第三十話「そこにあるモノは」
それは一瞬のことだったと思う。
思う、というのは目が追いつかなかったからだ。気を抜きすぎていたのかもしれない。
ここには、自分たち二人だけではない、彼女もいたのだから。
ドコッ――と鈍い音が耳朶に響き、次に耳に届いたのは目の前にいたはずの秋人が地面に叩きつけられた音。
秋人は数メートルは吹き飛び、硬いアスファルトに頭から落ち滑っていた。
その光景が信じられなくて、自分の目はおかしくなってしまったのか、はたまたこれは幻覚か、と疑った。
しかしこれはすべて現実で、偽りなどではなくて。
いっそ嘘であって欲しかった。言葉がでなかった。指一本さえ動かない。動かせない。
ただ、食い入るように転がっている秋人を眺めていることしかできない。
秋人は打ちどころが悪かったのか、ピクリとも動かない。
赤い
ジャリ――美由希の前方でかすかに砂利を踏みしめる音が聞こえ、ようやく呪縛から逃れられた。
目をやってみるとそこには、鉄槌を振りぬいた状態のヴィータがいた。血の涙を流し、肩で息をして、それでも力強く鉄槌を握りしめている。
「ど――」
――どうして?
理解不能なことが多すぎて脳が処理しきれなくなったのか、なにも考えられない。
立っていることさえ億劫になり、その場に膝から崩れ落ちる。
涙が一筋流れ落ちた。でも、たった一粒の涙では、赤い色は薄まりそうにもない。
嗚咽が漏れ出る。
なにを言っているのか自分でもわからないが、なにかを呟いているのはわかる。
嗚咽はこの世を呪う暴言に変わり、最後には叫びに変わった。
こんな叫び声を自分がだしているだなんて信じられないような大声だ。
でも、やめられない。
いや、やめる気はない。
もしやめてしまったら、美由希の
だから、無意味だと知っていながらも叫び続ける。声が枯れても、喉が裂けても、慟哭は続くだろう。
「やれやれ」
泣き叫ぶ美由希に気がつかないように、秋人の声が小さく響いた。
いや、違う。
秋人ではない。
同じ背格好、同じ顔をした四季が呟いたのだ。
四季は秋人に近づき、ぐったりとしている秋人の身体を手のひらでまさぐり、何かをブツブツと呟いている。
なにを言っているのかはわからなかった。
いや、わからなくて方がよかったのだろう。
もしそれがわかってしまっていたら、知性あるモノならば狂っていただろうから。
それは異界の言葉だった。
人類とは別の次元で生まれ、狂った果実をかじり続けてきた、異形の言語。
その存在のことを、とあるモノたちはこう呼んでいる。
なぜ、人間のはずの四季がその言語を解せるのかは先程のことをかんがみればわかるだろう。
彼は
ひと通り祝詞とでも言うべき呪言を呟くと、どこからか黒い布を取り出して秋人を包み、
そして次に内ポケットから鈍色のカードを取り出し小さく呟くと、それはコウモリを思わせる翼となった。
秋人を抱え、今まさに飛び立とうとしているのに、連れていかれそうなのに、美由希は動けなかった。
頭が混乱している、もしくは体の疲れが今になってやってきたのか、はたまた
そんな美由希に四季は――ニッコリと満面の笑みを浮かべ、飛び立っていってしまった。
それを呆然と見送る。
本当に、なにも考えずに見ていた。
考えるのが億劫だった。
立ち上がるのも面倒くさい。
このまま眠ってしまいたい。
地面が近づいてくる。
いや、これは自分が倒れているのか。
手を付くこともなくアスファルトに突っ伏す。不思議と痛みはなかった。なにも考えていないと、痛みも感じないようだ。
意識が朦朧としている。白い世界が広まり、同時に黒い幕が降りてくる。
暗転。
そして世界は黒く染まった。
☆ ☆ ☆
ザフィーラがその場に到着したときには、すでに何もかもが終結してしまっていた。
苦虫を何匹も噛み潰したかのような表情をし、倒れ伏している少女のもとへ駆け寄ると、彼女はピクリと動いた。
よかった、死んではいないようだ。
そう思ったのもつかの間――
「なにっ――」
彼女はなにを思ったのか、助けにきた味方を手に握った鉄槌で打ちつけようとしていた。
振りかぶろうと鉄槌を頭の上に持って行くが、その足元はフラフラとおぼつかない。
今にも倒れてしまいそうなのに、この気迫は一体なんなのだ。
だがしかし、あのダメージでは立っていることも辛いのか、壁に寄りかかる。
そんな彼女に近づこうとするが、やはりと言うべきか、彼女はこちらに敵意を向けながら威嚇している。
「ヴィータっ」
声をかけてみるが、彼女は頑なにその姿勢を変えようとはしない。まるでなにかに取り憑かれているように。
――取り憑かれている。
まさか、幻術にでもかかっているのだろうか。
今のヴィータはおそらく目は見えていないだろう。ならば、聴覚を狂わせる類のなにかか。
下手に手を出してしまうと悪化する可能性もある。
ここはやはり、純粋な魔法に秀でたシャマルに任せたほうがいいのだろうか。
そう考えたが、ダメだ。
そばには倒れている美由希がいる、このままシャマルが到着するまで待っているのは危険だ。
守ることにかけて、ザフィーラの右にでる者はいないといえど、ヴィータの突撃力は驚異の一言。
美由希に被害が及ばないとは言いがたい。
せめて美由希の意識があればいいのだが、そんなことを言っても仕方がないだろう。
念話を試そうとも、
では、どうする。
考える間もなく、ヴィータの鉄槌が迫る。
だがそれは、到底当たるはずのない軌道で振られていた。
やはり目は見えていない。
しかしザフィーラが立っている場所は大方わかるようで、ジリジリと歩を進め接近してくる。
このまま後退してもいいが、それではいずれ鉄槌の餌食になってしまうだろう。
ザフィーラに彼女やシグナムのようなスピードはない。
だったらどうするか。
答えは決まっている。
その場に足を留め、前方に手をかざし、防御障壁を発現させる。
すべて受けきる。
――それしか自分には脳がないのだから。
数秒もしないうちに彼女は障壁の存在に気がつき、それをブチ破るために渾身の力を込めて鉄槌を振り下ろした。
その衝撃によって空気がビリビリと震え、余波が二人の体に突き刺さる。
「ヴィータっ!」
叫ぶが彼女には届かない。
それでも、ザフィーラは叫び続けた。たとえ届かなくとも、こうすることに意味があると信じながら。
二撃、三撃と立て続けに鉄槌は振り下ろされ、障壁を打つたびに生まれる余波に彼女はついに後ずさった。
「……っ」
後退しながら、彼女は何やらブツブツと呟いている。
いったい誰に対して言っているのかそれはわからないが、その表情を見る限り気持ちのいい言葉ではないだろう。
もしかしたら、彼女自身に言っているのかもしれない。
言い聞かせているのかもしれない。
スッと息を大きく吸い込むと、彼女の怒気を乗せた言霊が開放された。
「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
振りかぶった鉄槌は杭へと姿を変え、怒りを推進剤にし障壁に突撃してくる。
最悪の事態になった。
こうなってしまっては、たとえその道を塞ぐものがあったとしても、それをも粉砕してくるだろう。
一度目は避けられるだろうが、二度目はどうだ。
また、その時に美由希が巻き込まれないという理由もない。
では、こちらも打って出るというのはどうだ。
……ダメだ。
彼女の突進力には勝てない。いくらザフィーラの障壁が強固であろうとも、彼女を止められない。
「…………」
本当にそうだろうか。
本当に彼女を止められないのだろうか。
自分にはできないのだろうか。
自分の役割を思い出せ。
シグナムやヴィータ、シャマルにはやて、そして彼女を守ることが役目なのではなかったのか。
先ほど自分が言った言葉はなんだった。
――それしか自分には脳がないのだから。
そうだ。
「私は――」
盾だ。
常に一歩引き、主や仲間のために最善の行動を取れるように活動する。
それこそが――
「盾の守護獣の名にかけ、お前を止める」
否、受け止める。
その怒りも、憤りも、悲しみも、すべて。
それこそが
少女はこちらに駆けながら推進剤を爆発させ、
その色は、少女に似合っていた。
同時に、少女らしくなかった。
苛烈でいて繊細な少女。
それが今はどうだ。
まるで――醜い。
負の部分を全面にだし、少女の内面にある美しさが蔑ろにされている。
これではダメだ。
そんなのお前らしくないだろう。
思い出せ、いつものお前を――
「ああアァあああアアぁあアアアぁぁぁぁぁぁッ!!」
ザフィーラの前面に展開された壁に杭が突き刺さり、火花が散る。
少しずつ、本当に少しずつだがギリギリと杭がめり込んでくる。突破されるのは時間の問題か。
ほんの少しの後退も許さないとでも言うように、後ろ足を踏ん張りその場に留まる。
ここで退いてしまっては少女は元には戻らない。
受け止める必要がある。
他でもない、ザフィーラ自身が。
何故ならそれが――
初めはただ、闇の書を完成させるためだけに、その持ち主を守るようにと起動した守護騎士という名のプログラムだった。
プログラムに感情は必要ない。
歴代の闇の書の主たちはそう言っていた。
中にはそうは思わない変わり者もいたかもしれないが、数多くの主はそう言った。
ただ言われたことを行えばいい。それ以外の行動は認められない、哀れな
男を殺せ。女を殺せ。老婆を殺せ。赤子を殺せ。犬を殺し、牛馬を殺し、
与えられた命令を順守し、闇の書の完成を目指した。
だが、そこに何があった。
いったい、何のために我々は存在している。感情が必要ないのなら、個など必要なかったではないか。
ただの偶然。
それとも、一種のバグとして個という性質を持って生まれただけだったのか。
いったい誰のために、五人は個を持ったのか。
命令を効率よくこなすのならば個など必要ではなく、むしろただのプログラムの方がはるかに役に立つだろうに。
そして結果として、主たちは死んでいった。
最後に聞いた言葉は決まってこの世に対する呪詛と――守護騎士たち向けられる毒。
それだけだった。
この世界に召喚された時も同じことの繰り返しだと思い、皆一様に感情を殺していた。
しかし、
目の前に突如として現れ、その足の原因は闇の書にあると隠しているのにも関わらず平等に――愛してくれた。
意外だった、と言えば嘘になるかもしれないが、嬉しかった。
認められた。
初めて、生まれて初めて、個を欲してくれた彼女をいとおしいと感じられた。
それは皆も同様だったらしく、愛とはなんと尊く、そしてなんと素晴らしいことだと知った。
彼女は守護騎士たちを自分の家族と言ってくれた。純粋な生命ではない守護騎士たちを家族と。
彼女は守護騎士たちの母とも言うべき存在。彼女が悲しむことは行ってはならない。
同時に、家族が間違った行いをしていれば叱らなくてはならない。
ザフィーラは叱るのが苦手だ。
だったら――諭せばいい。
優しく抱きしめ、口を尖らせながら窘めればいい。
そのために、この両腕はあるのだから。
「ヴィータ」
抱きしめられた少女はなおも抵抗している。
ジタバタと手足を振り回し、ザフィーラの身体にはすでにいくつもの傷が生まれていた。
それでも、だからこそもっとキツク抱きしめる腕に力を込める。
これ以上力を込めてしまっては、こんなに細い腰は折れてしまうのではないか。
一瞬、そんな考えが浮かんだがすぐに掻き消えてしまった。
ヴィータのぬくもりが伝わってくる。
それと同時に、ザフィーラのぬくもりが伝わる。
優しく、それでいて激しいような、そんなぬくもりが。
「ヴィータ」
声をかけ続けていると、頬に温かいモノが伝わる感触を覚えた。
いったいなんだ、と思い少女の顔を見ると、失われた少女の眼孔から涙が溢れていた。
その涙につられたからだろうか、ザフィーラも涙を流していた。
少女が小さく口を開き、何かを呟く。
呟きはさきほどようなの呪詛などではなく、悲しみが込められていた。
「……アキト」
少女が口にした名前を聞き、なぜかザフィーラの胸が傷んだ。
チクリと、まるで小さな針でつつかれたような些細な痛み。
でも、言いようのない大きな傷痕が残ってしまったような、不思議な感触。
少女の声はだんだんと大きくなり、最後には嗚咽混じりに叫んでいた。
少女の涙に誘われたのか、気がつけば雨が降っていた。
シトシトと雨は静かに振り続け、二人の体を濡らしていく。
涙は雨に流され、しかしまた、新たに涙は滲む。滴り落ちた血は薄まるが、まだそこに痕跡が残っている。
この雨によってすべてが洗い流されてしまえばいい。
――そう、何もかもが。
ザフィーラは胸の中で呟いた。
その数分後シグナムたちは到着し、シャマルの手によりヴィータの治療が行われた。
ヴィータの異変を話したところ、目も耳も聞こえぬ状態では幻術の効果はないらしく、
少女はただ魔力がある人物を見境なく攻撃していただけだということがわかった。
こんな状態だというのに戦うなど無謀もいいところだ、とシグナムはボヤいていたが、ザフィーラには理由がわかるような気がしていた。
少女はただ、あの男を止めようとしていただけなのだ。
不器用だからあんな止め方しか思い浮かばなかっただけ。
アイツは少女の思いを受け止められなかった。
少女を太陽と喩えるならば、アイツは月だ。
似て非なるもの。
同じ地上から見上げるモノなのに、根本から違う。だから、少女を受け入れられなかった。
少女を見やり、次に空を見つめる。
空は雲に覆われ、その向こう側は見ることができない。でも、確かにそこにいる。
拳を握り、そこにあるはずのモノを睨みつける。
すべては――あの男のせい。
☆ ☆ ☆
血塗れの二人をどうするかと迷ったが、都合がいい場所があると思いだし、一行は相沢家の前まで着ていた。
人が住まなくなった家は廃れる。
以前そう聞いたことを思い出した。いなくなって数日も経っていないのにも関わらず、この家は廃れているように見える。
この家の外観と雨のせいもあるのだろうが、しんと静まり返った住宅街は不気味だ。
まるで生きているのは自分たちだけと感じるような、そんな不安感を覚える。
足を留め後ろを振り向き、シャマルに呼ばれるまでシグナムは街を眺め続けていた。
ひとつしかないベッドに美由希を寝かせ、ソファにはヴィータを寝かせる。
美由希の傷はあらかた癒せたが、問題はヴィータの方だった。
傷が深すぎる。
自動修復プログラムがいくら頑張ろうと、治癒魔法をかけ続けとも一向に血が止まらない。
その中でも特に酷いのは左目だった。執拗に、そして偏執的に狙われたのだろう。
骨が飛び出て突き刺さるほどに異常なまでの執着を持って殴られ続けた左目。
眼球だけではない、視神経までもがズタズタになっている。突き刺さった骨が脳にまで達していないのが唯一の救いか。
――これでは治ったとしても。
その続きを考え、苦笑する。
何を人間らしいことを考えているのだ。
守護騎士は人の形こそ取ってはいるが、根本的に人ではない。
――ただのプログラムなのだ。
自動修復プログラムもある。いずれ元通りに
ウィルスでも送り込まれていれば話は別だが、そういった痕跡は見当たらない。
では問題はいつかだ。
遅れてしまいでもすれば、はやてに被害が出るかもしれない。
現に美由希までも歯牙にかけているのだ。そうそう時間はかけられない。
「シグナム」
そう呼ぶシャマルの声には焦りが浮かんでいた。
悲壮な表情をし、シグナムにある提案を持ちかけてくるが、しかしシグナムは首を横に振る。
「どうしてっ」
「闇の書の頁はすべて白紙だ。喩え我々のコアを使ったとして、その後その者を構築するだけの魔力量が残っているとは思えない」
「でも……っ」
「我々は守護騎士。主を第一に考えるべきだ。ひとり欠けようとも、その者のために主を危険に晒すことなどできん」
言い終えると背を向けリビングから離れた。
背中越しにシャマルの歯噛みする表情が見えたが、それで気がすむのなら存分に恨んでくれていい。
壁に背を当てしばし天井を見上げ、何ともなしに染みを数えた。
ただ時間が流れるのを感じる。何の意味もない時間。ただゆっくりと、ゆっくりと。
「私は――」
――非情だ。
自分のことなのに、まるで他人事のように感じる。
シグナムだってヴィータの姿を見ると辛い。これは嘘偽りのない本心だ。
だがはやてのことを考えると本心を隠してでも非常にならざるを得ない。
ヴィータ、美由希が狙われたとなると、次の標的は守護騎士の誰か、もしくははやてだろう。
守護騎士たちの誰かならまだいい。もし例え倒れようとも、時が経てば自動修復プログラムのおかげで傷など放っておけば癒えてしまう。
しかしはやては違う。彼女はかけがいのない守護騎士たちの母であり主。傷のひとつ付けさせるわけにはいかない。
そう、それが――
「私たちが倒れようとも――」
絶対に。
そして、主に牙を向いた者には報復を。例え主の大切な者だとしても。肉体なる土塊をなくそうとも、必ず。
☆ ☆ ☆
少女のことは心配だが、自分がここにいても何もできない。
リビングを出ると、シグナムが天井を見上げながら何やら呟いているのが見えたが、あえて声はかけなかった。
横を通り抜け、玄関の外へ。雨脚は強まり、土砂降りとなっていた。
雨を避けるように軒下に陣取り、これからのことについて考えてみた。
まず、はやてのこと。彼女は間違いなく狙われるだろう。だとしたら、何としてでも守り抜かねばならない。
それが例え、彼女を傷付けることになろうとも。……彼女に憎まれようとも。
次にヴィータ。治る見込みはあるが、いかんせん時間が足りない。全快するころにはすでに第二波がきているだろう。
ならば中途半端な状態で戦場に立つよりも、時間をかけてでもじっくりと治したほうがいい。少女は怒るだろうが仕方がない。
高町美由希。彼女には謝りようがない。本来ならばこちら側に気づかぬ者だったはずなのに、中心に近い場所にまで巻き込んでしまった。
現に今も彼女は苦しんでいる。うめき声を上げ、時折何かに語りかけている。それが誰かは言わずもがなだろう。
もう、彼女は元の場所には戻れない。ならば、彼女も守らねばならない。それがせめてもの責任というものだ。
相沢秋人――彼は守護騎士たちを憎んでいる。
同じ造られた立場でありながら自分は報われないと信じきってしまっている。
楽園に縛られ、楽園に固執し、楽園しか見えていない。その場所へ辿り着くためならば、周りの者などどうなっても構わない。
何とも――救いようがない。
悲しいとは感じるが、同情はできない。
ならばどうするか。そんなモノ、端から決まっている。
――せめて私が。
決意を固め、拳を握り、だがため息を吐いて力を抜いた。
「……もう起きていいのか」
「教えてください。秋ちゃんのこと」
「知らんな」
「嘘です」
「何故、私に聞く」
「今、話が出来るのはアナタだけだから」
「なるほど」
振り返り、その瞳を見る。なるほど、悲しみに満ちた目ではなく、何か決意したような目だ。何があったかは知らないが、その方が都合がいい。
「……わかった、話そう」
ヴィンセントの話を一部を除き話してやるが、彼女は意外と驚かなかった。もっとも、どこまでが本当でどこまでが偽りなのかは判断できないが。
「秋ちゃんに兄弟がいるなんて聞いてないから」
なるほど。四季に会っていたのならば驚かない理由になる。四季は秋人に似すぎている。
例え双子だろうと、あそこまで似ることはそうそうない。そして、あそこまでもうひとりに縋ることもない。
「魔法の次はクローン、か。荒唐無稽もいいところですね」
「まったくだ」
二人そろって苦笑し、同じように空を見上げた。
「でも、これでやっと私も同じスタートラインに立てた気がする」
「逃げたいとは思わないのか」
「逃げたいですよ。でも、その前にやっぱりちゃんと話をしたい。その上で、救いようがなかったらぶん殴ってでも目を覚ましてやります」
「過激だな」
「知らないんですか? 女の子を怒らすと大魔神よりも怖いんですよ」
「肝に免じておこう」
冗談のように話してはいるがその実、真剣に話しているのだということが感じられた。
よほど秋人を真の意味で取り戻したいのだろう。そのためにはどんな手段をも厭わない。
なるほど、高町美由希という女性は強い。いや、ザフィーラの周りにいる女性は皆一様に強い。
皆、心に一本の芯が通り、それを突き通すために突き進むのだろう。
「まったく、恐ろしいな」
思わず口にしてしまい美由希が訝しげに見てくるが、咳払いをして誤魔化した。
「あ、雨が――」
彼女の言葉を聞いていたのか、今まで空を覆っていた雲を光が引き裂いた。
空には虹の橋が掛かり、雨宿りをしていた小鳥が羽ばたく。
「そういえば昔、虹の袂には何があるのかって、秋ちゃんと言い争いになったことがあったんです」
懐かしむように胸に手を当て、少し恥ずかしそうに話し始める。
「私は宝物があるって信じてたんですけど、秋ちゃんはそれは違うって」
「秋人は何と?」
「虹の袂を見つけた者は、何でも願いが叶うって」
「ほう」
「でも、私も意地になって言い争いになっちゃたんですよね。でも――」
軒下から歩み出て、虹を掴むかのように手を伸ばし、
「俺が美由希の宝物をお願いしてやるから、そういうことにしておけ≠チて」
彼女は微笑んだ。
あとがき
BASEBALL HEROESにハマっています、好きな球団は日ハムです、どうもシエンです。
いやはや、友人にも言われましたが私が書く女性は――男前すぎる。
何故こうなった……ホントに何故だ。
そしてヴィンさん空気です。あの人にしては珍しいです。でも、真面目なヴィンセントを書くのは辛いので少し助かっています。
いや、好きなんですけどね。ですがこう、パズルのピースが一個だけ足りないような――違和感を覚えるんです。
皆さんはどうなんでしょうね? ちなみに友人からは『こんなのヴィンセントじゃねぇ。誰だ』と言われました。ちょいとショック。
次の投稿ですが、やっぱり遅れると思われます。申し訳ない。
それでは、ありがとうございました!
↓今さらですが設定を。みんな大好きヴィンさんだお!
名 前:ヴィンセント・クロイツァー
年 齢:34歳?
生年月日:2月10日
身 長:185cm
体 重:64kg
血 液 型:A型
出 身 地:???
職 業:便利屋
趣 味:タバコを吸いながらゴロ寝
特 徴:長い黒髪、ニヤけた表情
備 考:
オチャラケた態度をいつもとってはいるが、ここぞというときには決めたい、と心のどこかにはあるのかもしれない。
吸い込まれるような黒目をしているが、特になにも考えていない。
偽善で動くのではなく、時には偽悪に徹することもある。
頼りにならないダメ人間の見本のようだが、変なところで頼りになる困った人。
優しく子供好きで、良い人ではあるが、決してそれがイコールになるわけではなく、過去離婚のさい、娘の親権争いで負けている。
最近加齢臭が出てきたことに危機感を感じている
拍手はリョウさんの手によって分けれらています。
誰宛てに送ったのか、または作品名を明記して送ってくださると助かります。
宛先や作品名などが明記されていないと、どこに送っていいのかが分からなくなるそうです。
ご協力のほど、お願いいたします