第七話「美味しいオムライスの作り方」










「秋人君、恋をしなさい」



それは、あの人の口癖。

暇を見てはそう言っていたのを覚えている。



「恋はいいぞ。恋をすると、世界が広がるんだ。悩んでいたことも、ちっぽけなことのように感じる」



……分からないよ。

そんなことを言われたって……。










はやての誕生日まで後一日。

料理以外の準備は全て滞りなく整った。

後は料理だけなのだが……。



「……誕生日って何を作ればいいんだ?」



これまで誕生日と言うものと無縁だった秋人にとっては難題であった。

料理の本やインターネットなどで探してみるが、どれもピンとこない。

製作は難航を極めていた。

ヴォルゲンリッター達に聞いて見てもいいが、彼らはこの世界のことをよく知らない。

だが、何かヒントにはなるかもしれないと思い、聞いてみる。



「シグナム、料理って何がいいんだ?」

「私に聞かれてもな……」

「そうか……じゃあヴィータは?」



ヴィータは料理の本の一角を指差し言う。



「これがいいかな。美味そうだ」

「ローストビーフ……定番すぎるな」

「お前から聞いといて文句言うな!」

「はは、ごめん。次は……」

「はい! 私はですね……」

「ザフィーラ、何がいい?」



シャマルを素通りし、足元のザフィーラに訊ねる。



「私には分からない。力になれなくてすまない」

「そうか、じゃあ……」

「私はですね! これなんかが……」

「自分で考えるか」



盛大に頭から転ぶシャマル。

うつ伏せになりながら悲しそうに此方を見ている。

流石にかわいそうなので聞いてやることにした。



「シャマルは何がいいと思う?」

「もういいです、私なんかどうせ……」



涙を流し完全にスネていた。

秋人は苦笑し頬を掻く。

周りを見ると、苦笑いで見られていた。

ヴィータなど殺気を放ちながら睨んでいる。

どうやらご機嫌取りを失敗したら命はないらしい。

秋人はため息を一つ吐き、



「お前の力が必要なんだ。頼む、力を貸してくれ」



歯の浮きそうな台詞を言った。

するとシャマルの涙が止まった。

今度は期待しているような表情で此方を見上げる。

チャンスとばかりに畳み掛ける秋人。



「シャマルだけが頼りだ。お前の素晴らしい知恵を、策を、俺に貸してはくれないか?」

「……そ、そんなに頼まれては断れませんね。いいですよ」



どうやら成功したようだ。

上機嫌で料理の本を手に取りページを捲るシャマル。

秋人は隠れてため息を吐いた。

どうやら女性の扱い方はまだまだらしい。

そういえば、ヴィンセントは女性の扱いが上手かったような気がする。

少し臭い台詞と共に女性と現われていた。

……自分より随分年上の女性とばかり。

疑問になり聞いてみたことがあった。

すると当たり前のようにこう言った。



――――女性もワインと同じさ。成熟されたワインのように、女性もまた成熟すればするほど芳醇な香りを放つようになる。
    あの伝説となりかけている高級ワインのように。まぁ、私はワインよりジンの方が好きだがね。
    ん? 何だいその顔は? そうか、お子様の君にこの話は少し早かったようだね。今度からは気を付けよう。
    フフフ、大丈夫、君にも分かる時が来るさ、必ずね。君が成長しお酒が呑めるようになったら、また話してあげるよ。ん? ああ、約束だ。



あの時の秋人には分からなかったが、今なら分かる。

そしてこう思う、殴りたいと。

女性と酒を同じように扱うことに腹が立つし、何より小馬鹿にされた。

例え無意識だとしても腹立たしい。



「秋人さん。聞いていますか?」

「えっ?」



ふと横を見ると、シャマルが料理本を広げ話しかけていた。

ヴィンセントへの怒りの所為で気付かなかったらしい。



「すまない、どれだ?」

「これです」



シャマルが指差したのはオムライス。

誕生日に出すには適当と言えた。

だが、秋人の表情は固くし、頬を掻いた。



「オムライス、か。確かに誕生日には適当かも知らないけど……」

「駄目なんですか?」

「難しいんだよ、卵料理の中でも特に」



一通り料理が出来る秋人でも、オムライスだけは苦手だった。

チキンライスは簡単に作れても、上の卵だけはどうしても焦がしてしまう。

もし焦がさなくても、中はガチガチに固まってしまい美味しくないという始末。

桃子に何度かコツを教えて貰ったが、一向に上達しなかった。



「でも美味しそうですよ? こんなのが出てきたらはやてちゃん喜ぶでしょうね」

「…………」

「もし、私の為に作ってくれたりしたら喜んじゃいますよ」

「……何が言いたい」

「作ってください!」

「無理だ」

「即答ですか!? もう少しネバって下さいよぉ」



ため息を吐く秋人。

どうやらシャマルは引く気はないようだ。

しつこく秋人に頼んでくる。

シャマルの言葉を無視し、料理の本を見つめる。

そこには美味しそうなオムライスが掲載されていた。



「おーねーがーいーしーまーすー!」

「だぁぁ、煩い! 耳元で騒ぐな!!」

「じゃあ、作ってください!」

「分かった、分かったから! 試しに作ってみるから静かにしろ!」



そう言うなりシャマルの表情は輝いた。

本当に嬉しそうだ。

その表情を見て、秋人はこう思った。



(……まるで子供だな。でも、俺のオムライスくらいで喜んでくれるんなら、安い物か?)



そして苦笑する。

今までの自分では到底考えられないことだからだ。

ヴォルゲンリッター達に逢う前までは、こんなことを考えたことはなかった。



(いい変化……か)



「おい、何ニヤついているんだ?」

「……何でもないよ」

「変な奴」

「煩い、俺はこれから忙しいんだ。ガキは寝んねしてな」



そう言ってやると、予測通りヴィータは赤面し憤慨した。

秋人はこう思う。

ああ、なんて楽しいのだろう、と。

これは独りでは楽しめない。

独りじゃないから、孤独ではないから、楽しい。

今になって気付いた秋人だった。




















「ふぅ、出来た」



ケーキが出来上がり、秋人はため息を吐いた。

完成したことをどこから聞きつけたのかヴォルゲンリッター達が駆け付ける。

そして、言葉を失った。

絞り出すようにシグナムとシャマルが言葉を放つ。



「こ、これは……!」

「まるで、売り物みたい……」



驚くのも無理はない。

そこに出てきた物はスポンジケーキの上に薄いピンク色をした花弁が幾重にも重なった一輪の花が出てきたからだ。

その出来栄えといったらそんじょそこらのケーキ屋が裸足で逃げ出すほど、見事な物だった。

皆、その美しさに暫し呆然と見つめていた。



「お、おい、そんなにじっと見るな。皆が思っているほど大したものじゃないんだから……」

「そんなことないです、凄いじゃないですか。これ、何ていうケーキなんですか?」

「ローズケーキだ」

「もしかして、この花弁は本物の薔薇で出来ているのか?」

「い、いや、そんな訳ないって。この花弁はホワイトチョコとカカオバターに赤の色素で着色して作った物だ」



ヴィータなどは言葉も出ず、固まっている。

それほどに衝撃的だったのだ。

最初、秋人がケーキが作れると聞いた時は耳を疑った。

出来あがっても、どうせグチャグチャだろうと高をくくっていたのだが、いい形で見事に裏切られた。

だが、問題は味だ。

いくら見た目が良くても味が悪ければ話にならない。

そう訴えると、秋人は薔薇の花弁を一枚取り、ヴィータの口に運ぶ。



「…………」

「どうだ?」



言葉が出ない。

まさに革新的な味。

口に拡がる甘さはしつこくなく、爽やか。

香りもよく、鼻を通る香りが心地よい。

暫くその味を口に中に思い出しながらを楽しむ。



「相沢、どこでこの技を?」

「ん? ああ、翠屋を何度か手伝ってな。面白そうだったから、試しに桃子さんに教えて貰ったんだ。
 ほら、覚えているだろう? この前買ってきてやったシュークリームの店。あの店だよ」



その言葉を聞き、シグナムは「ああ」と頷いた。

先日、頑張るヴィルゲンリッター達の為に、秋人が買ってきたお菓子のことを思い出す。

その中にとても美味しいシュークリームがあった筈だ。

その店で修業したのなら料理が上手い筈だ、とシグナムは合点がいく。



「以外ですね。秋人さんにこんな特技が在ったなんて」

「それ、褒めているのか?」

「ええ、本当に凄いです。今度教えて下さいね」

「ま、まぁ、機会があったらな」



そう言い頬を掻く秋人。

照れているのか、その頬はほんのりと赤い。

だが、問題はここからだ。

オムライス作り。

これが一番の難関だった。

秋人は台所に再度立ち、服の袖を捲った。



「さて……やるか!」




















「くっ……また焦がしたか。シャマル、次の卵を」

「それが……もうありません」

「なら、買ってこい!!」

「は、はい!」



慌てて卵を買いに行くシャマル。

それを見届け、秋人は椅子に座り頭を抱えた。

延べ五回の失敗。

オムライス作りは難航を示していた。



「何がいけない……」



必死で原因を考える。

そんな秋人を陰から見守る者達が居た。

シグナム達である。

小声でヴィータが話す。



「なぁ、アイツ料理する時って性格変わるのか?」

「……そうらしいな」



秋人はテーブルを叩く。

上手く作れない自分へ対しての怒り。

焦燥し、五回目の卵は完全に焦がしてしまった。

じれったい。

もどかしい。

何故上手くいかない?

苛立ちは更に集る。



「卵買ってきました!」

「遅い! 何チンタラやってんだ!!」

「す、すみません……」

「……まぁいい。続けるぞ」



卵をパックから取り出し、ボールへ卵を二個割り入れる。

かき混ぜ、溶きほぐれたら卵の準備は完了。

次にフライパンを温める。

温まったら、バターを入れ熱する。

バターが溶け切ったら火を中火にし、卵を投入。

右手で箸を回し、左手でフライパンを揺する。

ここでのコツは、大きくかき混ぜ、空気を含ませることだ。



(まだか熱するか? それとももう……)



悩んだが、ここで火から外す。

フライパンの柄を持ち上げ、手前から1/3手早く折り返す。



「……ちっ。バターが焦げた……」



焼き面を見ると、少しだが焦げ目がついてしまっていた。

これでは誕生日には出せない。

このままでも十分はやては喜んでくれるだろうが、秋人自身が許せないのだ。

はやてには、美味しいオムライスを食べて欲しい。

それが、秋人の心を支配していた。

心配そうに、横で見ていたシャマルが話しかけてくる。



「あの、これくらいなら大丈夫なんじゃないですか?」



秋人は静かに首を振る。

覚悟は固いようだ。

それを感じ取ったシャマルはため息を吐いた。



「少し休みましょう? このまま闇雲に続けても、いい結果には繋がりませんよ」

「……そうだな。少し、頭冷やしてくる」



そう言うと、秋人は玄関へと向かった。

慌てて隠れるシグナム達。

シグナム達に気付かぬまま、秋人は外へ出て行った。

シグナム達は台所へと移動する。



「なぁ、シャマル。アイツ大丈夫か?」

「……駄目かも知れません。今のままでは、きっと」

「相沢は躍起になっている。あのままでは心が先に潰れてしまうぞ」



シグナム達はそろってため息を吐いた。

何か解決策はないものか。

精一杯考えるが、妙案は浮かばない。

皆の様子を見て、今まで黙っていたザフィーラが口を開く。



「秋人が乗り越えるべき壁だ。我々が何を言おうと無駄だろう。秋人を信じろ。……秋人なら大切なことに気付いてくれる筈だ。必ず、な」





黄昏の公園。

子供が母親に手を引かれ楽しそうに家路を目指す姿を、秋人は寂しそうに眺めていた。

オレンジ色の太陽が秋人を照らす。

秋人はブランコに乗り、独りでいた。

頭を冷やす為に此処に居るのに、出るのはため息ばかり。

空を見上げると、夕焼け空と夜の空が交わっている。



「綺麗だな……」



はやてに出会えて変わったと思った。

生まれ変わったれたと思えた。

それは間違いだ。

秋人は何一つ変わってなどいない。

相変わらず人が怖い。

人とのふれあいが怖い。

はやてには心を開けたが、ヴォルゲンリッター達にはどうだろうか?

彼らには心を開けたのか?

開けてはいない。

彼らと共に居る時には心が休まず、どこか怯えている自分が居る。

嫌われたくない。

仲間外れにはされたくない。

そんな思いを、いつも抱えていた。

仲の良い家族の姿が目に留まり、俯く。



「家族、か……」



外から見ては分からないが、秋人の心は傷だらけだ。

他人に付けられた傷ではない。

自ら傷付けたのだ。

独りになりたくない。

独りになりたい。

誰か傍に居て欲しい。

誰も傍に居て欲しくない。

相反した思いに挟まれ、ついてしまった心の傷。

ため息を吐く。



「どうしたの? ため息なんか吐いて」



声に気付き顔を上げると、見知った顔があった。



「桃子さん……」



桃子は両手に買い物袋を抱えたまま、秋人の顔を覗いていた。

つい、顔を背けてしまう。

桃子は軽く微笑み、秋人の隣のブランコに腰を掛ける。

キシリ、と錆びた鉄が軋む。



「何で、こんな所に居るんですか? まだ仕事の筈じゃあ……」

「サボっちゃった」



その言葉に驚き、桃子と顔を見合わせる。

桃子は微笑みながら、悪戯が成功した子供のような表情をしていた。

舌を軽く出すと、



「冗談。恭也と美由希が手伝いに来てくれたから、少し休んでいるだけよ」



と言い微笑んだ。

その表情と言葉に、ホッとしている自分が居るのに気付く。

秋人は桃子を自分の母のように感じていた。

歳が近いとか、雰囲気が似ているとかではない。

どこか、笑顔が似ているような気がするのだ。

そう、どこかが。



「俺をからかって楽しいですか?」

「ええ、とても楽しいわ。秋人君の驚く顔は面白いから」



そう言うとまた微笑む。

その笑みを見ているだけで落ち着けた。

やはり、自分は母が恋しいのだろうか?

夏樹がもし生きているならば、桃子と同い年くらいだろう。

おそらく、二人は良い友人になっていただろう。

子供のことを話しあい、共にお茶を飲み、お菓子を一緒に作る。

そんな暖かなふれあいがあったと思う。

今ではもう、叶わぬ夢だ。

そのことを考えると、秋人は知らない内にため息を吐いていた。



「なにか、あったの?」

「…………」



桃子には話してもいいだろう。

そう考えると、口が勝手に開いていた。



「……そう、まだ苦手なのね」

「ええ……」



昔から秋人はオムライス作りだけは苦手だった。

他の料理はそつなく作れるのに、オムライスだけは作れない。



「やっぱり、夏樹さんのことを意識しているのかしら?」

「母さん……?」



思い出した。

過去、誕生日に夏樹がオムライスを作ってくれたことを。

オムライスの作り方を教えた貰った時に、何気なく桃子に話したことを。

夏樹のオムライスはとても美味しかったのを覚えている。

だが、それがなんだというのだ?



「多分、秋人君は無意識に卵を焦がしているのよ」

「どういう、ことですか……?」



桃子は秋人の目を見つめ、



「夏樹さんのこと、思い出したくないんでしょ?」

――――!」

「夏樹さんのことを完全に過去の人にしたがっている、だから卵を焦がして思い出さないようにしている。違う?」

「それは……」



そうかもしれない。

母のことを過去に追いやることで、今にすがりついている。

母を忘れることで、今の自分を保っている。



「…………」

「亡くなった人を無理に忘れることはないのよ? それでは、悲しいだけだわ。夏樹さんも、秋人君もね」

「……じゃあ。どうすればいいんですか?」



言葉に刺が現れる。

無意識にだが、桃子に攻撃してしまった。



「母さんのことを思い出したからって、何か変わるんですか? 違うでしょ? ……なにも変わりはしないんですよ。なにもね」



桃子は悲しそうな表情をし、秋人から顔を背ける。

秋人もバツが悪そうに俯く。

どれくらいそうしていただろう。

桃子が急に話しかけてきた。



「……オムライスの作り方、教えてあげましょうか? ううん、料理の作り方を」



桃子の顔を見ると、かつてない程に真剣な顔をしていた。

ゴクリと、喉が鳴る。

恐れている。

桃子の迫力に呑まれて。

そんな秋人に構わず、桃子は語りかける。



「料理を作るには大事なことが一つだけ絶対に忘れてはならないことがあるの。分かる?」



一つだけ絶対に?

火加減か?

いや、火を使わない料理もある。

では、食材の鮮度か?

……腐った食材もある。

それでは手際か?

考え込む秋人を前に、桃子は深呼吸をし言い放つ。



「料理を作ってあげる相手に対する、思いやりの心よ」

「思い……やり……?」



桃子は一つ頷き、秋人に告げる。



「そう、相手のことをいつも思いながら作るの。相手の今の健康状態、精神状態……そんなことを思いながら、相手がどんな料理を求めているかを考えるの。
 疲れているなら、少し濃い目の味付けっていう風にね」

「…………」



考えたことがなかった。

料理は美味しく作れれば良いとしか考えていなかった。

そんなことは……知らなかった。



「見た目が悪くたっていいの。心が籠っているなら、それでいいの。一生懸命自分の為に作ってくれた人に怒る人はいないわ」



拳を握り締める秋人。

今まで何を考えて料理をしていた?

見た目を気にし、味を気にしていた。

相手のことなど少しも考えていなかった。

秋人は立ち上がり桃子に振り向くと、頭を下げた。



「桃子さん……ありがとうございます!」



最初は呆気にとられていた桃子だがやがて微笑み、「うん」と満足そうに頷いた。




















 あとがき

倒れました、どうもシエンです。

風邪をひいてしまい、熱が三十九度八分出ました。

過去最高の熱の高さです。

今はもう治りましたが、皆さんも気を付けてくださいね。

ではまた次回。



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