The song of the beginning
                               
作者 火元 炭さん

                        
 
 
 
 
 


「う・・・」
腹が痛い、それが目覚めたときの感覚だった、ただ過去に感じたような生やさしい代物ではない、とてつもない空腹感・・・

「餓死寸前って感じ・・・」

「あ、起きられましたか?」
寝ていたベッドで苦しみもだえるとすぐ横から声がかかる

「・・・ここ、何処?」
確か意識がとぎれる寸前母親の顔を見たような気がするが・・・自分の家とも思えないしそもそも家を思い出せない

「ここはアリサ様のお家です、それより身体でどこかおかしな所はありませんか?」
ベッドの横の椅子に腰掛けて話しかけてきているのは彼が意識を途絶える寸前に見た少女だった、青みがかった髪とちょっと吊り目の、可愛い少女だ

「腹減った・・・」
今なら道ばたの雑草さえ食べれそうだった

「アリサ様が食事の方をご用意なさってますのでこちらに来ていただけますか」
食事、その言葉に彼の身体がベッドから落ちる・・・まともに身体が動かなかったのが失敗だ

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないかも知れない・・・」
彼をベッドに戻した後で布団を掛けてくる

「食事の方こちらに持ってきますのでちょっと待っててくださいね」

「すみません・・・」
扉を開けて出ていく少女

「ふぅ・・・」
落ち着いてここにいる理由を考えてみる、記憶をなくして森に倒れてて、悲鳴を聞いて走った、オーガと対峙して・・・次目を開けたとき天国にいるようだった、けど今生きているのだからたぶん誰かに助けられたのだろう、

「あの子を助けようとして結局誰か別の人に助けられたわけだ」
情けないが、あの状況では仕方ないと言えた

「しかし、餓死で死ぬなんて事想像も出来なかったけど、斬り殺されるより遙かに苦しいなこれは・・・」
この後痛みがなくなってからが本当に危険なのだが・・・
そうこうしてるうちに大量の食事を持って先程の少女と、それにやや年長の女性が現れた

「目覚めたみたいね、体調の方は大丈夫?」
年長の女性が彼の体を起こしながら聞いてくる

「はあ、腹が減ってることをのぞけば全然」
その空腹が一番危険なのだが

「そう、じゃあたくさん食べてね」
クスリと笑いながら言ってくる、周りを暖かくさせる快い笑顔だ

「はい、どうぞ」
少女が茶碗に粥を大盛りにして渡してくる、それを受け取りながら弱々しい手つきで食べ始める・・・だがそれも時間がたつに連れ勢いがつき始める、最初の方は少女に椀を渡していた彼も次第に自分から粥を取り出した

「あらあら、すごい勢い」
年長の女性は急いで部屋から消えるとお代わりとばかりにピザを持ってきた
粥を平らげた後でその手をピザに伸ばす青年

「・・・確かパティちゃんが差し入れくれたわね」
腹減って死ぬ、の言葉を最後に倒れた青年に呆れておにぎりを差し入れにくれたのだ
ぱたぱたとそれを取りに行く
ピザを食べた後さらにおにぎりに手を伸ばす青年に少女は呆然としていた、だが年長の方はそれをにこにこと見て次の食事を探しに行く、結局青年が人心地付いたのは年長の女性が焼き直したピザを食べた後だった・・・都合5.6人前は食べた計算になる・・・
結果

「く、食い過ぎで死ぬ・・・」
極端から極端にしか生きられないのかこの男
 
 

「先程はどうもありがとうございました」

「は?」
消化促進剤を飲む青年に少女が頭を下げる

「先程、オーガに襲われていたところを助けていただいた者です」
青年にもそれは分かっていたが

「えと、でも俺確かオーガの目の前で意識が途絶えて・・・助けたのは他の人じゃないですか?」
意識が途絶える寸前確かに少女の顔を見た覚えはある、だがその後は確か誰かに抱きかかえられて倒れていた、

「いえ、私が目を覚ましたときあなたがオーガに剣を突き刺したまま倒れていましたから」
そう言われればそんな感じがしないでもない、無意識のうちにオーガを倒したのだろうか

「あの、申し遅れました、私、クレア・コーレインと申します」
少女が姿勢を正して述べる

「あ、どうも、俺は・・・」
記憶喪失で自分の名前すら思い出せない青年の動きが止まる

「どうかなさいましたか?」

「えと、自分の名前が思い出せなくて・・・」
はは、と力無く笑う

「まあ」
途端クレアの顔が蒼白になる

「それじゃ、オーガとの戦闘で記憶喪失に?」

「あ、いや」

「申しわけございません、私などを助けたばっかりにそのようなめに、こうなったからには一生かかってでもあなた様のお世話を」

「ちょっと待ったー」
涙ながらに詰め寄るクレアを押しのけるようにして叫ぶ青年

「記憶がないのはオーガと戦う前から、君の悲鳴を聞くより前から自分の名前が分からないの、だから君に責任はないの、分かった?」
クレアの両肩に手を置いて半ば叫ぶ青年

「そうなんですか?」

(思いこみが激しい娘だな、それに責任感が強すぎるというか、何でもしょいこんじゃう娘だ)

「そう、気づいたら森にいて、それ以前の記憶はないんだよ」
重武装で大量の武器を抱え込んで倒れていたのだ、見ようによっては戦争から逃れてきたようだった

「そうなの、大変ね」
扉の所に立っていた年長の女性が声をかけてくる

「私はアリサよ、それとあなたの名前はどうしようかしら、持ち物に名前は書いてない?」
言われて泥だらけの服をあさる、さすがに2人とも女性だったため服を着替えさせてはいないようだ
持っていた物はいくつかの暗器とそれなりの、1人旅には多いくらいの宝石、最後に

「カード?」
一枚のカード、どちらかというと護符のような物だが、年季の入った物で1人の神の姿を図象化していた

「APOLON」
大陸の西方の国教で、太陽神とも至高神とも言われる神のカードだった

「アポロン?それじゃアポロさんかしら」
家の守護神の名を模した名を子供につけるのはよく有ることだった

「自分の名前がないのも不便ですし、名前を思い出すまでその名前を使ってもらえますか」

「そう、分かったわ、アポロくんね。ところで動けるかしら、体の方をお医者さんに看てもらった方がいいと思うのだけど」

「ええ、食べるだけ食べたら力がわいてきましたよ、場所教えてもらえます?」
体を起こしながら腕を力こぶを作るように曲げてみせる

「それほど動く必要はないわ、隣の部屋に来てもらっていますから」

「今は確かお兄さまを抑えていらっしゃるはずです」
アポロの頭に疑問符が多数浮かぶ、

「抑えているって、他に怪我人がいるんですか?」

「いえ、お兄さまが元気すぎるので」
ほぅ、と溜め息をつくクレア、このまま聞くよりも見た方が早いだろうとベッドから立ち、アリサの後に従って歩き出すアポロ

「そういえばアポロさん、その服ずいぶん汚れてるから先に着替えたらどうかしら」
くるりと振り向きながら言うアリサ、

「着替えがあるならお願いしたいですけど」

「主人のがあるからそれを着てもらいましょう」
近くの扉を開けると入っていくアリサ、クローゼットからできるだけラフな物を選んで持ってくる

「アポロ様によく似合いそうな服ですね」

「主人のお古で悪いけれど、着てもらえる?」

「ええ、もちろんかまいませんよ」
アポロがそう言うとアリサはにこりと笑って空き部屋へと案内した、そこで服を着替えるアポロ、ついでに手近にあった鏡で髪を整え、顔の泥を拭き取る

「これ、どうすればいいですか?」
手に持つのは泥にまみれた服・・・

「アポロくんにとって大事な物かもしれないし、後で私が洗濯しておくわ」

「ご迷惑おかけしてすみません」

「それよりアポロ様、よくお似合いですよ」
クレアがアポロの襟を正しながら言う

「そうね、主人もきっと喜んでるわ」
亡くなった夫に想いを馳せながら言うアリサ

「・・・アリサ様、旦那様はひょっとして・・・」
クレアが気まずそうに声をかける

「ええ、もう何年も前に亡くなっているわ、それが何か?」

「着替えてきます」
アリサが持つ泥だらけの服を取ると再び空き部屋に戻ろうとするアポロ

「やっぱり亡くなった人の服は着たくない?」
アリサが寂しげに言う、その顔になぜか気圧されるアポロ

「そうじゃないですけど、やっぱり失礼じゃないですか」

「あら、ただ保管しておくよりも誰かの役に立つ方がきっとあの人も喜ぶはずよ」
アリサの笑顔に逆らえない何かを感じたアポロは泥だらけの服をアリサの手に戻す

「分かりました、その代わりその服急いで洗濯してくださいね」

「ええ、さ、トーヤ医師がこちらで待っているわ」

「はい」
 
 

「身体には何の異常も見受けられない、胃の煽動がちょっと不定型だが、あれだけの量をたいらげたんならおかしくない」
聴診器を外しながらアポロにトーヤはそう告げた

「記憶喪失の方は?」

「頭部に外傷がないからな、何とも言えん、魔法などが関わってるとなると私の専門外だ、一度魔術師ギルドの方で看てもらうといい」
トーヤのその言葉が終わらぬうちに周りの集団から小柄な少女が飛び出してくる

「ねえねえ、マリアが見てあげよっか」

「やめときな、あんたじゃ悪化するのがおちだよ、それに、チェスの件、まだ忘れた訳じゃないんだからね」
マリアという名の少女の後を追って一人のエルフがアポロに近づく

「なによ、あれはマリアじゃないって言ってるでしょ」

「そうか、ならちょっと私につきあってもらおうか」
マリアの腕をむんずと掴んで引きずるエルフ

「何々?、ちょ、何すんのよ」

「銀細工屋の主人におまえの顔を見てもらうんだ、そうすれば結果はすぐでるからな」

「え・・・あはは、脱出、るーん・ばれっどー」
マリアの声とともに部屋に煙が満ちる

「わ、マリア、何をした」

「あれー?瞬間移動のスペルだと思ったんだけどな・・・ま、いいか、結果オーライ、マリアお先に失礼しまーす」

「待て、マリアー」
十秒ほどもすると煙が晴れ、目を見開くクレアとアポロ、呆れ果てる周りの顔が見れるようになってきた

「えーと・・・」
クレアが所在なさげに今し方マリア達が出ていったであろう開け放たれたドアを指さす

「あの二人のあれはいつものことだから気にしない方がいいわよ、実際マリアの魔法で煙が出ただけって言うのはかなりの幸運なんだから」
ショートカットの娘がエプロンをつけながら言う

「じゃ、アリサさん、私店の方に戻るんで失礼します」

「パティちゃんもう行っちゃうの?ゆっくりしていけばいいのに」

「店の方を放っておくわけにも行かないんで、さ、ピート、あんたも行くのよ」
右手で隣に立っていたピートという名の少年を掴む

「え?何で?俺別に用事無いのに」

「あんたが居たんじゃ騒がしくて治る怪我も治んないのよ、ほら早く」

「おばちゃーん、助けてー」
パティに引きずられていくピート、得意の元気も手足が地面につかなければ効果をなさないようだ

「あんたさっきアリサさんのピザ死ぬほど食べたでしょうが、今日はもう失礼するの、ほら」

「うー」
観念したようにおとなしく引きずられるピート

「ふみぃ、そういえばおねえちゃんにおさけかってこいっていわれてたんでした、メロディはもういかなくてはいけません」

「私も、この本今日中に返さないといけないから」
猫耳と尻尾をつけた少女が舌足らずに、本を抱えたおとなしそうな少女が控えめに声を上げる

「メロディちゃん、途中まで一緒に行こうか」

「はい、メロディもいきます」

「あ、待ってよ、僕も行くよ」

「私も」
ぶかぶかの服を着た少年とおとなしそうな外見の少女が席を立つ、ナイフを腰に差した女も、

「アリサさん、私も行くよ、その坊やはアレフにでも案内させるといい」
結局1人の青年を残してほぼ全員が出口に向かうことになった

「え?俺ちょっとシーラに用事が」

「それじゃおばさま、失礼します」
最後の方に席を立ったはずの少女が一番はじめに外へ出ていく、そして部屋が急に静かになる

「ちぇっ、アポロだっけ?しゃあないつれてってやるよ」

「ああ、悪いな、アレフ、さん」

「アレフでいいよ、だいたいさん付けで呼ばれて喜ぶようなやつは今の連中の中には居ないからな、全員呼び捨てで呼んでやれよ」

「ああ、わかったよアレフ」

「よし、さ、アルベルトの御大に打った鎮静剤が切れないうちにとんずらしますか、アリサさん、ちょっとこいつお預かりします」
致死量を打たれて泡を吹いてるのだが・・・

「ええ、よろしくね、アレフ君」
 
 

「で、どうだったんだ?」
ここは魔術師ギルドの待合室、最初渋り気味だったギルドもアポロの持つ宝石を見せたらとたん目の色変えて様々な魔術を試し始めた、どうやらアポロの持つ宝石は量のみならず質も最上級の品らしい

「わからんそうだ、潜在的に何らかの魔力が秘められている可能性はあるが、魔術の才のある者ならそれくらいおかしくないってさ」

「後は最後の実験結果待ちってか?あんな訳のわからん実験で何がわかんのかね」
その実験とはレントゲンという名の魔術師が開発した・・・以下略

「さあな、おっ、来たみたいだぜ」
導衣をまとった老人が数枚の紙を持ってアポロ達に近づいていく

「君たち、急いでこれを見てくれるかね」

「何ですか?それ」

「彼の骨の写真だが、数分しか画が持続しないのだよ」
そこには一体のスケルトンの克明な絵が描かれていた

「これが俺の?」

「ああ、あまり期待はしなかったんじゃが、おかしな点が一つあってな、右手と左手の大きさを比べてみてくれ」
言われたように目分量ではかってみる、すると

「左手明らかに細くないか?」

「ああ」

「この画が間違っていないのであれば、あんたは過去に左腕を大きく傷つけたことがあるはずじゃ、それこそ、死ぬ寸前の所までな」
左腕をしげしげと見るが、そんな傷はどこにもない

「すまないが、わしらにできるのはここまでじゃ、言えることは、あんたはわしらの知るような魔術では何の障害も受けていないと言うことか」
 
 

「要するに何もわかんないって事だろ、それであんな金取るんだからな、詐欺だろ詐欺」
魔術師ギルドから出たところでアレフがぼやき始める

「ま、金取られたことは気にしてないよ、どんな素性の金かもわかんないしな」

「欲のない奴だな、っと、そう言えばおまえ宿の方はどうする?パティの居るサクラ亭とか、長期滞在するならどこか下宿とってもいいしな、リサなんかはほとんどサクラ亭の住み込みアルバイトって感じだな」

「住み込みアルバイトか、いいな、どっかで雇ってくれるとこないかな」

「んーっ・・・確か1人でオーガをぶっ倒したんだよな、だったら自警団に入ったらどうだ?あれには寮があるはずだからな」

「自警団か、それもいいかな」
 
 

「絶対にだめだ」

「なんでだよアルベルト、こいつ実力はあるんだぜ、だったら自警団に入れたって問題はないはずだろ?」
あの後急いでアリサの家に戻ったアレフ達はまず近くにいたアルベルトにそのことを問いた、そして即座に返ってきた答えがそれだった

「うるさい、こんな胡散臭い奴自警団に入れられる分けないだろうが」

「お兄さま、アポロ様のどこが胡散臭いというのですか」

「ええい、だいたいクレア、おまえのことだってまだ話が付いたというわけじゃないんだぞ」

「当たり前です、こうなったら兄様が分かってくれるまで夜通しでも話し合いましょう」
再び怒鳴り合うクレアとアルベルト、それを見て嘆息するアポロとアレフ

「やれやれ、どっかに住み込みで雇ってもらうってのは良いアイデアだと思ったんだけどな」

「あら、確かにそれはいいわね」
そこにアリサがお茶を煎れてやってきた

「でしょう?けど自警団がだめになると、後はどこがあるかな」
考え込むアレフ、アリサも何か考えているようだ

「アポロさん、あなた体を動かすのは得意なほう?」
ふと何かに気づいたようにアポロに聞くアリサ

「?ええたぶん」

「仕事の選り好みは?」

「特にないです、何でもやりますよ」

「そう、だったらいいところがあるわ」
手を叩いて言うアリサ、いかにも嬉しげだ

「どこです?」

「ジョートショップというお店よ、そこは一応何でも屋と銘打ってお店をやっているのだけど、いつも人手が足りないの」
アレフが何か言おうとして自分の口を押さえる、その後でつつっと目線をアルベルトの方に向ける、幸い?口論に夢中でアリサの声は聞こえてないようだ

「何でも屋ですか、いいですよ、ただ雇ってくれるかは別問題ですが」
身元不詳のことを言っているのだろう、力無く笑うアポロ

「それも問題ないわ、そこの店主は私だから」

「アっ、むぐぅ」
アポロが叫びそうになるのをアレフが抑える、アルベルトのことだ、アリサという叫びには絶対反応するだろうから

「主人が亡くなってからこの家は静かすぎて、私みたいのが同居人でよければ住み込みで働いてもらえないかしら、家賃の方はもちろん無料でかまわないわ」

「あっ、一応俺テディにも了承取ってきますよ、それとアポロ、アルベルトに聞かれたら事だから小声でしゃべれ」
言って忍び足で出ていくアレフ、どうやら無理にでもアポロをここに住まわせたいらしい

「そりゃ、こっちとしても願ったり叶ったりですが」
再び静かに扉が開く、ずいぶんと早くアレフが帰ってきたのだ

「アリサさん、テディもオッケーです」
アレフがみかん箱とテディを抱えて再びこっそり入ってくる

「うすっ、最近のアルベルトさんの攻撃には僕1人ではきつかったッス、ご主人様に手を出さないと言う条件なら僕はオッケーッス」
どういう説明をしたのかアルベルトをちらちら見ながら小声で言うテディ

「ほれ、ここの雇用契約書、早くサインと拇印押しちまえ」
アレフが懐から契約書とペンを出してくる

「あ、ああ」
何でアレフが?という疑問を抱えながらもサインするアポロ、それを見てにやりと笑うアレフ

「よしテディ、これを急いで評議会と自警団に提出してこい、その後でこのことをトリーシャとローラに話すんだ」

「あの二人に話すッスか?そんな事したら今夜には街中の噂に・・・うすっ、テディ今すぐ走ってくるッス、内容はうちに住み込みで男の人を雇ったでいいッスね」

「ふっテディ、なかなか物わかりがいいじゃないか、決定的瞬間はおまえが帰ってくるまで残して置くから楽しみにしていろ」
ふっふっふっふっと笑うテディとアレフ、頭に疑問符を抱えるアリサと怯えの入ったアポロ、コーレイン兄妹の口論はここに来ても未だ続いていた
 
 
 

「んっ?おまえら何してんだ?」
ぜぇぜぇと息を吐きながらアポロ達に聞くアルベルト、どうやらインターバルに入ったらしい、クレアも大きく息を吐いている、その中でアリサはにこにことお茶を煎れ、アポロはアレフからこの街のことをいろいろと聞いていた

「んっ?、いやな、自警団がだめとなると次はどこかなぁって、アポロと話してたんだ、な、アポロ」
確かに話してはいた、すでに結論は出されているが

「あ、ああ」
引きつった笑いを浮かべるアポロ、アルベルトに気づかれないようこっそり言われたことは『できるだけしゃべるな、特に住み込みのことは』、だ、アリサには『笑っていればいいですから何もしゃべらないでください』とだけ言っていた

「ふん、ま、せいぜいがんばって探すんだな」

「兄様、そんな言い方はないでしょう」

「言って何が悪い、確かにオーガを倒したのはこいつかもしれんがこいつが本当に記憶喪失なのかもわからんのだぞ」

「ただいまッス、アレフさん、無事任務終了ッス」
そこに扉を開けて息を切らせたテディが入ってきた

「でかしたテディ、いやアポロ君、住み込み先が決まって本当によかったねぇ」
妙な猫なで声で言うアレフ、心底楽しいらしい

「ははは」
アポロはもう乾いた声で笑うしかない

「あん?何だ、もう決まってたのか、で?どこなんだ?」

「うむ、ジョートショップと言う店に住み込みで働くことになったのだよ」
言いながらアリサの背後に移動するアレフ、この世でアルベルトを敵にまわした際、もっとも安全な場所だろう、
ちなみにアルベルトは・・・
ぴしりと音を立てて凍結している

「これからアポロ君はアリサさんと一つ屋根の下で暮らすことになるわけだ」
うんうんとしきりに頷くアレフ

「まぁ、アポロ様、おめでとうございます」
アルベルトの身体がけいれんを始めた

「いや、あの、アルベルト?」
ぎしりと言う巨木がねじれるような音は本当に歯ぎしりの音だろうか

「そうだアリサ様、よければ私も雇ってもらえませんか?」

「おぉ、クレアちゃんなかなかいいこと言うねぇ、これでアポロ君はクレアちゃんとも一つ屋根の下ぁ」
ごぎり、と言う巨石のぶつかり合う音は・・・たぶんアルベルトの握りしめる拳の音だろう

「こんにちわぁ」
元気な声と共に壁をすり抜けて!1人の少女が入ってくる

「ねぇねぇ、アリサさんと同居が決まったのはどの人?」
同居、と言う言葉にアルベルトの目が血色(けっしょく)に染まる

「おおローラぁ、いい所へ、ほらこのアポロさんが今回アリサさんと暮らすことになったんだよ」
アレフは普段から仲の悪いアルベルトのその様子がおかしくてたまらないようだ
そしてその時ドアがはじかれたように開いた

「ねぇねぇ、アリサさんの再婚相手って誰?」
そのトリーシャの言葉に続いて先ほど帰ったはずのメンバーが次々とやってくる、そして再婚という言葉を聞いたアルベルトは

「ゆっるっさぁーーーん」
 
 

エンフィールド、そこは自然に囲まれ、治安に優れた暮らしやすい街、特に旅人が多く、この街の名物の噂を聞いて毎日流れるように人が入れ替わっていく、そしてこの街の名物は

「まっちっやっがっれーーーーー」
毎日何かしら起きる大騒動、騒ぎの尽きぬ街エンフィールド、アラビアンナイトにすら勝る365の話が産まれた場所
話の名はもちろん

『悠久幻想曲』
 
 
 
 
 
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