北の三台富豪のひとつである倉田の長男、倉田一弥は自分のことがあまり好きではない。
 

倉田は毎代、優秀なハンターを世に送り出してきた名門だ。優秀であればあるほど倉田の中での評価は上がる。
そう教えられて育ってきた一弥にとって、力とは最も今自分は欲する欲望だった。
なんでも、過去に一度山で魔物に襲われてから、胸に大きな傷を作ってしまい
(よく小説で言っている、『心についた傷』などというものではなく、正真正銘の傷)、瀕死の重傷を負った。
今ではその傷もないが、それからか、随分力が衰えたという。
A−という、それほど悪くは無いランクを持っていても、倉田にとっては今ひとつだった。
 

そんな中、一弥をグングンと追い越す、年もランクも二つ上の姉がいた。
 

姉、倉田佐祐理は、物心付いた頃から秀才と呼ばれ、時がたつにつれ秀才から天才へと言われるようになっていった。
魔法のセンス。接近戦での強さ。豊富な知識。抜群の才能。完璧な容姿。どこをとっても、それは完璧の二文字に尽きた。
それに比べ、自分は随分落ちた物だなと常日頃思っている。姉はデロップを持っているというのに自分はデロップを持っていない。
姉は魔法の方が得意だというのに、一弥の得意な接近戦で勝つ事が出来ない。
どれだけ勉強しても、周りの女の子の友達とあはは〜と笑いながら話している姉に勝つ事が出来ない。
半年に一度のトーナメント戦では、姉と戦う前に敗退する。主に、姉の友人の川澄舞先輩に。
 

姉。姉。姉。一弥にとってのよき姉で、一弥のコンプレックスの対象であった。
佐祐理はなんとか一弥を強くしようといろいろしてくれているのだが、
それをしても、結局佐祐理には勝てないのだと、一弥は自暴自棄になる。
別に一弥の成績が悪いというわけでは無い。どちらかと言えば優秀なほうだ。
しかし、コンプレックスが消える事は無かった。
 


しかしそれでも、生きているだけで幸福というべきだろう。
なんたって、自分はあの山で、二人の男性に出会っていなければ今頃死んでいたのだから。
 

その助けてくれた人の名前は――
 


「なあ、訓練所で転校生の入ったクラスだけがクラス戦に出されてるらしいぜ」
 

「へぇ、その転校生って強いの?」
 

「ああ、かなり強いらしいぜ」
 


――遠野志貴と――
 

「名前が確か――」
 

もう一人の名が――
 


「――相沢祐一」
 


一弥の目が見開かれた。
 

 
 
 
 
 
 

『訓練所にいる、今日ガーデンに転校してきた相沢祐一さん。三年生、倉田佐祐理さんがお呼びです。至急職員室へいらしてください。
繰り返します――」
 


という放送を受けて、祐一は折角もうちょっとでゲットしそうだった女子生徒を手放す事になり、今実に不愉快だった。
倉田といえばあの名門中の名門。そこからの直々のお呼びなど滅多にあることではないし、
これから色々シオンとの戦いなどでお世話になる家だろうから、断る事など出来ない。
そもそもリアのショットガンが痛かったし、
これ以上すると今度はマシンガンを受けなくてはならなくなりそうなのでしぶしぶ職員室に向かっている。
が、香里は倉田さんからの直々のお呼びなんて滅多にあることでは無いと興味を持って、傷だらけなのに付いてきた。
リアも、倉田佐祐理の容姿の美しさだ。祐一が何もしないとは限らないので、監視役として付いてきた。
そんな二人についてきた名雪。
そしてさらに、先ほどの戦いから何故か祐一にしつこく付きまとってくる北川と、そのお供である斉藤も付いてきた。
いろいろと自己紹介をして、それでいきなり北川が「俺は今日から打倒相沢同盟だ!」などといい始めたときはとりあえず蹴った。
一人しかいないのに同盟などと言っている時点ですでに馬鹿だ。
斉藤も斉藤で祐一に興味を持ったようで、無表情のまま祐一について来ている。
ということで、総勢6名で職員室に向かう事になってしまった。
北川にガンブレードはどこで手に入れたんだとか色々聞きたい事はあったが、その前に職員室に到着してしまった。
ガラっとドアを開ける。さて、俺を呼び出してくれた佐祐理っていうのはどいつだ?
写真で見た時は美人だと思ったが、それは何年か前の話だ。ちょっとぐらい美人だったって容赦はしない。文句の一つでも言ってやる!
 

「お待ちしていました、相沢祐一さん」
 

天使のように美しい、倉田佐祐理が、ニコッと笑いながらそこに居た。
 

カッと閃光が走り、職員室のドアがなくなる。佐祐理が次に瞬きをしたときには、リアたちの側ではなく、自分の側に祐一が居た。
コンクリートで出来た薔薇の花束を掲げながら。
 

「申し訳ありません、倉田――いえ、佐祐理さん。貴女を一秒でも待たせていたなんて、俺は世界一最低な野郎です。
お詫びと言ってはなんですが、これを」
 

そういって、コンクリートのドアから作った真っ白な花束を佐祐理に渡す。
 

「この、貴女の肌のように白いこの華に、貴女という色を与えてあげてください」
 

「は、はぁ……」
 

佐祐理はいかにも、困ってますな顔をしながら、苦笑いを浮かべた。
 

ベシッ!
 

と、いきなり祐一の頭にチョップが炸裂した。
 

「む、ジオン軍か!?」
 

訳の分からないことを言って振り向いた先には、佐祐理に引けを取らないほどの美人が立っていた。
 

佐祐理は栗色の髪に、かなり整った顔立ちをしていて、アルクェイド並の美しい容姿だったが、
今祐一にチョップを食らわした少女も、それに並んでも充分目移りしないほどの少女だった。
長い黒髪。きりっとした表情。佐祐理とは逆の意味で、美人だった。
完璧だ。今日はこんなにもランクの高い美人に会えるなんて。もうシオンなんてどうでもいいぜ〜。
 

いい感じにラりっている間に、その二人をすり抜けて、一人の男子生徒が出てきた。
 

「お久しぶりです、祐一さん」
 

澄んだ綺麗な声で、一弥が言った。
 

 
 
 
 

「へぇ、じゃあ相沢君と一弥君って知り合いだったのね」
 

この場のまとめとして、香里が言った。
職員室の椅子に、全員が座る。一弥が祐一と向かい合って座り、その隣に佐祐理が座り、その隣にあの黒髪の美人、川澄舞が座っていた。
北川は断固として舞の隣を譲ろうとしなかったが、それを香里が阻止して、仕方なく北川は香里の隣に座った
(それでもかなり満足そうだが)。
当然のように祐一の両隣にはリアと名雪が座っている。
 

最初は誰だか分からなかったが、徐々にそれが過去に志貴と一緒に助けたことがあった倉田の長男であると言う事を思い出した。
しばらく昔の話に花を咲かせていた。
斉藤と一弥は元々仲が良かったらしく、香里も生徒会などに顔を出していたりする人物なので、
倉田家にも何度か行ったことがあるらしかった。
一弥の姉の佐祐理さんも随分話しやすい人で、祐一と楽しそうにあはは〜と笑いながら話している。
 

「まあな。といっても3年か4年前の話だけどな」
 

「いえ、それでも一弥を助けていただいた事には変わりはありません。前々から、一度お会いしてみたいと思っていました」
 

佐祐理が祐一に言う。一弥も、そうですよと続けた。
 

「あれからしばらく祐一さんのことを探したのに見つけられなくて。今までどこにいたんですか?」
 

「ん……まあいろいろと旅をしてた。志貴とも、もう分かれたしな」
 

それを聞いて、一弥はがっくりと肩を落とす。
 

「そうですか……志貴さんともまたお会いしたかったんですが」
 

「そうですね〜、志貴さんも一弥を助けてくれたんですもの」
 

佐祐理さんも同意する。
 

「じゃあ一弥って、一度死にかけたのか?」
 

今度は北川が言った。どうも一弥は一学年下だが二年とも関わりがあるようで、北川達とも親しいようだった。
ええ、と一弥が言う。
 

「その頃の僕は、下級の魔物も倒せなくて、山で魔物に殺されそうになっていた時に、祐一さんと志貴さんに助けてもらったんです」
 

「へぇ、祐一がそんなことするなんてね」
 

リアが、祐一を見ながら言った。
祐一が自分に関係の無い人間をわざわざ助けるなどということをするなんて、リアには予想外の事だった。
 

「ああ、お前はいなかったんだっけ。まあ俺もたまにはそう言う事ぐらいするさ。もともと見つけたのは志貴だしな」
 

リアは、ふぅんと祐一を見る。3年前ならば、リアは既に祐一と出会っている。リアは志貴の事も知っているし、話したこともあった。
結構いい奴なんだなと思った事もあったから、志貴が助けたと言うならばまだあるかもしれない。
 

「その志貴って人をここに招待する事ってできないのかなぁ?」
 

外見的に友好的な名雪が言う。
そりゃあ、遠野に並ぶ大富豪である倉田であればそれくらいは可能かもしれないが、そんな事をしたら秋葉になんて嫌味を言われるか。
そもそもここは北で、遠野は西にある。この距離といえば限りなく長い。
やめておけと名雪に一言言おうとして、祐一は止まった。
 


いや、まて。ちょっとおかしいぞ。
 


それは……そうだ。アルクェイドが言ったことだ。
アルクェイドは寝て起きてを繰り返してもう800年になるというが、実際に活動している時間は3年だそうだ。
しかも、活動時間が1年に満たない間に志貴に助けてもらい、自由の身になった。
アルクェイドと志貴がシオンに襲われたのはその後。
すぐなのか少し経ってからなのかは知らないが、とにかく活動時間が2年行ってない間に襲われたんだろう。
それから志貴とシオンを殺すことを計画しているのだったら、志貴とは1年ほど前まで一緒にいた事になる。
 

祐一と志貴が別れたのは三年前。その時祐一は遠野の屋敷に住まわせてもらっていた。
つまり、志貴は三年前からずっと遠野の屋敷にいたことになる。
一弥がもういちど志貴に会いたいと言っているのだから、志貴は三年前からこの街にはきていないはずだ。
もし来ているのならば、遠野という大富豪が来たというのに倉田家に連絡が行かないのは変だ。
だから、アルクェイドと志貴が出会ったのは遠野のある国だという事になる。
そこでシオンに襲われ、シオンを殺すことを決意した。
 

じゃあなぜ、アルクェイドはこんな街に来たのか?
 

シオンを探して色々な国を探しているというのならばまだ考えられるが、この国で強い者を探す理由が分からない。
ここで強い者を見つけても、もしシオンが遠野の屋敷がある西にいては、結局この街で強い者を見つけても意味がないのだから。
 

だから、アルクェイドはこの国にシオンが来ることを知っていたという事になる。
だが、一緒に殺すことを決意した志貴が、今この国には来ていない。
それに、そうだ。アルクェイドは、祐一が想像も付かない人間がシオン側にいるといった。
何故そんなことまでアルクェイドが知っているのか?
シオンに襲われた時にそいつがいたと言う事も考えられるが、それでも祐一との関係まで調べられて、
しかもそのことを襲われた時に覚えている物なのか?
いや、それにもうひとつある。シオンに襲われても、志貴は死んでいなかったのだ。
だったら、なにもそんなにやけになって探さなくてもいいはずだ。
物凄い大怪我をしたらしいが、埋葬機関の退魔師に治療してもらって助かったと言っていた。
なにもこんな国まで来て闇雲に探さなくてもいいはずだ。
志貴だって、自分がやられたからアルクェイドに頼んで俺を殺しかけた仇をとってくれなんて言わないだろう。
実際、アルクェイドも死んだわけではないのだから。
 

どういうことだ?
何かがおかしい。いや、ほとんど全てがおかしいぞ。
 

「祐一?」
 

ハッと我に帰る。リアが、祐一の顔を覗き込んでいた。
 

「大丈夫? なにか考え事してたみたいだけど」
 

「ああ……大丈夫だ。ちょっとわからないことがあって」
 

祐一が言うと、佐祐理さんが、ふふ、と笑った。
 

「祐一さんとリアさんはこのガーデンに来てまだ一日目ですもんね。わからないことがあったらなんでも私に聞いてくださいね」
 

佐祐理さんが満面の笑顔で言った。
はい、お適当に相槌を打っておいて、祐一は机に頬杖を付いた。
さっきから外がすこし騒がしい様だが、そんな事さえも今の祐一には興味をそそられる物ではなかった。
今は何よりも、アルクェイドと志貴のことが気になる。
 

わからないことか、分からない事だらけで頭がおかしくなりそうだ。これからいろいろと忙しくなりそうだ。
祐一にはまだシオン達や神器のことも気にしていかなければならないのだ。
全く、なんでガーディアンである俺がこんな事をしなければならないの――
 

――そこで、ピタッと止まった。
 

ガーディアン? そう、ガーディアンだ。
そうだ、シオンはそもそも……。
 

ひとつずつ、祐一の頭の中でピースが埋まっていく。シオン、アルクェイド、志貴、ガーディアン。
シオン対アルクェイドと志貴の戦い。志貴を助けた退魔師。時間にずれのある会話。知らないはずの情報を知っているアルクェイド。
 

ガーディアン。
 


「まさか……」
 

一つの仮定が生まれる。いやしかし、これは……。
 

「もしかしたら、志貴は――」
 


ピンポンパンポーン
 

校内放送を告げる音がガーデン全体に響き渡る。
職員室の皆も、放送に耳を傾ける。
 

『水瀬名雪さん、相沢祐一さん、リア・ルノフォードさん、大至急保健室まで来てください、繰り返します』
 


またややこしくなりそうだった。
 

 
 
 
 
 
 

後書き
 

来たきたキターーー!
ついに次回シオン達が登場!
いやぁ長かった。これでまたしばらく戦闘には困らなさそうだ。
ストーリーも随分核心に迫ってきている模様。100話いきそうなんて思ってた自分にララバイ。
後半はアルクェイドと志貴でした。本当は一弥とか佐祐理さんはどうでもよくて、こっちを優先させたかったんです。
しかしすごい設定を考えたなと自分で思ってしまいます。ちゃんと書けるかどうか分かりませんが、これからも頑張ります。
 

さて、次回は間章という事になります。シオン一味が結構たくさん出てきます(名前だけのキャラもあり)。
シオン達のほのぼの感をお楽しみください(ぇ
 

といいつつ、シオン達の登場人物の名前を考えてなくて、性格や喋り方も考えていない私ってなに?
 

では、これからも応援よろしくお願いします!



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