The song of the beginning
                                               
作者 火元 炭さん

                                                 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

「・・・。」

そこには闇が存在した、と言うより、闇以外の物がことごとく欠如していた、地面や空、風すらそこには存在しなかった、全身が闇に包まれる感覚、そこが自分の心だと理解したのはそこに光が差した時だった、闇に一条の光が差した瞬間それが夢だと分かった、声が聞こえてきたとき、自分の見ていた夢が哀しい物だったと分かった、外の干渉が心に形を与えた・・・。

(母、さん?)

記憶の無い自分には理解できないはずの母の面影が心を横切る、周囲はずいぶん騒々しいようだ。

「母、さん。」

声が漏れるが、全身が重い、先の戦闘で体力を使い果たしたのか、それとも自分はオーガに殺されたのだろうか、オーガとの戦闘でオーガを倒した記憶と、意識を失う記憶がごっちゃになっている。

(違う、母さんは死んだ、殺されたんだ。)

心の中で誰かが叫ぶ、自分に戦い方を教えた誰かの声だだが光の向こうには確かな人影がある。

「だ、大丈夫・・・です、か?」

焦点がうまく合わない、けれど周囲にはかなりの量の人がいるようだ。

「は・・・」

「は?」

人影が男の声を繰り返す。

「腹減った・・・。」

周囲にいた多数の人影がこけたように次々と倒れていった。
 
 
 

「大丈夫?」

その声は何度もかけられていた、だが反応が返ってきたのはそれが初めてだった。

「う、うぅ・・・。」

男がわずかに身じろぎする、それだけでそこに安堵のため息が満ちる。そこには3人の人影が存在した、2人の女が木にもたれるように腰掛け、1人の男がその頭を1人の膝に乗せ眠りについている、平穏という言葉の似合う幸せな光景だろう、男の全身が返り血に濡れ、少し離れた場所にオーガの死体が転がっていなければ、つい10分ほど前、ここでは死闘が行われた、それに勝利したのがこの青年のはずだった、だが彼女らが見た物はオーガと連なって倒れる男の姿、そして全身血まみれの男、見ようによっては相討ちともとれる有様だった。

「そう言えば、あなたはこの人のお友達なの?」

2人のうち、年長の女性が膝に乗せた男の頭をなでながらもう1人に話しかける、今まで男の介護に手一杯で世間話などする余裕がなかったのだ。

「あ、いえ、私が襲われていたところを助けていただいたんです。」

「そう、あなたお名前は?」

「クレアです、あの、あなたはなんと仰るんですか?」

「アリサと言うの、けどそんなに畏まらなくてもいいのよ。」
微笑みを浮かべながら言うアリサ、それにつられるようにクレアにも笑みがこぼれた。

「はい、すみません。」

「さっき助けを呼びに行ったのはテディ、しばらくしたら自警団の人たちを連れてきてくれるはずよ。」

「そうですか、助かりました、正直申しますと道に迷ってしまっていたのです、アリサ様達が来てくださらなかったらどうしていたことか。」

ほぉ、とばかりに頬に手を当て言うクレア、

「そうだったの、私たちは薬草を採りに森に来ていたのよ、けど、こんな所にオーガが出るだなんて、ここもあまり来れなくなるわね。」

アリサも同じようにして言う、けれど胸から下は全く動かない、男の重みもあるが、アリサが眠りを阻害しないよう気を遣っているからだ、先程声をかけていたことと矛盾するのだが・・・。

「私も驚きました、街道からわずかに外れただけのはずでしたのに。」

実際クレアはそれほど街道から離れていたわけではない、獣道は街道とほぼ直角に交わっており、街道から直線距離で100メートルほどしか離れていないのだ。

「自警団の方たちがたびたび森の散策をしているはずなのに、近年が凶作だったとか言うことも聞いてないわ・・・リカルドさんはモンスターが凶暴化していると言っていたけど。」

アリサが背中に視界をずらす、木の表面しか見ることが出来ないが、その方向にはオーガの死体があるはずだった。

「凶暴化、ですか・・・私はそのような話は聞いたことはありません、ですが、モンスターによる被害が増えていると、先日立ち寄った街で教えていただいたことがあります。」

モンスターによる被害は畑を荒らされた物から街が襲われた物まで様々だが、共通していることは今まで森深くに棲んでいたモンスターまでもが人里近くに現れているという点だった。

「怖いわね、エンフィールドには立派な自警団があるけれど、そう言った物のない街の事を考えるとただの噂であって欲しいわ。」

アリサとクレアが二人して俯く、遠く見知らぬ地でモンスターの被害に遭っている人がいるかも知れない・・・そう考えるだけで彼女らに哀しみが押し寄せる。

「そう言えばアリサ様、その自警団の中にアルベルトという名前の方は居られますか?」
しばらく俯いた後でその雰囲気を払拭させようとクレアが話題を変える。

「ええ、アルベルトさんなら良く知ってるわ、お知り合いなの?」

「あ、はい、私本名をクレア・コーレインと言いまして、アルベルトは私の兄です。」

「まぁ、そうだったの。」

アリサの顔にあるベルトの顔が映るが・・・正直全然似てない、ブラウンの眼は同じだが、青みがかったクレアの髪に対しアルベルトは黒、かなり大柄な体型をしたアルベルトに対しクレアは明らかに小柄だ、オーガと薙刀1つで戦った意志の強さは似通ったところがあるが・・・口調なども考慮に入れれば似てないの一言で終わってしまうだろう。

「じゃあここにはアルベルトさんを訪ねて?」

「はい、他の街への留学が終わりまして、兄様の世話をしにエンフィールドに参りました。」
普通帰るなら家族のもとだと思うが、

「そうなの、けどアルベルトさん確か自警団の寮に住んでたと思うけど、クレアさんも一緒に住むの?」

「あ、いえ、それが兄様にその旨をお伝えしたところ来るなの一点張りで、直に話さなければ分かってもらえないようなので直接出向いてきたのです。」

おとなしそうに見えて大した行動力だ。

「そうなの、大変ね。」

「兄様のああいうところは昔からですから。」

その後、世間話がまだ続くが、大きな話題が出ないまま次の変化が訪れたガサッ 小枝のこすれる音が響く、そしてそれは大きくなりながらすごい勢いでアリサ達に近づいていた。

「自警団の方たちでしょうか・・・。」

薙刀を構えながらアリサに問うクレア。

「テディが急いで呼びに行ったとしても早すぎるわ。」
男の頭を抱えるようにして木の陰に隠れるアリサ。

「でしたら・・・。」

オーガの死体のある方向をちらりと見つめるクレア、名前を呼ぶとそれが現れるという噂は何処にでもある迷信だ。

「起こした方がいいかも知れないわね。」

自分たちが男を庇って戦うよりも男に起きてもらって逃げた方が生存率が高いだろう。

「アリサ様はその方を起こしてあげてください、私が時間を稼ぎます。」

ざわめきはどんどんと近づいてくる、イノシシか何かの突撃のようだがその大きさは人間大かそれ以上だ。クレアとアリサが男を抱きかかえるようにして守り・・・それは姿を現した・・・。
 
 

「大変ッスー!みんな、手を貸して欲しいッスー!!」

テディは、人を呼んできて欲しいと言われてすぐに、街の入り口からほど近く、自警団より確実に助けがいそうなサクラ亭に飛び込んでいた。

「? どうしたんだ、テディ?」

サクラ亭の中はただならぬ喧噪に包まれていたようだが、テディのせっぱ詰まった言い方に皆そちらに集中する。

「行き倒れッス!怪我してるッス!」

「ええっ?」

「街の外で、男の人が倒れてるのを見つけたッスよ、でも、重くてご主人様や僕じゃ運べないッス!誰か、手伝って欲しいッスーーー!」

「分かった、案内しな、テディ!」

カウンタで皿を磨いていた・・・本来は客のはずだが何故か店を手伝っている・・・リサと言う名の傭兵がまず立ち上がると店から出ていく、それまでの動作の中に片手でテディをひっつかむと言う荒技も含まれている、赤毛の少年ピートと猫のような耳を持つメロディも自らの好奇心に後押しされ後に続く、片隅で本を読んでいた少女もゆっくりながら後に続く、シェリルと言う名だが、アリサにはたびたび世話になっているので少しでも手伝いたいと思ったのだ。

「マリアも行くぅー!」

喧噪の中心にいた自称天才魔術師マリアも喧噪から逃れるように・・・事実その通りだが・・・後を追う。

「あ!待て、マリアーーー!」

壁際まで追いつめていたエルフがマリアを追って飛び出す、実は先程彼女、エルが大切にしているチェスの駒がマリアに台無しにされたところだったのだ。

「あいたたた・・・。」

そのエルと入れ違いに頭を抑えながら男が1人入ってくる、街一番のナンパし、アレフだ、先程の喧噪に巻き込まれて店の外に居ながらにして怪我をしてしまったのだがサクラ亭の中で1人の少女を見かけるとそんな痛みは何のその、すぐにナンパの体制に入る。

「やあ!探したんだよ、シーラ、実は、今日も君にプレゼントを・・・」
カウンタで静かに紅茶を飲んでいたシーラという名の少女に話しかけるアレフ、それまでシーラは自分も行くべきか迷っていたようだが、

「ああ、そうだわ、私も行ってみよう、もしかしたら、何かの力になれるかもしれないし・・・、ごめんね、アレフ君。」

言ってアレフの横をすり抜け駆けていくシーラ。

「えええー!?ちょっと、シーラぁ!」

言ってシーラを追いかけるアレフ、結果的に先頭を走るリサに捕まれたテディの後を追うことになるのだが。

「ああん、待ってよぉ、アレフくーん!」

ぱたぱたと最後に入ってきた少年がアレフの後について走り出す、アレフの友人クリスだそして・・・嵐のようなメンバーが過ぎ去った後にはサクラ亭の看板娘パティだけが残された。先程の喧噪が嘘のような店の中でため息を1つつくパティ。

「やれやれ」

トレイを置くと扉の札を準備中にひっくり返すパティ。

「ったく、・・・みんな抜けてるわよね、薬も持って行かないんだから・・・。」

奥から救急箱を取り出すと包帯と傷薬を持って外に出る、すると街の入り口の方に土煙が見える、ピートとリサだろう。

「わかりやすい・・・。」

だがその土煙がふと止まる、入り口あたりで先頭が止まったようだ

「お前ら、そんなに慌てて何処行くんだ?」

ハルバードを肩に担ぎながら長身の青年が先頭のリサに声をかける。

「テディの奴が行き倒れだって言うからさ、拾いに行くんだよ。」

リサが簡潔に言う。

「あ、でもアルベルトさんにも来て欲しいッス、オーガが出たッスよ。」

その一言に全員に今までと違った緊張が生まれる。

「おいテディ、そんなこと聞いてないぞ?」

リサがテディの顔が目の前に来るように右手を上げる。

「あ、でももうオーガは死んでるッス、その行き倒れの人が倒したッス。」

「あん?行き倒れてんだろ?どうやって倒したんだよ。」

アルベルトが呑気そうに言う。

「知らないッス、僕とご主人様が見たときにはオーガもその人も倒れてたッス。」

その後しばらくはそこに沈黙が舞い降りた・・・と言うよりアルベルトの雰囲気が周囲に強制的な無言を強いた。

「・・・ちょっと待てテディ、アリサさんがどうしたって?」

リサからテディを奪い取ると首を絞めながら問いつめるアルベルト。声から殺気が漏れている。

「く、苦しいッス・・・ご主人様は今その行き倒れの人の面倒を見てるッスーーー!」

「何処に居るかと聞いて居るんだ。」

テディの顔が青紫色に変色する。

「お、オーガが倒れてた場所にいるはずッスーーー」

最後のすー、は肺から空気が漏れる音かも知れない・・・。

「案内してもらうぞ、今すぐに。」

右手にハルバード、左手にテディを抱えて走り出すアルベルト、その後にサクラ亭の面々が続く。土煙を上げながらアルベルトは駆け、目を回すテディの案内のまま森を駆け突き進み、そして・・・リサが最初にそこにたどり着いたとき、一種異様な雰囲気が場を包んでいた。

「?」

その正体はすぐに知れた、アルベルトが妖気を発しながら痙攣している。

「何々?」

「なーんでーすかー?」

その次に飛び込んできた3人が見た物で、ピートもわずかにむくれる。

「良かった、最初アルベルトさんが来てくれたんだけど、様子がおかしかったから。」

アリサが明らかに安堵のため息をもらす。

「兄様どうしたんでしょうか?」

ちなみにこの2人はまだ男を抱きしめたままだ。

「どうかしたんですか?」

追いついたシェリルもそれを見てアルベルトの様子に納得する。

「わあ、すごい痙攣。」

「おやおや、珍しい光景だね。」

マリアとエルも普段と違ったアルベルトの姿に笑みを含ませる。

「え?ええ?」

シーラはアリサが男を抱きしめるのを見て気が動転しているようだ。

「ぬう、俺以外でアリサさんを落とす猛者が居たとは、あなどれん。」

アレフは芝居がかった様子で変わった感想を返し、

「それってこの間見た劇の台詞じゃないか。」

クリスが律儀にもつっこみを入れる。

「こりゃアルベルトの方が重傷かもね・・・。」

パティは両方を一瞥した後でそう確信した、アリサと一緒にいるのが誰かは分からなかったが、アリサに一目惚れして以来ずっとアタックし続けているアルベルトにとって男を抱きしめるアリサというのは間違いなく衝撃的な光景だろう。

「しっかし、この男いい夢見てるだろうね。」

アレフがアリサに膝枕され眠る男を羨ましそうに見る、ちなみにアルベルトは現在クレアと交戦中だ、あの後硬直から解けたアルベルトは男を一喝しようとしたがアリサの手前何も出来ず退散、その後クレアとの兄妹げんかに突入した。今は何でここに来たかで論争してるようだ。

「あら、そうかしら、モンスターと戦った後なのだから、ゆっくり寝ていられるとは思えないのだけど。」

「この状況ならたとえどんな死闘の後だったとしても言い夢見えますよ。」

アリサの膝枕で眠り続ける男を羨ましそうに見るアレフ。

「ま、クレアちゃんを守り抜いたからよしとしますか。」

アルベルトが硬直してる間にクレアを見つけたアレフは危うく口説こうとしてしまったのだ、アルベルトの妹と知った今ではしっかりとした根回しの後でと決めたようだが・・・それでもしっかり口説くのはすごいかも知れない。

「アレフ君、こっちも手伝ってよー」

クリスが大きな穴を掘りながら言ってくる、オーガを埋める穴を総掛かりで掘削中なのだ。

「へえへえ。」

仕方ないという感じでアレフが木の向こうに消える、

「お水くんできました。」

小枝を裂いて2人の人影が現れる。 シーラとシェリルがクレアの荷物から携帯用の鍋を借り、川から汲んできたのだ。一緒にテディも行ったはずだがその姿は見えない。

「そう、貸してちょうだい。」

アリサはそれをタオルに浸して男の額に置く。

「その人大丈夫なんですか?」

シーラが心配そうにそれを手伝う。

「外傷は1つもないみたい、全部返り血だったわ。」

タオルなどですでに彼の全身から血の色は失せている。

「そうですか、じゃあ急いで運ぶ必要はないんですね。」

「ええ、あの2人が一段落したら運びましょう。」

クレアとアルベルトの論争は未だ続いている。

「でも、オーガを一撃ですか、強いんですね、この人・・・。」

オーガは知能こそ低い物のその膂力と生命力はモンスターの中でもトップクラスだ、彼はそれを一撃・・・正確には二撃だが・・・で倒している。

「そうね、でも寝顔を見てるととてもそうは思えないわ。」
安心しきった子供の寝顔だった。

「そう言えばアリサさん、テディ君が呼んでましたよ。」

シェリルが包帯を片付けながら言ってくる。

「どうしたのかしら、シーラちゃん、ちょっと代わってもらえる?」

「へ?」

シーラが呆けたような顔になる。

「ちょっとここに座って、じゃ、お願いね。」

自分の隣にシーラを座らせるとその膝に男の頭を乗せ去っていくアリサ。

「あ、ちょっと、アリサさん。」

「えーと・・・シーラさん、頑張ってください」
シェリルもその後を追って去っていく、論争中のアルベルト達は全く無視しているため、シーラはある意味最悪な状況に見回れてしまった。

「あ、えと、えと・・・。」

辺りを見回すが生憎枕になるような物はなかった。

「・・・」

下を向くと目の前に男の顔がある、その状況にシーラは真っ赤になってしまう。元々彼女は恐怖症とでも言うくらいに男の人が苦手なのだ。

「アリサさんに続いてシーラまで、この男、なかなかやる。」

そこに再びアレフがやってきた。

「あ、アレフ君、お願い代わって」

「・・・シーラ、いくら君の頼みだろうとそれだけは聞くわけには行かない。」

一瞬その光景を想像し、吐き気をこらえるアレフ。

「アレフ君、お願い。」

目を潤ませながらアレフに懇願するシーラ、その光景にアレフの心も揺れるが・・・

「だ、駄目だ、それだけは聞くわけにはいかない。」

アレフの半ば叫びと化した声に皆がそこに集まってくる。

「どうしたの?」

「何々?」

オーガの埋葬が終わったのか全員がシーラの周囲に集まる。

「アリサさん、代わってくださいよ。」

「ちょっと待っててね。」

テディの全身に絡まった小枝を取りながら言うアリサ。

「ふにー?どうしてですか?」
「アリサさん、今すぐこいつを運びましょう、そうしましょう。」
「兄様、まだ話は終わっていません!」
「シーラがねぇ。」
「珍しいこともあるもんだ。」
「誰か代わってください!」

サクラ亭と同じような喧噪が森に満ちる。

「う・・・うぅ・・・。」

その喧噪に押されるようにして男が身じろぎする。

「母、さん」

その声によって再び森に静寂が満ちる 男の目がわずかに開かれる、そして漏れた声はひどく重たげだ。

「だ、大丈夫・・・です、か?」

シーラが男に声をかける、そして再び男の口が開く。

「は」

「は?」

誰かの生唾の音さえ響く静寂だった。

「腹減った。」

・・・ざっと数秒の沈黙の後、アリサとシーラ以外の全員がこけた。
メロディは周りの真似をしただけだが。

「腹減って死ぬ・・・。」

そして男が意識を失った。一瞬だけ、シーラとアリサにしか見えないほどわずかな、涙をこぼしながら・・・。
 
 
 
 
 
 
 
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