あなたは誰ですか?

 

そう聞かれて俺はどう答えることが出来るだろうか?

『その中』でも俺は強いと言われた。それは才能だと。

仲間だっていただろう。でも今は名前も思い出せない。

敵も数え切れないほどいた。俺が殺した数も半端ではないはずだ。……悪い、その時俺はそいつの顔も見てなかったと思う。

黒い身体。歪な足。爪だって鋭く長い。

『その姿』の時の俺は制御が聞かない。あたり一面炎に包まれ、爪に切り刻まれた人間の肉片が飛び散っている。

唯一自分を抑える事が出来る姿がある。でもそれは自分の姿ではなく偽りの姿。見たことのある人間の姿しかなることは出来ず、一度その姿になれば三日間は戻れない。三日経てばまた違う姿に戻らなければならない。

だから普段は一つの姿にしている。服もその男が着ていた服だ。俺には服なんて必要ないのかもしれないけれど、その姿の時の俺には必要なのだろう。俺が姿を借りているそいつが着ていた服なのだからそいつの姿になっている俺もその服を着ていなければならないのだ。

身体的能力は勿論下がる。四倍近く下がったと思う。それでもその辺の奴らには負けないはずだ。

俺は自分の姿を見た事が無い。全身を移すほどの大きな鏡が無いし、水面も、俺が出す炎に蒸発する。

ただ俺の視線から俺の体のことは分かった。

黒い身体。歪な足。爪だって鋭く長い。

俺は自分のことを知らない。知らなかった。自分がどれほど強いのかも知らなかったし、自分の名前も知らなかった。いや、名前なんて無かったのだろう。俺が『その姿』に戻っている間に、一族は俺に皆殺しにされたようだった。

その一族はそれほど強い一族ではなかった。他の奴らはもう少し強いのだろうが、俺の一族はすこし弱かった。俺は自分の実力の限界を知らないが、俺が強いといわれた由縁だろう。

俺は自分の強さを知らなかった。どれだけ強いのかも知らなかった。一メートルの物を計るのに三十センチメートルものさしでは計る事は出来ない。だから、一メートルよりも長いものさしが必要なのだ。

しかし、俺よりも強いものさしなどあるのだろうか?

 

あった。

俺よりも強いものさしがあった。

その男は――いや違う。その少年は、俺よりも強かった。

『その姿』の俺にも勝った。最初その少年は普通に闘ったが、その時は俺が勝った。だが、その後に一瞬少年の後ろに青白い靄が見えたかと思うと、そのあと俺は地面に倒れていた。

少年もすこし瀕死状態だった。お互い地面に倒れたまま、少年が口を開く。

 

 

『よぉ、お前、強いな』

 

 

嬉しそうに少年が笑う。その時初めて、俺は自我を持った。

 

 

俺の姿を映す鏡がある。それほど大きくはない。『その姿』の俺を映すことは出来ないだろう。

だが俺は今全身を映している。至って普通の鏡だ。

その鏡は俺を映している。『俺』を映している。

 

――その鏡に映った『俺』の姿を、俺は見た事が無かった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか、そんなことが……」

 

遠野家のロビーで浜野が言う。

今人は外に出しており、ロビーにいるのは祐一と香奈とものみと浜野だけである。

祐一の隣を香奈が陣取り、その右のソファにものみが座り、その向かいに浜野が座る形になった。

 

「確認しておきますが、祐一様。その少年はどれほど強かったのですか?」

 

ものみが祐一に言う。祐一はすこし顎に手を置く。

そうだな、と呟くと手を離した。

 

「俺の父さん――相沢聖一よりも強いのは明らかだ。ものみの攻撃を防いだ時になにかしらトリックがあるんだろうが、そのトリックに攻撃要素があれば、恐らく相沢夫婦が同時に掛かっても倒せるかどうか……」

 

祐一が淡々と言う。ものみの息を呑む声が聞こえた。

 

「そ、それほどまでに……」

 

ものみが驚愕する。昨日口で言い負かして追い返した少年がそれほど前に強力な存在だったとは思わなかったのだろう。

それはそうだ。ものみも充分一流ハンター顔負けぐらいの実力はあるにしても、そのものみよりもはるかに強い相沢瑠海。その瑠海よりも強い聖一。その二人が同時に闘っても勝つことは難しいと言っているのだ。

二人の実力は祐一も知っている。しかし、知っていて尚、それを言うのだ。

 

「うん、それは私も認めるよ。あいつの強さ、反則的だったもん」

 

香奈もそこに参戦する。

香奈は比較的被害は酷くなかったが、それでもあの少年の恐ろしさは身に染みて思い知った。

祐一の変化のデロップがあったからこそあの場は退く事が出来たようなものの(いや、それもすぐに防がれたが)、祐一とあの少年との相性が悪ければただでは済まなかっただろう。

 

「……では、今日森に調査に行かなければならない、と?」

 

「ええ、そうですね。丁度四人までつれてきていいと言っていましたので、浜野さんも同行していただきます」

 

浜野の質問にものみが返す。

 

「もはや『調査』と言うまでもないですね。あの森の事件にあの少年が関係していないはずがありません。問題はあの少年がどういう目的で神隠しを起こしているかです。確かにあれほどの少年に掛かればCランクが十人集った所で大した障害にはならないでしょう。それ以前にあの森には魔物もいるようですし」

 

「目的はどうでもいい。結局の所あいつのところに行くしかないんだろ? だったら考えるまでもない」

 

「ちょ、ちょっと待ってよお兄ちゃん。昨日散々やられたじゃない。あいつの強さを考えると、戦力はいくらあっても邪魔にはならないよ。お父さんとお母さんとか、他のハンターの人に協力してもらった方が……」

 

祐一が鼻で笑う。

 

「無理だな。この街にあいつに太刀打ちできるほどのハンターがいるとは思えないし、いたとしてもせいぜいAランクがいいところか。そんな奴らが十人二十人来られちゃ逆に足手まといだ。仮に父さん達に連絡が行ったとして、一日でこっちに来れるとは思えないな。ほら、言ってただろ? この仕事が終わったらまた次の仕事だって」

 

祐一が子供をなだめるように言う。確かに、最後に祐一と別れる時に聖一が言っていた。

『俺たちもまた新しい仕事がきてるから』と。

今は既に仕事中だ。その合間を縫ってこっちへ飛んでくるなんてことが出来るとは思えない。それに、

 

「最も重要なことは、あっちがこちら側のことを深く知っていたことだ。おそらく今も監視下に置かれているかもしれないな」

 

祐一が言うと、香奈だけがピク、と反応してキョロキョロと辺りを見回した。

 

「その通りです。無駄に他者の参戦を期待するのは愚かな行為でしょうね」

 

「森での行動も、なるべく別行動にしたほうがいいでしょう」

 

浜野が言った。

 

「どうしてです、浜野さん?」

 

ものみが訝しげに聞く。それはそうだ。ただでさえ危険だというのに、さらに別れて行動すればどうなるか分からないわけがない。

しかし、浜野はごく当然の事のように言った。

 

「よく考えてみてください。あの森の魔物は弱い。それは調査済みです。仮にその少年が魔物を放ったとしてもです。祐一さんたちの実力を測るためのものでしょう? それほど強力な魔物をよこすとは思えない。だったら、別れて行動した方がいいでしょう。その少年に四人で同時に闘った所で勝つ確率は低い。だったら別れて、不意を突くなりするべきです。バカ正直に四人で行動していたら敵の思う壺でしょう」

 

「そ、それはそうですが……」

 

ものみがまだ納得できないようだった。ものみは祐一を保護するためによこされた護衛だ。護衛が対象を護らずに一人で森を歩いているようじゃ話にならない。

 

「…………」

 

その中で祐一が、腕を組んで浜野を見ていた。

す、と静かな眼で、しかし貫くような視線だった。

それは、疑惑、困惑、疑問、予想、様々な感情を込めた視線だった。

まるで浜野から何かを感じ取ったような――

 

「……お兄ちゃ――?」

 

「――いいんじゃないか?」

 

香奈の言葉を遮って祐一が言った。

 

「アンタの言うことも一理ある。別れて行動しよう」

 

「し、しかし祐一様……」

 

「どの道俺達はあいつらの手の中にいるようなものだ。どうせならあいつらの予想外の行動を取ってやろう」

 

「…………」

 

ものみが沈黙する。この場で最終的な決定権があるのはものみだ。ものみが指揮官であり命令を下さなければならない。

故に失敗も許されないわけだが、反面祐一の意見も尊重したいというものもある。

 

「……わかりました。そうしましょう」

 

渋々、そういう感じだった。

 

「――では各自、三十分後ここに集合しましょう。必要より多くの武器を持ってきた方がいいでしょう」

 

「必要な物があったら言ってくれ。すぐ『作る』から」

 

祐一が言う。変化のデロップを使えば材料さえあれば銃弾だろうが爆弾だろうが作り放題だ。

浜野が頷く。

 

「遠野家の地下にいろいろあったと思います。案内しましょう」

 

「頼むよ」

 

二人が同時に立ち上がる。ものみも部屋に戻るようだ。大方後のために呪符を書きまくるのだろう。

各自、一旦準備期間に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが……?」

 

「ええ、その森です」

 

調査する森の前に四人が並ぶ。

全員が普段では余り見ない。重装備だ。ものみは四つものポーチを足と腰につけ、中には大量の呪符。

祐一はポケットにオリハルコン球をいれ、一枚多く羽織ったなかに少しの武器。あとは手ぶら。

香奈も珍しく短剣を四つ腰に挿す。

ただ浜野だけが、先程と大して変わらない装備だった。

浜野は武術を使うと言っていたから装備がいらないのかもしれないが、ならせめてグローブをつけるなりなんなりするべきだと思う。

 

四人が目にする森は、予想よりもずっと普通の森だった。

確かに深い。森に入って上を見上げれば空を拝む事はできないだろう。魔物がこぞって集まりたがるような場所である事に違いはない。

 

「確認しておきますが」

 

ものみが全員を見回しながら言う。

 

「敵と遭遇してもなるべく戦闘は避けてください。どうしてもダメな場合はなにか大きな音を立ててください。これは合図にも使いましょう。なにか見つけた、あの少年に見つかった、あの少年の本拠地らしき所を見つけた、その全ての条件の下で大きな音を出して合図を出してください。決して一人で勝手な行動は慎むように」

 

全員が頷く。

 

「じゃあ、行くか」

 

祐一の一声で、全員は森へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 

ようやく森ですね。もうさっさと終わらせたくてかなり適当になってしまいましたが、今度からは少しばかり楽になりそうです。なんたって戦闘が(以下省略)。

この頃の祐一はあまり魔法を得意ではありませんし実力もそれほどありませんからやっぱり武器に頼りしかないんですけど、それじゃなんだか戦争の兵士みたいでつまんないんですよね。

さて、今度から更新がかなり開くと思いますがご了承ください。なんていうか、新しい作品の方の取り組みが……。

 

っていうか説明だけして終わるという離れ業も……。

 

では、これからも応援よろしくお願いします!


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