The song of the beginning
                                               
作者 火元 炭さん

                                                 
 
 
 
 
 


 
 
 
 

「ちっ、こいつら、倒しても倒してもわいてきやがる」
仲間の1人に咬みかかろうとしたオオカミの首をはねながら男が言った、鬱蒼とした森の中、一歩離れた仲間の顔さえ見えぬ暗闇が彼らを包んでいた

「焦るなアルベルト、まだまだ先は長いぞ」
オオカミに対して武器を向けるのは2人、もう1人の男がぼやいた男に声をかける、その会話の間にもオオカミは続々と倒れていたが、

「そうは言ってもな、おいイヴ、まだスペルは終わんねえのか?」
わずかに射し込む光に映る影は四つ、武器をふるう男2人とそれに挟まれる女2人、内1人は中央の女に襲いかかるオオカミに警戒しているようだ

「そうですねぇ、後半分ほどでしょうか」
耳を澄ませばオオカミの唸りの中に中央の女の紡ぐ呪言が聞こえる、今の声はその女と共にある女が上げた言葉だ

「おいおい、もうこうなってから十分は過ぎてるんだぜ」
自らの持つハルバードを横凪に振るい、オオカミを退けさせながら男が再びぼやく

「でも、この魔法は普段の戦闘スペルと違い、儀式スペルですから」
ハルバードをすり抜けてきた小柄なオオカミに心の中で謝りながら拳を振るう女、申し訳なさそうな顔と仕草の割に殴られたオオカミは完全に昏倒している

「すまんが、俺に魔法の話をされてもさっぱりわからん、要はまだ時間がかかるんだな?」

「ああ、だがもうすぐアポロ達が来る、シーラもカッセルの爺さんからあのスペルを教えてもらったはずだ、協力すればもっと早く終わるだろうよ」
ハルバードを振るう男と逆方向で女達を守る男が答える、その答えにハルバードの男はかなり難色を示しているようだが

「おいおい、あいつらは商売敵だぞ?せっかく自警団の情報網のおかげで先んじることができたんだ、今回の事件は自警団の手柄にさせてもらおうぜ」
顔一杯に不機嫌な色を示して言う男、だが振るわれるハルバードは鈍るどころかより力強くなっている

「・・・お前、ひょっとしてまだクレアのことで怒ってんのか?」
呆れた様子で言う男、もう1人の男はその言葉にかなり不満があるようだ

「怒ってなんかいない、犯罪者の口車にまんまと乗せられたあいつが悪いんだ」

「アポロは犯罪者じゃないよ、それより、来たようだぞ」
茂みをかき分けて三つの影と一つの光が飛び込んでくる、光は途中で影を追い越し、オオカミの群の中で炎の固まりとなってはじける、そして三つの影は辺りのオオカミを次々と蹴散らした

「エイスト、大丈夫か?」
影の1人がオオカミと向かい合う男に声をかける

「ああ、みんな無事だ、それよりシーラ、すまないがイヴを手伝ってくれないか?」

「ちっ、何だ、アルベルトも無事なのかよ」
影の1人が不満げな声を上げる、他の全員はその言葉を聞き流すことにしたようだ、何の反応も見せず無視している、もっとも1人、ハルバードを振るう男はきちんと胸の奥に怒りをしまい込んでいるようだったが

「イヴさん失礼します」
最後にこっそりと入ってきた四つ目の影が呪言を唱える女に近づいていく、そして呼吸を彼女と合わせると全く同じ旋律音階で呪言を重ねていく

「さてと、アルベルト、共同戦線だ、リーダーは俺だからな、文句は言わせないぞ」

「へいへい、くそっ、にしてもお前ら、俺達でもここの地図の入手に三日かけたのに、たった一日でよくこれたな」

「はい、いい道案内が居てくれたもので、これもみんなヘキサ様のおかげですね」

「わっ馬鹿」
影の1人が上げた言葉に、彼女の腰のウェストポーチが音すら立てて弾け飛んだ

「ヘキサ、てめえ、商売敵に情報を漏らすなんて何考えてやがる」

「ははは、いやすまんすまん、悪気は無かったんだけどな、こいつらがあまりに可哀想だったんで」
オオカミの攻撃をうまく避けながら言う身長三十センチほどの妖精?、実際には彼、女が約束した昼飯五回おごりにつられたのだが

「アルベルト、どうやら新手らしい」
オオカミの奥から新たにのっそりと人の数倍の上背を持つ巨人が現れる

「ちっ、今晩は魔力が弱まるんじゃなかったのか?」
言いながら一匹のオオカミを串刺しにする、そのオオカミは血を流すこともなく紙へと変じてちぎれ飛んでいく、先ほど昏倒したオオカミもまた、一降りの剣に首をはねられ紙へと変わる

「それだけ俺達を驚異と感じてるんだろう、とにかく、イヴとシーラのディスペルが終わるまでこの森は魔境なんだ、時間を稼ぐぞ」
言って巨人に向かう男、オオカミを凪ぎ払いながらまだ余裕がある

「へいへい、くそっ、何でこうなっちまったのかな・・・」
 
 

「くそっ」
壁が打ち震える、叫びと共に突き刺さった拳のためだ、堅牢な自警団の壁にその拳は半ばまで食い込んでいる

「落ち着けエイスト、まだつぶれた訳じゃないんだからよ」
拳から血をしたらせながらその傷に全く頓着しない男、それを心配して近くにいた友人が声をかける

「ふんっ、今日で第三部隊は俺1人だ、つぶれも同然だろ?第一予算削減でうちの経費はほぼ0、どうやってやっていけと言うんだ?」
普段は物静かで騒ぎを起こすことも全くない彼、その彼の激昂はここにおいてずいぶん珍しい物のようだ、近くにいた者達が遠巻きに見ている

「そのことで隊長から俺に話があってな、しばらくお前を手伝ってやれと言ってきたよ」

「アルベルトが?そりゃ、ありがたいが・・・」

「それに、あれからいろいろ考えてな、仕事の方を有料化すれば何とかなるんじゃないか?」
アルベルトの言葉にエイストの息が詰まる、彼もそれは考えていたのだ、だが

「ジョートショップと似たやり方をすれば問題ないだろ?ま、公安がちょっと厄介だがな」その言葉に心の中で苦悩するエイスト、友人であるアポロの苦難を知る彼には彼の仕事を邪魔するような真似はしたくないのだ

「奴らの新装開店は一週間後らしい、クレアをたぶらかした愚か者に天誅をお見舞いしてやろうぜ」
エイストの肩を強く叩きながら言うアルベルト、どうも個人的な怒りが多数を占めているようだが

「しかし・・・」
エイストの煮え切らない態度にアルベルトが声を荒げる

「エイスト、お前ノイマン隊長の残した第三部隊をこのままつぶしちまう気か?」
その言葉にエイストがうっと呻く、つい先日父とも慕った大恩ある人物を亡くした彼だ、その彼の遺品と言われて躊躇わないわけがない

「お前がアポロと仲が良かったことは知っている、だがな、自分の大切な物まで失っていいのか?」

「・・・分かったよ、けど、お前と2人だけじゃやっぱり人手が足りないんじゃないか?」

「ああ、と言うわけで、手続きの方は俺に任せてお前は人手を集めてこい、出来れば後2人は欲しいな」
てきぱきと手近にあった服を押しつけて歩き始めるアルベルト

「あ、おい、待てよ」

「じゃあな」
言葉を残して出ていくアルベルト、残されたエイストはしばし呆然としていたが溜め息を一つ吐くと服を着て外へ出ていった
 
 

「ったく、どうするかな・・・ルーか、それともヴァネッサ辺りに・・・うん?」
使えそうな人材を頭に浮かべながらサクラ亭へ行こうと歩くエイスト、だがそこでふと2人の人影が目に入った

「あそこは・・・」
エイストが目を向けた先には墓地があり、彼が毎朝通う場所に2人手を合わせている

「・・・」
ふと気になってそこへ向かうエイスト、そして2人の顔が見て取れた

「イヴ、セリーヌ」
その声に2人がエイストの方を向いた、そこには普段よりわずかにこわばった顔をするイヴと沈痛な面もちのセリーヌが居た

「エイストさん」
セリーヌがエイストに笑いかけてくる、イヴは何も言わずただ近づいただけだ

「こんな所で何やってるんだ?」

「お墓参りだけど、何か変?」
エイストの言葉に素っ気なく返すイヴ、だがその表情はイヴにしては珍しく沈んでいる

「変じゃないけど・・・ここはノイマン隊長の墓だろ?何でイヴ達が」

「死を見届けた私達にはこうする義務があると思ったんです」
セリーヌが花を揃えながら言ってくる

「私もセリーヌさんと同じ、ただ、他にも理由はあるのだけど・・・」
それっきり口を閉ざすと再び墓前に向き直るイヴ、喋らないのは言いたくないからだと察し、エイストも無理に話題を変える

「そう言えば、イヴ達って暇な時間はあるか?」
きょとんと、頭に疑問符を浮かべて訳を聞く2人、その2人に自警団の実状を話すエイスト

「そう・・・大変なことになってるのね」

「アポロさんとエイストさんがなんて・・・どうして・・・」

「運が、悪かったんだろうな・・・それで、出来れば2人に手伝ってもらいたいんだけど」その言葉にしばし沈黙する2人、エイストにしてもそれほど期待はしていない、イヴにしてもセリーヌにしても自分の仕事があるのだ、手伝って欲しいというのはむしが良すぎるだろう

「私・・・手伝わせてください」

「私も」
だからその返事には心底驚いた

「へ?」

「あの時・・・私は何も出来ませんでした、苦しむエイストさんになにも言えなかったんです、だから、せめて手伝わせてください」

「私も、それに、知りたいことがあるの・・・あなたの側にいればそれを知ることが出来るかもしれない」
真摯な瞳でエイストを見る2人、エイストはその瞳の光にただ頷くことしかできなかった
 
 
 

こうして第三部隊は新たな仲間、精霊のヘキサと共に活動を開始した、
その日のうちに大きな事件が入ってきた

「大変だ、奴が、魔女モフェウスが来た」
自警団員の1人がそう叫びながら第三部隊の詰め所に飛び込んできた

「モフェウスだぁ?あいつは前に倒しただろうが」
そう言いながらも愛用のハルバードを持つアルベルト

「あの姿は間違いないって、あっ、それとは別にお前達に朗報があるんだ、その魔女を倒せば報奨金が出るぞ」

「何?」

「評議会が賞金をかけたんだよ、そのせいでもうジョートショップは動いてるみたいだぞ」

「俺達も行くぞ、エイスト」
完全に据わった眼で言うアルベルト

「で?そいつは何処に?」
溜め息をつきながら聞くエイスト

「俺達が魔境と呼んで近づかない雷鳴山西側の森、その奥らしい」

「厄介だな、そんなところだと地図もないだろうし、そもそもあそこは地場が複雑で方位が読めないんだ」

「それに、魔女は迷いの森というスペルを使ったらしく、名実ともの魔境としてしまったようだ」
すっと、そこにイヴが割り込んでくる

「迷いの森なら知ってるわ、確か図書館にそれに関する魔道書があったはず、多分その中に解除法が」
セリーヌも近づいてくる

「え〜とですねぇ、西の森でしたら近所に住んでる猟師さんが行ったことがあるとか無いとか」

「・・・よし、分散して調べよう、アルベルト、セリーヌとその話を聞いてきてくれ」
 
 

「まず、あれが失敗だったんだよな・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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