なんで……
 

――くそ! なんでこんなに弱いんだ!
 

いや……
 

――ガーディアンは平均より強いこともが生まれるんじゃなかったのか!?
 

やめて……
 

――やっぱり私たちにはガーディアンを作るなんて無理だったのよ。あれは一応超高等技術だから。
 

自分達で創ったくせに……
 

――くそ、お前なんかもう出て行け!
 

こんな命……
 

――このできそこない!
 

私……欲しくない……
 

 
 

――お前はただのスクラップだ!
 

 
 
 
 

バキッ!
 

 
 
 
 

「まあ、夢は誰だって見るもんだから仕方ないが、寝相はどうにかして欲しいな」
 

「…………ごめん」
 

雪の降るベンチに腰掛けている少女、リア・ルノフォードは、隣に座っている少年の顔面にめり込んでいる拳を、急いでポケットに入れた。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

少年の名前は相沢祐一。
目元が隠れるまで伸ばされた茶色の前髪をかきあげると、ついでに、すっかり頭に積もってしまった雪も振り払った。
祐一の顔は、充分な美形といえるものなのだが、その顔の真ん中に小さな拳の跡が赤くなって付いている。
殴った本人、リアもさすがにそれはまずかったと、すこしヒリヒリする自分の拳を摩っていた。
リアも、祐一ほどではないがそこそこな美形で、腰まで伸びる赤い髪の毛がどこか似合っているのだが、
さすがに赤い髪に赤いニットのセーターは似合わなかっただろうかとすこし後悔していた。
 

「……もう見ないと思ってたんだが……?」
 

「それはこっちの台詞よ」
 

祐一の考えに一応リアも同意する。はぁと溜息を吐くと、そのままリアは何気なく空を見上げる。
雪が降っていた。空から地面に向かってしんしんと降り続ける白い雪。それは自分の顔にも少し落ちてくる。
私……こんな状況で寝てたのね……。
こんな状況でなんで寝ているのかではなく、こんな状況でよく眠れたなと、自分の生態の神秘にまた一つ驚く。
それと同時に、自分の体にかなり雪が積もっているのに気付く。
今勢いよく祐一に殴りかかって雪がだいぶ落ちたが、それでもまだ積もっていると言う事は、かなりの時間ここにいたという事になる。
 

「ねえ……私どれくらい寝てた?」
 

「ん? ああ、俺達が着いたのが12時45分くらいだったな。それでお前が起きてたのが1時まで。だから……2時間か」
 

ガバッと完全に体全体を祐一の方へ向ける。その際祐一の体に積もっている雪もだいぶ地面に吸い込まれた。
 

「ちょっと! 二時間ってなに!」
 

「二時間は二時間だ。時計の長針が12を二週回って……」
 

「そんなこと聞いてない!」
 

当たり前で、人をおちょくっているようにしか見えないその喋り方も、本人は大真面目である。
リアは祐一の顎目掛けてアッパーを出すが、それはひらりとかわして見せた。
 

「何をそんなに怒ってんだよ」
 

「なにを? そんなの決まってるじゃない! 私たちを二時間も待たせた張本人によ!」
 

リアは怒りをあらわにした。ただ、祐一はリアが眠っている間リアに炎の魔法をかけたり、起きるまで待っていたりしていた。
ならば怒るのは祐一の方ではないのか? しかし、実際そうでもなかった。
もちろんリアの怒りは祐一に向けられてはいない。自分たちを二時間も『待たせている』、ある人物に対してである。
それにまあ、祐一は寒さには全然大丈夫なのである。
 

そもそも、なぜ祐一達がこんな場所にいるかと言うと、ギルドの仕事のせいだ。
ギルドとは、何らかの事情があって、戦闘技術のある者を雇わなくてはならなくなってしまった者のための場所だ。
ハンターと呼ばれる者たちは、ギルドで仕事を請け負い、その報酬として金などを貰う。
仕事はランク分けされ、EからSSまであり、SSを除く全てに、+と−が付けられている。
弱い順番から言えば、E D C B A S SSとなっている。
これは人にも当てられることで、ハンター達にもランクというものがあり、仕事のランク分けと全く同じである。
本来仕事は、失敗という二文字があってはいけないものだ。
失敗した本人もそうだが、もしかすると依頼者までも危険にさらすことになるかもしれない。
だから、大抵は自分のランクよりも低いランクの仕事を請け負ったりする。
で、リアのランクはA+と高めだが、現在二つ上のSSランクの仕事の請け負いで、はるばる北の国、華音まで来ていると言う事だ。
で、その仕事の間寝る場所はどうするかという事で挙げられたのが、祐一の母親の妹にあたる人物だった。
名前を水瀬秋子といい、かつてSSランク確定とまで言われたハンターのカリスマ的存在、S+ランクの、『水の宝石』の二つ名保持者だ。
今は引退したそうだが、その腕は衰えてはいないようだ。
現在は、生徒が通う戦闘技術用学校、通称『ガーデン』と呼ばれる施設のイベント係をやっているそうだが、
まあ、どこまで本当かは分からない。
とにかく、手紙でそのことを伝えたら、なんと特別速達便というものがあるらしく、速攻で返事が帰って来た。
もちろん、ぜひいらしてくださいとのこと。
で、秋子さんの一人娘、水瀬名雪が迎えに来るはずだったのだが、約束の時間の1時を2時間過ぎてもいまだやってこない。
リアが怒っているのはそれだ。
 

「……そうだな」
 

不意に、祐一が言った。
当然リアは「へ?」と間抜けな声を出すしかなかった。
 

「名雪の奴に、ちょっとお仕置きがいるかな」
 

「あ、うん、でしょう?」
 

リアは、祐一が自分の考えに同意してくれた物と考えていた。
それはもちろん、自分達をこんな寒い中待たせているという、そう言う事だと。しかし、祐一は恥ずかしげもなく言ってのけた。
 

「お前に悪い夢を見させたんだからな」
 

と。
 

「……は?」
 

一瞬、何を言われているのか分からなかった。
時間が経つに連れてすこしずつ理解出来てきた。お前とは私のことを指している。悪い夢とは、さっき見た嫌な夢の事。
これを足すと……(ついでに、無意味にニヤニヤとしている祐一の顔の意味も足してみた)。
 

「ば、ばばばばばばばばっ!」
 

まるでマシンガンをぶっ放しているように、リアの顔と、地面の雪とは、紅白歌合戦を行っていた。
 

「ばばば、ば、馬鹿!」
 

そう吐き捨てると、真っ赤になった顔を隠そうと雪の積もったベンチの上に三角座りになり顔を膝の辺りにうずめる。
祐一が、すこし小ばかにしたように「はは」と笑う声が聞こえた。
全くこの男は、何故こうも恥ずかしい台詞をあっさりと言ってのけるのか。
それは当然、リアには理解できないことだった。
 

「……」
 

「……」
 

「……」
 

「……」
 

気まずい。メチャメチャに気まずい。祐一はわりと無口な方かもしれないが、しかし会話が続かない。これはまずい。非常にまずい。
何か会話を出さなければ、なんか押しつぶされそうだ。
 

「……いつまで待たせる気かな?」
 

しかし、会話を出したのは祐一の方だった。
 

「え? あ、ああ。その名雪って言う人? そうね。いつまで待たすのかな」
 

良かった。何が良かったって、会話を出してくれた祐一にではなく、祐一の会話に素早く切り返せた自分に対してだ。
リアは祐一に見えない所でガッツポーズを決めていた。
 

「全く、私たちをこんなに待たせて、何を考えてるのかしら」
 

「さあな。本人に聞いてみればいいんじゃないのか? ほらあそこだ」
 

え? とリアが祐一の方を見る。その祐一は、祐一から左斜めの方指差していた。
まるで顔がすっぽ抜けるのではないかというほど、リアは反射的に祐一の指差している方向を見た。
リアたちが座っているベンチは、駅前の公園にある。
その中心には大きな噴水があり、公園の隅に申し訳無さそうに滑り台などが設置されている。
その全ては雪でコーティングされ、本来の色を失っており、当然そんな場所にいるのはリアと祐一だけだ。
だが、その公園の入り口に、人影が見えた。丁度、マ○ドナルドの看板の下辺りに、青い髪の少女が、キョロキョロと公園を見回していた。
リア達以外に人はいないのだから、当然その少女はリア達に気付く。もちろん、その逆にリア達もその少女が、名雪だという事に気付く。
名雪はブンブンと笑顔で手を降っているが、リア達の視線はまさに今の街の温度よりも低かった。
名雪は早足でリア達が座っているベンチに駆け寄ってきた。
 

「雪……積もってないね」
 

名雪は二人の姿を見て(正確には頭)、あれ? という表情をしていた。
確かに、名雪が来る少し前までは雪は積もっていた。
が、祐一の頭の雪は祐一が自分で払い落としたし、リアの頭の雪は祐一を殴った時に落ちた。
名雪は、まあとにかくと言う風に祐一の方を見た。リアは、別にどうでもいいらしい。
 

「えっと……今何時?」
 

「三時……12……いや、今13分になった」
 

祐一は無表情に言った。リアはそもそも話す気が無い様で、近くの喫茶店を見ていた。名前は百花屋。
 

「わ、びっくり。まだ2時くらいだと思ってたよ」
 

「あっそ」
 

祐一は別にどうでもいいと言う風にどこか違う方向を向く。
名雪は、キョトンとした表情で、祐一に「あの……」と聞いた。
 

「もしかして……怒ってる?」
 

「ん? 怒ってるよ?」
 

なにを今更? と言う風に祐一が言う。リアも当たり前よと言う風に名雪を見ていた。
名雪は二人の視線を受けながら(もしかしたらリアは対象外かもしれないが)、うっと呻いた。
 

「え、えっと……さ、寒くない!?」
 

何か話題を作ろうと必死なのか、名雪は、そうそう! というように話題を振った。
 

「……寒いな」
 

祐一の服は赤いセーターにジーパンと言う、流行に全く耳を貸さない服装だが、その服は既に雪を吸い取ってビショビショになっている。
当然その服を着ている以上、少し風が吹くだけで刺すような冷たさが走る。
リアの服は祐一よりも暖かそうな服なのだが、それよりもなによりも、リアが寝ている間祐一が炎の魔法を弱くかけていたので、
そんなに服は濡れていない。雪も、あまり積もってはいなかったし。
しかしまあ、祐一は寒さとかは大丈夫なのだ。上でも言ったが。
名雪は、祐一の言葉を聞いて、ぱぁっと表情を明るくした。
 

「じゃあ、これあげる!」
 

名雪は、ポケットから、なにやら長丸い物を取り出した。
手榴弾か? などと一瞬変なことを考えてしまったが、まあ問題はないだろう。
缶コーヒーだった。赤い模様で描かれている、ごく普通の缶コーヒー。おそらくここに来るまでに買ってきたのだろう。
……こんな物を買う暇があったのなら早めに来て欲しかったな。
しみじみとそう思う祐一であった。
 

「……あとで飲んどくよ」
 

祐一は缶コーヒーを受け取ると、ポケットに突っ込んだ。
 

「だめ! 冷めると美味しくないから今飲んで」
 

「…………」
 

祐一はしぶしぶポケットからコーヒーを取り出す。
確かに、ここに来るまでにすこし冷えたのか、冷え切った祐一の手で触っても、すこし暖かいな、と思うくらいの熱さだった。
祐一は、ポリポリと頭をかくと、すこし考え、「ん」と一言(本当に一言)言うと、缶コーヒーを持った手を伸ばした。
 

「え、なに?」
 

手を伸ばした先にいた人物は、リアだった。名雪もこれには驚いていたが、もっと驚いていたのはリアだった。
 

「ほら、やるよ」
 

「え、い、いらないわよ。祐一のでしょ?」
 

りアは手を縦にして、横にブンブンと振った。
 

「ああ、そうだ。これは俺がもらった物だから、俺の物だ。俺の物をどうしようと俺の勝手だろう?」
 

「あ……うん……」
 

リアは、すこし口ご凝った後、「ありがとう」と一言言うと、缶コーヒーを受け取った。
ああ、そうだ。昔からこういう奴だった。相沢祐一という奴は。
二人がほのぼのと和んでいると、「う〜〜」というサイレンのような音、もしくは声が聞こえてきた。
 

「……この人……だれ?」
 

その名雪の声は、祐一に向けられていた。祐一に向けられているのだが、その言葉の対象はリアだった。
ああ、リアと名雪は初対面だったなと祐一はリアと名雪を交互に見た。
どうしようか。初めから話すのは非常に面倒くさい。まあ、いつかは話さなければならないのだろうが……う〜ん……
その時、ピュゥゥゥと冷たい風が祐一達に吹きかかる。
体験したことがある人は分かると思うが、濡れた服を着ている状態で冷たい風がきたら、物凄く寒いのである。
例によってこの祐一も、
 

「寒い」
 

というしかなかった。
 

「とりあえずお前の家に連れて行ってくれ。こいつの話とかは、それからだ」
 

祐一はそういうか早いか、リアの頭をポンポンと軽く叩き、立ち上がる。
名雪とリアが同時に「あ」と言う声が聞こえたが、それを無視して、名雪に聞く。
 

「で、お前の家はどっちだ?」
 

「えっと、こっち」
 

名雪は、先程名雪が入ってきた公園の出入り口を指差した。
もちろん、あの出入り口に一直線な訳は無い。あの出入り口から出た後そのまま道を案内すると言う事だ。
リアも立ち上がると、祐一の横にピッタリとくっついた。また名雪が「う〜」と唸ったが、リアはざまあみろと言う風に名雪を見ていた。
何してんだかと祐一はすっかり重たくなった服と足を引きずりながら歩き出した。
 

兎にも角にも、祐一達は二時間を共にしたベンチに、別れを告げたのであった。
 

 
 
 
 

後書き
 


いやどうも。
第一話出来ました〜!
まさかこんなに早く出来るとは。もう少しかかると思っていたが……。
まあ、次からはもう少し遅くなるでしょう。って、断言してどうする!
頑張るので応援よろしくお願いします!


作者ハーモニカさんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル掲示板に下さると嬉しいです。