を与えていたのだ。

しかし、少女に傷はない。防いだというのとは違う。祐一の剣は間違いなく少女の身体を裂き、斬り、突いていた。しかし今地面に力なく落ちているオリハルコンの剣には血液すらついてはいない。

 

「シオン様が来るまで、すこしだけ眠っていて。大丈夫、貴方は絶対に死なないから」

 

少女のもう一本の腕が、祐一の頭の掴む。

この少女が少し力を入れれば、自分はきっと出来の悪い粘度細工のようにつぶれてしまうだろうと頭のどこかで考える。

少女は、祐一の頭を握る手に力を入れる。

 

自分の中で何かが弾けるような感覚を覚えながら、祐一はすこしだけ、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香奈と話していると心が安らぐ。

香奈といると落ち着く。安心する。それはきっと、俺が今まで感じた事の無い感情だったのだろう。

たった一日二日の出会い。所詮その程度の関係。

しかし、俺は――相沢祐一は、間違いなく、相沢香奈のことを愛していたのだろう。

前に香奈が言っていた。

自分の事が好きか、と。

もしかしたらその時にはもう答えは決まっていたのかもしれない。ただ俺が気付いていなかっただけで。

だが今ならきっとちゃんと言えるだろう。面と向かっては言えないだろうが、心の中で一言、「ああ」と。

今まで親しく話した人間なんてものみと両親以外に誰もいない。ものみと話しているときも充分楽しいがこれはそれとはまた違った感情だった。

香奈が言っていた。香奈が俺に会う前から、俺達は互いの事を好きになるように生まれてきていたのではないか、と。

そんなことはないと思う。俺は自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分で香奈を見つめて、それで香奈の事が好きになったんだ。それが誰かの、何かの所為だなんて思いたくはない。

 

俺はずっと一人で生きてきて、一人で生きていけると思っていた。でもそれはもしかしたら間違いだったのかもしれない。

だって俺は、こんなにも今満たされているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お兄ちゃんは私の全てだと思う。

つい先日初めて会った兄妹。私の預けられていた家から相沢家の本家へ移されたときに出会った、私の兄妹。

初めて会ったときは物凄い衝撃だった。心臓が飛び出るんじゃないかと思って、その後に、これはきっとその辺の子供達が騒いでいるような生温い恋だとか愛だとかではないんだな、と思った。

これはきっと運命なんだ。私は何の疑いも持ちはしなかった。

私達はこうして出会うためだけにここに存在して、これからも常に一緒に暮らしていく。それが、私達の先に引かれたシナリオなんだと、私は理解した。

私の中の本能に近いものがお兄ちゃんを求めろと叫ぶ。それは私に埋め込まれた唯一つの感情であったかのように私に襲い掛かり、私はそれを拒否するという考えさえ浮かばなくなってしまった。

私という存在がお兄ちゃんを求めて、そして事実お兄ちゃんは私の側にいてくれる。

私はきっと、お兄ちゃんと一緒になるためだけにここに存在するんだって、私は信じてやまない。

こんな素晴らしい気持ちがこの世に存在するのならば、私はこの気持ちを教えてくれて、そしてそれを実感できるようにしてくれた神様とやらにいくらでも感謝していいと思ってる。

お兄ちゃんは私のもの。

私もお兄ちゃんのもの。

誰にも渡したりはしないし、お兄ちゃんだって私を誰かにも渡したくないと思ってるに違いない。

それがこれから先、ずっと変わらない二人のルールであることを私は祈り続けている。

 

きっと私達は、ここに『いる』だけで幸せになれる存在なんだって、お兄ちゃんにもいつか気付いて欲しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そこで――――俺はすぐに理解した。

 

――ああ、俺は今、誰かの夢を見ているんだな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 

どうも、手洗いうがいは毎日してるハーモニカです。

 

さて、早々と祐一はシオンの仲間と出会ってしまったわけですが。

ここでまた過去の過去に戻るという現象が(ピーーーーーーーーーー!)。

今この時点でものみ達は魔物と戦っていると思ってくれて結構ですので。

正直祐一には武器なんていらないと思うんですけどね。でもやっぱり主人公素手だと格好が付かないかなと。

 

さて、ではキャラクター紹介に移りたいと思います。

 

今回は結構キーパーソンな天野ものみさんのお話を少し。

 

ものみは過去編に入って誰よりも早く考えたキャラです。

祐一の身の回りの世話をする明るいメイド、という感じですね。

まず名前、これはもうアレですよ、はい。言うまでもないですね。ちゃんと理由もありますので。

次に名字、これももうアレですよ、はい。言うまでもないですね。ちゃんと理由もありますので。

呪符っていうのも最初に考えてました。実力は佐祐理さんより断然強いと思ってください。っていうか、佐祐理さん強いですよ?

デロップは今のところ無いと思います。っていうかこのキャラにデロップがあるといろいろとおかしn(ピーーーーーーーーーーーー!)。

とりあえずこの人物に対していろいろな考えをお持ちの方もいるでしょう。疑問など、結構多く存在するのではないでしょうか。

 

大丈夫です。ほぼ完璧に完成できていますので。

 

 

と言ってとりあえず先を読ませようとする作戦を行う私はピエロ。

 

まあものみの設定は最初から全く変わってません。そのまんまを描いていますので、皆様もありのままのものみを受け入れてあげてください。

 

では、これからも応援よろしくお願いします!



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