The song of the beginning
                                               
作者 火元 炭さん

                                                 
 
 
 
 
 


 
 
 
  「・・・それで?・・・セリーヌ、ここは何処だ?」
アルベルトの横を閑散としたがれきが続く
「分かりません・・・」
何十年も放置されたであろう井戸をのぞき込みながら申し訳なさそうに言う
「いや、俺が悪かった、お前は何処に行こうとしてたんだ?」 それに頭を抱えるアルベルト
「それはもちろん、教会に決まってるじゃないですか」
遙か彼方に光る鬱蒼とした森と、妙に見覚えある山の形が妙に遠くに見える
「・・・ここは、何処だ〜〜〜」



一時間前
「セリーヌ、本当に合ってるんだろうな」
濁流に揉まれながら必死に灌木にしがみつくアルベルト
「はい、この間と同じ道を通ればきっとすぐに着きます」
体のバランスだけで灌木の流れをコントロールするセリーヌ、そしてまた1つ巨岩をやり過ごす
「かすった、かすったぞ今」
服の裾をごっそり持って行かれてセリーヌの背中に怒鳴るアルベルト、後5センチ深ければ同じように肉を持って行かれただろう
「もっとしっかりしがみついて置いてください」
それだけ言うと灌木の(2人がかりで生木をへし折った)コントロールに戻るセリーヌ、渓谷に走る濁流を、とんでもない速度で走り続けるそれは、先頭に御者のようなセリーヌ、その後にへばりつくアルベルトと、おかしな風体を創り出している
「どうでもいいが、お前何処に」
濁流の音がアルベルトの叫びすらかき消す
「はい?何ですか?」
セリーヌがアルベルトを向き直り
「前、前、まえ〜〜〜!!!」
「ふぇ?」
巨大な滝で、彼らは見事な弧を描くジャンプを果たした



50分前
「せぇりぃぬぅぅぅぅぅ、ほんとぉぉぉに、合ってるのかぁぁぁぁ」
視界を包む土煙の中、ようやくそれだけを言葉にする
「はい、間違いありません」
アルベルトに比べてセリーヌはずいぶんと慣れた様子で比較的よく通る声が出せるようだ・・・希有な才能とも言える
「ぬおぉぉぉ」
アルベルトが再び奇声を上げる、と言うよりも、この状況では落ち着いているセリーヌの方がどうかしているだろう
「そんなに大きな声上げないでください、この子達が驚くじゃないですか」
(驚くような生き物かこいつ等はぁ)
草原を爆走する角付きの象の、それももっとも乱暴な者の背中で(すでにハーフプレートはぼこぼこになっている)激震に耐えるアルベルト、濁流に呑まれたせいでアンダースーツが絡まってなおさら動きにくい
「だいたいぃぃ、何でこんな奴らとしりあいぬわんだぁ?」
「前にライオンさんに襲われてたのを助けてあげたことがあるんです」
ひたすらに慣れた手つきで象の群の向きを直すセリーヌ
「ま、まあいい、この速度ならすぐに目的地に」
その瞬間、草原に叫びがあがる
「いけない、ライオンさん達の群とぶつかっちゃいました」
象の群の周囲に黄金色のたてがみが見える
「何ぃ?」
「仕方有りません、こうなったら覚悟を決めて戦いましょう」
「あああああああ」



40分前
「今度こそ大丈夫だろうな」
強い日射しをヴェールで遮り、前を行くセリーヌを睨むアルベルト
「はい、何度も通った道ですから間違えるはず有りません」
(なら何で毎日エンフィールドで迷ってるんだか)
波のようなうねりを持つ砂山が延々と続く・・・砂漠の中心をアルベルトとセリーヌは駱駝で闊歩していた
(だいたいこんな地形、何処だ?ここ)
ただただ歩き続ける2人、ふと
「まさかセリーヌ・・・お前太陽目指して歩いているとか言うことはないよな?」
「それは」
その問いにセリーヌが答えようとした瞬間
ごばぁ、と言う轟音と共に目の前の砂山が崩れ去る
「行けない、獰猛な巨大ガラガラヘビです」
「ああああああ」
頭を抱えて逃げ出したくなるアルベルト
「この人の弱点は尻尾です、それを叩けば逃げていきますから殺さないでくださいね」
人じゃ無いーーー
アルベルトの叫びはセリーヌに届くことなく、ガラガラヘビの長大な牙がアルベルトに迫った



30分前
「・・・で、ここは何処だ?」
鬱蒼と茂る森・・・明らかに邪気を含んだ霧・・・
「おかしいですね、こんな所には来たこと有りません」
(今までの所は全部通ったことがあるのか・・・)
「ならさっさと戻るぞ」
「はい」
2人が去っていき・・・その背後をモフェウスという名の魔女が通り過ぎていった



20分前
「・・・さてと、セリーヌ、ここは何処だ?」
澄々と広がる青空・・・視界を覆う一面の蒼
「ええっと・・・何処でしょうか」
アルベルトの視界全てを海が占めていた、足下には巨大な鯨・・・
(こいつに乗ればすぐに着くとか言って、外海に出てんじゃねぇか)
「なぁ、お前さっきから何処に向かってるんだ?」
自警団事務所を出て以来ずっと気になっていた疑問をセリーヌに聞いてみるが
「はい、それはもちろん・・・あら?」
アルベルトの背後の光景を見て不思議そうに首を傾げるセリーヌ
「ずいぶんと珍しい物が・・・」
至って呑気そうにそれを見るセリーヌ、アルベルトもふり返り・・・
「のわぁぁぁぁぁ」
その次の瞬間には天空を飛翔するロック鳥の脚だけが視界を包んでいた・・・



「・・・」
ここまで来た道のりを指折り数えてみるが、どれもこれも一生に一度あるか無いかの大惨事のはずだ
「・・・セリーヌ、お前毎回あんな目に遭ってるのか?」
辺りを見回しながらセリーヌが笑う、その笑みはいつもと全く変わらない
「はい、それはもちろん、大丈夫ですよ、後少しで着きますから」
(天然もここまで来ると犯罪だぞ絶対)
もう一度周囲を見回してみるが・・・遙か遠く、薄もやのかかった見覚えのある形の山は・・・
(雷鳴山・・・だろうな)
目算で一週間はかかるであろう距離をわずか一時間で来てしまったのは確かに奇跡に近い僥倖だろうが・・・目的地から遙かに離れているという意味では不幸のどん底だ
(くそっ、こうなったら根性入れて歩くか、ぶっ通しで歩けば三日ほどで)
「あの、ちょっとすみません」
ふと、アルベルトの肩が背後から叩かれる、軽い畏怖と共にふり返れば、気配の全く気取られないまま数人の人影が見える
(後を取られた?この俺が?)
背にすぐ手を伸ばせるよう警戒しながら男の顔を見る
「エンフィールドまで行きたいんですけど、道分かりますか?」
それに対して呑気そうに言う男
(雰囲気がエイストに似てるな)
抜かれぬ名刀、凶悪な力を身に秘めた優しさ
「そりゃエンフィールドから来たからな、今から戻るところだから着いてくればいい」
男の後には2人の少女、大人しそうな黒髪の少女(イヴに似てる)、髪を首に巻き付けた赤い目の少女・・・だがどちらも隙がない
(何だ?勝ち目が見えん)
熟練の冒険者と言ったところか、どっちも身のこなしが普通じゃない、何気ない風情で、だがいつでも跳びかかる準備をしている・・・正面の男だけは隙だらけだが
「助かったぁ、このまま飢え死にしたらどうなるかと思った」
「ラリットさんが近道するなんて言うから」
赤眼の少女が男を咎めるように言う
「いつものことですよ」
黒髪の方は事も無げにそう言う
「何を言う、こうして道を知る者に出会えたんだから近道には違いないだろうが」
胸を張りながらラリットと呼ばれた男が言うが
「頼むからそんな眼で見ないでくれ」
連れの少女2人の視線に敢えなく崩れ落ちる
(ラリット・・・何処かで聞いた名だな)
「ふぅ、それでエンフィールドまではどれくらいなんですか?」
「ああっと・・・三日くらいか」
「・・・街道と大して変わりませんね」
また2人でラリットを睨む、それに怯えどんどんと縮こまるラリット
「まぁまぁ、私の知る道でしたら一時間も有れば付きますよ?」
セリーヌのその言葉にとっさにアルベルトが言葉を挟もうとするが
「よし、それで行こう、ほらこっちの方が近道だったじゃないか」
ラリットが賛同する
「一時間で着けるんでしたら近道でしょうが・・・本当に大丈夫ですか?」
三日の行程を一時間で行けるルート、少なくともまともではない事は確かだ
「もちろんですよ、ねぇアルベルトさん」
にこにこと無邪気な笑みでアルベルトを見るセリーヌ
(違う・・・が)
縋るようなラリットの目に頷くことにした
「と、とりあえず休んでからにしよう」
言いながら腰を下ろすアルベルト
「そうそう、ゆっくり行きましょうか」
同じようにして腰を下ろすラリット
「そう言えば自己紹介がまだでしたね、私はラリット・エイス、冒険者のまねごとでその日暮らしをしています」
セリーヌに負けず劣らず無垢な笑顔をする青年、だが目には強さがある、
(やはり・・・エイストの奴に似てるな)
団中で1.2を争う腕を持ちながらひけらす事無くむしろひた隠しにする親友、ラリットと話すうち、アルベルトはエイストと話しているような気になってくる
「私はティナです、ティナ・ハーヴェル」
紅い髪と眼を持つ少女が言う、ラリットのように座り込むような事はしないが近くの木にもたれかかり休んでいる
「楊雲と申します」
黒髪の方はそう言って頭を下げる、直立不動でラリットの後ろに立つままだ
「俺はアルベルト、こっちはセリーヌだ」
「よろしくお願いします」
「それで、お前等エンフィールドに何の用なんだ?」
その言葉に3人は顔を見合わせ
「つい最近までずっと旅しててね、その旅は終わったんだが・・・一所にじっとしてるのは性に合わなくて」
「士官の口もあったんですけど、面倒の一言で逃げたんですよ」
「近衛騎士団・・・いい条件だと思ったんですけどね」
楊雲とティナが合わせてため息をもらす、その2人にラリットは愛想笑いを浮かべるだけだ
「・・・じゃあ何でお二人はラリットさんと一緒に居るんですか?」
セリーヌの何気ない一言に動きを止める2人、そっぽを向いて空笑いを浮かべている
「あんた達こそどうしてこんな所に?街道からはずいぶん離れているが」
「ちょっと要り物があってね」
手短に現在の状況を話すアルベルト
「迷いの森・・・メイズ・ヴッズですか?」
その途中で楊雲が言う
「その解除法でしたら私も知ってますが」
楊雲のその言葉に破顔するアルベルト、棚からぼた餅もいいところだが・・・普段のセリーヌの幸運を考えればある当然かも知れない出来事だ
「ただし、その解除には幾つかのアイテムが必要となります、まずロック鳥の羽」
「・・・」
「大王鯨の髭」
「・・・・・・」
「大角草原象の象牙片」
「・・・・・・・・・」
「巨大ガラガラヘビの毒液など、大陸で珍獣と呼ばれる生物ばかり・・・集めるには巨額の予算と時間が必要になるでしょう」
楊雲の言葉に沈黙と熟考で答えるアルベルト、周囲には彼の沈黙がどう映っただろうか
「大変だな・・・良ければ力を貸すが?」
「そうか、力を貸してくれるか」
力無い・・・と言うより人生について考える老人の笑みで聞くアルベルト
「セリーヌ、そろそろ帰り始めたいんだが・・・」
そしてある種不気味な笑みをセリーヌに向ける
「そうですね・・・そろそろ帰らないといけませんね」
その数秒後・・・彼らの背後で巨大な羽音が響いた



「これで全部揃ったなぁ」
濁流の中後ろに続く楊雲に声をかける
「は、はい・・・揃いましたが」
「よし、後少しだ」
・・・悟りの境地に達したアルベルト、彼の明日はどっちだ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
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