第八話「祝福を君に」










誕生日。

それは祝福の日。

母さんが生きている時は、誕生日を毎年祝ってもらった。

ヴィンセントさんに引き取られてからもそれは続いたが、何かが違った。

恋しかったのかもしれない。

母親が。

……母さん。

俺はこんなに大きくなったよ。

だから、心配しないで。











はやての誕生日当日。

時刻は夜六時。

部屋の飾り付けは出来た。

ケーキも出来ている。

ほとんどの料理も完成している
      
オムライス
後は……メインディッシュのみ。

キッチンに立ち、瞑目する秋人。

それを後ろから見守るシャマルとヴィータ。

シグナムとザフィーラははやてを迎えに行っていて留守だ。

小声でヴィータがシャマルに話しかけた。



「なぁ、大丈夫なのか? アイツ昨日、一回も成功していないんだろ?」



シャマルは腕を組み考えるが、笑顔で。



「大丈夫です。秋人さんは必ず成功してくれますよ」

「でも、根拠ないんだろ?」

「ありますよ、ほら」



シャマルは秋人の顔を指差す。

秋人の顔は生き生きとしていた。

昨日とはまるで違う顔つきをしている。



「アイツ、なんかあったのか?」

「ふふふ、男の子は一日で別人のように変わるものよ」



瞑っていた瞳を開き、包丁を握る。

たまねぎ、ピーマンを五センチ角に切り、マッシュルームを半分にしてからスライス。

鶏もも肉は火が通りやすいよう一センチ角に。

そして調味料を準備して前工程は終了。

次にフライパンを中火で熱し、バターを落とす。

良い香りを立てながら溶けるバター。

溶けきったら鶏もも肉を入れ炒める。

ジュウジュウと音を立て、フライパンの上でダンスを踊る鶏もも肉。

ここで更なる役者の登場。

たまねぎとマッシュルーム、そしてピーマンだ。
               
具材
焦がさないように注意しながらカルテットを踊らせる秋人。

食材は舞台役者、調理器具は裏方、それを支配する料理人はいわば舞台監督だ。

皆の様子をじっと見つめ、適材適所に配置する。

料理とはオペラのようなものだ。
 食材        食べる者
役者達が踊り演技し、観客を魅了する。
    
はやて     料理
さぁ、今宵の上客に、最高の舞台を魅せようじゃないか。



「なんだか楽しそうだな、アイツ」

「ええ、今にも踊りだしそうね」



具材に火が通ったら熱いご飯を入れ、ヘラで解しながらかき混ぜる。

塩、こしょうで下味を付け、ケチャップを入れて一気にかき混ぜる。

紅葉のように鮮やかに色を変える舞台。

今は秋のシーンだ。
具材
恋人達が語らいながら共に踊る。

おや、此処で夜の時間のようだ。
ウスターソース
闇  幕が引かれる。

季節は変わり、冬のシーンへ。
 生クリーム         具材
真っ白な雪が降り注ぐ中、恋人達は熱く抱きしめ合う。
   
具材    チキンライス
そして恋人から夫 婦へ。
チキンライス      皿
夫 婦は次なる舞台へ移り、そこで愛を語らいながら形作る。

だが、彼らの物語はここで一旦幕を引くことになる。
   

次は子供達の出番だからだ。



「おっ、卵を焼くみたいだぞ」

「大丈夫、秋人さんなら出来るわ」



卵を手に取る。

ボールに二つ割り入れ、かき混ぜる。
        
フライパン
次に先程とは違う舞 台を用意しそこにバターを落とし、溶かす。
       

溶けきったら子役が舞台に踊り出る。
                            
卵                       半熟
空気を含ませながらかき混ぜると、まだよちよち歩きだった子供達は、独り歩きが出来るような子供へと成長する。
秋人              卵
監督が指示を出し、子供達は手を取り合い丸くなった。



「おお、上手くいったぞ! しかも焦げていない!」

「やりましたね、秋人さん!」



チキンライス         卵
夫  婦の上に、子供達が覆うようにかぶさる。
          
 チキンライス
それを優しく受け止める夫 婦。

さて、そろそろ手を離そうか。
秋人                卵
監督が指示を出すと、子供達は手を離す。

すると、黄色い花畑が広がった。

美しい花が良い香りを放ちながら咲き誇る。

だが、黄色だけでは物悲しい。
    
ケチャップ
そうだ、赤い花を添えたらどうだろうか?
オムライス      ケチャップ
花 畑の中心に赤い花を添える。
      
調理
これにて、オペラは終劇。
          
秋人
観客の反応が気になる監督。

スタンディングオベーションは得られるだろうか?



「秋人って料理がホンマに上手いんやね。とっても美味しそうや」

「見事だ、相沢」

「流石です、秋人さん」

「ま、まぁ、凄いんじゃねぇの?」

「…………」



皆の反応にホッと一安心する秋人。

秋人が調理に夢中になっている間に、はやて達は到着していたのだ。

シグナムがはやてを席へと座らせる。



「今日は食事会に誘ってくれてありがとうな」



はやてにはまだ、これが誕生日会だとは伝えていない。

秋人がシャマルに目配せをし、電気を消させる。

闇に包まれるリビング。

はやてはキョトンとし、皆に訊ねるが誰も答えない。

困惑するはやて。

するとポォ、とテーブルに明かりが現れた。

九つの淡い炎。

ゆらゆらと燃えるその先には、秋人が立っている。

そして一言、



「ハッピーバースディ。はやて」



その瞬間、クラッカーが鳴り響く。

はやては目を白黒させ、状況に付いていけていないようだ。

シャマルがそっとはやてに耳打ちをした。



「本当は食事会じゃなくて、はやてちゃんの誕生日会なんです。おめでとうございますね」

「えっ……」



はやては皆を見渡す。

皆一様に微笑んでいた。

とたんに恥ずかしくなり、少し俯く。



「主役が何してんだ? ほら、笑っとけ」



秋人にそう言われ、ケーキを見る。

秋人が一生懸命作ってくれたケーキ。

私の為に。

私なんかの為に。

胸が締め付けられる思いがした。

何を言っていいのか分からない。

頭の中はぐちゃぐちゃで何も思い浮かばない。

それを感じ取った秋人は、そっとはやてに告げた。



「自分に素直になれ。感じたことをそのまま言ってしまえばいいさ」



その言葉を聞いたはやては、



「皆……あり、ありが……あうっ……。ホンマに……ホンマにありが、とう……!!」



そう言いながら泣きじゃくるはやて。

相当嬉しかったのだろう。

初めてなんだと思う。

こうやって祝ってもらうのは。

はやては必死になって涙を止めようとするが、どうやっても止まらない。

秋人ははやてに近づきコンッ、と頭を小突いた。



「嬉しい時は泣いていいって言ったのはお前だろうが。存分に泣け。誰も笑いはしないよ」

「う……ん……皆……ありがとう……ううぅ、ありがとう……」



はやてを見つめる瞳は十。

その全ての瞳は温かくはやてを見守っている。

優しい者達に囲まれ、はやては泣き続けた。

幸せそうに……。




















暫く泣き続け、ようやく涙が止まった。

照れ笑いを浮かべるはやて。

はやては先程の礼を秋人に言うと、秋人は頬を掻きながら横を向いてしまった。

照れくさいらしい。

それにはやては苦笑してしまった。

そんなはやてに、ヴィータが言った。



「はやて、ローソク吹き消してくれよ。早く食べたい!」



苦笑する。

我が家の末っ子は食欲旺盛のようだ。

ヴィータに促され、ロウソクの炎を吹き消そうとすると、



「あっ、ちょっと待った。まだ、消さないでくれるか?」



秋人はそう言うと、携帯電話を取り出しどこかへと電話をした。

理由が分からずヴォルゲンリッターを見渡すはやて。

ヴォルゲンリッター達も分からないようで、首を傾げていた。

秋人が電話を終えてから数分後、リビングにチャイムの音が響いた。

「来たか」と言い、玄関へ向かう秋人。

秋人はすぐに戻ってきた。

後ろに数人の人影を連れて。

はやてが疑問に思い秋人に訊ねると、「お前の友達だ」と言い、少し笑った。

友達、まさか……。



「さぁ、吹き消せ」

「う、うん……」



息を肺一杯に吸い込む。

ロウソクに狙いを付けると、それに向かい息を吐きだした。

フッ、と消える炎。

その瞬間、拍手が雨のように降り注ぐ。

照れくさくなり頬を掻く。

ロウソクの明かりが消えたので、蛍光灯が灯された。



「おめでとう、はやてちゃん!」

「なのはちゃん……」



そこに居たのは高町兄妹。

恭也は花束を抱え、美由希はプレゼント用の本を持っている。

なのはは綺麗に梱包された箱を持っていた。



「何で、此処に居るん?」



はやては困惑した表情で訊ねる。

すると、なのはは笑顔で、



「友達の誕生日をお祝いするのは当然だよ」



と、当たり前のように言った。

目頭が熱くなる。

胸が苦しくなる。

涙が零れそうだ。

大声で泣き出してしまいそうだ。

だが、我慢する。

そんなことより、優先するべきことがあるから。



「ありがとうな、なのはちゃん」



感謝の言葉。

本来なら、誕生日には言えないと思っていた。

だが、言えた。

大切な友達に。

大切な家族に。

……嬉しい。

本当に、嬉しい。



「ありがとうな……ありがとう……うぁ、ありが……とう……」

「はやてちゃん……。ほら主役が泣いてちゃ駄目だよ。楽しもう?」

「うん、うん!」



少女達の会話を微笑ましく眺めている秋人。

そんな秋人にシグナムが話しかけてきた。



「相沢、話がある」



そう言い、二人はリビングをそっと離れ、違う部屋へと移動する。

周りに誰も居ないことを確認すると、シグナムは切り出す。



「相沢、あの者達は誰だ?」

「なのは達のことか? アイツらは俺の家のお隣さんだ。高町恭也に高町美由希、そしてちっこいのがなのはだ。この間はやてに紹介したんだ」



秋人の説明を聞くと、シグナムは難しい顔をした。

どうかしたのだろうか?

訊ねてみると、



「相沢、この世界には魔導師は存在しないという話だったな」

「あ? ああ、そうだ。公式にはな」

「……あの少女の魔力は何だ? 明らかにS以上はあるぞ」



押し黙る秋人。

シグナムは続ける。



「主はやてといい、お前といいあの少女……。偶然だとしても一か所に集まり過ぎている。これは異常だ。この世界はどうなっている……?」

「……異常なのは世界じゃなくて、この街なのかもな」

「? どういうことだ?」



秋人はシグナムから視線を外す。



「引き寄せられている気がするんだ。この街に」

「街に引き寄せられる?」

「ああ、口では上手く説明できないが、そんな気がするんだ。それに……少し前に、この街で異変が起きた。
 俺の前に一度だけ魔法生物のようなものが現われ、時々街に結界が張られた。魔力が感じられたから、おそらくだが、魔術師の仕業だと思う」

「魔法生物!? ……今は何ともないのか? この街は」

「ああ、今は、な。もっとも、それがどう解決したがは知らんがな」

「知らない? どういうことだ」



秋人は肩をすくめた。



「俺には全然関係ないからな。襲われた時は適当にあしらっただけだ。背後関係は勿論、誰が起こして誰が解決したかは全く知らない」

「……そうか」



秋人は窓の外を眺める。

星が輝いていた。



「以外にアイツかもな。解決したのは」



苦笑する。

そんなことを考えたのは初めてた。

なのはが魔法生物と戦った?

事件を解決した?

あり得ない。

なのはは誰よりも優しい心を持っている。

戦いなんて出来る筈がない。



「? どうした、いきなり笑ったりして」

「いや、馬鹿なことを考えてな。気にするな」

「そうか? ……では、戻ろうか」

「ああ、そうだな」



リビングに戻ると、はやてが此方に近寄ってきた。

少し興奮しているようだ。



「どうかしたのか?」

「秋人、これ見て!」



はやての手の平にあるのは、優しい調べを奏でる小さなオルゴール。

小さな箱の上で小鳥が花を咥えている、愛らしいデザインだ。



「どうしたんだ、これ?」

「なのはちゃんがくれたんや。プレゼントやって」

「そうか、大事にしろよ」



そう言うと、秋人ははやての頭を撫で、髪を優しく梳いた。

くすぐったそうにするはやて。

手を離すと、秋人は皆に聞こえるように大声で言った。



「さぁ、パーティを始めるか!」




















ワイワイと騒がしいリビング。

はやてはなのはと仲良く話しながらケーキを食べている。

シグナムは恭也と話しこんでいた。

剣術家どうし馬があったのだろう。

シャマルは美由希と世間話。

さっそく仲良くなったようで喜ばしい。

ヴィータはガツガツと料理にがっついていた。

狼形態のザフィーラは置物よろしく座っている。

秋人は独りその輪から離れソファに座り、グラスを傾けていた。

本来ならいけないことなのだが、祝いの席なのでと恭也が許してくれたのだ。

騒がしいことが苦手な秋人だが、不思議と居心地は良かった。

チビチビと酒を口に流す。

舌の上に苦みが迸り、やがて静かに消えていく。

酒は静かに独りで呑むものだと持っていた。

だが、こういうのもいいかも知れないな、と秋人は感じていた。

ボトルを掴み、酒を注ぐ。

グイッと呑むと、何やらあちらが騒がしいことに気付く。

なにかあったのだろうか?

シャマルに近づき、どうしたのか聞くと、



「それが、ヴィータちゃんがジュースと間違ってお酒を呑んでしまったんです……」



ヴィータに視線を合わせる。

成程、見事に酔っ払っている。

顔は真っ赤になり呂律が回っておらず、足元がおぼつかない。

ため息を吐く。



「馬鹿か、アイツは……」



ヴィータに近づく。

ヴィータは秋人を見つけるや否や食ってかかった。



「あんだ!? アタシャにょまえが嫌いなんにゃ! 視界に入るにゃ!」

「はいはい、酔っ払いはあっちに行こうな」



ヴィータを脇に抱えると、秋人はその場を離れた。



「はにゃせー! アタシに触るにゃー!!」

「じゃあ、離す」

「あだ! いきにゃりはなしゅな!!

「どっちだよ……」



ため息を吐く。

こんなに酒癖が悪い者を見るのは初めてだ。



「こっちにも酒はある。それで我慢しろ、馬鹿」

「馬鹿にゅうにゃ!」



ヴィータの言葉を無視し、グラスに酒を注ぐ。

右手にグラスを持ち、ヴィータをがっしりと捕まえ顔を固定する。



「そらよ、好きなだけ呑め」

「がぼっ!?」



口にグラスを突っ込み、強制的に呑ませる。

咥内に酒が注がれ呑むしかないヴィータ。

ゴクゴクと喉が鳴る。

空になったグラスを口から離す。



「どうだ? 美味いか?」

「あうー……もっとー……」

「好きなだけ呑むがいいさ」



そう言いグラスを渡し、酒を注ぐ。

ヴィータはそれを一気飲みしてしまった。

ますます赤くなる顔。

酒を注ぐ。



「にょまえ……止めないにょか? 皆は止めちゃんだけお」

「呑みたいんなら呑めばいい。止める理由はないさ」

「にょまえ……本当はいい奴だったんにゃな!!」

「なんだ、今更気づいたか?」

「うん!」



苦笑する。

即答されてしまった。



「ごめんな。いつも辛く当って……」



本心じゃなく、酔っているからだとしても、ヴィータの言葉は嬉しかった。

照れ隠しに咳払いをしてから言う。



「別にいいさ。気にしていない。俺も悪いからな」



そう言い、ボトルから直接喉へ流す。

そしてヴィータのグラスへと注いでやる。

ゴクゴクと呑む二人。

ヴィータは完全に出来上がってしまったようで目が座っていた。

ふと、ヴィータが話しかける。



「ここはいい街だな。誰かと闘わなくていいんだから……」

「…………」

「アタシ達はずっと戦っていた。主を守る為に。でもアタシは嫌だったんだ。闘うことが」

「……そうか」



酔っていることで口が普段より軽いのだろう。

ヴィータの心の中を覗けた気がした。

酒を口に含むヴィータ。



「でも、はやてを傷つけるような奴は、絶対に許さない。絶対に……」

「ああ、そうだな」

「……お前も、はやてを守ってくれるのか?」



言葉が出ない。

守ると言うのは簡単だ。

しかし簡単でも、ヴィータの言葉とは重みがまるで違うだろう。

秋人の言葉が軽い訳ではない。

重みを知っているからこそ、言えないのだ。

守るという言葉はそれほどに重い意味を持つ。



「……本当に危なかったらな」

「それじゃあ、お前の出番はないな。アタシ達が居るんだから」

「ああ、そうだな……本当に、な」



一つの考えが浮かんでしまった。

はやてにはヴォルゲンリッターが居る。
なのは
友達が居る。

俺ははやての傍に、居ていいのか?

そこに、俺は必要なのか?

いつ血に染まるやもしれない手を持つ自分が。

考えにふける秋人にヴィータが寄り掛かる。



「どうか、したのか?」

「……何でもない」

「そう、か……」



そう言うと、ヴィータは目を瞑り寝息を立て始めた。

潰れたらしい。

ヴィータは寝言でこう言った。



「お前も……一緒に……はやてを守って、くれ……よ……」

「…………」



無言でヴィータの髪を梳く。

ボトルを掴み、喉へと流しこむ。



「……俺には、無理だよ……そう、無理なんだ。俺には……」



口に含んだ酒は、苦みだけしか感じられなかった。




















日本ではないどこかの路地裏を長身長髪の男が歩く。

男の足音が響く中、遠くで誰かの笑い声が聞こえる。

男は歩き続ける。

闇の中に身を浸し、男の足が止まる。

懐に手を入れ、タバコを取り出し咥える。

ライターで火を灯し、煙を吐き出す。



「そろそろ出てきてもいいんじゃないか?」



男の声が闇に響く。

男の声を聞いた闇は揺らめいた。



「久しぶりね。十五年ぶりよね? 元気だったかしら、少し痩せたように見えるけど?」

「そんなことはどうでもいい。何の用だ」



男は闇を睨みつける。

その目を闇は受け流し、笑う。

タバコを吸い、煙を吐き出す。

男は落ち着いているように見えるが、内心怒っていた。

何故コイツがここに居る。

何故このタイミングで現れるのだ。

もう、アイツらとは何の関係もない筈だ。

私も、あの子も……。

まさかとは思うが、あの子のことで……。



「久しぶりに逢った旧友に対してその言い方はないんじゃない、ヴィンセント?」



闇の言葉を聞き、ヴィンセントはタバコを吐き捨てた。

水たまりに落ち、消えるタバコの火。

煙がゆっくりと立ち昇り、やがて消える。



「旧友? なんのことだ、私は君らとは友人になった覚えはないが?」

「フフフ、そう思っているのはあなただけではなくて?」

「戯言を……」



闇は懐に手を入れ、数枚の写真を取り出す。

それをヴィンセントに向かい投げ渡した。

受け取り、それを見る。

とたん、ヴィンセントの表情が驚愕に変わる。

カタカタと震える肩。

闇に問う。



「何故、あの子が写っている……?」



闇は笑う。

おかしそうに。



「逢ったからに決まっているでしょ? この十五年でボケたのかしら?」



悔しさから歯噛みする。

見つかった。

見つかってしまった。

手元から離したのは間違いだった。

だが、あの時はそうするしかなかったのだ。



(いや、これは言い訳だ……。問題は……コイツの存在)



闇が動き出す。

僅かな光に照らし出されたその姿に、ヴィンセントはまた驚愕した。

姿が二十代の頃から変わっていない。

あの頃……十五年から微塵も。



「何故……まさか!」



――――は頷いた。

アレを使ったのだ。
             

決して使ってはならないあの能力を。



(コイツを野放しにする訳にはいかないな……)



その考えに至った瞬間。

ヴィンセントは女に一瞬で近づき、手刀で胸を貫く。

倒れ、消える闇。

しかし、ヴィンセントの表情は浮かない。



(……手応えがない。どこだ……?)



周りを見渡す。

此処は狭い路地裏だ。

逃げ場そうはない。

いや、もしかしたら最初から居なかったのではないか?

全ては勘違い。

妄想に捕らわれた自分が生み出した幻想。

そう、思いたかった。


                             
シュグ・オラン
「どこを狙っているのかしら? 十五年で随分鈍ったものね。『死の 使い』と呼ばれていたのが嘘みたい」



背後から女の声。
シュグ・オラン
死の 使い。

過去の忌み名。

暗殺者としての全盛期に呼ばれた名だ。


 
シュグ・オラン
「死の 使い? 知らないな。私はただの便利屋ヴィンセント・クロイツァーさ」

「そう、過去を捨てたのね。逃げれるものではないのに」



女の言葉を聞き流し、ヴィンセントは懐に手を入れある物を取り出す。

銀の光を放つナイフ。

ナイフは形を変え、一刀のカトラスとなった。



「そういえば街の清掃の依頼があったな。街は綺麗にしないといけないよねぇ。でも清掃は色々と大変なんだよ? 特に……頑固な汚れは大変だ!!」



振り向き様に一閃。

だが、後ろにかわされる。

肉迫し突きを放つ。

これもかわされる。



(やはり戦いから離れていたツケが……だからいい訳はやめろ!)



女は笑みを浮かべながら首に掛けていたロケットを手に取る。

ロケットは形を変え、歪な形状の杖となる。

禍々しい魔力が辺りに溢れてる。

気押されるな。

今コイツを仕留めなければ、あの子が危ない。

あの子まで、私達が犯した罪を被る必要はない。

あの子には普通の暮らしをさせてやりたい。

あの子にはもう、関係ない。



(私達の業を背負う必要はないんだ……)



ヴィンセントはため息を吐いた。

全くらしくない戦い方だ。

昔の自分を思い出せ。

あの冷酷だった過去を。

今だけは、昔に戻ろう。
シュグ・オラン
死の 使いに戻ろう。



「アトラク=ナクア、カートリッジロード」

『ヴーアミタドレスフォルム』



カトラスの柄尻が後ろにスライドし、薬莢を排出する。

その瞬間、膨大な魔力が噴出し、カトラスの刀身が消えた。

刀身が消えるのと同時に、女は苦渋の表情を浮かべた。

ヴィンセントの動きを見ながら後退。

しかし、それは無駄なことだ。
   
蜘蛛の神
アトラク=ナクアから逃れることは叶わない。

この路地裏は既に、ヴーアミタドレス山の地下なのだから。



「……くっ」



女の動きが止まる。

否、動けないのだ。

動きたくても動けない。

体に巻き付いた蜘蛛の糸がある限り。



「……相変わらずえげつないデバイスフォルムね」



刀身は視認出来ないほどに細い鋼糸へと姿を変え、辺り一面を埋め尽くす。

ヴーアミタドレス山の地底に広がる深淵全体に張り巡らされた蜘蛛の糸のように。



「容赦なきことが私の慈悲さ」



女にゆっくりと近づく。

周りに注意を向けながら、ゆっくりと。



――――!」



後ろに跳躍。

ヴィンセントが先程まで立っていた場所に、一刀の剣が突き刺さる。

女の背後から現れる影。

その影は……。



(嘘だ……。此処に居る筈がない)



影は頬笑みを浮かべる。

陰惨な微笑みを。



(……違う。あの子ではない。では、あの時の片割れか……)



影は女に近づき、片手に持った剣で糸を断ち切った。

自由になる女の身体。

その身体には幾つもの血筋が付いていた。

忌々しくその痕を眺める女。

影がヴィンセントに向かい一礼する。



「初めまして茨の君、ヴィンセント・クロイツァー。僕の名は四宮四季。秋人と魂を交わす者にして秋人の共鳴者」

「……君も、あの子に遭ったのか」

「ええ。そして、誠に勝手ながら、僕はあなたに殺意を抱いています」

「殺意、だと?」



四季は頷く。



「何故……秋人をあんな風に育てた」

「…………」

「あなたならば、秋人を殺人者に育て上げることも出来た筈だ。それなのに何だ、あの体たらくは? 僕を見ただけで動揺する人物になっていたよ?
 まるで僕の理想ではない。僕はあんな秋人を望んではいなかった」



四季は憎々しげにヴィンセントを睨む。



「でも、一番許せないのは……何故、覚醒していない?」

「それは……」



アトラク=ナクアの柄を握り締める。

アレは、決して使ってはならない。

危険すぎる。

あの子には、扱えない。

扱える訳がない。

優し過ぎるあの子には……。



「フンッ、まぁ、いいですよ。それは僕らがやりますから。あなたは大好きな普通を満喫してください。怠惰と腐敗に塗れた生活を存分に」



そう言い残すと、四季は女の手を取り闇に掻き消えた。

静寂を取り戻す路地裏。

膝を着くヴィンセント。

拳を地面に叩きつける。

何度も、何度も。

……またなのか?

歴史は繰り返してしまうのか?

何故、あの子が苦しまなければならない?



「秋人君……君は、運命からは逃れられないのかい……?」




















デバイス

アトラク=ナクア

ヴィンセントが持つ地球産ベルカ式のデバイス。待機形態はナイフ。起動形態はカトラス。性格は狡猾。一人称は『私』。

デバイスフォルム

ヴーアミタドレス

刀身が視認出来ないほどに細く枝分かれし、鋼糸となる。魔力を込める量を増やすことにより、鋼糸の本数は無限大に増える。

名前の由来は蜘蛛の神、アトラク=ナクアが巣を張るヴーアミタドレス山から。




















 あとがき

グダグダです、どうもシエンです。

今回の話は……中盤グダグダですね……。

でも、ヴィンセントを出せました、これは嬉しいです。

それにしても……なりきりチャットのヴィンセントとまるで違います。

ちょっと格好いい?
               
シュグ・オラン
ちなみに、ヴィンセントの異名『死の 使い』はクトゥルー神話に出てくる、チョ=チョ人の部族に、死そのものとして恐れられている怪物です。

ではまた次回。




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に下さると嬉しいです。